EP.19 屍を越えて
(ライナスおせえなぁ……)
豪は完全に待ちくたびれていた。
戦闘には序盤だけ参加して、すぐに戻るという段取りのはずだった。
ここはアジトから2キロ以上離れているので、よほど派手なドンパチでもやらない限りは状況を知りようもなかった。
正直なところ、戦闘に参加しなくていいと聞いた時は心底ほっとした。
人間相手に戦って、殺さないよう手加減できるほど器用な体ではないのだ。
事実、まだウサ子ですら怖くて自分からは触れていない。
ウサ子が勝手に肩に乗ってくるのをよしよしと愛でるだけだった。
(もう始まってるんだろうけど、今どうなってんだろ?)
気にならないわけがなかった。
本当は森の陰からこっそり見たい。
だが、そんなことをしたら即行で見つかってしまうだろう。
見つかったら戦わざるをえなくなる。
だから我慢するしかないのだ。
と、言い聞かせてきたのだが、それもそろそろ限界だった。
(……行くか)
決めた。
(なに、ちょっとライナスを迎えにいくだけだ。アジトまで行くわけじゃない)
そんな保証はどこにもない。
ゴーレムが動き出した。
*
「ドレイクさん……すみません」
うなだれたヨシュアが、動かなくなったドレイクを見下ろす。
思い出したように背中の矢を1本ずつ抜くと、自分で回復をかけた。
ふと、馬車の前に人が倒れているのが目に入った。
「あれは……」
ヨシュアは駆け寄って確認した。
同じ馬車に乗っていた青年――ノックノックだった。
「回復」
間に合えばいいが、と思いながらノックノックの胸に手を翳し続ける。
シュッ。
風切り音が聞こえたと同時に、素早く横に一回転するヨシュア。
さっきまで自分がいた場所に矢が3本突き立っていた。
飛んできた方向を確認し、瞬足を使う。
目にも留まらぬ速さで距離を詰め、射手の真正面から剣を薙ぐ。
ズバァッ!
「ぐはぁッ!」
弓を持った男が仰向けに倒れる――と、思いきや途中で体を反転させると低い姿勢のまま駆け出した。
「待て!」
追いかけるヨシュア。
かなりの深手を負っていたはずなのに、距離が詰まらない。
瞬足!
再び、今度は背後に貼り付く距離まで移動すると、剣を真っ直ぐに突く。
ズッ。
背中から急所をひと突きにしたので、さすがに崩れ落ちる射手。
ヨシュアは念のため、もう一度背中に剣を突き立ててからその場を立ち去る。
カイルとブレンダも、回復してやらなければならなかった。
*
「だいたい片付いたな。お前たちはそこの洞窟の中を確認してくれ」
洞窟の前に立つエリックが、冒険者に指示を出す。
冒険者のヒーラーに応急処置をしてもらったので、今は動けるようになっていた。
全力で戦った後の充足感と同時に、虚脱感もあった。
そしてもうひとつ、それとは別の強い思いが胸の奥に燻るのも自覚していた。
自分もあんな風に満足して死にたい――。
果たして今のままで、それが叶うのだろうか。
まだ燃え続けている炎を見ながら、エリックは立ち尽くしていた。
*
「ケニーさん!」
俯せに倒れているケニーを見つけて、サジはすぐに抱き起こそうとしたが、もう息はなかった。
サジはベニーの壮絶な死に様を目撃したショックで、思わず森の中に逃げ込んでしまったのだった。
肩の傷はほぼ回復していたが、神足を目一杯使ったせいで疲れが蓄積していて、思うように戦えなかったのだ。
「そうだ、お頭っ」
サジは自分の拠り所とすべき場所を、人物を思い出した。
お頭にベニーとケニーのことを知らせなければ。
サジは再びアジトに戻る決心をした。
*
既に予想外のことが立て続けに起きていたが、今目の前で起きているのはその中でもとびきり最大級の予想外だと言ってよかった。
あのセバスチャンが劣勢に立たされている。
明らかに苦戦していた。
マリーベルには格闘の心得は全くなかったが、いつもセバスチャンの圧倒的な強さを、強さを強さと感じさせないうちに全て終わらせてしまう強さを、何度も見てきたのだ。
そのセバスチャンよりも強い相手が、こんな山奥に、盗賊団などにいたというのか。
自分の見込み違いと、調査不足を呪った。
今、自分がセバスチャンの重荷でしかない、という事実も腹立たしかった。
「ぐっ……」
またセバスチャンの呻き声。
ライナスとかいう男がセバスチャンの身体に後ろから組み付いて、腕で首を絞めているように見えた。
こんな技など見たことも聞いたこともない。
戦いとは、互いの手や足をぶつけ合うか、武器を使って傷つけ合うものではないのか。
(あれはいったい何をしているのだろう)
マリーベルは恐ろしさを堪えて、じっと見守っていた。
突然、セバスチャンの体がぐったりと脱力した。
ドサッ。
ライナスが首に回していた腕をほどいて、セバスチャンから離れると、セバスチャンは骨の抜けた人形みたいにその場に崩れ落ちた。
「さて、どうしますかご婦人」
ライナスがゆっくりと近づいてきた。
(ゴーレム用にと思っていたけれど、仕方がないわね)
マリーベルは後ろ手に隠し持っていた縄を取り出すと、先端を輪にして頭の上で回し始めた。
「私は馬や牛ではありませんよ」
一切表情を変えずに言い残すと、ライナスは姿を消した。
*
すっかり遅くなってしまったのを心の中で詫びながら、ライナスは走る。
だがその直後――。
「なんだ!?」
気がつくと、両腕の外から体を縄で縛られていた。
「バカなっ」
あの女は置き去りにしてきたはずだった。
もう数百メートルは移動しているはずなのにどうして?
「フフフ。驚いた? これは私の作った魔道具で、魔力に反応して相手を拘束するの。本当はあのゴーレムに使う予定だったのだけれど、あなたを逃がしてしまったら元も子もないから、仕方なく使っちゃった」
最後だけ妙に子供っぽいイントネーションで、小首を傾げるマリーベル。
どうやらこの縄は魔法で伸縮自在らしい。
「あなたの強さは、魔力で体を強化しているからでしょう? そうでなければセバスチャンをあんな風にできるなんてありえないもの」
自分の推論を既に確定した事実であるかのように、饒舌に語るマリーベル。
「どう? 自由に動けないでしょう?」
事実そうだった。
何かに全身の力を抜かれてしまったかのような感覚で、まったく自由がきかない。
「サザビート商会のご婦人が、どうしてこんなことをしている」
口だけはまだ動くので、殊更大きな声で尋ねた。
まだこの距離ではゴウに聞こえないかもしれないが、やらないよりはマシだった。
ついでに少しでもヒントがほしかった。
この状況から抜け出すための情報が。
「質問をするのは私です。あなたは取り調べを受ける立場なのよ」
ライナスの質問は完全に無視するつもりらしい。
「くっ……」
やはり体が言うことを利かない。
油断したわけではないが、細心の注意を払っていたわけでもなかった。
自分のミスを悔いるライナス。
(待たせたな!)
頭の中に声が響いた。
「ゴウ!」
思わず声を出してしまったライナス。
茂みの中から巨大なゴーレムが、自分が契約したゴウが現れた。
「ゴーレムッ!!!」
マリーベルの目の色が変わった。





