EP.18 罪と罰
「遠慮するな! 死にたいのか!」
エリックが『北限の輝き』の5人に発破をかける。
「おおっ!」
「はいっ!」
腹に力を込めて叫ぶ冒険者たち。
動きが少しよくなった。
それはつまり、盗賊たちが次々と倒れていっていることに他ならない。
ボオォォォォッ!
そこへ、激しく燃え盛る炎と共にベニーが現れた。
先ほどまで火球を連発していたが、残り少なくなった魔力を大技に使って勝負に出たのだ。
「火炎剣」は、剣に魔法を付与する上級魔法で、ベニーが得意とする剣術を最大限に活かす戦闘スタイルだった。
ベニーの持つ剣からは3メートルにはなろうかというほどの炎が激しく燃え盛っていた。
この姿こそ、炎の魔剣士ベニーの本来の姿なのだ。
冒険者たちは明らかに怯んだ様子で、距離を取りながら後退る。
「オレがやる」
ベニーの前に立ったのは、エリックだった。
「フハハハ、まさかあの『一刀両断』と剣を交える日が来るなんてなぁ。今日は最高だぜ」
ベニーの瞳には、剣と同じ炎が宿っていた。
今この瞬間に、全てを賭けた男の目だった。
「いい目だ」
エリックが微かに微笑んだように見えた。
「惚れたか?」
言い終わる前に剣を振り下ろすベニー。
炎の柱がエリックに襲いかかるが、素早く身をかわしながら剣をベニーの左肩口に振り下ろす。
キン!
ベニーの肩当てがエリックの剣を弾いた。
「防御強化か」
エリックがいかにも面白くなさそうな表情で呟く。
「へっへっへ。一応準備はしておかねえとなあッ!」
またも言い終わる前に剣を横薙ぎに払うベニー。
ボォォォォっと大きな音を立てながら、炎が襲いかかる。
それを真上に飛んでかわすエリック。
「そこだぁッ!」
炎が一層激しく燃え上がったかと思うと、ベニーは剣を急角度に逆方向に払い上げる。
炎が空中のエリックを斜め下から斬り上げた――ように見えた。
だが、その瞬間炎が音もなく真っ二つに割れる。
「おお!」と冒険者たちが歓声を上げた。
「……さすがは一刀両断。一筋縄じゃいかねえなあ」
ニヤケ顔がどんどん凶悪になっていくベニー。
「貴様も盗賊にしておくのは惜しい」
地上に降り立ったエリックが、ベニーをまっすぐ見据えて言う。
「うははは、最高の褒め言葉じゃねえか。嬉しいねえ」
ベニーは更に火力を上げると、とうとう全身から発火し始めた。
「お前、まさか……」
さすがのエリックも一瞬怯む。
「まだまだこれからだぜえええええっ!!」
叫びながら飛び込んでくるベニー。
髪の毛にまで炎が燃え移っていた。
「くっ!」
ベニーの剣をいなしながら、炎が燃え移らないよう細かく距離を取るエリック。
「こいつは厄介だな」
言葉とは裏腹に、口の両端が吊り上がっているエリック。
「お前ら! ここはいいから自分の仕事をしろ!」
エリックは観客化していた冒険者たちに喝を入れて追い払う。
あの炎では最悪巻き添えの可能性も充分あり得る。
「はい!」と返事をして散開する冒険者たち。
「見た目によらず、優しいじゃねえか」
「邪魔なだけだ」
今度はエリックから踏み込む。
しかし、エリックの間合いの外から炎が飛んでくる。
「ちぃっ!」
エリックは心の底から楽しんでいた。
この任務自体は正直気乗りのしないもので、仕事だからついてきただけだった。
それがまさかこんなことになるとは。
冒険者を引退して以来、味わったことのないスリルと興奮。
自分の本質に目覚めたエリックは、今やベニーに感謝すらしていた。
「ほらほらどうした一刀両断!」
ベニーはもはや人の形を判別できないほどの炎となっていた。
そしてそのまま突進してくる。
放っておけば勝手に焼け焦げて死んでしまいそうだが、エリックはあえて受けて立つ。
「焔王斬ッ!」
炎の魔剣士最大の奥義を繰り出すベニー。
「一刀両断!」
エリックもスキルを放つ。
ボォォォォォォァッ!
ピシュッ。
「くっ……」
エリックが胸を押さえて、片膝をついた。
手の間から血が溢れてくる。
「フハハハハ! やった! やったぞ! オレはやったぞおおおおおッ!!」
両手を挙げて叫びながら前のめりに倒れ、動かなくなるベニー。
炎はいつまでも衰えることなく燃え盛っていた。
*
ライナスは森の中を走っていたが、後ろの気配を察して立ち止まる。
武器はその辺に放り投げた。
妙齢の女性を抱えた燕尾服の紳士がすぐに現れた。
「まさか待っていてくださるとは」
自分より年上に見えるその紳士の佇まいから、身を引き締めるライナス。
「マリーベルさまはどうぞあちらへ」
抱えていたマリーベルを下ろして、木の陰へ隠れるよう促すセバスチャン。
「手早く済ませてね」
「努力します」
そのやりとりを、不穏なものとして受け取ったライナスは先に動く。
まだマリーベルに顔を向けていたセバスチャンに向かって一気に距離を詰めると、その背中に上段蹴りを放つ。
ガシッ。
振り向いたセバスチャンが、両腕をクロスして蹴りを防ぐ。
蹴りの威力までしっかり考慮した万全の受けだった。
だが、その顔に僅かな歪みが生じたのをライナスは見逃さない。
すっと体を鎮めると、しゃがみ込んだ状態から地表を撫でるような回し蹴り。
それを斜め後方にジャンプして避けるセバスチャン。
「やるな」
思わず口にしてしまったライナス。
「あなたこそ。正直ここまでとは思っていませんでした」
森の中で対峙する二人の男は、暫し睨み合った。
*
ライナスが森の中へ消えてしまって、ノックノックはほっとした。
(やっぱりライナスさんは強いや。良かった逃げてくれて)
そしてそのまま、ドレイクとヨシュアの戦いに目を凝らした。
Aランクのヨシュアと、元Bランクのドレイクではだいぶ分が悪い勝負なのではないかと思っていたが、さにあらず。
人間相手に戦い慣れしたドレイクと、魔物狩り特化のヨシュアの違いが一目瞭然。
いや、それよりも覚悟の違いが剣捌きに現れているように見えた。
(お願いだから誰も殺さないで!)
ノックノックは祈るような気持ちで、馬車の中で息を殺していた。
*
「ほらほらどうした。Aランクってのはそんなもんなのか?」
無駄口を叩きながらも確実に急所を狙った攻撃を繰り出すドレイク。
大剣を普通の剣のように片手で振り回す剣技に、ヨシュアは圧倒されていた。
かつてのドレイクは、Aランクパーティ『地獄の道』の副リーダーとして、ゴーグリムでもそこそこ名前の通った存在だった。
ドレイク自身はまだBランクだったが、昇級試験を受ければすぐにでもAランク間違いなしと噂されるほどの実力だったのだ。
当時はこんな大剣ではなく、普通の剣を使っていた。
そして、まだペーペーの冒険者だったヨシュアに、剣術や冒険者のノウハウを教えてくれたのが、ドレイクだったのだ。
暫く会わないうちにここまで戦闘スタイルが変わっていることに、ヨシュアは大きく戸惑っていた。
「ドレイクさん! オレたちが戦うなんておかしいですよ!」
ヨシュアは自分でも甘いことを言っていると自覚しながらも、止められない。
「そうかい。それならおとなしくオレに斬られるんだな!」
語尾に合わせて大剣を振り下ろす。
ドシュッ!
血が飛び散った。
受けた剣ごと押し込んでヨシュアの肩に大剣がめり込んだのだ。
「ぐあっ!」
ヨシュアが呻き声を上げながら跪くと、その背中に矢が3本突き立つ。
ズ、ズ、ズッ。
片手を地面について俯いたヨシュアが、ガハッと口から血を吐く。
「ちっ、ケニーの野郎。勝負に水差しやがって」
勝ったにも関わらず不機嫌モード全開になるドレイク。
ケニーはどこだと周囲をきょろきょろ見回すが、見つからない。
その後ろで、ゆらりと音もなく立ち上がったヨシュアが剣を振りかぶった。
*
ノックノックは考える前に動いていた。
馬車のドアを開けて外に飛び出すと、大声で叫んだ。
「お頭っ! 後ろッ!!」
両手を口の前に当てて精一杯の声で叫んだ。
しかし無情にも、ちょうどドレイクが振り返ったところに剣が振り下ろされる。
ドレイクが背中から地面に倒れていくのがスローモーションになった。
「お頭ぁぁぁぁぁぁッ!」
立ち尽くしながら叫んだノックノックの胸に、矢が突き立った。
ズッ。
あっと思う間もなく、急に重力が失われた感覚に襲われるノックノック。
視界の変化で、自分も後ろへ倒れていっているのだと理解した。
倒れながら、胸の矢に視線を移し、胸に突き立った矢に両手を添える。
(そんな……)
仰向けに倒れたノックノックの両目から、涙が零れ落ちた。





