EP.13 契約者
[転生1171日目]
豪は洞窟の入り口の横、崖に背中を預けるようにして座っていた。
立っていてもいいのだが、視線が低い方が豪は好きだったのだ。
昨日のクマモン三頭と赤いクマモンは盗賊たちの手で皮を剥がされ、肉はステーキと鍋にしてあっという間に平らげられた。
そして今、目の前にデカい生肉が置かれていた。
どうやら豪の取り分というよりも、お供え物としての意味だと思われた。
(なんだよ、どうせ食えねえんだからこんなとこ置くな。生殺しか)
心の中で毒づいた後、昨夜の光景を思い出す。
(オレも一緒に食いたかったなぁ。あとビール飲みてえ)
叶わぬ願いと知りながら、なお思わずにはいられなかった。
しかし良いこともあった。
赤ゲージがかなりチャージされたのだった。
赤いクマモンはやはりご馳走だったのだ。
(いや、違うぞ。あくまで魔力狙いじゃなく、グロ回避が目的だったんだからな)
そんな自己問答をしていると、いつの間にかライナスが隣に立っていた。
まじまじとゴーレムを見て、何やら物思いに耽っている表情。
ゴーレムの膝に寄りかかるように座ると、懐から何かを取り出した。
(!!! ウサ吉ッ)
違うと分かっていながらも、その姿は否応なしにウサ吉を思い出させた。
出会ったばかりの頃の、まだ幼いウサ吉を――。
*
「よしよし、大丈夫だ。ほら、食い物をやろう。食べてみろ」
ライナスはイッカクウサギの子供に、野イチゴを与えた。
団の食料からではなく、今朝自分で採ってきたものだ。
イッカクウサギはくんくんと匂いを嗅いでから、両手でしっかり野イチゴを掴むと、もしゃもしゃと食べだした。
「ゆっくり味わって食えよ。あまり数がないんだ」
愛想のない言い方だが、慈愛に満ちた表情と声色だった。
この子は、昨日の早朝に森で見つけたのだった。
空腹で弱っていたのか、草陰でへばっていたのをライナスが保護したのだ。
野生の動物や魔物が人間に近づくのは襲う時くらいのものだが、ライナスは何故か昔から動物に懐かれやすい性質だった。
とはいえ生きた魔物を保護したのは、ライナスも初めての経験だった。
ただ昨日のワイルドベア騒動でアジトがしっちゃかめっちゃかになったせいで、この子も脱走してどこへ行ったかわからなくなっていたのだが、一晩中ライナスが探し回って、今朝連れ戻したところだった。
そのため、ライナスは昨夜の宴会にも顔を出さず、当然熊肉も食べていなかった。
「そうだ。名前を付けてやろう」
ライナスが、野イチゴを食べているイッカクウサギを見つめながら話しかける。
「そうだな……お前の名前は、ウサ子だ」
一瞬、ウサ子の両耳がピンと真っ直ぐに立った。
しかし、ウサ子自身は相変わらず野イチゴに夢中。
「そうか、気に入ったか。名前を付けるのがお頭じゃなくて良かったな」
不器用に笑いながら、ウサ子の背中を優しく撫でるライナス。
そして視線を上げると、不意にデカ丸の顔を見つめた。
「まぁ、お前は仕方がない。諦めろ」
そう呟くと、またウサ子に視線を戻した。
*
「なんだ、こんなところにいたのか。昨夜はどこへ行ってたんだ?」
ベニーがやってきて、ライナスの肩をポンと叩く。
「コイツを探しに」
ライナスがウサ子を見せると、ベニーの目がギラついた。
「お! イッカクウサギじゃねえか。コイツなかなか旨いんだよな」
その瞬間、ライナスの全身から物凄い怒気が噴き上がった。
「おいおい、冗談だって。マジになるなよ。しかしお前、ドレイクには言ってあるのか?」
「ああ、さっき話してきた」
「そうか。そんなら問題ねえ。でもどうするつもりだ。まさか育てる気か?」
「いや、それは……」
ライナスは迷っていた。
魔物を人間が育てるというのは、聞いたことがなかった。
果たしてそんなことは可能なのかどうか。
もし何かあったら、自分もウサ子もただでは済まない。
「まあいいさ。ゆっくり考えな。でもオレは食う方に一票だ」
これも悪ふざけと知りつつ、ムッとするライナス。
ベニーはそれを見て、笑いながら去っていった。
「お前はどうしたい? ウサ子」
ライナスはウサ子に語りかけるが、ウサ子はそろそろおねむの時間のようだった。
魔物のはずなのに、この短時間で驚くほどライナスに懐いてしまっているように見える。
それを何とも感じていないライナスも、また少し普通と違うのかもしれない。
眠そうなウサ子を懐の中に戻して、ライナスは立ち上がった。
ライナスの顔が、座ったデカ丸の頭とほぼ同じ高さになった。
ライナスはこの盗賊団の中で、一番身長が高かったのだ。
「そういや、まだ礼を言ってなかったな。昨日はお疲れさん。ありがとう」
そう言いながらライナスは、デカ丸の左肩にそっと手を触れた――。
*
ピコーン!
(え、なに? なにが起きた? 魔力回復したのか?)
背の高い格闘男がゴーレムに触れたかと思ったら、急にキタ!
(あの魔法野郎じゃなくて、こっちが本命だったのか!?)
己の不明を呪いつつ、そんなのわかるわけねえだろと開き直る豪。
ゲージがみるみる増えていく。
レッドベアの比ではなかった。
上昇が止まったのは、男がゴーレムの肩から手を離したからだった。
シュイーーーン。
すると、今度は別の音がした。
直後に視界が一瞬ホワイトアウト。
真っ白な中に、紋章のようなものが大きく浮かび上がった。
(な、なんだ? 今度はなんなんだよ!)
突然のことに、ややパニック気味の豪。
しかし、すぐに視界が元に戻る。
もちろん、さきほどの紋章は跡形もなく消えていた。
「なんだ今のは!?」
(えっ!?)
人間の声が聞こえた。
しかも意味がわかる。
これはもしかして――。
格闘男がこちらを見て、愕然とした表情のまま突っ立っていた。
(まさかお前か?)
「な、なんだこれは。デカ丸の声なのか?」
(デカ丸? なんだそれ?)
格闘男が、さっき触った手をまじまじと見つめる。
豪もズーム機能でそれを見る。
格闘男の掌に、さっき豪が見たのとそっくりな紋章が刻まれていた――。





