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報復の序章

 鬼気迫る怒声に家令はすくみ上がり、伯爵は何とか反論しようと周囲を見回す。しかし助言をくれる者などいるわけがなかった。

 と、メイドのひとりがびくびくしながらも進み出る。年配の、家庭的な雰囲気のメイドである。


「こ、侯爵さま。発言をお許し下さいませ」

「……聞こう。ベルといったね」


 怒気を沈め、侯爵が促す。「侯爵閣下! 使用人ごときと会話などなりません!」と叫んだ家令を私兵が組み伏せる。このあと偽証の罪で拘束するので、ちょうど良かった。

 ベルは震えながら語りだす。


「わ、私は何年か前までは、サティーお嬢さまの侍女のようなこともしておりました。でも、ここ数年は、お姿を見ることは許されず……」

「……なんと?」

「爆発があって駆けつけたとき、嬉しかったのです。やっとお嬢さまを拝見できて……!」


 侯爵が絶句する。

 サティーを椅子に運んだときの体重の軽さと、医師の見立てによる怪我の回復の遅さは、使用人が世話に手を抜いた虐待であろうと思っていた。

 が、使用人が姿を見ていないとはどういうことか。伯爵家の令嬢が、衣食住の権利すら奪われていたということか。


「食事をドアの前に運んでただろう、片付けたのもお前だろう。姿くらい見れただろう。嘘つき女め」

「……雑音だ、気にするな。続けて」


 伯爵はブツブツと小声で悪態をついている。ベルは伯爵と侯爵の板挟みで涙を浮かべる。


「だ、旦那さまは、お嬢さまに3階の角部屋から出るなと仰って……お食事は日に一度、私がワゴンを部屋の前の廊下に置いておりました。会話も、お掃除も禁止されて……。そして、お嬢さまのお部屋は、この、アマンダが使っておりました」

「ちょ、……私は旦那さまのご意向に従っただけですっ!」


 もうひとりのメイド、伯爵のベッドにいた方が目を吊り上げてベルを睨む。気位の高そうなアマンダは侯爵の視線に怯えてはいるが、尋問が不服という顔を隠そうともしない。


「伯爵の意向とはどのような?」

「将来、私を養女にするから、と……。だから、サティーお嬢さまはワガママで淫乱だと噂を…」

「アマンダっ!! 大げさなことを!」


 愛人の証言を遮り、伯爵が叫んだ。

 侯爵は次々と明かされる伯爵家の実態に、計り知れない後悔が襲う。何故もっと早く気づかなかったのかと。

 唯一の救いは、ベルというメイドの良心だ。

 裏方であるメイドは基本、主とその家族に会うことはできない。伯爵にもサティーにも本来なら、目通りが叶わない立場だ。できることも限られただろうに。

 サティーの窮状をいま伝えねばと彼女は決意したのだ。侯爵は視線で続きを促した。


「それと、あの……今はこの人数しかおりませんが、つい最近まではもっといたのです。でも、解雇を言い渡されて……」

「それは、12月2日のことかな」

「え?」


 何故それを、とベルが驚く。

 侯爵は警備兵から、再度日誌を受け取った。


「この日誌に、駆けつけた警備兵が屋敷の外に向かう複数の足跡を発見した、とある。私が最終的に知りたいのは爆弾魔だが、それはこの足跡の人物ではないと思っている」


 ベルの目は見開き、感激に潤んだ。その見解を不服としたのは、伯爵と家令である。


「何故です、こんなに確かな証拠はないですぞ!」

「そうですとも! 警官隊もこれを賊どもと断定し、行方を追っているはずです!」


 侯爵はふたりの顔色を見定め、訊いた。


「君らがもし殺人を犯したなら、その場から自宅まで足跡を残すかね?」


 子供でもハイとは答えないだろう質問に、伯爵と家令は真っ赤になって黙り込む。


「雪の上に足跡が残ると分かっていて残す犯人などおるまい。この足跡は、解雇され屋敷を出ていった使用人たちのもの。そうだね、ベル?」

「はい、はい……! 左様でございます! 旦那さまにもダニエルさん……家令にも違うと申し上げても、犯人のものだと決めつけて……。前の日に屋敷を出たシェフたちが捕まってないかと、私、心配で……!」


 侯爵が警備兵らに目配せすると、ふたりはビシリと背筋を伸ばす。


「ベル、解雇された使用人たちの名簿を彼らに渡してほしい。無事を確認し、必要があれば警官隊に今の会話を報告させよう」

「はいっ!」


 名簿があるのは家令の執務室である。「ひ、人の部屋に勝手に入るなあっ!」と、その家令がわめいているが、やましいことがないなら問題ないはずだ。


「ロウエ、お前も行け。何かありそうだ」

「御意」



 応接室には静寂が落ちていた。

 まだ逃げられる気でいるオーランド伯爵と、自分は一切悪くないと自信たっぷりのメイドのアマンダ、私兵に取り押されられ苦痛に顔を歪める家令ダニエル。

 彼らは口を開けない。何が藪蛇になるか、分からないからだ。

 無理やり仕立て上げられた偽使用人らに、特に口止めはしていない。疾風の速さで伯爵家の内情は知れ渡るだろう。没落は時間の問題であった。

 アレグリオ侯爵はソファに戻り、脚を組む。

 愉快とは程遠い笑みを、唇に乗せた。

 

「さて、……外堀は埋まった」


 警備兵の日誌は関係者を絞り、使用人の証言はサティーのための報復の理由を作り、伯爵の人となりはその報復を受けるに十分なキャパシティを持っている。

 伯爵家を潰す。

 それが侯爵の出した結論であり、サティーを護るのに最も有効な手段だからである。


「覚悟はよいか、爆弾魔ども」



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