狐狸の巣へ
侯爵は私兵を門の前に留め置くと、侍従ロウエと警備兵ふたりを伴って伯爵邸を訪れた。
サティーが夜会で婚約破棄されたこと、その場で侯爵の妻となったことは、サティーを乗せてきた馬車の従者から伝わったのだろう。
おかげで、その件の詫びと事後報告がしたいと応対に出た家令に伝えると、伯爵の確認もとらずあっさりと応接室に通された。
「こちらでお待ちを。伯爵を呼んで参ります」
メガネの奥の目は「慰謝料よこせ慰謝料よこせ慰謝料よこせ」と雄弁である。ちょっと引く。
「ついでに君と、使用人全員も同席したまえ」
「善処いたします」
「命令だ。同席したまえ」
「……承知いたしました」
ぴくり、眉を動かし、家令は退出した。
オルフ・オーランド伯爵は爆発事故での心身の憔悴を理由に、昨日の夜会を欠席していた。
痛々しい姿のサティーを出席させておいて、である。
社交は煩わしいが、侯爵家との縁は強固であるとアピールしたかったのだろう。侯爵は鼻で嗤う。
「日誌によれば爆発にも気づかず……いや、気づいていながら寝ていたことになるのだがな」
『寝かせてもくれんのか』と、爆発後に寝室を訪れた警備兵に叫んでいる。日誌の中の会話部分は間違いないことを、警備兵ふたりは証言した。
「そんな図太い男が憔悴などするか」
「左様でございますね」
扉の横に並ぶ警備兵ふたりはこの先の事態を想像し、一抹の同情を伯爵に対して覚えていた。
ああ、次の獲物はオーランド伯爵か、と。
警備兵の兵舎ですら出てきたお茶も出てこず、10分待った。
金色の置き時計にホコリが見える。さらに10分経つ。
バタバタと走り回る音がドアの向こうに聞こえる。さらに10分経つ。
「お待たせ致しました」
応接室に伯爵が現れたのは、来訪を伝えて30分以上経過したあとであった。
わざとらしい旅装で登場したオルフ・オーランド伯爵は、侯爵に一礼すると、向かい合うソファにどかりと腰を降ろす。
「急ぎのところ、足を停めさせて申し訳ないな。オーランド伯爵」
殊勝に眉を下げる侯爵に、義父となった余裕からか伯爵は構わないと手を振る。
「なんの、領地までは2日もあれば着くのです。領民たちと年を越せれば、出立が少々遅れても問題ありませんよ」
前庭には荷馬車の準備すらなかったのだが。
わざわざ旅装に着替えての茶番に、侯爵は呆れる。顔には出さずに。
「この度は、愚息の不実、まことに申し訳なかった。罪滅ぼしといっては何だが、ご息女サティーを私の後添いに頂きたく思う。お許し頂けるだろうか」
「願ってもないお申し出でございます! 私がこのように心身虚弱でなければ、こちらからご挨拶にお伺いしますところ……ゴホッ」
無理やりの咳き込みには反応せず、侯爵が合図を送ると、侍従が手土産の最高級ワインを伯爵に差し出した。
「我が領地のワインを持参した。50年ものの希少品だ。貴殿の口に合えば良いが」
選ばれた者しか口にできない侯爵領ワインに、伯爵はよだれを垂らさんばかりに揉み手をする。
「こ、これはこれは! ぜひとも侯爵と乾杯いたしたいですな!」
「そうか。せっかくだ、ご相伴にあずかろう」
「おい、グラスを持て!」
固めの盃をしようと伯爵が声を張る。が、返事はない。何度か呼ぶが、使用人がひとりも来ない。
さすがに伯爵が慌てる。
「いや、あの、いつもこうでは……少々お待ちを……」
「仕方あるまい。使用人を掻き集めているところだろうからな」
「……へ?」
伯爵が間抜けた声を出し、警備兵らが天を仰いだところへ「し、失礼いたします」と緊張気味の家令が、応接室をノックした。
「入りたまえ」
屋敷の主でなく、侯爵が許可を出す。
ぞろぞろと現れたのは家令を筆頭に、執事、侍女、ハウスメイドふたり、シェフと助手、馬丁、従者の9人。
ずらりと並んだ彼らに、伯爵の目が点になっている。
「あの、侯爵……彼らが何か、無礼でも……」
「オルフ・オーランド伯爵、そして君らに問いたいことがある」
ぞっ、と、伯爵の背筋が凍る。
先ほどまでの穏やかな雰囲気は消え去り、義理の息子となった男、アレグリオ・イザーク侯爵は、冷徹なまでの視線で自分たちを見据えていた。
「12月3日、爆発のあった夜に屋敷内にいた者は、誰だ?」
「……わ、私ですっ!」
獅子の圧に気圧され、弾かれるように家令が前に出る。続いて、おずおずとハウスメイドふたりも一歩進み出ると、次々と全員が前に出てきた。
侯爵が首をひねる。
「奇妙だな。私が警備日誌を読んだ限りでは、あの夜、屋敷内にいたのは女性ふたりだけだ」
「なっ……そ、そのようなことは!」
「日誌には君の影が見えないのだがな」
「彼らに会わなかっただけです!」
「家令がか? 警官隊への現場説明が必要なときに?」
「わ、私には私の仕事がございますし……!」
家令は反論を繰り返すが、それを無視して侯爵は、同行させた警備兵ふたりを呼んだ。
「君らが見たのは、この中の誰だ?」
「は、はい、自分たちが見たのは、そちらのメイドと、女性がもうひとりです」
「ふむ」
サティーの部屋にいたメイドの顔は見たが、もうひとりは伯爵のベッドの中。顔は見ていない。
侯爵は立ち上がると、メイドふたりと侍女を呼んだ。
「君らの名前は?」
視界の隅で、家令がさあっと青ざめる。侯爵に挨拶をする、ということは。
「は、初めまして侯爵さま、わたくしは……」
メイドふたりは目線を下げ、黒い使用人ワンピースの裾を持ち、最上級の礼を取ったが。
侍女の紺色のワンピースを着た女性はもじもじと、挨拶のアの字も知らずに立ち尽くし、あろうことか、
「ふわあ~……噂の侯爵さま、はずめで見ンだ……かっこええなあ~……」
ものすごい訛りで見つめてきた。
それに「ありがとう」と笑顔を返し、侯爵は扉に向かって声をかける。
「報告を」
「はっ!」
外に待機していた私兵のひとりが入室し、侯爵に敬礼をする。家令の顔色は青から白になった。
「そこの家令の男は裏口から通りに出、通りかかった行商の者や下働きの娘に金を渡し、伯爵家の使用人になりきるよう勧誘しておりました。また、バー・アミダバ2階の賭博場の従業員から、当日深夜に家令が入店したとの証言が取れております」
「ご苦労」
侯爵が使用人たちに向き直る。
「処罰はせぬ。この男に勧誘された者は前に出よ」
互いの顔を見合わせた彼らは、家令の願い虚しく一歩前進した。9人中、6人が偽物であった。伯爵家の使用人は、家令とメイドふたり、たった3人だったことが判明した。
服だけ着せて頭数を増やし、見栄を張ったのだ。つけ焼き刃にも程がある。
家令は今にも倒れそうで。伯爵はアレグリオ侯爵の目的が分からず、混乱している。
「伯爵、サティーは我が息子ジェームズの婚約者だったはずだな」
「は、はいっ……!」
侯爵の声には、地獄の底から響くかのような怨嗟があった。次の瞬間それは、咆哮に変わる。
「ならば何故、侍女もつけず、満足な食事も与えず傷の手当てもせず、寒い使用人の部屋で過ごさせねばならなかったのかを答えよ!!」




