表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

狐狸の巣へ

 侯爵は私兵を門の前に留め置くと、侍従ロウエと警備兵ふたりを伴って伯爵邸を訪れた。


 サティーが夜会で婚約破棄されたこと、その場で侯爵の妻となったことは、サティーを乗せてきた馬車の従者から伝わったのだろう。

 おかげで、その件の詫びと事後報告がしたいと応対に出た家令に伝えると、伯爵の確認もとらずあっさりと応接室に通された。


「こちらでお待ちを。伯爵を呼んで参ります」


 メガネの奥の目は「慰謝料よこせ慰謝料よこせ慰謝料よこせ」と雄弁である。ちょっと引く。


「ついでに君と、使用人全員も同席したまえ」

「善処いたします」

「命令だ。同席したまえ」

「……承知いたしました」


 ぴくり、眉を動かし、家令は退出した。





 オルフ・オーランド伯爵は爆発事故での心身の憔悴を理由に、昨日の夜会を欠席していた。

 痛々しい姿のサティーを出席させておいて、である。

 社交は煩わしいが、侯爵家との縁は強固であるとアピールしたかったのだろう。侯爵は鼻で嗤う。


「日誌によれば爆発にも気づかず……いや、気づいていながら寝ていたことになるのだがな」


 『寝かせてもくれんのか』と、爆発後に寝室を訪れた警備兵に叫んでいる。日誌の中の会話部分は間違いないことを、警備兵ふたりは証言した。


「そんな図太い男が憔悴などするか」

「左様でございますね」


 扉の横に並ぶ警備兵ふたりはこの先の事態を想像し、一抹の同情を伯爵に対して覚えていた。

 ああ、次の獲物はオーランド伯爵か、と。


 警備兵の兵舎ですら出てきたお茶も出てこず、10分待った。

 金色の置き時計にホコリが見える。さらに10分経つ。

 バタバタと走り回る音がドアの向こうに聞こえる。さらに10分経つ。


「お待たせ致しました」


 応接室に伯爵が現れたのは、来訪を伝えて30分以上経過したあとであった。

 わざとらしい旅装で登場したオルフ・オーランド伯爵は、侯爵に一礼すると、向かい合うソファにどかりと腰を降ろす。


「急ぎのところ、足を停めさせて申し訳ないな。オーランド伯爵」


 殊勝に眉を下げる侯爵に、義父となった余裕からか伯爵は構わないと手を振る。


「なんの、領地までは2日もあれば着くのです。領民たちと年を越せれば、出立が少々遅れても問題ありませんよ」


 前庭には荷馬車の準備すらなかったのだが。

 わざわざ旅装に着替えての茶番に、侯爵は呆れる。顔には出さずに。


「この度は、愚息の不実、まことに申し訳なかった。罪滅ぼしといっては何だが、ご息女サティーを私の後添いに頂きたく思う。お許し頂けるだろうか」

「願ってもないお申し出でございます! 私がこのように心身虚弱でなければ、こちらからご挨拶にお伺いしますところ……ゴホッ」


 無理やりの咳き込みには反応せず、侯爵が合図を送ると、侍従が手土産の最高級ワインを伯爵に差し出した。


「我が領地のワインを持参した。50年ものの希少品だ。貴殿の口に合えば良いが」


 選ばれた者しか口にできない侯爵領ワインに、伯爵はよだれを垂らさんばかりに揉み手をする。


「こ、これはこれは! ぜひとも侯爵と乾杯いたしたいですな!」

「そうか。せっかくだ、ご相伴にあずかろう」

「おい、グラスを持て!」


 固めの盃をしようと伯爵が声を張る。が、返事はない。何度か呼ぶが、使用人がひとりも来ない。

 さすがに伯爵が慌てる。


「いや、あの、いつもこうでは……少々お待ちを……」

「仕方あるまい。使用人を掻き集めているところだろうからな」

「……へ?」


 伯爵が間抜けた声を出し、警備兵らが天を仰いだところへ「し、失礼いたします」と緊張気味の家令が、応接室をノックした。


「入りたまえ」


 屋敷の主でなく、侯爵が許可を出す。

 ぞろぞろと現れたのは家令を筆頭に、執事、侍女、ハウスメイドふたり、シェフと助手、馬丁、従者の9人。

 ずらりと並んだ彼らに、伯爵の目が点になっている。


「あの、侯爵……彼らが何か、無礼でも……」

「オルフ・オーランド伯爵、そして君らに問いたいことがある」


 ぞっ、と、伯爵の背筋が凍る。

 先ほどまでの穏やかな雰囲気は消え去り、義理の息子となった男、アレグリオ・イザーク侯爵は、冷徹なまでの視線で自分たちを見据えていた。


「12月3日、爆発のあった夜に屋敷内にいた者は、誰だ?」

「……わ、私ですっ!」


 獅子の圧に気圧され、弾かれるように家令が前に出る。続いて、おずおずとハウスメイドふたりも一歩進み出ると、次々と全員が前に出てきた。

 侯爵が首をひねる。


「奇妙だな。私が警備日誌を読んだ限りでは、あの夜、屋敷内にいたのは女性ふたりだけだ」

「なっ……そ、そのようなことは!」

「日誌には君の影が見えないのだがな」

「彼らに会わなかっただけです!」

「家令がか? 警官隊への現場説明が必要なときに?」

「わ、私には私の仕事がございますし……!」


 家令は反論を繰り返すが、それを無視して侯爵は、同行させた警備兵ふたりを呼んだ。


「君らが見たのは、この中の誰だ?」

「は、はい、自分たちが見たのは、そちらのメイドと、女性がもうひとりです」

「ふむ」


 サティーの部屋にいたメイドの顔は見たが、もうひとりは伯爵のベッドの中。顔は見ていない。

 侯爵は立ち上がると、メイドふたりと侍女を呼んだ。


「君らの名前は?」


 視界の隅で、家令がさあっと青ざめる。侯爵に挨拶をする、ということは。


「は、初めまして侯爵さま、わたくしは……」


 メイドふたりは目線を下げ、黒い使用人ワンピースの裾を持ち、最上級の礼を取ったが。

 侍女の紺色のワンピースを着た女性はもじもじと、挨拶のアの字も知らずに立ち尽くし、あろうことか、


「ふわあ~……噂の侯爵さま、はずめで見ンだ……かっこええなあ~……」


 ものすごい訛りで見つめてきた。

 それに「ありがとう」と笑顔を返し、侯爵は扉に向かって声をかける。


「報告を」

「はっ!」


 外に待機していた私兵のひとりが入室し、侯爵に敬礼をする。家令の顔色は青から白になった。


「そこの家令の男は裏口から通りに出、通りかかった行商の者や下働きの娘に金を渡し、伯爵家の使用人になりきるよう勧誘しておりました。また、バー・アミダバ2階の賭博場の従業員から、当日深夜に家令が入店したとの証言が取れております」

「ご苦労」


 侯爵が使用人たちに向き直る。


「処罰はせぬ。この男に勧誘された者は前に出よ」


 互いの顔を見合わせた彼らは、家令の願い虚しく一歩前進した。9人中、6人が偽物であった。伯爵家の使用人は、家令とメイドふたり、たった3人だったことが判明した。

 服だけ着せて頭数を増やし、見栄を張ったのだ。つけ焼き刃にも程がある。

 家令は今にも倒れそうで。伯爵はアレグリオ侯爵の目的が分からず、混乱している。


「伯爵、サティーは我が息子ジェームズの婚約者だったはずだな」

「は、はいっ……!」


 侯爵の声には、地獄の底から響くかのような怨嗟があった。次の瞬間それは、咆哮に変わる。


「ならば何故、侍女もつけず、満足な食事も与えず傷の手当てもせず、寒い使用人の部屋で過ごさせねばならなかったのかを答えよ!!」


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
思わず、うわぁ、と声を上げてしまいました。この、伯爵家の酷さは一体何なのでしょうか。侯爵閣下の炯眼によって真実が明かされるのが楽しみでなりません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ