警備兵は見た問題
突然の命令に、警備兵長マルクは笑いを引きつらせる。
(あんたに何の関係があるんだ!)
相手は貴族だが、よその領地の人間だ。ここのやり方にいちゃもん付けられる筋合いはない。
兵長は侯爵の指示を部下に伝え、応接室まで案内する。
兵舎は簡素な作りで、1階に食堂や倉庫、武器庫、2階に応接室、当直室などが並ぶ。
アレグリオ侯爵が座った席からは兵長の肩越しに、寒々としたオーランド伯爵邸が、曇り空の下に見えていた。侯爵のうしろに侍従ロウエが立つ。
「まずは、この日誌を返そう。興味深く読ませてもらった」
悠然と脚を組み、出された紅茶に手を付けもせず、侯爵はロウエの持つ日誌を指す。マルク兵長はここぞとばかりに迷惑顔をした。
「いやはや、警備日誌を朝の交替時に引き継ぐのが我々の業務でして。いつもあるものが不在ですと、業務のリズムとは崩れるものですな」
日誌を持ち出されたせいで業務に支障が出た、と言いたいらしい。が、侯爵は平然と返す。
「そんなことはあるまい。書くことはせいぜい天気と、『本日異常なし』だけだろう。後日、ゴシップ紙の内容を書き写せばいい」
目に見えて、兵長は慌てた。
「な、何を仰せで! 警備兵たるものが……」
「その警備兵たるものが、12月3日は警備をしていなかったと分かるのが、この日誌だ」
侯爵の目の合図を受けたロウエが淡々と、日誌の12月3日のページを読み上げる。
「『深夜1時50分。オルフ・オーランド伯爵邸に爆発音が響いた。警備兵が伯爵邸に到着したのが深夜2時頃』……でございますね、旦那さま」
「うむ」
侯爵はうなずく。何が悪いのか、と兵長は不満げな目で見上げてくる。
「ここで言う伯爵邸とは、屋敷の玄関のことと察するが」
「左様でございますな」
「この兵舎から伯爵邸玄関まで、兵長ならば走って何分で到着できるかな?」
「それは、せいぜい2、3分……」
言ってから、はっとした。自ら嘘を認めたようなものだった。口を閉ざした兵長を、侯爵は静かに追求する。
「日誌には、警備兵は10分かかったと書いてある。門に鍵がかかっていたか? 警備兵が開けられぬわけがないな。歩いて向かったのか? 爆発音が聞こえた場所に? それもなかろう」
なんとか弁解をと頭をひねる兵長の言い訳候補を、侯爵はひとつずつ潰していく。
「日誌が真実なら私の見立てはふたつだ。警備兵は寝ていたか、兵舎にいなかったか……」
「あ、アクシデントがあったかも、しれません! 今は冬ですし、雪も降っておりましたし、兵舎の鍵が凍って開かなかったのやも!」
それしかないと言わんばかりに、喜び勇んだ兵長の舌がよく回った。
侯爵はひとつ溜め息をつくと、腕を組む。空色の瞳は霜天のように冷たい。
「君は、職務に遅れた部下のアクシデント内容も把握せず、その懲罰もしていないということか。ここが私の領地なら、君に監督責任を問うがな」
「……!」
部下の失態を庇うつもりが、今度は自分の失態を責められる形になってしまった。
口先で場を切り抜けるつもりでいる兵長に、
「失礼いたします!」
応接室の扉をノックする部下の声が聴こえた。息を呑む。ようやく兵長は、自分ひとりのステージでないことを悟った。
(そうだった、こいつらも、呼ばれていた……!)
どれだけ詭弁を弄しようが、口裏合わせもしていないのだ。自分がいま言ったことが全て無駄になる未来が待っている。
うなだれる兵長をよそに、場の重い空気に気づかない警備兵ふたりが扉の前に並ぶ。
「君らに訊きたいことがある」
雲の上の人であるアレグリオ・イザーク侯爵に語りかけられ、緊張しながらふたりは「何なりと!」と応答した。
「ここに、娯楽はあるかね?」
「……は?」
警備兵ふたりと兵長が、まぬけな声で固まる。
自分の断罪が始まると思っていた兵長は、突然の路線変更について行けていない。疑心暗鬼な顔だ。
侯爵は穏やかな声で続ける。
「中心街に近ければ酒場や競馬場などの娯楽施設もあるが、ここにはそれらが少ないように見えてね。侯爵家の契約農場のワインを置いてくれる酒場を、この街に作りたいと思うが、どうかな」
「ほ、本当ですか……!?」
警備兵らは、まばたきののち、顔を輝かせた。
イザーク侯爵家など他の貴族家は、王都の屋敷の周囲にマーケットや私塾、貸家を集め、雇用とにぎわいを創出している。
おかげで税収は増え、領地が小さくとも家賃収入で資金潤沢な貴族家は多い。
オーランド伯爵邸の周辺街は、お世辞にも華やかとは言いがたい。経営の才がないのだろう。侯爵がテコ入れしてくれるなら、大歓迎なのだ。
警備兵らの反応を見て、侯爵が笑う。
「あとは、そうだな。カジノとはいかないが、刺激は必要だな。ファイト・クラブなどはどうだろう。小さなコロッセウムを造れる土地はあるかな」
「西2番街あたりなど、よろしいかと」
侍従の助言に、侯爵もうなずく。華々しい街作り計画に、警備兵らも感激しきりである。
「ファイト・クラブと体力作りのためのインスタント・ダンジョン、大衆酒場をセットで造るのが良いかな。若い力も発散でき、仕事の活力になればいい」
「う、嬉しいですっ……ありがとうございますっ!」
「本当この辺り、非番に楽しめるものがなくてっ!」
「君らは普段、どこで飲んでいるのかな?」
「この区画を3つほど行った、さびれ気味のバーです」
「バーの名前は?」
「アミダバ・バーです」
「ロウエ」
「御意」
流れるような誘導であった。侯爵は変わらず笑顔である。
老侍従が扉を出たところで、
(あー!!)
気づいた兵長はアゴを外した。
(これが狙いかああああ!!)
30分後。
アミダバ・バーの店主の証言により、12月3日の夜、警備兵ふたりがべろべろに酔い「どお〜せ異常なんかねえってえ〜」「今日の当直、俺らだけだからバレねえってえ〜」と、漏らしていたこと。深夜2時前に来た客が「今、伯爵邸で爆発があったってよ」と店で話し、ふたりが慌てて飛び出していったことが明らかになった。そして、
「こちらが、その日誌の原文でございます」
バーにあった12月5日付けのゴシップ紙『午後のマダムたち』。そこには、
『伯爵は夜に度々、若いメイドAを部屋に呼び寄せていたと、別のメイドBさんが証言している。これは確かな情報である。果たして伯爵の愛はサティー嬢にあるのか、それとも……?』
と、マダムたちが暇つぶしにするような下世話な記事が、虚実ない混ぜて書かれていた。
謀られた。
警備兵ふたりは、アレグリオ侯爵の掌で踊らされていたことに今さら気づき、青ざめる。
どう釈明するか、いや、釈明が許されるとも思えない。何せ、日誌にあえて書かなかったこと全てを、侯爵は看破したからだ。
伯爵の寝室と、サティーお嬢さまの部屋。それぞれに、ひとりずつしか警備兵が走っていないこともバレていた。
「複数人で行っていたなら、有無を言わさず伯爵とサティーを担いで運び出すだろう。ひとりでは、しかも酔っていてはできなかった。ゆえに警備兵は最高でもふたりと判断したのだが、違うかね?」
合っている。
「そもそも深夜番が足りないのだ。もっと人数がいて然るべきだが」
「……はい、他にもうふたり、おりました。……恋人と会うからと、勤務を抜けました」
「伯爵の無事を確認するまで10分とあるが、君らは主寝室の場所を知らずにさまよってでもいたのか?」
「……酔っていて、走れませんでした」
勤務実態のダメさが、全てバレている。
さびれた街、才のない経営者、やる気の起きない職場。任務放棄する理由にはならないことは分かっているが、やり甲斐がないのだ。
言い逃れのしようもなかった。
侯爵は何かしらの書類をしたためると、侍従に渡し、了承した侍従がまた応接室を出て行く。
自分たちの処分に違いないと3人は確信していた。
当然だ。任務を怠らなれば、お嬢さまを狙った犯人を確認できていたかもしれないのだから。
「君らには労役刑を与える」
侯爵が、厳かに伝える。
「オーランド伯爵領からこの屋敷まで、魔石鉱山の鉱石を運ぶ客車・貨物用鉄路を引く。ここは郊外、屋敷の土地に精錬所を作る余地なら申し分ない。新たな雇用と貴族の投資先を生むチャンスである。君らには、鉄路を引くための下地造りを課す。鉱山からのルート設計、沿線の樹木伐採箇所の調査、架橋、人口増加に耐えうる水の確保……やることは山ほどある」
「こ、侯爵さま、それは……」
3人は、二の句がつげない。
それは労役『刑』なのか? 確かにやることは多いが、新たな職場を、やり甲斐にあふれた未知の職場を与えられたと同義なのだけど。
侯爵の目は、至って真剣である。
「伯爵には、領地を営む才知なしと上申させてもらう。その上でオーランド伯爵領を我がものとし、街の発展を約定するものである。君らは、新たな我が領地の虜囚第1号となる。しっかりと働き、良き模範囚となりたまえ」
「……は、はいっ……!! 申し訳ございませんでしたっ!!」
膝に着くほど、3人は深く頭を垂れた。
そして、日誌が示すオーランド伯爵家の暗黒面の解明に、アレグリオ侯爵はふたりの助言者を得たのである。
異世界っぽさアイテムとして変なもん出してみた。
インスタント・ダンジョン→レンタルプレハブ的なダンジョン。ジムみたいな扱い。1日相撲体験の最後に横綱と試合できる感覚でボスもいる。
ファイト・クラブ→地下じゃない格闘技場。プロレスショー的な。飛び入り歓迎。
異世界っぽさが迷走してないか……




