婚約破棄の真相
しんとした部屋に、侯爵の声は鉄槌を落とした。
誰も動かない。驚きの目で、または非難の目で侯爵を睨んでいる。
「わ、私が? いや、我々が爆弾を仕掛けたと? アレグリオ侯爵さま、それは妄言というものです」
絞り出したオーランド伯爵の反論は、迫力はないにせよ『証拠はあるまい』という自信に満ちていた。
確かに証拠が『もう』ないのだ。爆弾は、爆発と同時に原形を失う。
気に入ったメイドを養女にするため、娘であるサティーを邪魔者扱いした。殺害しようとした、と言ってもいい。
状況は十分、動機もある。限りなく黒に近いグレーだが、絶対に黒といえる物証がない。
『どんな』爆発物を仕掛け、『どうやって』爆発させたのか。そこが侯爵も分からないと認めるところだ。
「爆弾なんて見たことも触ったこともない。そんな私が、どうやって爆弾を仕掛けたと仰るのです?」
調子に乗るオーランド伯爵に、家令も律儀に加勢する。
「そうですとも! そもそも外部の者である可能性も消えてはおりません。私たちは無実でございます!」
「そうよ、爆弾を仕掛けたなんて言いがかりよ!」
メイドも金切り声で抗議するが、一通り聴き終わると、侯爵は静かに言い放つ。
「ずいぶんと爆弾を強調するのだな。私は便宜上爆弾と言っているだけで、いわゆる火薬を用いた爆弾だとは思っていない」
「んなっ」伯爵が口を押さえる。失言だと気づいたらしい。他ふたりの声もぴたりと止んだ。
爆弾を爆発させるには、直前に着火が必要だ。それが可能な人物がいない。とすればそれは『爆弾のようなもの』でしかない。
「それに、爆弾を『仕掛けた』と言うのは何故だ? 『置いた』『持ち込んだ』でも良いはずだ。外部の者だというなら『投げ入れた』でもいい」
「そっ……それは言葉のアヤでしてっ!」
3人がしどろもどろになっているところに、応接室の扉をノックする音がした。
「入りたまえ」
侍従かと、侯爵が入室を促す。しかし入ってきたのは、きりりとした老侍従ではなかった。
侯爵が思わず、取り乱す。
「サティー……!」
侯爵邸に留めていたはずの、か弱き妻であった。
「旦那さま、申し訳ございません。きっと、こちらにお出でだろうと……あとを追って参りました」
淑やかに礼をする。身に纏うコートが大きめなのは、侯爵の亡き妻のものだからだ。家令が着せてよこしたのだろう。
思わぬ援軍だが、望まぬ援軍でもある。
侯爵はサティーに歩み寄り、すみれ色の髪を優しく梳く。薬布の当てられていない方の頰に触れると、外気にあたって冷えていた。
「……君には、この光景を見せたくなかったのに」
良い思い出はなかろうが生家は生家、父親は父親。その裏の顔が明かされる現場など。
頰を撫でる手にはにかみながら、サティーは迷いなく侯爵を見上げる。
「いいえ。私は今、侯爵の妻です。戦う旦那さまの隣に立ちたいのです。たとえ、実家に仇なそうと」
「サティー、貴様っ!! 娘なら親の味方をせぬか!」
娘が当然自分の味方になると信じた伯爵は、サティーの裏切りに激怒した。侯爵は軽蔑の目を向ける。
「オーランド伯爵、卿の頭は綿菓子か。自分が殺そうとした娘に、自分を弁護せよと?」
醜悪な者たちを広い背中で覆い隠し、侯爵は「すまない」の言葉の代わりに妻を胸に閉じ込める。
「サティー、君の証言は私の剣となる。辛いだろうが……話してくれるかい? この家のこと、そして12月2日のことを」
「はい。お任せ下さいませ」
微笑んだサティーのうしろで扉がノックされ、今度こそ侍従が戻ってきた。
文入れ箱を携えているのを見て、家令が「やめろ、見るなああ!」と叫ぶ。ロウエはきょとんとした。
「ここに来るまでに見ていないとお思いで? 旦那さま、こちらを。サティーさまの捏造素行調査書、捏造恋文、捏造ドレス発注書など、サティーさまを貶める偽装工作セットです」
侯爵が眉を歪める。
「捏造恋文とはなんだ?」
「サティーさまの名をかたり、近隣の貴族子息や大商人の子息などに出す赤裸々な恋文のストックですな」
「家令が書いていたのか?」
「おそらく」
「気持ち悪いな。しかし、有効だ」
これらを王家に提出すれば、サティーは問題のある令嬢と認識され、修道院に送られることになるだろう。
メイドを養女に迎える計画に、家令が積極的に加担していた証拠である。
サティーは静かに聞いていたが、そっと、侯爵の胸を離れる。思いつめ、しかし決意の瞳で。
「旦那さま、その恋文などは、多分……もうひとつの有益な証拠になります」
「何のだね?」
「シャルル伯爵令嬢ピチカートさまが、ジェームズさまの婚約者になるための、です」
「!!」
確かにそうだ。なんと悪質な一石二鳥か。
素行不良を理由に伯爵家は思惑を叶え、ジェームズはサティーとの婚約を破棄することもできるのだ。
侯爵は声を絞り出す。
「サティー、あの夜ジェームズは、ここに来たのだな?」
「……はい、いらっしゃいました」
アレグリオ侯爵の中で、欠けていたものが繋がった瞬間であった。




