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優しさは貴方の罪

 降りそそぐ侮蔑の視線、笑い声。

 被告席の3人は、羞恥と怒りで顔を歪めながら壇上のアレグリオ侯爵とサティーを睨む。


「こ、これは侯爵さまの私刑ですぞ!!」


 オーランド伯爵が半狂乱に叫ぶ。兵士の槍に阻まれながらも、唾を飛ばして息巻いた。


「集団で人をあざ笑うとは、赦されぬ蛮行ですぞ! 私が侯爵さまご本人に、いったい何の粗相をしたと仰るのか! 侯爵さまはサティーの名を借り、気に入らぬ私を侮辱するためだけに、このような法廷を設けられたのですっ! サティー、貴様もだ! 家族たるもの、親の失敗は子にも責任がある! ふたり揃ってなんたる傲慢、なんたる身勝手かっ!!」


 法廷が静まり返った。

 傍聴席は声もなく、ぽかんと、被害者ぶる男を凝視する。誰もが耳を疑っていた。

 伯爵の隣のふたりだけが「そうよね!」というキラキラの目でいるが。

 ややあって、フォンタナ老公爵が口を開く。


「アレグリオの私刑。それがどうした?」

「……は?」


 今度は伯爵がぽかんとする番であった。


「ここは貴族法廷だぞ。平民には法律と裁判があるが、貴族にはそれがない。侯爵家が、伯爵家以下の紛争の調停、懲罰、改易を決定する権限を持つ。全て侯爵家の采配による、言ってみれば『私刑しかない』わけだが」

「……あ……!」


 完全に図に乗った。

 穴があったら入りたいほどの羞恥に、伯爵の顔は赤面沸騰した。


 公爵家は王家を政治面で補佐し、侯爵家は軍事面での補佐、並びに伯爵家以下を監督するのがマレット王国である。

 伯爵家以下は普段は自治だが、領地争いや家督相続など、問題が起きれば判断を仰ぐのが侯爵家。それほどに侯爵の権限は大きい。

 つまりは被告3人の刑罰は、アレグリオ侯爵に一任されているのである。


「毒杯でも断頭台でもなく、笑われるだけで済ませたのは、サティー嬢の父親の命まで取りたくないアレグリオの情けなのだがな」

「で、でもぉ、人に恥をかかせて喜ぶなんて、サイテーだと思いますぅ」


 ピチカートが上目遣いでフォンタナ公爵をチラ見する。公爵は嫌悪の眼差しでため息をついた。


「君らと話すのは実に不快だな。蜘蛛の巣のトンネルを行くかのようだ」

「閣下、ここからは私どもが」


 軽く右手を挙げ、アレグリオ侯爵が進み出る。「頼む」と公爵は匙を投げた。


「サティー、君の証言が必要だ。……できるか?」

「……はい。大丈夫です」


 侯爵はサティーの手を取り、隣へ進ませた。

 できれば、こうなる前に終わらせたかった。そうすれば、こんな親子の最後にならずに済んだのに。

 小柄なサティーの包帯姿に、傍聴席からは憐憫の視線が注がれる。小さな唇が、震えながらひらいた。


「……オルフ・オーランド。私が、貴方の罪の証人です」

「お前は引っ込んでいろ! 大げさな物言いをするな!」


 伯爵は激昂する。娘は父に、柔らかく悲しい瞳を向けた。


「貴方は、伯爵としての責任を何も果たしませんでした。王家に与えられた領地をないがしろにし、税を遊興に費やし、慈しむべき民を苦しめた。私の殺害に手を貸し、露見しても罪を認めず、侯爵家の情けも仇で返した。ならば道はひとつ。爵位を捨て、罪を償うことです」

「偉ぶりおって! そんな生意気な女だから、婚約破棄などされるのだ!」


 サティーはジェームズとピチカートにも、視線を落とす。


「……おふたりは、ただただ幼稚。ジェームズさまと私の政略による婚約を、まるで子供の遊戯のように破棄なされました。私の命を取ることも遊戯だったのでしょう。その悪質さから、オルフ・オーランドと同じ処罰を与えます。爵位剥奪の上で、罪を償って下さい」

「サティー! それが愛しい男への態度かっ!! 父上に何を吹き込んだのだ、この女狐が!」

「私はアンタと同じ伯爵令嬢よっ!! 上から目線で、何さまのつもりっ!?」


 かたわらに立つアレグリオ侯爵は、無言だが、腕組みした指をギリリと袖に食い込ませている。

 怒れる獅子が、サティーに勇気をくれる。

 百万の兵に値する味方が、隣にいる。

 息を吸い、胸を張る。侯爵の隣に立つに、相応しい気品をもって。


「私は、サティー・イザーク侯爵夫人です。貴方がたの今の言葉は、アレグリオ侯爵と、全ての侯爵家への侮辱と受け止めます」

「あっ……!!」


 傍聴席が、再び拍手に湧いた。

 包帯姿の可憐な少女が、醜悪なバケモノどもを一刀両断にしたのだ。

 怒りに満ちていた侯爵の空色の瞳は、驚きと歓喜に見開かれ、一歩下がったところではロウエが目尻にシワを寄せ、静かに拍手を贈っていた。


「良き妻を得たな、アレグリオ」


 頭上からフォンタナ老公爵がささやいた。

 

「ええ。素晴らしい女性です」


 喝采を浴びるサティーが、恥ずかしげに見上げてくる。

 「これでよかったでしょうか?」とドキドキしながら訊いてくる蜂蜜色の瞳に、アレグリオ侯爵は微笑みを賛辞に変えた。

 彼らに引導を渡すのは、侯爵たる己のつとめである。


「さて、我が妻の言った通り、君らには平民の罪人と同じ刑罰を受けてもらう」


 侯爵は毅然とした口調で、法廷広間の対面を指し示す。

 何かあるのか、と3人も傍聴席も顔をそちらに向けるが、何もない。外庭に面した扉があるだけだ。


「平民はこの法廷には入れない。よって彼女には、法廷前の大通りで待ってもらっている」

「彼女……、まさか!?」


 オーランド伯爵が立ち上がる。

 侯爵家の私兵が、数人がかりで法廷の重い扉を開いた。青い芝生が広がる、その向こう。

 王都のメインストリートに面した門で、女がひとり、鉄の檻に捕らえられている。

 女の金切り声が法廷に届いた。


「きゃっ! ちょ、汚いわね! 私は伯爵家の人間よ、平民が貴族に犬のフンとか投げていいと思ってんの!? 死刑よ死刑っ!」

「あ、アマンダ……っ!」


 伯爵の愛人アマンダが、集まった民衆から汚物や石を投げつけられていた。傍聴席の貴族らが扇子で鼻を覆った。

 侯爵は3人に宣告する。


「彼女の罪状は殺害計画実行犯、殺人未遂、虐待、横領罪だ。平民の法にもとづき、罪状を記した高札を立て、檻に入れて3日間、大通りに晒す。そののち、極北監獄に送られる」


 そうしている間にも、アマンダには汚水や廃油などが掛けられる。

 被告席の3人は、アマンダが口を割ったせいで自分たちが酷い目に遭っていると思っているので、彼女を庇う声は上がらない。

 しかし、アレグリオ侯爵の「君らの檻も即時用意させる」との言葉に、勢いよく異議を唱える。


「わ、私は伯爵ですぞっ! 貴族にあのようなっ」

「いやぁ! 絶対いやあぁ!!」

「ち、父上! 俺は息子ですよっ、情けがあってもよいのではっ!?」


 3人の怒号をよそに扉は再び閉じられ、私兵が手枷と鎖を持って法廷へ入場してくる。

 アレグリオ侯爵の空色の目は、被告席には鬼神のごとくに映っていた。

 サティーの肩を固く抱き、最後の言葉を、侯爵は3人に言い放つ。


「身勝手な私刑で結構。貴様らの私の妻への仕打ちを思えば、八つ裂きにしても足りん。ジェームズ、貴様とサティーを引き合わせたことは、私の生涯最大の過ちだ」


 なおも追いすがろうとした3人の口に、容赦なく布が詰められた。

 踵を返した侯爵とサティーの背後で、3人の罪人は鎖に繋がれて法廷を出ていった。





 法廷前の大通りには、人だかりができていた。

 馬車が通れないほど通りに膨れ上がった民衆は、4つの檻に罵声と汚物を浴びせている。

 アレグリオ侯爵とサティー、ロウエを乗せた馬車は、それらを視界に入れないようカーテンを閉め、法廷の裏門から出立した。


 この数日、立て続けに発行される新聞には、今日の法廷のことも載る。明日にはもっと人だかりが増えることだろう。


「掃除が大変だろうな」


 侯爵は、年末の寒いのに汚物掃除をさせられる掃除夫たちを気の毒に思った。

 『汚物投げつけ可』と書いているわけではないが、税金をメイドへの貢ぎ物に使っていた者や、浮気しておいて婚約者を殺害しようとした者に、民衆が怒りという名の生ゴミをぶつけるのは致し方ないことだった。


「どうせ極北監獄に運ぶのだ。今から荷車に載せておいてもよいのではないか?」

「左様でございますね。そのまま川辺に運べば、毎日水洗いができますし。良きお考えかと」

「それと、門の周囲の石畳も新調しよう。臭ってはかなわん。年末だ、掃除夫と石畳工事の者の手当も弾もう。帰ったら手配してくれ」

「かしこまりました」


 細かい業務がテキパキと決まってゆくのを、サティーは感動の面持ちで見つめていた。

 その視線に侯爵が気づく。


「どうかしたのかね?」

「あ、いえ、……侯爵さまが、こんな細かい業務もなさるなんてと、驚いています」

「ああ、いつもなら王宮の設備担当に任せるところだがな。石畳くらい弁償して機嫌を取らねば、王家に叱られる」

「まあ」


 ふふ、とサティーは弾けるように笑った。

 

 本当は、侯爵はあえて避けている話があるのだ。

 『白い結婚を約束する』と、侯爵は言った。自分との結婚に愛はないと。


 オーランド伯爵家は取り潰しとなり、領地、邸宅ともにイザーク侯爵家の所有となることが決まった。

 不満のあろうはずがない。家令ダニエルは職を解かれ、侯爵家の近親が、いずれ建設される魔石精錬所のために旧伯爵邸に住むことになった。

 ベルを始め不当に解雇された使用人たちも、望めば雇用される。見知った顔にまた会える。サティーは心から侯爵に感謝した。

 けれど……



「旦那さま。サティーさまにお伝えすることがおありでは?」


 隣に座るロウエの振りに、サティーはびくりとした。ふたり、どちらもその話を避けていると、ロウエにはお見通しのようだった。


「サティーさま。旦那さまが白い結婚をと言い出したのは、貴女の体面を気にしてのことなのです」

「あ……」


 やっぱり、と納得の気持ちで、サティーは向かいに座る侯爵を見る。窓枠に頬杖をつき、お節介をやいてくる侍従からは顔を背けている。


 婚約破棄という不名誉を背負った令嬢は、どの貴族からもほぼ相手にされない。

 傷ものと決めつけられ、嫁ぎ先が見つかれば今度は遺産目当てだの男好きだのと、あらぬ噂を立てられる。


 侯爵がサティーを妻としたのは、一時的に侯爵権限でサティーを保護するためだった。でなければ、あの父伯爵の道具として連れ戻されていただろう。


「なので、時期をみて貴女を離縁し、良き相手……例えばワルターさまを見合わせようと、考えておられるのです」

「……それが、ジェームズなんぞを君の許嫁としてしまった私にできる、罪滅ぼしかと思っている」


 サティーの胸が、どくんと跳ねる。

 アレグリオ侯爵の空色の瞳は、まっすぐに自分を見ている。道はひとつしかないと決意している目だ。

 だけど。


「……いいえ、旦那さま。『旦那さま』と、侯爵さまを呼べることが、私がどれだけ嬉しいか、ご存知ですか……?」


 侯爵の瞳が、戸惑いに揺れる。

 狭い、傍聴席もない馬車の中で、サティーは法廷よりも緊張しながら、思いのたけを口にする。


「ずっと、旦那さまだけがお優しかったのです。母の手も忘れ、父の手は触れたこともなく、婚約者の手は……別の令嬢の腰にありました。私が大好きだったのは……頭を撫でて下さったり、膝に乗せて下さったり、一緒にお菓子を食べてくれる……アレグリオ・イザークさまの暖かい大きな手でした」


 サティーの瞳に、蜂蜜色の涙が潤んでいた。


「……私では、旦那さまに釣り合わないのは、重々承知しております。でも、私、頑張りますから、旦那さまに釣り合うように、努力しますから……」


 蜂蜜色の涙は決壊し、頬を伝う。

 ロウエが主に向かって、ため息をこぼした。


「『白い結婚』だと、愛のない結婚だなどと思っているのは旦那さまだけですよ。我ら使用人一同、心より呆れております」

「……口が過ぎるぞ……」


 侯爵は力なく、侍従を睨む。眉間に寄ったシワを乱暴に、困ったように揉む。

 サティーから窓の外に視線を逸らす。

 流れる景色は、侯爵邸へはあと少しだと告げている。


 やがて観念したように、アレグリオ侯爵は口を割った。


「……サティー、すまない……………………邪魔者がいるせいで、抱きしめてやれない」


 狭い馬車、観客もいない。

 サティーは世にも珍しい、耳まで赤くなった獅子の観測者となった。





fin




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