第4話 追跡不能
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夜の川崎。
工業地帯。
巨大な煙突が並び、配管が蜘蛛の巣のように張り巡らされた工場群の中に、黄色い街灯の光が落ちている。
その静けさを破るように、倉庫の扉が勢いよく開いた。
一人の男が飛び出す。
手には黒いバッグ。
後ろから怒声が飛んだ。
「止まれ!」
警察官が二人、倉庫の中から追いかけてくる。
「警察だ!」
男は振り返る。
顔には焦りと苛立ちが混ざっていた。
「くそ……!」
その手を前に突き出す。
空気が一瞬、歪む。
次の瞬間。
ドンッ。
見えない衝撃が前方へ走った。
警察官の体が弾かれる。
「うわっ!」
一人が地面に転がり、もう一人も数歩後ろへよろめく。
男はその隙に走り出した。
工場の敷地。
コンクリートの地面。
周囲には巨大なタンクと配管が立ち並んでいる。
男は振り返りながら叫ぶ。
「来るな!」
再び手を振る。
空気が弾ける。
衝撃波が地面を叩き、砂埃が舞い上がる。
警察官たちは足を止めざるを得なかった。
男はそのまま走り続ける。
夜の工業地帯の奥へ。
遠くで、サイレンの音が鳴り始めていた。
夜の工場群の間を、必死に駆け抜ける。
重い配管が頭上を横切り、巨大なタンクが影のように並んでいる。
サイレンの音が近づいてくる。
男は振り返った。
工場の通路の向こう。
赤色灯が揺れている。
「くそ……!」
歯を食いしばる。
このままでは追いつかれる。
男は走りながら手を前に突き出した。
空気が歪む。
ドンッ。
衝撃波が地面を叩いた。
その反動を利用するように、男の体が前へ跳ねる。
大きく跳躍。
コンテナの脇を飛び越える。
着地。
すぐにまた走る。
背後で警察の声が響く。
「覚醒者だ!」
「距離を取れ!」
男は振り返らない。
呼吸が荒くなる。
「捕まってたまるか……!」
再び手を振る。
空気が弾ける。
衝撃波が鉄板を揺らし、金属音が夜の工場地帯に響いた。
HIVE管制室。
壁一面のモニターに、日本各地のマナ観測データが表示されている。
青い波形が静かに揺れていた。
その一つが、突然大きく跳ね上がる。
警告表示。
電子音。
『マナ活性化反応を検知』
SARAの声が静かな室内に響く。
モニターの地図が拡大される。
関東。
神奈川。
川崎。
赤い光点が点滅している。
リゼリアがコンソールを操作する。
マナ波形を解析。
出力値。
能力パターン。
数秒。
「……放出型」
さらに別の画面を開く。
如月グループの監視衛星。
上空からの映像がモニターに表示された。
夜の川崎。
工業地帯。
煙突。
配管。
倉庫。
その間を走る男の姿。
次の瞬間。
空気が歪む。
衝撃波。
地面の埃が舞い上がる。
リゼリアが小さく言う。
「覚醒者です」
解析データが表示される。
マナ出力。
「推定ランクC」
リゼリアは通信回線を開いた。
「ARCへ通知します」
モニターの赤い光点が、川崎の地図の上をゆっくり移動していた。
ARC作戦指揮室。
壁の大型モニターに神奈川県の地図が表示されている。
川崎。
工業地帯の一角が赤く点滅していた。
隊員が報告する。
「HIVEより通知」
「川崎工業地帯にてマナ活性化反応との報告です」
別のモニターに衛星映像が映る。
夜の工場地帯。
配管の影を走る人影。
その直後。
衝撃波。
地面の埃が舞い上がる。
隊員が続ける。
「覚醒者」
「能力は放出型」
「推定ランクC」
神谷一佐は腕を組んだまま画面を見ていた。
数秒。
「警察は」
隊員が即答する。
「現場接触済み」
「現在、追跡中です」
一佐は短くうなずいた。
「ARC部隊、出動だ」
「現場封鎖」
「警察と連携し、確保を優先」
「了解」
隊員たちが一斉に動き出す。
夜の街。
大学の最寄り駅。
講義を終えた学生たちが、まばらに大学から駅へと吸い込まれていく。
神谷悠真もその一人だった。
肩にバッグをかけ、スマートフォンを見ながら歩いている。
夜風が少し冷たい。
駅前の通りはまだ人通りが多かった。
その時。
腕に着けたスマートウォッチが小さく震えた。
悠真は歩みを止める。
画面を見る。
通知。
『マナ活性化反応』
表示された地図。
神奈川。
川崎。
悠真が小さく息を吐く。
「またか……」
周囲を見回す。
人通り。
コンビニの明かり。
通りを行き交う車。
悠真は静かに言った。
「こちら神谷です」
すぐに通信が繋がる。
『はい』
SARAの声。
『川崎工業地帯で覚醒者反応』
『ARCも出動しています』
悠真は空を見上げた。
夜の雲。
「分かった」
少し歩き、人目の少ない路地に入る。
足を止める。
静かな夜の路地。
「HEX CODEを要求します」
広い空間の中央に、一機の機体が直立している。
白と黄色の装甲。
流線型のフォルム。
蜂を思わせるシルエット。
ヴェスパー。
その足元の空間に、青白い魔法陣が展開される。
次の瞬間。
光が収束し、神谷悠真の姿が現れた。
悠真はすぐに前を見る。
ヴェスパー。
格納庫の照明が装甲を照らしている。
通信が入る。
『HEX CODEを受諾。承認します』
リゼリアの声。
静かな格納庫に響く。
悠真は一歩前へ出る。
『魂融合、開始』
魔法陣が足元に展開する。
光。
次の瞬間。
悠真の体が光に包まれた。
魂が引き上げられるような感覚。
肉体は静かに消える。
ヴェスパーの複眼が、ゆっくりと金色に点灯した。
『魂融合、完了』
背部ユニットが展開する。
四枚の光翼。
ハニカムドローンが格納庫から浮かび上がる。
六つの小さな光。
ヴェスパーの視界に、川崎のマップが表示される。
『転移座標設定』
『川崎工業地帯』
ヴェスパーは静かに言った。
「行きます」
ハニカムドローンが円を描く。
六角形の魔法陣。
光が広がる。
次の瞬間。
ヴェスパーの姿は、格納庫から消えていた。
夜の空間が、わずかに歪む。
六角形の魔法陣。
その中心から、白と黄色の機体が現れる。
ヴェスパー。
ハニカムドローンが周囲に展開する。
六つの小さな光。
機体は静かに空中で姿勢を安定させた。
下には工場群。
巨大な煙突。
配管。
コンテナ。
そして遠くに、赤色灯。
パトカー。
警察のサイレンが響いている。
ヴェスパーの視界に、戦術情報が表示される。
地図。
川崎工業地帯。
赤い点。
逃走する覚醒者のマナ反応。
『対象を捕捉しました』
SARAの声。
『距離、約四百メートル』
『工場区域内を移動中です』
ヴェスパーはゆっくりと高度を下げる。
煙突の影を滑るように降下。
視界の先。
倉庫の屋根を走る影。
男。
その瞬間。
男が振り向く。
手を突き出す。
空気が歪んだ。
衝撃波が夜の空を叩く。
夜の工業地帯に、重い音が響く。
ヴェスパーは空中で姿勢を崩さない。
背部の光翼がわずかに角度を変える。
機体は衝撃波を受け流すように横へ滑った。
倉庫の屋根。
覚醒者の男が目を見開く。
「な……!」
ヴェスパーはそのまま高度を下げる。
屋根の上に降り立つ。
金属の屋根が重く鳴った。
男が後ずさる。
手を前に突き出す。
「来るな!」
空気が歪む。
ドンッ。
衝撃波。
鉄板が跳ね上がる。
ヴェスパーは一歩踏み出す。
装甲の足が屋根を踏みしめる。
男は振り返った。
そのまま屋根の端へ走る。
躊躇なく飛び降りた。
数メートル下。
コンテナの上へ着地。
男はすぐに走り出す。
工業地帯の奥へ。
ヴェスパーは空中へ跳び、追跡を開始した。
背部の光翼がわずかに展開する。
工業地帯の上空を滑るように移動する。
下では、覚醒者の男がコンテナの間を走っていた。
鉄製コンテナ。
配管。
タンク。
複雑な通路。
男が振り返る。
ヴェスパーの影。
「くそっ!」
手を突き出す。
空気が歪む。
ドンッ。
衝撃波。
コンテナの壁が鳴り、砂埃が舞う。
ヴェスパーは横へ滑るように回避する。
そのまま追跡を続ける。
SARAの声。
『対象まで距離百五十メートル』
ヴェスパーの視界に、赤いマーカーが表示される。
その瞬間。
表示が乱れた。
ノイズ。
赤いマーカーが揺れる。
SARA。
『センサーに異常発生』
ヴェスパーがわずかに速度を落とす。
『マナ反応の受信機が不安定です』
煙突から排気が吹き上がる。
工場の機械音。
配管の振動。
しかし。
それだけではない。
モニター上のマナ波形が、波のように乱れていた。
SARAの声が続く。
『追跡精度、低下しています』
下では、覚醒者の男がコンテナの影へ飛び込んだ。
狭い通路。
男は走り続ける。
息が荒い。
「はぁ……はぁ……!」
後ろを振り返る。
ヴェスパーの影は見えない。
だが、まだ安心はできない。
男は歯を食いしばる。
手を前に突き出す。
ドンッ。
衝撃波。
近くに積まれていた鉄板が弾き飛ばされる。
ガンッ、と金属音が響く。
瓦礫と埃が舞い上がる。
男はその隙に走り抜ける。
コンテナの角を曲がる。
さらに奥へ。
その時。
上空。
ヴェスパーがコンテナの上に降り立った。
金属が重く鳴る。
ヴェスパーは下を見下ろす。
センサー表示。
赤いマーカー。
しかし。
また揺れる。
ノイズ。
SARA。
『マナ反応が乱れています』
『対象の位置が安定しません』
コンテナの影。
配管。
暗い通路。
赤いマーカーが一瞬消える。
次の瞬間、別の位置に現れる。
ヴェスパーは視線を動かす。
しかし。
そのわずかな間に。
男はコンテナの奥の闇へ消えていた。
ヴェスパーは数秒、再度周囲を見渡した。
そして言う。
「SARA」
『はい』
「センサーに頼るのは難しそうだ」
少し間。
「目視で探そう」
SARAはすぐに応答した。
『推奨します』
『対象は近距離に存在する可能性が高いです』
ヴェスパーはコンテナの上から飛び降りる。
金属の床に着地。
その瞬間だった。
ヴェスパーの視界にノイズが走る。
ザッ。
HUD表示が揺れる。
ヴェスパーが足を止める。
「……SARA?」
SARAの声。
『視覚センサーにも異常を検知しました』
『ノイズが発生しています』
ヴェスパーの視界の端に、細かいノイズが走る。
まるで砂嵐のような干渉。
コンテナの輪郭が、わずかに揺れる。
その時。
通信が入る。
リゼリアの声。
『悠真』
ヴェスパーが顔を上げる。
「リゼリアさん」
『マナ反応が消えました』
短い沈黙。
リゼリアが続ける。
『HIVEの観測でも、対象をロストしています』
工業地帯の夜は、静けさを取り戻していた。
ヴェスパーは煙突の上に降り立つ。
夜の風が配管の隙間を通り抜ける。
遠くでは工場の機械音が低く響いている。
ヴェスパーはゆっくりと周囲を見渡す。
視界の端には、まだわずかなノイズが残っていた。
コンテナ。
配管。
タンク。
どこにも人影はない。
数秒の沈黙。
ヴェスパーが静かに言う。
「……対象を見失いました」
SARAの声。
『現在、対象のマナ反応は観測されていません』
『追跡は困難です』
上空をサーチライトが横切る。
警察ヘリ。
その光がコンテナの上を流れていく。
遠くから車両の音。
ARC部隊の車両が工業地帯へ入ってくる。
通信が入る。
神谷一佐の声。
『ヴェスパー』
ヴェスパーが応答する。
「こちらヴェスパー」
『状況は』
短い沈黙。
ヴェスパーは暗い工業地帯を見渡した。
「対象をロストしました」
数秒。
やがて一佐が言う。
『了解』
『ARCが現場を引き継ぐ』
遠くでARC隊員たちが動き始めていた。
ヴェスパーはその様子を、静かに見ていた。
コンテナ群から離れた、人気のない裏路地。
男は壁に手をつき、息を切らしていた。
「はぁ……」
「はぁ……」
胸が激しく上下する。
遠くからサイレンの音。
ヘリのローター音。
まだ捜索は続いている。
男は顔を上げた。
周囲を見回す。
誰もいない。
暗い路地。
古い倉庫の壁。
積まれたパレット。
男は壁にもたれたまま、小さく笑った。
「……とりあえず、助かったか」
その時だった。
背後から声。
「おつかれさん」
男が振り向く。
暗闇の奥。
人影。
一人ではない。
数人の男が立っている。
黒い服。
無言。
その前に、一人の女がいた。
細身の体。
短く派手な髪。
手にはナイフが一本、くるくると回されている。
女は笑った。
「ヴェスパー、撒けたかよ?」
男は眉をひそめる。
「……誰だよ、お前」
ブリッツは肩をすくめる。
ナイフをくるりと指で回す。
「安心しな」
軽い声。
「ここから先は安全圏だ」
少し間。
女はにやりと笑う。
「黒獣さんが待ってる。ついてきな」
秋葉原。
ネオンが街を照らしている。
中央通りから少し離れた路地。
その奥に、ラジオ会館の建物が静かに立っていた。
建物の上層階。
照明を落とした一室。
モニターの光だけが室内を照らしている。
机の前に座る少年。
藤堂圭介。
またの名をメカニック。
キーボードを叩く。
モニターには、いくつもの波形が表示されていた。
ノイズ。
乱れた信号。
川崎工業地帯のマップ。
メカニックは画面を見ながら、口元を歪める。
「へへ」
指が軽くキーを叩く。
画面の波形がさらに乱れる。
「ヴェスパーのセンサー」
小さく笑う。
「案外ちょろかったな」
その背後。
暗いソファ。
そこに一人の男が座っていた。
大きな体。
黒いコートに黒いスーツ。
黒崎蓮司。
黒獣。
足を組んだまま、モニターを見ている。
低い声で笑った。
「いいねぇ」
少し間。
「街が面白くなってきた」
モニターの光が、暗い部屋を静かに照らしていた。
いつもありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、
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本作は毎日更新中です。
明日もお待ちしています。
現在、別作品として
『不遇スキル【球術】の俺は、均形鍛冶の少女とダンジョンを攻略する』
というダンジョンファンタジーも連載しています。
意味不明と言われたスキル【球術】で戦う主人公と、鍛冶職の少女がダンジョンを攻略していく物語です。
もしよろしければ、そちらも覗いていただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。




