第3話 暴走事故
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夕方。
横浜の高校。
放課後の校舎裏は、人通りが少なかった。
グラウンドからは部活の声がかすかに聞こえる。
その奥。
コンクリートの壁際に、一人の男子生徒が立っていた。
制服姿の高校生。
痩せた体格。
俯いたまま、何も言わない。
その周りを、数人の男子生徒が囲んでいる。
主犯らしい男子が肩を掴んだ。
「おい」
顔を近づける。
「覚醒者なんだろ」
周囲が笑う。
「ニュースでやってたよな」
「能力者ってやつ」
別の男子が言う。
「優等生くんが怪物だったとはな」
また笑い声。
主犯が少年の腹を軽く殴った。
鈍い音。
少年の体がわずかに揺れる。
「能力見せてみろよ」
少年は何も言わない。
視線を落としたまま立っている。
後ろから蹴りが入る。
バランスを崩し、壁に手をつく。
男子生徒たちは面白そうに見ている。
主犯が言う。
「どうした?」
「怪物なんだろ」
顔を覗き込む。
「変身してみろよ」
少年の拳が、ゆっくりと握られていた。
少年の呼吸が荒くなる。
胸が上下する。
周囲の笑い声が耳に響く。
主犯の男子が肩を押した。
「ほら」
「能力見せろよ」
その瞬間。
少年の手の甲に、違和感が走る。
皮膚の下で何かが動く。
少年の目が見開かれる。
指先が震える。
皮膚が裂けた。
そこから、硬い鱗が浮き上がる。
主犯が眉をひそめた。
「……おい」
骨が鳴る。
ミシッ。
少年の背中が大きく反る。
制服の背中が裂ける。
布が破ける音。
腕の筋肉が膨らむ。
指が伸びる。
爪が鋭く変形する。
脚も膨張する。
ズボンが裂けた。
その瞬間。
腰のあたりから、太い尾が伸びる。
周囲の生徒たちが後ずさる。
「な……」
少年の顔が変形する。
顎が突き出る。
歯が伸びる。
瞳が細く縦に裂ける。
皮膚は完全に鱗へ変わっていた。
身長は一回り大きくなっている。
全身が
**トカゲのような人型**
へ変わっていた。
誰かが震えた声で言う。
「……怪物だ」
リザードマンの姿になった少年は、その場に立ち尽くしていた。
自分の手を見る。
鋭い爪。
緑の鱗。
長い尾が地面に触れている。
息が荒い。
主犯の男子が一歩下がる。
目には恐怖が浮かんでいた。
だが、すぐに顔を歪める。
「ふざけんな」
声が震えている。
それを誤魔化すように、拳を振り上げた。
「調子乗んなよ!」
拳がリザードマンの顔へ向かう。
その瞬間。
リザードマンの腕が動いた。
鋭い爪の腕。
反射的な一振り。
空気を裂く音。
主犯の体が横へ吹き飛んだ。
数メートル。
地面に叩きつけられる。
鈍い音。
主犯は動かない。
周囲の生徒たちが固まる。
次の瞬間。
悲鳴が上がった。
「怪物だ!」
「逃げろ!」
生徒たちは一斉に走り出す。
校舎裏から逃げていく。
残されたのは
巨大なリザードマン。
少年は自分の手を見る。
爪。
鱗。
震えている。
低い声が漏れた。
「……俺……」
HIVE管制室。
静かな室内にモニターの光が並んでいた。
中央スクリーンに流れる波形。
空間マナ観測データ。
規則的に動いていたラインが、ある瞬間から大きく跳ね上がる。
警告表示。
電子音が鳴る。
『マナ活性化反応を検知』
SARAの声。
日本地図が表示される。
一点が赤く点滅する。
神奈川。
横浜。
さらに拡大。
住宅地の中の学校。
リゼリアがモニターを見つめる。
データを操作する。
マナ波形を確認する。
数秒。
「……変化型」
画面に映像が表示される。
校舎の屋上。
巨大な影。
リザードマン。
リゼリアが小さく息をつく。
「覚醒者です」
画面に推定値が表示される。
マナ出力。
「ランクB」
校庭ではすでに騒ぎが広がっていた。
自衛隊施設。
ARC作戦指揮室でも、壁の大型モニターに横浜市内の地図が表示されていた。
横浜の高校。
隊員が報告する。
「横浜市内の高校で覚醒者暴走」
別のモニターに現場映像が映る。
校舎。
屋上付近。
巨大な影が動いている。
リザードマン。
隊員が続ける。
「負傷者一名」
「生徒と見られます」
神谷一佐は腕を組んだまま画面を見ていた。
数秒。
「能力タイプは」
隊員が端末を確認する。
「変化型」
「推定ランクBとのHIVE報告です」
一佐は短くうなずいた。
「ARC部隊、出動」
「現場を封鎖しろ」
「まずは生徒の安全確保が優先だ」
「了解」
隊員たちが一斉に動き出す。
モニターの中で、リザードマンの影が屋上を動いていた。
横浜の高校。
校門の前。
パトカーとARCの車両が次々と到着する。
サイレンが止まる。
ドアが開き、隊員たちが降りた。
「ARCです!」
校門の中では、すでに教師たちが生徒を誘導している。
校舎の方を見て、怯えた表情の生徒たち。
隊員が無線で指示を出す。
「第一班、校庭の安全確保!」
「第二班、校舎内の生徒を避難誘導!」
「覚醒者との接触は避けろ!」
「了解!」
隊員たちが走り出す。
校舎へ向かう者。
校庭で生徒を集める者。
教師が叫ぶ。
「落ち着いて!校庭へ!」
生徒たちが次々と校庭へ出てくる。
そのとき。
屋上の方から、鈍い音が響いた。
ガラスが割れる音。
校庭にいた生徒たちが顔を上げる。
校舎の屋上。
巨大な影。
リザードマンの姿が、夕焼けの空を背に立っていた。
夕焼けが校舎の屋上を赤く染めていた。
風が静かに吹いている。
屋上の縁に、巨大な影が立っていた。
リザードマン。
破れた制服の布が、体にわずかに残っている。
鱗に覆われた腕。
鋭い爪。
長い尾が床を擦る。
だが、その姿は威圧的というよりも——
ただ、立ち尽くしているようだった。
少年はゆっくりと手を上げる。
爪の生えた手。
震えている。
それを見つめる。
低い声が漏れる。
「……ふざけんなよ」
声は、かすれていた。
「これ……」
遠くから、校庭のざわめきが聞こえる。
誰かの叫び声。
サイレンの音。
少年は顔を上げた。
校庭の方を見る。
小さな人影。
生徒たち。
教師。
ARC隊員。
誰もが距離を取っている。
少年の胸がゆっくり上下する。
喉の奥から、震えた声が出た。
「……怪物」
自分で呟いた言葉だった。
夕焼けの空の下。
巨大な影が、屋上にひとり立っていた。
校庭。
生徒たちは校舎から離された場所に集められていた。
教師たちが必死に声を張り上げる。
「落ち着いて!」
「ここから動かないで!」
ARC隊員たちが周囲を警戒している。
校舎の上を見上げる者も多い。
夕焼けの空。
屋上に立つ巨大な影。
誰かが震えた声で言った。
「……あれ」
「うちのクラスの……」
言葉は最後まで続かなかった。
教師がその肩を押す。
「見るな」
だが視線は自然と上へ向いてしまう。
屋上のリザードマン。
巨大な体。
破れた制服の布。
尾が静かに揺れている。
その姿は
暴れているわけでもなく
ただ立っているだけだった。
ARCの隊員が無線で報告する。
「対象、屋上」
「現在は静止状態」
「生徒避難、ほぼ完了」
一人の隊員が小さく呟く。
「……高校生か」
その言葉は、誰にも聞かれないほど小さかった。
屋上。
夕焼けの光が、コンクリートの床を赤く染めていた。
リザードマンの少年は、ゆっくりと歩く。
重い足音。
コツ、コツと屋上に響く。
屋上の縁まで来る。
下を見る。
校庭。
人が集まっている。
小さな影の群れ。
生徒。
教師。
ARC隊員。
誰もが距離を取っている。
少年の胸が大きく上下する。
自分の腕を見る。
鱗に覆われた腕。
鋭い爪。
尾が床を叩く。
小さく、声が漏れる。
「……みんな」
喉の奥が震える。
「……怪物って」
言葉が途中で途切れる。
その時だった。
屋上の空間が、静かに歪んだ。
青白い光。
六角形の魔法陣。
ハニカムドローン。
その中心から
白と黄色の機体が現れる。
ヴェスパー。
機体は空中に静かに現れ、そのまま屋上へ降下する。
着地。
重い音がコンクリートに響く。
リザードマンの少年が顔を上げる。
金色に光る複眼が、まっすぐこちらを見ていた。
白と黄色の装甲。
ヴェスパー。
その前に立つ、巨大なリザードマン。
風が屋上を静かに通り抜ける。
少年はヴェスパーを見ていた。
爪のついた手がわずかに震える。
尾が床を擦る。
低い声が漏れる。
「……来るな」
一歩、後ろへ下がる。
「近づくな」
喉の奥から絞り出すような声。
「俺は……」
少年は自分の腕を見る。
鱗。
爪。
怪物の腕。
顔を歪める。
「俺は怪物だ」
その言葉は、ほとんど呟きだった。
夕焼けの光が、鱗の表面に赤く映っていた。
ヴェスパーは動かなかった。
屋上に静かな風が吹く。
夕焼けの光が装甲を赤く染めている。
リザードマンの少年は、肩で息をしていた。
爪のついた手が震えている。
ヴェスパーが一歩、ゆっくり前に出た。
少年がすぐに反応する。
「来るな!」
爪を振り上げる。
威嚇。
だが、その声には力がなかった。
ヴェスパーは止まらない。
もう一歩近づく。
低く、はっきりした声が響く。
「違う」
少年の動きが一瞬止まる。
ヴェスパーは続けた。
「君は人間だ」
屋上に沈黙が落ちた。
少年の呼吸だけが荒く響く。
その巨大な体が、わずかに震えていた。
沈黙が屋上を包む。
夕焼けの光が、二つの影を長く伸ばしていた。
リザードマンの少年は、動かない。
ヴェスパーの言葉を聞いたまま、立ち尽くしている。
やがて。
肩が、小さく震えた。
低い声が漏れる。
「……でも」
喉が詰まる。
言葉が続かない。
少年はゆっくりと手を上げた。
鋭い爪の生えた手。
その手で、自分の顔に触れる。
鱗の頬。
その上を、透明な雫が流れていた。
涙。
声が震える。
「みんな……」
息が乱れる。
「覚醒者は怪物って……」
言葉の最後は、ほとんど聞こえなかった。
屋上に、風だけが静かに吹いていた。
ご指摘の通りですね。
「もう終わりです」だと **制圧のニュアンス**が強く、救済のシーンとしては少し冷たいです。
ここは **安心させる言葉**に変える方がこの回のテーマに合います。
書き直します。
---
ヴェスパーは、静かに一歩踏み出した。
少年は動かない。
ただ、肩を震わせたまま立っている。
夕焼けの光の中で、二人の距離が少しずつ縮まる。
爪のついた手が、力なく下がる。
抵抗する様子はない。
ヴェスパーはそのまま近づき――
少年の体を抱きしめた。
装甲の腕が、巨大な体を包む。
少年が一瞬固まる。
リザードマンの瞳が大きく開く。
ヴェスパーの低い声。
「大丈夫」
少し間を置く。
「俺が助ける」
少年の体から、ゆっくり力が抜ける。
尾が床に落ちる。
そのとき。
空に六つの光が現れた。
ハニカムドローン。
屋上の上空に展開する。
六角形の魔法陣。
光の陣が広がる。
魔法陣から、光の鎖が降りる。
リザードマンの体を、静かに拘束した。
少年は抵抗しない。
そのまま、ゆっくりと意識を失った。
屋上の扉が開いた。
ARC隊員たちが駆け込んでくる。
「ARCです!」
先頭の隊員が状況を確認する。
屋上の中央。
ヴェスパー。
その足元に倒れているリザードマン。
光の拘束魔法陣が、まだ体を押さえていた。
隊員が無線に報告する。
「対象確認」
「変化型覚醒者」
「制圧済み」
二人の隊員が慎重に近づく。
リザードマンの腕を持ち上げる。
意識はない。
隊員が金属の手錠を取り出す。
内側に刻まれた魔法陣。
**マナ拘束手錠。**
カチッ。
両手首に装着される。
その瞬間。
リザードマンの体に変化が起きた。
鱗の表面が、わずかに揺らぐ。
尾が力なく床に落ちる。
巨大だった体が、少しずつ縮んでいく。
鱗が消えていく。
爪が短く戻る。
顔の輪郭が変わる。
やがてそこにいたのは――
一人の高校生だった。
破れた制服の残骸が体にかかっているだけで、ほとんど布は残っていない。
隊員の一人がすぐに声を上げた。
「毛布!」
別の隊員が頷く。
救急用の毛布を取り出し、少年の体にそっと掛ける。
冷えた夕方の風が屋上を通り抜ける。
毛布に包まれた少年は、まだ意識が戻らない。
隊員が無線で報告する。
「対象、人型へ戻りました」
「搬送準備します」
その時。
別の隊員の声が響いた。
「こちらにもう一名!」
屋上の端。
いじめの主犯だった男子生徒が倒れている。
隊員が駆け寄る。
「意識あり!」
「出血あり!」
すぐに救急処置が始まる。
止血。
担架の準備。
屋上には慌ただしい動きが広がっていた。
ヴェスパーはその様子を、静かに見守っていた。
横浜の夜。
テレビのニュース番組。
画面には、横浜の高校の映像が流れていた。
校舎。
パトカー。
救急車。
校庭に集められた生徒たち。
アナウンサーの声。
「今日夕方、横浜市内の高校で覚醒者による暴力事件が発生しました」
画面が切り替わる。
屋上。
ヴェスパー。
リザードマンの姿。
「覚醒者は校内で暴走し、生徒一名が負傷——」
テロップ。
**「覚醒者高校暴力事件」**
アナウンサーは続ける。
「近年増加している覚醒者問題——」
「社会の安全に対する懸念が——」
画面の隅に映る。
担架で運ばれていく高校生。
毛布に包まれた姿。
しかし、ニュースはそれに触れない。
話題はただ一つ。
**覚醒者の危険性。**
その映像を、ある男が見ていた。
秋葉原。
薄暗い部屋。
テレビの光が部屋を照らす。
ソファに座る男。
黒崎蓮司。
またの名を黒獣。
缶ビールを持ったまま、テレビを見ている。
ニュース画面。
ヴェスパー。
覚醒者拘束。
黒獣は小さく笑った。
「……ほらな」
缶ビールをテーブルに置く。
「覚醒者は怪物扱いだ」
画面には、ヴェスパーの姿が映っている。
黒獣はその姿を見つめた。
少しだけ口元が歪む。
「ヒーローは」
低い声。
「大変だな」
HIVE管制室でも、大型モニターにニュース映像が流れている。
横浜の高校。
パトカー。
救急車。
校庭に集められた生徒たち。
アナウンサーの声。
「覚醒者による高校暴力事件——」
リゼリアはその画面を静かに見ていた。
数秒。
リモコンを操作し、音声を下げる。
室内が静かになる。
隣のモニターには別の映像が映っていた。
屋上。
ヴェスパーがリザードマンを抱きしめる瞬間。
HIVEの記録映像。
通信が入る。
悠真の声。
「ニュース、見ました」
リゼリアは小さくうなずく。
「ええ」
モニターの中では、アナウンサーが覚醒者問題について語っている。
覚醒者の危険性。
社会不安。
しかし、屋上で起きていたこととは少し違う。
数秒の沈黙。
悠真が静かに言った。
「今日のあの子……」
言葉を選ぶように、少し間を置く。
「ただ怖かっただけだと思うんです」
リゼリアは黙って聞いている。
悠真は続けた。
「でも、ああなるまで誰も止められなかった」
「止める方法も、たぶん今はない」
通信の向こうで、ゆっくり息を吐く音。
「だから」
少しだけ声が強くなる。
「こういうことが、もう起きないように」
「対処法を見つけてください」
静かな管制室。
リゼリアはモニターを見つめたまま、目を細める。
屋上。
ヴェスパー。
泣いているリザードマン。
記録映像が静止している。
リゼリアはゆっくりうなずいた。
「……そうですね。分かりました」
「考えてみます」
モニターの光が、静かな室内を照らしていた。
いつもありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、
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本作は毎日更新中です。
明日もお待ちしています。
現在、別作品として
『不遇スキル【球術】の俺は、均形鍛冶の少女とダンジョンを攻略する』
というダンジョンファンタジーも連載しています。
意味不明と言われたスキル【球術】で戦う主人公と、鍛冶職の少女がダンジョンを攻略していく物語です。
もしよろしければ、そちらも覗いていただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。




