第29話 歪曲崩壊
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秋葉原。
夜の電気街。
ネオンが街を照らしている。
その上空。
ビル屋上に、ヴェスパーが立っていた。
白と黄色の装甲。
黄金の複眼。
右腕を前方へ向けている。
その周囲。
六つの光が空中に浮かんでいた。
ハニカムドローン。
蜂型の小型機が、静止している。
ドローン同士を結ぶ金色の光線。
それらが空中に巨大な図形を描いていた。
六角形。
その内側に広がる複雑な幾何学模様。
巨大な魔法陣。
金色の紋様が、夜空でゆっくり回転している。
魔法陣の中心。
ヴェスパーの腕へ、光が集まっていた。
マナ。
周囲のマナが、吸い寄せられるように流れ込んでいる。
ネクタルレイ。
空気が震える。
光が強くなるたび、魔法陣の線が輝きを増していく。
地下研究施設、HIVE。
管制室。
モニターにネクタルレイの出力グラフが表示されていた。
研究員が報告する。
「収束率、八十五パーセント」
「出力上昇中」
リゼリアがモニターを見つめる。
「もう少し……」
隣で腕を組んでいた直哉が言う。
「照準は」
研究員が答える。
「歪曲球体、ロック完了」
画面にはターゲットマーカー。
ゼファルの背後。
黒い球体。
歪曲球体。
リゼリアが小さく言った。
「外さないで」
通信回線が開く。
「悠真」
秋葉原のビル屋上。
魔導変声機を通した声が返る。
『聞こえてる』
リゼリアが言う。
「ネクタルレイ」
「発射準備、最終段階」
モニターの出力が上がる。
八十七。
八十八。
八十九。
秋葉原上空。
ゼファルの赤い単眼が、静かに輝いていた。
その視線は。
巨大魔法陣へ向けられていた。
ゼファルの視界に、解析情報が流れる。
光量。
エネルギー密度。
歪曲干渉値。
そして、危険度。
ゼファルの内部演算が走る。
一瞬。
赤い単眼の光が強くなった。
「高エネルギー反応を確認」
機械の声が、静かに響く。
「空間歪曲への干渉を検出」
魔法陣。
収束光。
その先。
歪曲球体。
ゼファルの背後。
帰還ゲート。
次の瞬間。
危険度評価が更新される。
「危険度――上昇」
わずかな沈黙。
そして。
「帰還装置への損傷リスク」
赤い単眼が、鋭く光った。
ゼファルが動く。
黒い機体が、空気を裂いて加速した。
一直線。
ビル屋上へ向かう。
空気が裂ける。
衝撃波が夜空を震わせた。
ネクタルレイ。
その発射を止めるために。
HIVE研究員が叫ぶ。
「ゼファル、急接近!」
モニターに赤い警告表示。
距離が急速に縮まっていく。
リゼリアが画面を見つめる。
「……来た」
出力グラフ。
まだ足りない。
研究員が報告する。
「収束率九十五パーセント!」
「発射可能まで数秒!」
直哉が静かに言う。
「我慢だ」
モニターの戦闘画面。
ゼファルが迫る。
ビル群を越え。
ネオンの街を突き抜け。
ヴェスパーへ一直線。
秋葉原のビル屋上。
ヴェスパーは動かない。
巨大魔法陣が回転している。
六機のドローン。
金色の紋様。
マナが腕へ流れ込む。
ネクタルレイ。
発射準備。
ゼファルとの距離が、さらに縮まる。
あと数秒。
それだけでいい。
ヴェスパーは照準を維持したまま、動かなかった。
数値がゆっくりと上昇していく。
九十七。
九十八。
研究員が叫ぶ。
「ゼファル、接近速度上昇!」
「到達まで三秒!」
リゼリアが画面を見つめる。
「まだ……」
直哉が腕を組んだまま言う。
「焦るな」
モニターの一つに、秋葉原上空の映像。
ゼファルが突進している。
黒い機体。
一直線。
ビル屋上へ向かっている。
研究員が報告する。
「収束率九十九パーセント!」
「臨界まで――」
その時。
数値が跳ね上がった。
出力ゲージが最大へ到達する。
研究員が叫ぶ。
「収束完了!」
管制室の空気が一瞬、静まり返る。
リゼリアが通信回線を開く。
「悠真!」
短い言葉。
「今!」
秋葉原。
ビル屋上。
ヴェスパーの黄金の複眼が、歪曲球体を捉えていた。
しかし、ゼファルも迫っている。
距離は、もうほとんどない。
拳を振り上げる。
ネクタルレイの発射を止めるための一撃。
その瞬間。
通信が入る。
「悠真!」
リゼリアの声。
「今!」
ヴェスパーの腕が、わずかに動いた。
収束していた光が、一気に膨れ上がる。
巨大魔法陣が強く発光する。
六機のドローンが、同時に輝いた。
魔法陣の線が白金色へ変わる。
そして。
光が解き放たれた。
ネクタルレイ。
金色の奔流が、一直線に走る。
夜空を貫く光。
ゼファルの視界いっぱいに広がる。
ゼファルが腕を前に出す。
防御。
しかし。
遅い。
光が、その腕を飲み込む。
装甲が溶ける。
黒い機体の半身が、光に焼かれる。
それでも。
ゼファルは止まらない。
ネクタルレイの中心へ突き込もうとする。
だが。
光は止まらない。
ネクタルレイは、そのまま進んだ。
ゼファルの体をかすめ。
その背後。
歪曲球体へと到達する。
次の瞬間。
光が、球体に吸い込まれていった。
次の瞬間。
空間が歪む。
球体の表面に走る幾何学模様が、激しく乱れた。
光が内部へ侵入する。
歪曲球体の中。
空間の奥。
そこに続いていた通路。
異世界への接続。
ネクタルレイの光は、その奥へと貫通していく。
HIVEでも、その様子が観測されていた。
モニターの数値が大きく跳ねる。
研究員が叫ぶ。
「歪曲反応、急低下!」
「向こう側の装置に干渉しています!」
画面に、別の波形が現れる。
歪曲球体の奥。
ゼファルの世界。
その転移装置の反応だった。
リゼリアが息を呑む。
「通った……」
ネクタルレイの光は止まらない。
歪曲球体を貫く。
そのまま、向こう側の装置へ到達する。
次の瞬間。
歪曲球体の内部で、空間が大きく揺れた。
ゼファルの赤い単眼が、その変化を捉えていた。
解析が走る。
帰還装置。
接続状態。
エネルギー経路。
次の瞬間。
ゼファルの内部表示に、警告が点灯した。
「帰還装置損傷」
わずかな沈黙。
さらに警告が重なる。
「接続安定度低下」
「空間歪曲崩壊の可能性」
ゼファルの単眼が、わずかに収縮した。
歪曲球体が激しく揺れている。
黒い球体の表面。
空間が波打つ。
歪みが不規則に広がっていく。
ネクタルレイの光は、まだ球体を貫いていた。
ゼファルの赤い単眼が、その崩壊を見ている。
帰還装置。
接続状態。
残存時間。
内部演算が続く。
そして。
結論が更新された。
「帰還を最優先」
ゼファルの機体が向きを変える。
ネクタルレイの光を避けながら、上昇する。
その先。
崩れ始めた歪曲球体。
黒い空間の裂け目。
帰還ゲート。
ゼファルは一瞬だけ振り返った。
遠く。
ビル屋上。
巨大魔法陣。
その中心。
ヴェスパー。
黄金の機体。
そして。
ゼファルは動いた。
黒い機体が、歪曲球体へ突入する。
空間が歪む。
機体の輪郭が崩れる。
そして。
ゼファルの姿が、球体の中へと消えていった。
黒い機体の輪郭が歪み、空間に溶けるように消えた。
その直後。
歪曲球体が、大きく揺れた。
球体の表面。
空間の歪みが、不規則に波打つ。
ネクタルレイの光はすでに消えている。
しかし。
球体の内部で、空間が崩れ始めていた。
HIVEのモニターにも警告表示が現れる。
研究員が叫んだ。
「歪曲球体、構造崩壊!」
別の研究員が続ける。
「空間安定度、急低下!」
モニターの波形が乱れる。
一定だった歪曲反応が、激しく揺れていた。
リゼリアが画面を見つめる。
「ゼファルは……」
研究員が答える。
「確認できません!」
モニターの球体。
歪曲球体は、もはや安定した形を保てていない。
表面がゆがみ。
縮み。
膨らむ。
空間そのものが、崩れていく。
秋葉原の夜空。
黒い球体が、白く光り始めた。
マナが溢れている。
光が、次第に強くなっていく。
その中心で。
歪曲球体は、ゆっくりと崩壊へ向かっていた。
黒い歪みは、もう形を保っていない。
空間が崩れ、光が溢れ出していた。
地下研究施設、HIVE。
モニターの数値が急上昇する。
研究員が叫ぶ。
「マナ反応、急激に増大!」
「歪曲球体、崩壊直前!」
リゼリアが画面を見つめる。
「来る……」
秋葉原の夜空。
歪曲球体が、さらに強く発光した。
次の瞬間。
光が弾けた。
音はない。
衝撃もない。
ただ、夜空いっぱいに光が広がる。
白い閃光。
巨大な光の花が、空に咲いた。
その光は、建物を壊さない。
街も、人も、傷つけない。
ただ、静かに広がる。
光の波が、夜空を染めていく。
そして。
その光は、空へと拡散していった。
地下研究施設、HIVE。
研究員が震える声で言う。
「マナ濃度……上昇しています」
モニターの地図。
日本。
そして世界。
観測値が次々と更新される。
研究員が続けた。
「マナが……拡散しています」
リゼリアが小さく呟く。
「地球全体に……」
管制室のモニターに表示された戦闘ログが、更新される。
研究員が言った。
「歪曲球体、完全消失」
別の研究員が続ける。
「侵略体反応……消失」
短い沈黙。
リゼリアが息を吐く。
「……終わった」
直哉はモニターを見たまま言った。
「いや」
わずかな間。
「一区切りだ」
直哉が静かに画面を見ている。
光が消えた後の夜空。
歪曲球体は、もう存在していなかった。
そして。
世界には、新しい何かが広がり始めていた。
秋葉原のビル屋上。
先ほどまで空を満たしていた光が、ゆっくりと消えていく。
ネオンの色が戻る。
ビルの窓。
看板の光。
いつもの夜の街。
だが。
空には、もう何もない。
歪曲球体は消えていた。
秋葉原上空。
黄金の複眼が、夜空を見上げた。
そこには、もう敵の姿もない。
ヴェスパーがゆっくりと腕を下ろす。
巨大魔法陣が消えていく。
ドローンが帰還し、背部ユニットへ収まる。
夜の街。
その上空に、静かな風だけが流れていた。
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