第28話 ゲート
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地下研究施設、HIVE。
管制室のモニターには、歪曲球体の解析データが並んでいる。
波形。
エネルギー流。
空間歪曲スペクトル。
その中心。
ゼファルの背後に浮かぶ黒い球体。
研究員が言う。
「歪曲反応、依然として安定しています」
「減衰は確認できません」
モニターのグラフが更新される。
一定の周期。
崩れない波形。
リゼリアが腕を組む。
「……安定しすぎてる」
通常の歪曲球体なら、すでに崩壊している。
だが。
この球体は違う。
反応が続いている。
途切れない。
まるで。
どこかと接続されたままのように。
リゼリアが言う。
「閉じる気配がない」
隣でモニターを見ていた直哉が答える。
「閉じないんだろう」
リゼリアが視線を向ける。
直哉は歪曲波形を見ながら言った。
「歪曲球体は転送装置だと思っていた」
短い沈黙。
そして。
「しかし、違うようだ」
モニターの黒い球体。
その向こう側には、まだ何かが繋がっている。
直哉は画面を見つめたまま言った。
「転送装置なら」
「出現と同時に歪曲は崩壊する」
研究員が頷く。
「はい」
「これまで確認された侵略体はすべてそうでした」
モニターのグラフが更新される。
だが。
今回の波形は違う。
歪曲反応が、途切れない。
リゼリアが言う。
「安定しすぎてる」
球体内部のエネルギーが、循環している。
崩壊しない。
閉じない。
直哉が静かに続ける。
「つまり」
「まだ繋がっている」
研究員が振り向く。
「……どこと?」
直哉は答えない。
モニターの歪曲球体を見る。
夜空に浮かぶ黒い球体。
そして言った。
「ゼファルの世界だ」
管制室に沈黙が落ちた。
モニターには、歪曲球体の波形が表示されたままだった。
規則的な周期。
崩れない歪曲反応。
研究員が言う。
「歪曲反応、継続しています」
「向こう側からエネルギー供給があるようです」
リゼリアがモニターを見つめる。
そして呟いた。
「……なるほど」
直哉が視線を向ける。
リゼリアは画面を指した。
「この球体」
「侵略用じゃない」
研究員が息を呑む。
リゼリアが続ける。
「帰るためのゲートよ」
管制室に、わずかなざわめきが起こる。
直哉はモニターを見たまま言った。
「帰還用の通路か」
リゼリアが頷く。
「ゼファルの世界と、まだ繋がってる」
モニターの波形。
歪曲反応は消えない。
安定している。
それはつまり、まだ通れるということだ。
秋葉原上空。
ゼファルの背後で。
歪曲球体は、静かに開いたままだった。
管制室のモニターには、秋葉原上空の戦闘映像が映っていた。
ネオンの街の上。
ヴェスパーとゼファルが、まだ戦っている。
火花。
衝撃。
二つの機影が夜空を交錯する。
だが。
決着の気配はない。
研究員が言う。
「戦闘継続」
「両機とも活動可能です」
別の研究員が続ける。
「ゼファルの出力に低下なし」
リゼリアが画面を見つめる。
ヴェスパー。
片脚を失った機体が、それでも戦い続けている。
直哉が静かに言った。
「このままでは終わらないな」
リゼリアが小さく息を吐く。
「ええ」
モニターの中。
ゼファルが拳を振るう。
ヴェスパーが回避する。
戦闘は続く。
いつまでも。
直哉が歪曲球体の画面へ視線を移す。
黒い球体。
開いたままのゲート。
そして言った。
「なら」
短い沈黙。
「終わらせ方を変える」
リゼリアが視線を向ける。
直哉はモニターの一つを指した。
秋葉原上空。
ヴェスパーとゼファル。
戦闘は続いている。
だが、すぐ隣の画面。
そこには歪曲球体の解析映像。
黒い球体が静かに脈動している。
直哉が言う。
「ゼファルを倒す必要はない」
研究員が息を呑む。
直哉は続けた。
「帰らせればいい」
管制室が静まり返る。
リゼリアの視線が、歪曲球体へ戻る。
開いたままのゲート。
ゼファルの世界へ続く通路。
リゼリアが小さく言った。
「……なるほど」
そしてモニターを見ながら続ける。
「帰還ゲートを閉じる」
直哉が頷く。
「いや」
「壊す」
短い沈黙。
研究員の一人が言う。
「でも……」
「歪曲球体は兵器では破壊できません」
モニターの黒い球体。
通常兵器は通らない。
だが。
リゼリアの目が細くなる。
「方法はある」
管制室の空気が張り詰める。
研究員の一人が言う。
「方法……ですか?」
リゼリアはモニターを見たまま答えた。
「ネクタルレイ」
研究員たちが顔を上げる。
HIVEが開発した魔導兵器。
ヴェスパーの主兵装。
直哉が腕を組む。
「魔導エネルギーなら」
「歪曲場を貫通できる可能性がある」
リゼリアが頷く。
「空間歪曲はマナで安定している」
「同じマナなら干渉できる」
モニターの歪曲球体。
黒い球体が、静かに脈動している。
研究員が言う。
「しかし」
「ヴェスパーはゼファルと交戦中です」
別の研究員も続ける。
「狙う余裕はないかと」
直哉がモニターを見上げた。
秋葉原上空。
ヴェスパーとゼファルが激しく動いている。
だが。
歪曲球体は、常に同じ位置にあった。
直哉が静かに言う。
「いや」
「狙える」
リゼリアが振り向く。
直哉は歪曲球体の映像を指した。
「ゼファルは、ゲートから離れない」
研究員が呟く。
「帰還位置……」
直哉が頷く。
「つまり」
「ここが弱点だ」
管制室のモニターには、秋葉原上空の戦闘映像が映っていた。
ヴェスパー。
ゼファル。
二つの機影が、夜空で激しく動いている。
モニターの戦闘ログ。
位置データ。
軌道解析。
すべて同じ結果を示している。
戦闘は動く。
だが。
ゼファルの活動範囲は、常に歪曲球体の近くに留まっていた。
「向こう側の装置と同期している可能性が高い」
モニターに映る黒い球体が静かに脈動している。
リゼリアが言った。
「なら」
「狙うのは決まりね」
歪曲球体。
ゼファルの帰還ゲート。
それが、唯一の突破口だった。
リゼリアが通信回線を開く。
「ARC、こちらHIVE」
少しノイズが走る。
そして落ち着いた声が返る。
「こちらARC」
神谷一佐だった。
リゼリアが言う。
「作戦を変更します」
「ヴェスパーは一時的に戦線を離脱します」
管制室の研究員たちがモニターを見る。
秋葉原上空。
戦闘はまだ続いている。
リゼリアは続けた。
「ネクタルレイ発射準備のためです」
数秒の沈黙。
神谷が答える。
「了解」
短い言葉だった。
リゼリアが言う。
「その間、民間保護をお願いします」
神谷の声。
「任せろ」
無線の向こう。
ARC部隊の動きが変わる。
中央通り。
装甲車。
隊員たちが再配置されていく。
都市防衛の陣形。
ヴェスパーの空いた空域を、ARCが支える。
リゼリアが別の回線を開いた。
「悠真」
戦闘ノイズの向こう。
魔導変声機を通した声が返る。
『聞こえてる』
リゼリアが言う。
「ゼファルから距離を取って」
「マナリカバリを開始して」
モニターの数値。
ネクタルレイの必要出力。
通常状態では足りない。
リゼリアが続けた。
「ネクタルレイを撃つ」
「対象は、歪曲球体」
短い沈黙。
そして。
『了解です』
秋葉原上空。
ヴェスパーが急加速する。
黄金の機体が、夜空を切り裂いた。
ゼファルとの距離が一気に開く。
黒い機体は追わない。
赤い単眼が動く。
ただ。
その動きを観察していた。
秋葉原で最も高いビル屋上。
ヴェスパーが静かに着地した。
コンクリートがわずかに軋む。
夜のネオンが、白と黄色の装甲を照らしていた。
背部装甲がゆっくりと開く。
内部のハニカム格納ユニット。
六角形のセルが展開する。
次の瞬間。
六つの光が飛び出す。
ハニカムドローン。
蜂型の小型機が、夜空へ散開する。
ドローンはヴェスパーの周囲を旋回しながら上昇する。
そして。
六機が、一定距離で静止した。
管制室。
研究員が言う。
「ドローン展開確認」
夜空。
六つの光点が位置を変える。
規則的な軌道。
まるで図形を描くように動く。
次の瞬間。
六機のドローンから光が伸びた。
細い金色の線。
それらが空中で結び合わされる。
六角形。
さらにその内側に、別の線が描かれる。
幾何学模様。
魔法陣。
空中に、巨大な六角魔法陣が浮かび上がった。
ヴェスパーの前方。
光の紋様がゆっくりと回転する。
その中心。
ヴェスパーの右腕が上がる。
前腕装甲が展開する。
内部から、光が漏れた。
マナが流れ込む。
ドローンから。
魔法陣から。
夜空から。
金色のエネルギーが中心へ集まり始める。
管制室。
研究員が報告する。
「マナ収束開始」
「ネクタルレイ発射準備」
モニターの出力ゲージが上昇していく。
リゼリアがモニターを見つめる。
歪曲球体。
座標固定。
直哉が言う。
「照準合わせ」
ターゲットマーカーが表示される。
黒い歪曲球体。
帰還ゲートへと。
秋葉原の夜空。
ネオンの光が街を染めている。
その上空。
ゼファルが静止していた。
黒い機体。
赤い単眼。
その背後には、歪曲球体が浮かんでいる。
空間が歪む黒い球体。
静かに脈動していた。
ゼファルは動かない。
ただ都市を見下ろしている。
中央通り。
ビル群。
遠くに広がる東京の光。
その視界の端で――
小さな変化が起きていた。
秋葉原のビル屋上。
六つの光点が空中に浮かんでいる。
ハニカムドローン。
六機のドローンが、静かに位置を保っていた。
その間を、細い光の線が結んでいる。
六角形。
そしてその内側に、さらに幾何学模様が広がる。
空中魔法陣。
巨大な六角魔法陣が、夜空に展開していた。
ゆっくりと回転する光の紋様。
その中心。
ヴェスパーが立っている。
白と黄色の装甲。
黄金の複眼。
右腕がゆっくりと持ち上がる。
前腕装甲が展開する。
内部から光が溢れた。
マナ。
金色のエネルギーが、魔法陣から流れ込む。
ドローンから。
空間から。
周囲のマナが、すべて一点へ収束していく。
ネクタルレイ。
光が収束するたび、空気が震える。
夜のネオンが、金色の光に染まっていく。
その瞬間。
ゼファルの赤い単眼が、わずかに動いた。
ゆっくりと。
ビル屋上の方向へ向く。
遠く。
巨大な魔法陣。
その中心。
ヴェスパー。
ネクタルレイの光がさらに強く輝き始めていた。
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