第26話 片足の機兵
毎日20時投稿
秋葉原中央通り。
砕けたアスファルトの上に、煙が立ち込めている。
瓦礫の中央。
ヴェスパーが立っていた。
左脚は、もうない。
失われた脚部の断面から、淡い光が漏れている。
それでも機体は倒れない。
片脚で体を支え、姿勢を整える。
黄金の複眼が、空を見上げる。
夜空とネオンの光の上に、黒い機影が浮かんでいる。
ゼファル。
赤い単眼が静かに光る。
しばらく、二体は動かなかった。
中央通りの下では、ARC隊員たちが瓦礫の影から空を見上げていた。
誰も声を出さない。
戦闘は終わっていない。
それだけは、誰もが理解していた。
その時。
ゼファルが動いた。
静かに降下する。
黒い機体が、ネオンの光を横切って中央通りへ降りてくる。
アスファルトの上に着地した。
音は小さい。
だが、その存在感は圧倒的だった。
赤い単眼がヴェスパーを捉える。
一瞬の沈黙。
そして、機械の声。
「損傷確認」
一瞬の間、そして。
「戦闘継続可能」
その言葉は、観測記録を読み上げているかのようだった。
ヴェスパーは答えない。
悠真が小さく息を吐く。
「……まだ来るか」
脚部スラスターがわずかに噴射する。
機体が姿勢を低くする。
片脚の機兵が、構えた。
中央通りのネオンが揺れる。
ゼファルの脚が沈む。
次の瞬間。
黒い機体が地面を蹴って加速した。
中央通りのアスファルトが砕ける。
一直線。
ヴェスパーへ。
悠真が反応する。
「来る!」
ヴェスパーが跳ぶ。
片脚で地面を蹴る。
脚部スラスターが噴射する。
だが。
機体のバランスが崩れる。
左脚がないことで、着地の姿勢が不安定になる。
その瞬間。
ゼファルの拳が振り抜かれた。
衝撃。
地面が砕ける。
アスファルトが吹き上がる。
ヴェスパーは紙一重で回避した。
再び着地するが体勢が崩れ、膝をつきそうになる。
悠真がスラスターを吹かす。
強制姿勢制御。
ヴェスパーが体を起こす。
その隙を、ゼファルは見逃さない。
黒い機体がヴェスパーの懐に踏み込む。
速い。
悠真が歯を食いしばる。
「くそ……!」
片脚では、回避の幅が狭い。
ヴェスパーが空中へ後退する。
ネオン看板の影へ。
ゼファルが追う。
拳。
蹴り。
連続攻撃。
そのすべてを、ヴェスパーはぎりぎりで避けていた。
しかし。
回避するたびに、体勢が崩れる。
片脚ではバランスが取れず、姿勢制御がままならない。
中央通りの下。
ARC隊員が息を呑む。
「……持たない」
誰かが呟いた。
その時だった。
ヴェスパーの背部ハニカムユニットが開く。
六つのセルが同時に発光した。
悠真が言った。
「ドローン、展開」
次の瞬間。
蜂型ドローンが飛び出す。
六機。
夜の中央通りへ散開する。
金色の小型機。
それぞれが低空を高速で旋回する。
『Honeycomb Drone 六機展開』
SARAの声。
ゼファルの赤い単眼が、わずかに動いた。
ヴェスパーではない。
周囲を飛び回る小型機を追っている。
その瞬間。
ドローンが一斉に加速した。
ゼファルを中心に、円を描く。
蜂の群れのように。
光弾が放たれる。
小さな爆発が連続して起こる。
火花。
閃光。
ゼファルの視界を覆うように、攻撃が続く。
爆発の光が連続して弾ける。
煙が晴れた。
その奥には、微動だにしていないゼファルの姿があった。
「戦闘結果、予測範囲内」
赤い単眼が、静かに光る。
拳が振るわれた。
空中の一機を撃ち落とす。
爆発。
ドローンの残骸が路面へ落ちる。
それでも。
残りのドローンは止まらない。
旋回。
攪乱。
攻撃。
その隙に。
ヴェスパーが動いた。
片脚で地面を蹴る。
脚部スラスターが噴射する。
機体が大きく跳び上がる。
向かった先は――
中央通りのビル壁面。
ヴェスパーの足が、外壁へ接触する。
磁着。
機体が壁に固定される。
そのまま。
ヴェスパーはビルを駆け上がった。
片脚でも機体は止まらない。
足部が外壁へ磁着する。
脚部スラスターが短く噴射する。
跳躍。
再び外壁へ接地。
その繰り返しで、高度を上げていく。
下では、中央通りのネオンが遠ざかっていく。
悠真が低く言う。
「この方が……動ける」
地面よりも、壁面の方が安定する。
重力が横になる。
片脚でも姿勢を保てる。
その瞬間。
下から衝撃が走った。
ゼファル。
黒い機体がビルの壁へ跳びついた。
外壁に激突する。
コンクリートが砕ける。
そして。
そのまま垂直の壁を登り始めた。
赤い単眼が、ヴェスパーを捉えている。
悠真が舌打ちする。
「追ってくるか」
ゼファルの脚部が外壁を蹴り、凄まじい速度で距離を詰める。
その瞬間。
ヴェスパーの背後の窓ガラスが砕けた。
ゼファルの拳。
壁を貫いた。
ガラスが夜空へ散る。
ヴェスパーが跳ぶ。
外壁から離脱する。
隣の窓枠へ着地。
だが。
ゼファルは止まらない。
壁面を蹴り、さらに上へ。
拳と蹴りによる連続攻撃。
その衝撃で、窓ガラスが次々に割れていく。
夜のビル外壁。
破片がネオンの光を反射して舞う。
その中を。
二体の機兵が駆け上がっていった。
上へ上へと。
屋上が近い。
HIVE管制室のモニターで、直哉とリゼリアは秋葉原の戦闘映像を見ていた。
ビル外壁。
そこを駆け上がる二つの機影。
ヴェスパー。
そしてゼファル。
高速で交錯する戦闘を、解析画面が追っている。
機体姿勢。
推力。
衝突予測。
数値が次々に更新されていく。
SARAの声が響いた。
『機体状態を更新』
画面の一部に警告表示。
【左脚ユニット喪失】
【姿勢制御能力低下】
【推力補正 最大値運用中】
リゼリアは画面を見つめている。
その表情は冷静だった。
だが視線は鋭い。
モニターの中央。
片脚のヴェスパーが壁面を移動している。
跳躍。
磁着。
再加速。
無理な機動。
SARAが続ける。
『機体バランス不安定』
『継続戦闘、推奨されません』
短い沈黙。
リゼリアが通信回線を開く。
「悠真」
一瞬の間。
「聞こえる?」
戦闘音の向こう。
わずかな呼吸音。
リゼリアは言う。
「姿勢を前に寄せて」
「翼の推力でバランスを取るの」
モニターの中。
ヴェスパーの機体が跳ぶ。
外壁を離れ、別の窓枠へ移動する。
リゼリアが続ける。
「脚で立つんじゃない」
短い間。
「飛び続けて」
中央モニター。
夜のビル外壁。
その中で、片脚の機兵が再び動き始めた。
秋葉原中央通り。
瓦礫の間を、ARC隊員たちが走っていた。
「こちら第二班!」
「南側ブロック、避難完了!」
「残りは北側のみ!」
無線が飛び交う。
ネオン看板は折れ、道路はひび割れている。
さっきまで人で溢れていた電気街は、今は戦場だった。
神谷一佐は中央通りの交差点に立っていた。
上空を見上げていた。
ビル外壁。
そこを二つの機影が駆け上がっていく。
ヴェスパー。
そしてゼファル。
隊員の一人が呟いた。
「……まだ戦ってる」
別の隊員が言う。
「片脚ですよ」
信じられないものを見るような声だった。
ヴェスパーは、左脚を失っている。
それでも。
ビル壁面を駆け上がり、ゼファルと戦っている。
隊員が言う。
「普通なら……」
言葉が続かない。
神谷一佐は答えない。
ただ、空を見ている。
夜のネオンの上。
火花が散った。
ヴェスパーとゼファルが再び衝突する。
隊員が息を呑む。
「……なんでだ」
ぽつりと漏れた言葉。
神谷一佐が静かに言った。
「理由は一つだ」
隊員が振り向く。
神谷一佐は空を見たまま言う。
「街を守っている」
短い沈黙。
ビル外壁。
片脚の機兵が、それでも戦っている。
神谷一佐が低く呟いた。
「……ヒーローだな」
ビルの最上部。
屋上の縁に、ヴェスパーが跳び上がった。
片脚がコンクリートを踏みしめた。
脚部スラスターが短く噴射する。
姿勢を安定させる。
屋上には大型の看板が立っている。
室外機。
配管。
機材の影が並ぶ。
その空間へ、黒い影が飛び込んできた。
ゼファル。
屋上の床に着地する。
コンクリートが砕ける。
赤い単眼が、ヴェスパーを捉える。
ゼファルが踏み込んだ。
フルスイングの拳が一直線にヴェスパーを狙う。
しかし、すんでのところでヴェスパーが跳んだ。
片脚で床を蹴り、回避に成功した。
拳が屋上の床へ叩きつけられる。
衝撃。
コンクリートが爆ぜる。
ヴェスパーが着地する。
しかし片脚。
姿勢がわずかに崩れる。
その隙をゼファルは見逃さない。
再び距離を詰め、鋭い蹴りが突き刺さる。
ヴェスパーが腕で受ける。
火花。
金属音。
屋上の看板が揺れる。
ヴェスパーも反撃する。
前腕装甲が開く。
スティンガーブレード。
光刃が振り抜かれる。
ゼファルの胸部装甲へ突き込む。
火花。
刃が装甲を削った。
わずかな傷。
だが。
ゼファルが一瞬だけ止まる。
赤い単眼が光る。
「損傷確認」
短い沈黙。
その直後。
ゼファルの拳が振り抜かれた。
ヴェスパーは片手で受けるが、強い衝撃によって機体が屋上を滑る。
コンクリートを削りながら後退する。
屋上の縁。
その先は夜空だった。
ヴェスパーの機体が屋上の縁で止まる。
あと一歩で落下する位置。
片脚のまま、姿勢を立て直す。
黄金の複眼が前を捉える。
ゼファル。
黒い機体がゆっくりと歩いてくる。
赤い単眼が光る。
逃げ場はない。
その瞬間。
背後の巨大LEDビジョンが、明るく光った。
ビルの外壁。
秋葉原中央通りに面した巨大スクリーン。
ニュース中継の映像が映っている。
夜の戦闘。
そして――
ヴェスパー。
画面の中でも、ヴェスパーが戦っている。
次の瞬間。
屋上の縁から、ヴェスパーが後ろ向きに跳び降りた。
空中へ。
脚部スラスターが噴射する。
青白い推力が夜の空気を裂き、機体の落下を制御する。
そのまま、巨大LEDビジョンの前に着地した。
片脚がアスファルトを踏みしめる。
衝撃で砕けた路面の破片がわずかに跳ねた。
ネオンとスクリーン。
二つの光が、片脚の機体を照らす。
背後の巨大スクリーンには――
ニュース中継の映像。
秋葉原中央通り。
瓦礫の街の上で戦う、黄金の機体。
ヴェスパー。
その映像の前に、現実のヴェスパーが立っている。
同じ黄金の複眼。
同じ機体。
同じ姿。
スクリーンの中のヴェスパーと、
ネオンの街に立つヴェスパー。
二つのヴェスパーが、秋葉原の夜に並んでいた。
ゼファルも屋上から降下してくる。
黒い影がネオンを横切る。
赤い単眼が光る。
中央通りの上空。
ヴェスパーが構える。
片脚でも機体は揺るがない。
ネオンの光が揺れる。
ゼファルも巨大LEDビジョンの前に着地した。
二体が、三度向き合った。
再びゼファルの拳。
ヴェスパーが跳ぶ。
脚部スラスターが噴射する。
回避。
しかし衝撃は避けきれない。
拳がビルの外壁へ叩きつけられる。
巨大LEDビジョンが揺れる。
画面が歪む。
ノイズ。
その次の瞬間。
ゼファルが踏み込む。
前蹴り。
ヴェスパーの機体が弾き飛ばされた。
ビルの壁面へ激突する。
ガラスが砕ける。
ヴェスパーが落ちる。
だが。
その途中で機体が姿勢を変える。
脚部スラスター。
背部のエネルギー翼が光る。
急上昇。
中央通りの上空へ。
ゼファルも追う。
黒い機体が空へ跳ぶ。
ネオンの街の上。
二つの機影が再び空中で交差する。
その時、HIVEの解析画面で。
ゼファルの背後に、小さな歪みが映る。
空間の歪曲。
リゼリアの目が細くなる。
「……あれは?」
HIVE管制室のモニターで、秋葉原の戦闘のすべてを解析画面が追っていた。
リゼリアはモニターを見つめている。
その視線は、戦闘そのものではない。
別の場所。
ゼファルの背後。
そこに、小さな歪みがあった。
空間の揺らぎ。
SARAの声。
『歪曲反応を確認』
リゼリアの目が細くなる。
「歪曲球体……?」
だが。
サイズが違う。
今まで確認されてきたものより、小さい。
しかし。
モニターの数値が次々と更新されていく。
エネルギー密度。
マナ濃度。
出力値。
SARAが続ける。
『反応強度、過去最大』
短い沈黙。
リゼリアが小さく呟く。
「……違う」
モニターの中央。
ゼファルの背後で、空間が静かに歪んでいる。
まるで。
そこに何かが待っているかのように。
リゼリアは画面を見つめたまま言った。
「悠真……」
その声は、まだ通信には乗っていない。
夜の秋葉原。
ネオンの街の上で。
ヴェスパーとゼファルの戦闘は続いていた。
だが。
その戦闘の裏で、
リゼリアの解析は確実に答えへ近づいていた。
いつもありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、
★★★★★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。
本作は毎日更新中です。
明日もお待ちしています。
現在、別作品として
『不遇スキル【球術】の俺は、均形鍛冶の少女とダンジョンを攻略する』
というダンジョンファンタジーも連載しています。
意味不明と言われたスキル【球術】で戦う主人公と、鍛冶職の少女がダンジョンを攻略していく物語です。
もしよろしければ、そちらも覗いていただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。




