第24話 名前
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{――観測開始}
その声は、
誰の通信回線にも乗っていなかった。
だが――
中央通りの全員が、それを聞いた。
誰も動かない。
ARC隊員たちは銃を構えたまま凍りついている。
ネオンの光の中に、
黒い機械の人影が静かに立っていた。
神谷一佐が無線を取る。
「全隊、射撃待機」
短く言う。
「まだ撃つな」
隊員たちが息を呑む。
誰もが理解していた。
今までの侵略体とは違う。
二十メートルの怪物ではない。
人型。
しかも――
落ち着きすぎていた。
まるで周囲の状況を観察しているようだった。
赤い単眼がゆっくりと動く。
ネオン。
建物。
ARC部隊。
そして。
JR高架の上。
ヴェスパー。
黄金の複眼と、赤い単眼。
二つの視線が交差する。
SARAの声が通信に入る。
『未知侵略体を確認』
『マナ反応、極めて高濃度です』
一瞬の沈黙。
『ヴェスパーの三倍以上です』
リゼリアが息を呑む。
「三倍……?」
リゼリアは低く言った。
「悠真」
「気をつけて」
「今までの敵とは、明らかに違う」
「私も知らない相手よ」
その時だった。
遠くでローター音が響く。
ニュースヘリ。
取材ドローン。
スマートフォンのカメラ。
中央通りの戦闘は、すでに世界へ流れていた。
アメリカ。
中国。
EU。
各国のニュース番組が、同じ映像を映している。
秋葉原中央通り。
黄色い機体と、黒い人型の機械。
世界中が、その対峙を見ていた。
沈黙を破ったのは――
その機械だった。
赤い単眼がヴェスパーを捉える。
そして。
機械の声が響く。
「識別名を要求する」
中央通りの空気が、さらに張り詰めた。
地下研究施設、HIVE。
薄暗い管制室の中央に、巨大なホログラムモニターが浮かんでいた。
映し出されているのは――
秋葉原中央通り。
ネオンの街。
そして、対峙する二体。
ヴェスパー。
黒い人型の機械。
その映像を、リゼリアが静かに見つめていた。
SARAの音声が響く。
『対象を解析中』
画面の横に、数値が次々と表示される。
マナ反応。
構造解析。
エネルギー密度。
そして――
『警告』
『異常反応』
一瞬の沈黙。
『出力値が計測範囲を超えています』
リゼリアの目が細くなる。
「……そんな」
画面に表示された数値を見て、彼女は息を止めた。
ヴェスパーのマナ出力。
その三倍以上。
SARAが続ける。
『開拓獣との構造一致率』
『低』
『既存データベースに該当なし』
リゼリアが小さく呟く。
「開拓獣じゃない……」
モニターの中央。
黒い人型の機械が、ヴェスパーを見上げている。
その動きは静かだった。
まるで――
人間のように。
SARAの声。
『行動分析』
『観察行動を確認』
『戦闘を開始していません』
リゼリアはモニターを見つめたまま言う。
「戦っていないんじゃない」
静かな声だった。
「観測しているのよ」
その言葉と同時に。
中央通りの映像が切り替わる。
音声解析ログ。
機械の声。
『識別名を要求する』
リゼリアの目がわずかに見開かれる。
「……言葉?」
通信回線を開く。
「悠真」
一瞬の間。
「答えて」
モニターの中。
秋葉原中央通り。
黒い機械は、まだヴェスパーを見上げていた。
まるで、次の瞬間を、待っているようだった。
秋葉原中央通り。
ニュースヘリのローター音が、夜空に響いていた。
サーチライトが戦場を照らす。
その光の中に、二つの機影。
高架の上のヴェスパー。
そして中央通りに立つ、黒い人型の機械。
戦闘は始まっていない。
だが。
世界中が、その光景を見ていた。
――アメリカ。
ニューススタジオ。
巨大モニターに秋葉原の映像が映る。
キャスターが言う。
「日本の首都圏で、新たな侵略体が出現しました」
「これまでの怪物型とは異なり、人型です」
専門家が画面を見つめる。
「……あれは生物ではない」
低く言う。
「機械だ」
――中国。
軍の観測室。
巨大スクリーンに、同じ映像。
将校が腕を組む。
「黄色い機体」
「例の存在か」
別の軍人が答える。
「日本で確認されている未確認機体です」
「侵略体と交戦しています」
画面の中央。
黒い人型の機械が、ゆっくりと顔を上げる。
赤い単眼。
その視線は、ヴェスパーへ向いている。
そして。
機械の声が響く。
「識別名を要求する」
その言葉は。
秋葉原だけではない。
ニュース回線。
衛星回線。
中継回線。
世界中に、その音声が流れていた。
今この瞬間。
人類は初めて、
侵略者の言葉を聞いていた。
秋葉原中央通り。
ネオンの光が揺れている。
高架の上。
ヴェスパーは動かない。
黄金の複眼が、中央通りを見下ろしていた。
その視線の先。
黒い人型の機械。
赤い単眼が、ヴェスパーを見上げている。
沈黙が続く。
ARC部隊も。
ニュースヘリも。
誰も動かない。
その静寂を破ったのは、再び機械の声だった。
「識別名を要求する」
淡々とした声。
感情はない。
だが。
確実に、ヴェスパーへ向けられている。
JR高架の上。
悠真はわずかに息を吐いた。
通信が入る。
リゼリアの声。
「悠真」
一瞬の間。
「答えて」
悠真は迷った。
自分の名前ではない。
この機体の名前。
そして――
世界が見ている。
高架の下。
神谷一佐が無線を握る。
何も言わない。
ただ、状況を見ている。
ニュースヘリが旋回する。
ドローンが浮かぶ。
スマートフォンのカメラ。
世界中の視線が、この瞬間に集まっている。
悠真は、静かに言った。
『ヴェスパー』
魔導変声機を通した声。
ネオンの街に響く。
その名前を。
赤い単眼が、静かに受け止めた。
機械の声が復唱する。
「ヴェスパー」
わずかな沈黙。
そして。
「識別名、記録」
その瞬間。
世界中のニュース速報が流れた。
――黄色い機体の名称、ヴェスパー。
秋葉原中央通り。
ネオンの街の中央で。
ヒーローの名前が、初めて世界に知られた。
黒い人型の機械は動かない。
ただ、JR高架の上に立つヴェスパーを見上げている。
ARC部隊は包囲を維持したまま、誰も引き金を引けずにいた。
隊員の一人が小声で言う。
「……どうします」
「撃ちますか」
別の隊員が首を振る。
「あれは開拓獣じゃない」
神谷一佐は黙って中央通りを見ている。
赤い単眼。
落ち着いた動き。
そして――
言葉。
神谷一佐が無線を取った。
「全隊、射撃禁止」
短く言う。
「状況を観察する」
隊員たちが返答する。
「了解」
その時。
中央通りの上空をニュースヘリが旋回した。
サーチライトが戦場を照らす。
遠くのビルの屋上。
取材ドローンが何機も浮かんでいる。
スマートフォンのカメラ。
ライブ配信。
秋葉原の戦場は、すでに世界へ流れていた。
隊員の一人が呟く。
「世界中が見てますよ……」
神谷一佐は短く答える。
「だからこそだ」
一瞬の沈黙。
「余計なことはするな」
視線を中央通りへ戻す。
黒い機械。
その赤い単眼は、まだヴェスパーを見ている。
神谷一佐が低く言った。
「……会話している」
隊員が驚く。
「え?」
神谷一佐は目を細めた。
「知性体だ」
そして無線を握り直す。
ヴェスパーの名前が、世界に流れた直後。
戦場は再び静まり返っていた。
高架の上。
ヴェスパーは動かない。
黄金の複眼が、中央通りを見下ろしている。
その視線の先。
黒い人型の機械。
赤い単眼が、静かに光る。
わずかな沈黙。
その機械が、再び口を開いた。
「識別名を提示する」
ARC隊員がざわめく。
神谷一佐の目が細くなる。
次の瞬間。
機械の声が、ネオンの街に響いた。
「ゼファル」
短い言葉。
だが。
その音声は、すべての中継回線に乗っていた。
ニュースヘリ。
衛星回線。
報道ネットワーク。
世界中が、その名前を聞いた。
高架の下。
ARC隊員の一人が呟く。
「……ゼファル」
神谷一佐も、低く復唱する。
「ゼファル……」
赤い単眼が、再びヴェスパーを見上げる。
「観測対象」
機械の声。
「ヴェスパー」
その声は淡々としていた。
感情はない。
だが。
その言葉の意味は明確だった。
研究対象。
観察対象。
ネオンの光の中。
二つの機影が、向かい合っていた。
その沈黙を破ったのは――
ゼファルだった。
「戦闘能力、測定開始」
脚がわずかに沈む。
次の瞬間――
地面が砕けた。
爆発的な加速。
黒い機体が、一直線に跳んだ。
「速い!」
ARC隊員が叫ぶ。
その瞬間には、もう遅い。
ゼファルはすでに空中。
JR高架へ到達していた。
ヴェスパーへ。
拳が振り抜かれる。
衝撃。
金属音。
火花。
ヴェスパーが横へ弾き飛ばされた。
高架のコンクリートを削りながら滑る。
ネオンの光が揺れた。
中央通りの下。
ARC隊員が息を呑む。
「一撃で……!」
だが。
ヴェスパーは止まらない。
脚部スラスターが噴射する。
空中で姿勢を立て直す。
高架の端へ着地。
黄金の複眼が、再びゼファルを捉えた。
悠真が低く呟く。
「……やるな」
中央通りの路面。
ゼファルがゆっくりと立ち上がる。
赤い単眼が光る。
「戦闘行動を確認」
機械の声。
「観測継続」
その瞬間。
ゼファルの脚が再び沈んだ。
次の一撃が来る。
路面が砕ける。
黒い機体が一直線に上昇する。
狙いは――
ヴェスパー。
高架の上。
悠真が言う。
「来るぞ」
脚部スラスターが噴射する。
ヴェスパーが地面を蹴った。
同時に。
背部装甲が展開する。
黄金の光が広がる。
四枚のエネルギー翼。
その翼が展開した瞬間、
高周波の羽音のような振動が空気を震わせた。
ヴェスパーが空へ跳ぶ。
その瞬間。
ゼファルの拳が通り過ぎる。
衝撃波。
高架のガードレールが吹き飛んだ。
二つの機影が夜空で交差する。
中央通りの上空。
火花が散る。
ゼファルが空中で体勢を変える。
あり得ない機動。
空中で急停止。
そして。
再加速。
ヴェスパーへ突進する。
悠真が叫ぶ。
「ドローン展開!」
背部ハニカムユニットが開く。
六つのセルが光る。
蜂型ドローンが飛び出した。
金色の小型機。
六機。
夜空へ散開する。
『Honeycomb Drone 六機展開』
SARAの声。
ドローンがゼファルの周囲を旋回する。
蜂の群れのように。
光弾が放たれる。
小さな爆発が弾けた。
だが。
ゼファルは止まらない。
赤い単眼が光る。
拳が振るわれる。
一機のドローンが吹き飛ぶ。
爆発。
ARC隊員が叫ぶ。
「撃ち落とされた!」
空中。
ヴェスパーとゼファルが再び激突する。
ネオンの街の上。
超高速戦闘が始まった。
秋葉原の夜空で。
二つの機兵が、火花を散らしていた。
中央通りのネオンが激しく揺れた。
ゼファルの拳が振り抜かれる。
ヴェスパーが空中で身をひねる。
そのままスラスターを吹かし、距離を取る。
数十メートル。
二つの機体が空中で停止する。
黄金の複眼。
赤い単眼。
再び、視線が交差した。
ゼファルが言う。
「戦闘能力を確認」
静かな機械音声。
「観測継続」
次の瞬間。
ゼファルの脚部が再び沈む。
加速。
黒い機体が夜空を裂いた。
ヴェスパーも動く。
エネルギー翼が光を放つ。
二つの機影が再び衝突した。
衝撃波。
ビルの窓ガラスが割れる。
ネオン看板が揺れる。
中央通りの下。
ARC部隊がその戦いを見上げていた。
隊員の一人が呟く。
「……速すぎる」
別の隊員が言う。
「戦闘に入っちまった」
神谷一佐は黙って空を見ている。
黄金の機体。
黒い機体。
夜空の中で、火花を散らしている。
その様子は、世界中に中継されていた。
アメリカ。
中国。
EU。
すべての画面に、同じ光景が映る。
秋葉原の空。
ヒーローと侵略者。
二つの名前を持つ存在。
ヴェスパー。
そして。
ゼファル。
その戦いが、今――
始まった。
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