第23話 秋葉原決戦
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夕方の秋葉原。
中央通りはいつも通りの賑わいだった。
観光客。
買い物客。
外国人旅行者。
巨大なアニメ看板がビルの壁を埋め尽くしている。
電子ショップのスピーカーから音楽が流れ、ネオンが街を彩っていた。
歩行者天国を、人の波がゆっくりと進む。
カメラを構える観光客。
メイド服の店員がチラシを配っている。
「いらっしゃいませー!」
平和な、いつもの秋葉原だった。
その時だった。
空が揺れた。
最初に気づいたのは、スマートフォンを掲げていた観光客だった。
「……?」
空の一部が歪んでいる。
まるで水面の向こうを見るように、景色が揺れていた。
誰かが呟く。
「なんだあれ」
歪みはゆっくりと広がる。
空間がねじれ、光が屈折する。
そして。
球体。
透明な歪曲球体が、秋葉原の上空に現れた。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
誰かが叫んだ。
「歪曲球体だ!」
ざわめきが一気に広がる。
人々が空を見上げる。
スマートフォンが向けられる。
その時だった。
球体の中心が開いた。
黒い影が落下する。
轟音。
ビルの屋上が砕けた。
コンクリートが吹き飛び、瓦礫が舞う。
衝撃が通りに響いた。
悲鳴が上がる。
煙の中から、それは姿を現した。
四本の脚。
長い尾。
鋭い頭部。
装甲に覆われた機械の獣。
狼型開拓獣。
高さ五メートル。
赤いモノアイが静かに光る。
人々が凍りついた。
誰かが震えた声で言う。
「……あれ」
「ニュースの……」
次の瞬間。
狼型が動いた。
ビルの壁を蹴る。
跳躍。
電柱をなぎ倒す。
通りの中央へ着地した。
衝撃でアスファルトが砕ける。
悲鳴。
パニック。
「逃げろ!」
人々が一斉に走り出した。
狼型のモノアイがゆっくりと動く。
人の流れ。
建物。
街。
そして――
空。
まるで。
誰かを待っているようだった。
遠くでサイレンが鳴り始める。
人々は一斉に逃げだしていた。
ショップの店員が客を誘導する。
「こっちです!」
「ビルの中へ!」
シャッターが降りる音。
ガラス戸が閉まる音。
街が一瞬で非常事態へと変わっていく。
その中央に。
狼型開拓獣が立っていた。
赤いモノアイがゆっくりと動く。
周囲のビル。
巨大看板。
逃げる人々。
そして。
空。
その時。
地面が光った。
中央通りのアスファルトに、青白い幾何学模様が広がる。
魔法陣。
光が線となり、円を描く。
次の瞬間。
光が弾けた。
空間が歪む。
そこに現れた。
黒い装甲服の隊員たち。
ARC部隊。
装甲車両。
ミサイルランチャー。
重装備の部隊が一瞬で展開する。
隊員の一人が叫ぶ。
「転移完了!」
装甲車両のハッチが開いた。
神谷一佐が姿を現す。
その目はすぐに敵を捉えていた。
通りの中央。
狼型開拓獣。
高さ五メートルの機械の獣。
神谷が低く言う。
「個体識別」
オペレーターが答える。
「アダプト型」
「銀座・湾岸戦闘個体と一致」
神谷の目が細くなる。
「やはり来たか」
狼型がゆっくりと振り向いた。
赤いモノアイ。
ARC部隊を見ている。
しかし。
動かない。
隊員の一人が言う。
「……攻撃してきません」
神谷はその視線の先を見た。
狼型の視線。
それは。
ARCではない。
空を見ている。
神谷が小さく呟いた。
「……待っている」
隊員が聞き返す。
「司令?」
神谷は言った。
「ヴェスパーをだ」
その時。
無線が鳴る。
「司令」
「周辺避難完了」
神谷が頷く。
「よし」
短く命令を出す。
「戦闘配置」
ARC隊員たちが一斉に動く。
ミサイルランチャーが角度を上げる。
銃器が構えられる。
しかし。
神谷は撃てとは言わなかった。
狼型のモノアイが再び空を見上げる。
神谷も空を見た。
次の瞬間。
空間が歪んだ。
青白い光が広がる。
転移陣。
空気が震える。
そして。
光が弾けた。
空中に巨大な幾何学模様が浮かび上がる。
転移陣。
その中心から。
影が現れた。
黄色い人型機体。
魔導機兵ヴェスパーが、秋葉原の上空に出現する。
背部スラスターが光った。
低い推進音。
ヴェスパーはゆっくりと空中に静止する。
中央通りの上。
街を見下ろす位置。
ARC隊員の一人が呟く。
「……ヴェスパー」
狼型も動かない。
赤いモノアイ。
空中のヴェスパーを見上げている。
互いに見合っていた。
まるで。
決闘の開始を待つように。
その瞬間。
狼型が動いた。
地面を蹴る。
ビルのアニメ看板を踏み台に跳躍。
ヴェスパーへ向かう。
同時に。
ヴェスパーのスラスターが唸った。
空中で加速。
二つの影が秋葉原の空で交差した。
ヴェスパーの背部スラスターが噴射した。
機体が横へ滑る。
狼型の爪が空を裂いた。
しかし、わずかに外れる。
ヴェスパーが反撃する。
スティンガーブレード。
鋭い刃が振り下ろされる。
だが。
狼型は空中で身体をひねった。
回避。
そのままビル壁面へ着地する。
垂直の壁を走る。
ARC隊員が思わず声を上げる。
「壁を……走った!?」
狼型は止まらない。
看板のフレームを蹴る。
跳躍。
次のビルへ。
まるで。
街そのものを足場にしているようだった。
ヴェスパーが追う。
スラスターを噴射。
空中を滑るように移動する。
二つの影が秋葉原の上空を駆け抜ける。
ネオン看板の間を通り抜ける。
電線が揺れる。
アニメショップの巨大看板が風圧で揺れた。
悠真が呟く。
「やっぱり速い……!」
狼型が再び跳ぶ。
今度は。
巨大な広告看板のフレームへ着地した。
看板がきしむ。
金属が歪む音。
その瞬間。
狼型の尾が振られた。
フレームが破壊される。
巨大な看板が傾いた。
下は。
中央通り。
そこには避難誘導を行っていたARC隊員がいた。
看板が倒れる。
ゆっくりと。
しかし確実に。
落下していく。
ARC隊員が叫んだ。
「回避!」
しかし。
間に合わない。
看板が落下する。
その瞬間。
黄色い影が空から降りた。
ヴェスパー。
両腕が伸びる。
巨大看板を受け止めた。
衝撃。
アスファルトが砕ける。
金属が軋む。
ヴェスパーがそのまま看板を押しとどめた。
隊員たちは思わず息を呑んだ。
数トンの鉄骨フレーム。
腕の装甲が軋む。
足元のアスファルトがひび割れた。
その下で、ARC隊員たちが立ち尽くしている。
一人の隊員が叫ぶ。
「離れろ!」
隊員たちが一斉に後退する。
ヴェスパーはゆっくりと看板を押し上げた。
壊れたビル壁面へ。
そして。
鉄骨フレームを横へ押し出す。
巨大看板が地面へ倒れた。
轟音。
粉塵が舞う。
ARC隊員の一人が息を吐いた。
「……助かった」
ヴェスパーは振り返らない。
空を見ている。
悠真が小さく言う。
「まだ、いるんだろ」
その瞬間。
影が落ちた。
狼型開拓獣。
ビルの壁面から跳躍していた。
真上。
ヴェスパーへ向かって落下する。
爪が振り下ろされた。
ヴェスパーが跳ぶ。
スラスター噴射。
衝撃で看板の残骸が吹き飛ぶ。
狼型が着地した。
中央通りのアスファルトが砕ける。
赤いモノアイが光る。
その視線は。
ヴェスパーへ向いていた。
悠真が呟く。
「やっぱり」
「俺を狙ってる」
狼型が動く。
地面を蹴る。
電柱を踏み台に跳躍。
ヴェスパーへ突進する。
ヴェスパーも動く。
背部スラスターが唸った。
狼型開拓獣が跳ぶ。
ビル壁面を蹴る。
次の瞬間。
JR高架の側面へ着地した。
金属音。
そのまま、走る。
垂直の壁面を。
ARC隊員が思わず叫ぶ。
「高架に上がった!」
神谷がすぐに言う。
「追うな」
「ヴェスパーに任せろ」
その時だった。
高架の向こうから。
電車のライトが見えた。
接近している。
狼型は止まらない。
高架の上へ跳び上がる。
そして。
線路の上を走り始めた。
悠真が呟く。
「線路を……」
ヴェスパーのスラスターが噴射した。
機体が上昇する。
そのまま高架の高さへ。
狼型を追う。
二つの影が高架上で交差する。
スティンガーブレードが閃く。
狼型が回避。
線路を蹴る。
電柱を踏み台に跳躍。
その瞬間。
電車が通過した。
轟音。
車体が二つの影の間を突き抜ける。
衝撃風。
ネオンの光が流れる。
電車の窓に。
ヴェスパーと狼型の影が一瞬だけ映った。
電車が過ぎる。
次の瞬間。
狼型が跳んだ。
空中で身体をひねる。
ヴェスパーの背後へ。
爪が振り下ろされる。
衝撃。
ヴェスパーが弾かれた。
高架の手すりを砕きながら後退する。
悠真が歯を食いしばる。
「くそ……!」
狼型は止まらない。
線路の上に着地する。
赤いモノアイが光る。
ヴェスパーを見ている。
その目は。
戦う者の目ではない。
観察する者の目だった。
悠真が低く言う。
「……まただ。見てる……」
高架の上。
ネオンの光が線路を照らしていた。
ヴェスパーが体勢を立て直す。
スラスターが短く噴射する。
その瞬間。
狼型が動いた。
線路を蹴る。
一直線に突進。
ヴェスパーも動く。
スティンガーブレード。
横薙ぎ。
しかし。
狼型はすでに動いていた。
回避。
電柱を蹴る。
ヴェスパーの側面へ回り込む。
爪が振り下ろされる。
衝撃。
ヴェスパーの装甲が火花を散らした。
悠真が歯を食いしばる。
「くっ……!」
ヴェスパーが反撃する。
ドローン展開。
背部ユニットが開く。
ハニカムドローンが空へ広がった。
十機。
二十機。
群れを作る。
SARAの声。
『攻撃ルート設定』
ドローンが加速する。
狼型を包囲。
同時攻撃。
しかし。
狼型は止まらない。
跳躍。
空中で身体をひねる。
ドローンの間をすり抜ける。
尾が振られる。
一機。
二機。
空中で砕けた。
悠真が息を呑む。
「ドローンも……学習されているのか」
リゼリアの声が通信に入る。
『悠真』
『今までと同じ戦い方じゃ通用しないわ』
悠真が呟く。
「やっぱりか」
狼型が再び突進する。
今度は。
ネクタルレイの射線。
悠真が構える。
しかし。
発射するそぶりだけで。
狼型が跳んだ。
完全に。
読んでいる。
悠真が低く言う。
「全部……」
一瞬の間。
「ばれてる」
狼型の赤いモノアイが光る。
その視線は。
ヴェスパーだけを見ていた。
悠真は息を整える。
狼型は動かない。
赤いモノアイ。
その視線は、常にヴェスパーを追っていた。
悠真が呟く。
「……SARA」
『はい』
「戦闘ログ」
一瞬の間。
『解析完了』
ヴェスパーの視界にデータが重なる。
銀座戦。
湾岸戦。
そして。
今の戦闘。
回避。
反応。
移動パターン。
すべてが表示される。
悠真はそれを見ていた。
狼型が動く。
高架の電柱を蹴る。
突進。
ヴェスパーが横へ回避。
悠真は呟く。
「違う」
小さく。
「こいつ」
「未来を読んでるわけじゃない」
狼型が再び跳ぶ。
背後へ。
しかし。
悠真はもう動いていた。
振り返らない。
そのままスラスターを噴射。
前方へ離脱する。
爪が空を裂いた。
悠真が言う。
「過去だ」
一瞬の間。
「俺の戦い方を」
「全部覚えてるだけだ」
通信にリゼリアの声。
『つまり』
悠真が答える。
「知らない動きには」
狼型が突進する。
赤いモノアイが光る。
悠真が言った。
「弱いはず」
ヴェスパーの背部ユニットが開く。
ハニカムドローン。
再度一斉展開。
リゼリアが言う。
『悠真?』
悠真は答える。
「ドローンを全部使って」
一瞬の間。
「やつの視界を潰す!」
ドローン群が空へ広がる。
ネオンの光の中へ。
狼型のモノアイが動いた。
三十機。
四十機。
蜂の群れのように空へ広がった。
ネオンの光の中を旋回する。
狼型のモノアイが追う。
ドローンが加速する。
しかし。
ドローンは攻撃しない。
狼型の周囲を旋回する。
上。
横。
背後。
全方向。
視界を覆う。
リゼリアが呟く。
『ジャミング……?』
悠真が答える。
「それができたら苦労しないですよ」
一瞬の間。
「ただの目隠しです」
ドローンが一斉に散開する。
ネオン看板の光を反射する。
光が乱れる。
狼型のモノアイが揺れる。
センサーが混乱していた。
次の瞬間。
ヴェスパーのスラスターが噴射した。
機体が一気に加速する。
狼型へ。
一直線。
狼型が反応する。
跳躍。
回避行動。
しかし。
遅い。
ドローンの影がモノアイの視覚を乱している。
ヴェスパーが距離を詰めた。
スティンガーブレード。
刃が閃く。
狼型が振り向く。
赤いモノアイと視線が交差する。
その瞬間。
刃が突き刺さる。
胸部装甲へと。
コアを貫通する。
狼型の動きが止まった。
モノアイが点滅する。
悠真が低く言う。
「終わりだ」
次の瞬間。
狼型の身体が崩れ落ちた。
破片がネオンの光の中に散る。
静寂。
ドローンがゆっくりと帰還する。
背部ユニットへ吸い込まれていった。
高架の上に立つヴェスパー。
その下。
秋葉原の街が広がっていた。
秋葉原中央通り。
夜のネオンが街を照らしていた。
戦闘の煙がゆっくりと流れていく。
JR高架の上。
ヴェスパーが静かに立っていた。
その足元には。
狼型開拓獣の残骸が砂となって散らばっている。
その様子を、地上からARC部隊が見上げていた。
隊員の一人が呟く。
「……やったのか」
別の隊員が答える。
「侵略体、活動停止」
神谷一佐は何も言わず、高架の上を見ていた。
ヴェスパー。
黄色い機体がネオンの光を受けている。
その姿は、街を守る番人のようだった。
神谷が無線を取る。
「ヴェスパー」
短く言う。
「見事だ」
少しの間。
通信回線に声が入る。
魔導変声機を通した音声。
『任務完了』
神谷は小さく頷いた。
それ以上は何も言わない。
その時。
空間が、歪んだ。
中央通りの上空。
高架のさらに上。
ネオンの光が揺らぐ。
空気が波打つように歪んでいく。
隊員の一人が声を上げた。
「空間異常!」
「新たな歪曲反応!」
神谷一佐が空を見上げる。
そこに現れていたのは――
歪曲球体。
しかし。
小さい。
これまでのものの半分ほどしかない。
だが。
内部の光が異常だった。
濃い。
まるで光が一点に圧縮されているようだった。
ネオンの色を歪ませながら、球体がゆっくりと脈動する。
隊員が言う。
「……何だ、あれ」
別の隊員が呟く。
「開拓獣じゃない」
神谷一佐の目が細くなる。
直感が告げていた。
今までとは違う。
危険の質が違う。
その時だった。
歪曲球体の表面が、静かに裂けた。
音はない。
だが。
空間そのものが開く。
その奥は、闇だった。
次の瞬間。
そこから――
影が、落ちてきた。
軽い着地音。
秋葉原の路面に、人影が立つ。
身長は、人間と同程度。
細長いシルエット。
黒い装甲。
身体の各所を、鋭い光の線が走っている。
その顔には。
機械の単眼。
冷たい赤い光。
それがゆっくりと周囲を見渡した。
ARC隊員の一人が、息を呑む。
「……人型?」
神谷一佐は答えない。
ただ、その存在を見つめている。
人型の機械。
開拓獣とは明らかに違う。
知性を感じる動き。
その視線が。
ゆっくりと上を向いた。
JR高架。
そこに立つ、ヴェスパー。
赤い単眼が細く光る。
その瞬間。
SARAの警告が響いた。
『未知の侵略体を確認』
『危険度――』
一瞬の沈黙。
『過去最大』
ネオンの街の中央。
人型の機械が、静かに言った。
{――観測開始}
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本作は毎日更新中です。
明日もお待ちしています。
現在、別作品として
『不遇スキル【球術】の俺は、均形鍛冶の少女とダンジョンを攻略する』
というダンジョンファンタジーも連載しています。
意味不明と言われたスキル【球術】で戦う主人公と、鍛冶職の少女がダンジョンを攻略していく物語です。
もしよろしければ、そちらも覗いていただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。




