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世界を世界で塗り替えて  作者: かこ
第1章 時間の世界編
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23話 「邂逅」

「改めてだけど以上が、今回の作戦。何かあれば今からでもいいから、意見が欲しいな」


真壁拓真まかべたくまにメッセージを送ってから、すでに2日が経過していた。

思いの外返信が速くて驚いたけれど、何もかもが上手くいけばあと1時間で型がつく。

どれだけ入念に作戦を立てたとて、きっとすべてが上手くいくことなんてないんだろうけどね。


「……いや、いいんじゃねーか。前にも言ったが、俺にはこれ以上の案が思いつかねー」

「だね、正直驚いたよ。これなら今までのノートには存在しない方向性のだし、もしかするんじゃないかな」


そう言ってもらえるなら素直に嬉しいけど、どうにも私は不安を取り払えない。

リビングから眺める空は、細かな点で埋め尽くされてる。それが雲だってなんとなくわかって、今の私の心境にぴったりな天気。


紫苑しおんの世界でも、このシナリオで上手く行くんでしょ? なら完璧じゃん!」

「……そうね、私からも問題はないように思えるわ。でも、実際には何が起こるかなんてわからない。それだけは忘れないで」

「そうね、念の為もう一度、世界で確認しておいた方がいいんじゃないかしら? 未来に干渉できる世界が複数あるとしても、最後に書き換えた世界の通りことが進むのは違いないのだから」

「え、ええ」


詩葉うたはに返事して、テーブルの上の日記に手を伸ばした。

気が付かなかった。

日記を拾い上げた紫苑しおんの手から、それが滑り落ちるまで。

震えていたんだ。床に落ちた日記を掴もうとする手は。

口調や振る舞いから気が強い性格だと思っていたから、今日この時まで、どれほどの恐怖と不安を背負って過ごしてきたのかなんて、気にかけてさえいなかったんだ。

落とした彼女自身も、驚いたような顔をしていた。こんな時に、すっと言葉が出てこない私の視界を、白い髪が掠めていった。


「……だいじょーぶ」


ノートを拾い上げてから、胡桃くるみは言った。


「なんとか、なる」


紫苑の震えた手に、しっかりとノート握らせてから視線を合わせた。

私は紫苑が震えているのを見て、何も言ってあげられなかった。

胡桃はいつもそうだ。私が覚醒した朝も、こうやって引っ張ってくれた。

心をこう、温めてくれるんだ。


「そうね……ありがとう、胡桃」


口数はそう多くないけど、ふんっと強めに頷いていた。

少しだけ柔らかくなった表情を今一度引き締めて、紫苑はノートを握りしめる。

ふわっと生暖かい風を、頬で感じた。

これで何度目かわからないほど見たはずなのに、その光景にまた、見惚れていた。

青色の光がポツポツと浮かび上がっては、パチパチと音もなく弾け飛ぶ。

服や髪が不思議な力でゆっくりと揺蕩たゆたっていた。

記優香しるしゆうかが世界を使った時と似ているけれど、また違う感じだ。深い海の底を漂っているかのような雰囲気に浸ってしまう。

時間にして1分ほどで、彼女の瞼が開かれた。さっとノートも見開きにして内容を確認するけれど、


「……変わっていないわ」


流し読んでからパタンとそれを閉じた。


「まぁ、だろうな。こうなりゃ、あとは臨機応変にいくっきゃねーな」

「でもさ、言い換えれば逆に、シナリオ通りにいかないことはわかってるんでしょ? 何か起こるってことがわかってるだけマシだよね」

「その通りなんだけど、けいはポジティブだね」


私は何か起こることより、何が起こるのか知りたくて不安になってるところなのに。


「……そろそろ時間だ、行くぞ」


兼継かねつぐは、不安なんてまるでないみたいにリビングから踏み出した。

みんなその後に続いて行ったけれど、私はまだ踏み出せない。


香織かおり、どれだけ考えたって最後はなるようにしかならないわ。行きましょ?」


吹っ切れているというか、覚悟が決まっているような、そんな表情を紫苑はしていた。

大きく息を吐く。

大丈夫。天気予報はこれから晴れ。この不安だって、これから晴れるはずだ。

私も、部屋から踏み出した。




そこは中央区の中でも中心の地。

周りもろくに見渡せないほど背の高いビルが立ち並んでいるけれど、そこはその中でも一際目を引く高さをしていた。


「たけーな、おい!」


それを真下から見上げて、兼継は感嘆の声を吐いた。

詩葉を助けるためにビルを買ったこともあったけど、それより倍くらい広くて高い。


「ここの何階なんだ?」

「45階より上全部だってさ」

「さすが国会議員ね」


今回の目的は言わずもがな、真壁択真まかべたくまの説得にある。

世界を公にする目的を聞き出して、あわよくば協力関係を築く。世界を公にせず彼の目的を達成できるならそれに越したことはないから。

その上で一つ、ネックな部分がある。

それは彼の世界で、紫苑を引き渡す選択を取らされること。そうなれば彼に従う以外の選択肢がなくなるので、それを問われた瞬間にゲームは終了と言って過言ではない。


「……なんか、みんな緊張感ないね」


その可能性がある以上、本当はテレビ電話とかがよかったんだけど、向こうがそれを了承するはずもなく、私たちはこうして赴いているわけだ。

もちろん、無策で来ているわけではない。


「どうせなるようにしかならねーんだし、そんな気負うこともねーさ。どんと構えてこうぜ?」


先陣を切ってビルの中へと入っていく兼継に続いて、詩葉と西鶴も軽い足取りのままエントランスへ踏み入る。少し遅れて続いた私を最後に、自動ドアが内と外を切り分けた。

今回真壁択真との交渉に臨むのは、私を含めたこの4人。


「このビル、飲食店も入っているのね」


美味しそうな匂いが漂うエントランスには多くの人が行き交っていた。おしゃれなお店やベンチで憩う人たちを横目に見ながら、私たちはエレベーターホールへと歩みを進めていく。


「詩葉ちゃんはここ、来たことないのかい? 結構有名なお店が入ってるし、値段も高くないから高校生とかもよく来るみたいだよ」

「そう、そういったものにはあまり興味がなかったから」


メインの交渉役を私が担うとして、兼継は何かあった時の用心棒。西鶴は嘘を見抜けるから交渉ごとには欠かせないとして、今回最も重要な役割を果たすのは詩葉だ。

万が一真壁択真から選択を迫られた場合、彼が発言した言葉そのものを別の言葉に変換して、選択の提示そのものを無かったことにしてもらう。彼女がいないとそもそも交渉にすらならないんだ。


「俺も来たことなかったなー。おっ、王将もあんのかよ。帰り寄らね?」

「私、さっぱりしたものがいいわ。うどんとかどうかしら?」


平穏無事にここを出られる保証なんてどこにもないのに、二人にはあいも変わらず緊張感の欠片もない。

私なんて思うところが多々あって、朝から何も喉を通らなかったというのに。いっそ私の持ってるそれをバリバリに割って二欠片ずつ配りたいくらいだ。


「うどんかー悪くないな」

「兼継、詩葉ちゃん。せめて終わってから決めないかい?」


さすが西鶴、大事な交渉が控えてるんだし普通そう思うよね。二人にビシッといってやって。って思ってたんだけど、


「さっき朝ごはん食べたばかりだし」


やっぱりそんなところだろうと思ったよ。

毎度のことだけど、真面目に色々考えてる私が馬鹿みたいだ。


「だな、早いとこ済ませて寿司でも取るか」

「それいいわね」


そんなたわいない話をしているうちに、エレベーターホールへたどり着く。

45階行きともなるとエレベーターが限られているみたいで、ホールにはそれなりの人がいたのに、乗り込んだのは私達だけだった。

行き先を指定された昇降機は、扉を固く閉ざして外部の音を遮断した。上層階に向けて緩やかに動き始める頃には、空腹を誘うような香りも既になく、無機質な金属のそれだけが鼻に残った。

喧噪しか知らない都会の真ん中に、なんの手違いか、偶然生まれた束の間の静けさの中、私たちは互いの顔を見合わせた。

言葉で何かを伝え合うことはなかったものの、籠の上部に映し出された数字が大きくなるにつれ、空気が張り詰めていくのを肌で感じた。

ベルを鳴らした時と似た、甲高い音が到着を告げて、重く厚い扉は開かれる。

待ち焦がれたとばかりに、その男が正面から出迎えた。

えも言えぬ雰囲気が、漂っていた。


「やあ、ご足労かけたね」


エレベーターから降りた私たちに右手を差し出して、告げる。


「改めて自己紹介をした方がいいかい? 僕が真壁択真だ。今は国会議員を務めさせてもらっている」

「こうして話すのは確かに初めてだな。力兼継りきかねつぐだ」


兼継は差し出された手に応えた。


「用事の内容は概ね理解しているつもりだよ、立ったままするような話でもない。どうぞ、中へ」

「ああ」


エレベーターから降りて目と鼻の先にある扉を潜れば、そこから先は専有部分。彼の許可なしでは入れない彼の事務所だ。

背の低いパーテーションで区切られた通路を進んで、通されたのは応接室。


「とうぞ、飲み物はコーヒーでいいかな」


壁がなく、床から天井まで立ち上がった大きなガラスで外の光を贅沢に取り入れているのが印象的なスペースだ。見渡せば市内を一望できた。

少し上には細かな点の集合体。私の目が色を認識できたなら、それはきっと灰色で厚い雲に見えているはずだ。目に見える速さで流れて徐々に空の面積を狭めている気がする。

ウチの窓がないリビングには劣るけれど、こちらもなかなか開放感がある。


「いや、気にしないでくれ」


部屋中央を陣取った左右5人がけのテーブル。その一番奥の椅子を引いてから兼継は手を振った。私は兼継の隣に、続いて西鶴、詩葉と並んで席に着く。

真壁択真は私たちが椅子に座ったあと、部屋に入って椅子を引いた。耳馴染みのある淡い電子音が鳴り出したのは、ちょうどその時。

多分着信。私のじゃないよ? マナーモードのはずだし。


「すまない、僕のだ。少しだけいいかな」

「構わねーよ」


引かれた椅子に腰を下すこともないまま、電話を耳に当てながら、パーティションの裏に消えていった。そして入れ替わるように二人、応接室へと入ってきた。

低い背丈で茶色く長い髪をした少女と、対照的に背が高い銀髪の男の人。

茶色の子は前に見たことあるけれど、銀髪の人は初めて見た。紫苑の日記によれば兼継よりも年上だったはずだ。


「ごめんねー、択真のヤツまた電話みたい」


女の子の方はまだ中学生。アカシックレコードの件で神宮にいた子だ。認識の世界。名前はしっかり頭に入ってる。弐識美音にしきみおんだ。

真壁の右隣の椅子を引いたところで、一旦こちらを向いて動きが止まった。


「あれ? 今日はあの子、いないんだ」

けいのことかしら?」


ぴたりと寄せて閉じられた両足の上に、両手は静かに重ねられたまま。この場所に最もふさわしい立ち振る舞いで告げられた。さすが、詩葉。あの子と言われて私はまったくピンときてなかったのに。

でも、なぜに繋?


「そうそう、神成かみなりの時に私のこと追ってきてた子」


そういえばそんな関係だったね。


「あいにく、今日は留守番だな」

「そっか、残念。会いたかったのに」


意図はわからないけど、少しだけ残念そうに席に着いた。


「私と択真は前にも会ったけど、隼人はやとは初めてでしょ? 択真が戻ってくる前に紹介しちゃうけど、コレが十亀隼人とがめはやとね」

美音みおんちゃん、いくらなんでもこれって……」


苦く微笑みながら席に着いた彼の名前も、紫苑の日記には書かれていた。ゲームの世界、十亀隼人。

銀髪でひょろ長く、なんかイメージしてたのと違うな。ゲームの世界っていうから、こんなチャラい人が出て来るとは思わなかった。

記優香しるしゆうかを含めて他にも二人いるはずなのに、真壁派閥で一番戦闘に適した世界を持つ彼が出てきたということは、兼継と同じ役割と見るべきかな。


「一応こっちも名乗って———」

「いいよ、知ってるし。最近ウチに、西野木由紀にしのきゆきが来たの、それとも記優香って言った方がいーい?」

「……ま、知ってるのはお互い様ってわけなら、省かせてもらうよ」

「え? 俺のことも知ってたんすか?」


その疑問に返す前に、「待たせて悪いね」と真壁択真の方が先に戻ってきた。

弐識と十亀の間に座って、ようやく引かれていた椅子が埋まった。


「立場上、形だけでも仕事はしていないといけなくてね」

「別に気にしねーよ、そもそもこうして膝を突き合わせられるとも思ってなかったしな」

「これもその仕事の内でね、市民の声に耳を傾けるというヤツさ」


その言葉が本当なら是非とも私たちの言葉を聞いて欲しいところだ。


「んじゃ遠慮なく、市民の立場から訊かせてもらうが、アンタはこの世界をどうするつもりだ?」

「単刀直入だね。こんなところにまで来て聞きたかったことが、それなのかな?」

「ああ、時間の世界。その覚醒者がウチを訪ねて来たぞ? アンタを止めてくれってな。世界そのものを巻き込んでまでしたかったことがなんなのか、それくらい聞かせてくれてもいいんじゃねーのか?」

「……やはり、彼女は君達のところにいたようだね。君達がそれを知りたいのなら話すことは一向に構わないが、対話を重ねて何か変わるのだろうか? というのが、正直なところだがね」


背もたれに体重を預けた彼の表情は、何とも表現しがたい。いかんせん、感情に乏しい。ただ、良いか悪いかで言えば、良い表情には見えなかった。


「3年も前から始めてるんだろ? 今更俺らが口を挟んだところでどうこうなる玉じゃねーことくらいはわかる。ただ理由を聞かせてくれ、俺達が言ってんのは今のところそれだけだ」

「……」


紫苑ノートには、彼女が見たり聞いたりしたことしか記録されない都合上、全知全能の能力には成り得ない。文字通り彼女の世界にも、死角があるんだ。

何かが起こったその場所に、彼女自身がいない限りはそれを正確に記述できない。

でもそれを踏まえた上で、真壁の携帯が鳴るところさえ、今はまだシナリオ通りだ。

———だからこそ、不思議だ。


「であれば、一つだけ尋ねさせてもらおう」


ありとあらゆるシナリオで、未来を垣間見た紫苑でさえ聞けなかった彼の真意を、今ここで聞くことが本当にできるのだろうか。


「——君は、この世界をどう思う?」


覚醒者(私たち)に、改まってそれを訊くんだ。答えて欲しいのはきっと、世界のことじゃない。


「その点で、俺達が折り合わないことはわかってるんじゃねーのか?」

「それでもさ」


相変わらず、彼の言葉の裏は推し量れない。

すぐには言葉を返さなかった兼継のそれが、私には躊躇いに見えた。兼継もきっと、私と似たようなことを感じているのかもしれない。

ようやっと背を浮かせて組んでいた腕を崩すと、握りしめた拳に視線を落とした。


「……世界は力だ。力で世界は成り立っている。いや、世界そのものが力と言っていい」

「そうだろうね。だが僕にとっては違う。その場合どちらが正しいのだろうね」

「正しい? こんなのはただ、考え方が違うってだけだろ」

「そうだね。だから君は、君のやり方で世界を形作っている。私もまた、ね。だから君たちが私を止めたいように、私は君たちを退ける。結局はそこに行きつくだけのことさ」

「答えになってないだろ。こっちはアンタが世界を公にしたい理由を訊いてんだ」

「その理由が何であれば君たちは納得するのかな。私がここで崇高な理由を用意すれば、君たちが引き下がってくれるのなら話は別だが、ここまできて理想の押し付け合いがしたいと?」

「話す気────」

「そうだよ」


兼継が振り返って視線が合った。


「話を割ってごめん、兼継。でもここからは私が話すよ」


もともと交渉は私がするって予定だったから、兼継は特に何も返さないまま、再び背もたれに身体を預けた。


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