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世界を世界で塗り替えて  作者: かこ
第1章 時間の世界編
27/32

22話「少しばかりのお願い」

真壁まかべさん、こちらなのですが」

「ふむ、どういうわけかなこれは」


ノートパソコンを前に二人は悩んでいた。

記優香しるしゆうかが仲間に加わってから3日目の事である。


「あ、真壁さん、優香ちゃん、ちわーす」


そこに、パーティションの隙間から現れる銀髪の大学生、十亀隼人とがめはやと


「十亀さん、お疲れ様です」

「やぁ、お疲れ」

「二人して、なーに難しい顔してるんすか?」


挨拶を早々に済ませると、十亀は二人の背後に回った。

覗き込んだパソコンの画面には、見覚えのあるウェブサイトが開かれている。


「うちのホームページ、っすね」


未来を選ぶ会にはホームページが存在する。


「面談の依頼が来たんだ、それも2通」

「今っすか。しばらくスルーしていいんじゃないっすか? 面談できる余裕とかないんで」

「それがそうもいかない相手でね」


未来を選ぶ会は名目上、真壁択真の個人事務所となっている。そしてその運営資金は所属する政党が賄っている。

国民から要望がある以上、それを無視することはできない立場にあるのだが、二人が頭を悩ませている要因はそこではなかった。


「知り合いなんすか?」

「そうなるのだろうね」


二人の反対側へと回って、「で、誰なんです? それ?」とテーブルに荷物を下ろした。

言葉よりも先に、ノートパソコンの傍に置かれていたノートを手に取った真壁は、見開いた状態のまま十亀の前に差し出した。


「一人目は質グループの代表取締役社長さ」

「えっ? それって質直人しちなおとっすよね? めちゃめちゃ有名人じゃないっすか! なんの用なんっすかね?」

「時間の世界の覚醒者に関する情報交換を行いたいそうですが、問題は彼ではありません」


パソコンを軽く操作して表示させた文字列に、優香はカーソルを合わせてから、十亀の方へ画面を回した。


「えっと……ちから? けんけい。誰っすか? この人」

力兼継りきかねつぐさんです。今回の件においての重要人物の一人ですよ」

「しかし、彼らから連絡があるとはね……一体何を考えているのだろう」


真壁が真剣な表情をする横で十亀は、「これでりきかねつぐって読むんですかぁ」などと呟いていた。


「これはもう、時間の世界に関することと、そう考えておくべきでしょうか?」

「確証はないが、警戒しておいて損はないだろう。目的を考えるに、おそらくは揺動、だろうか? 僕達と対面している間に時間の覚醒者をどうにかする算段でもついたといったところだろうね」

「であれば向こうにはもう、時間の覚醒者がついている事になります。そうなれば未来を知りえている可能性が高いと考えるべきでしょう、少なからず、この件の行く末を決定づける何かが、この面談で行われるとみるべきです」


両目を瞑ってティーカップに口を付けてから、「わかっているさ」っと端的に返す。


「だからその前に、こちらももう一手打っておこうじゃないか」


真壁の視線はパソコンではなく、ノートに向かっていた。


「何をするつもりなんですか?」

「なに、彼の要望通り最初は情報交換さ、その後少しばかりお願いはするけれどね。時に記君。時間の世界の目的については、どの程度まで絞れたのかな」

「推測の域は出ませんが、おおよそは」

「さすがというべきだろうね。こちら側も概ね満足のいく結果だったよ」


同時に、部屋の中に電子音が響き渡った。

着信を知らせるその音は、真壁の端末からだった。

画面を一瞥して、「どうやら仕事のようだね」っと席から立つ。


「すまないが、内容をまとめて僕に送っておいてくれないかな」

「わかりました」

「それと僕の予定は共有のカレンダーから確認できるようにしておくから、適当に質派閥との約束を取り付けておいてもらえるかな。なるべく早い方がいい、先方の都合が合わなければ夜でも構わない。頼めるかな?」

「問題ありませんよ。決まりましたらそちらも、メッセージを入れておきますね」

「そうしてくれると助かるよ」


携帯を耳に当てながらその場をあとにする真壁を見送った。

その背中を眺めながら入れ違いで二人、現れた。


「択真、これから仕事?」

「お疲れ様です、美音みおんさん。数本かずもとさん。そのようです。今日の動きに関しては私が言伝られているので、大丈夫ですよ」


入って一番近い椅子を引いて、美音は腰を下ろした。数本は優香の前まで歩み寄る。


「そうか、ならば早速始めるとしよう」

「はい、まずはつい先ほど決まった予定なのですが、——」


優香を中心に、真壁一派の一日が始まったのだった。




*   *   *




手帳が、パタンと音を立てた。

しばし煌びやかな夜の街に視線を奪われていると、部屋の入り口に人の気配が漂った。

ノックされて開かれた部屋に二人、踏み入った。


「悪りぃーな、遅れて」

「いいや、構わないよ」


店員に引き連れられて現れた男には、そう悪びれる様子はない。

個室へ送り届けた給仕はすぐに扉を閉め、その場をあとにした。


「無理を言ったのはこちらだからね。それに私は、君ほど多忙でもなくてね、質直人しちなおと代表」

「現与党に所属するアンタが暇を持て余すなんざ、この国はいつから平和になったんだ? 真壁択真まかべたくま先生よ」

「先生なんて、そうかしこまる事はないよ、お互い今日は世俗的なしがらみでここにいるわけでもないのだから」

「ハッ、ちげーねぇ」


豪快に笑って、質直人は空いている席に着いた。

連れの少女も席に着くと、テーブルを囲む4つの席がちょうど埋まった。


「呼びだした要件はノートに書いた通りだが、まさかアンタが出てくるとは思わなかったぜ。西野木由紀ってのは、国のお抱えってわけか」

「そういうわけでもないさ、僕も彼女も、極めて個人的な理由で動いているに過ぎないからね」

「だろうな、政治業界で覚醒者絡みの案件なんてほとんど聞かねー。まっ、俺としちゃー実際がどうとかってのには興味はねぇ。んなことより互いに顔も名前も割れてるとはいえ、一旦自己紹介と行こうぜ?」

「あぁ、そうしようか」

「俺は西野木由記にしのきゆきに連絡を取ったわけなんだが、まさか、そっちの嬢ちゃんが。ってわけじゃあ、ねぇーんだろう?」


直人の視線が真壁から、その隣に座る少女に映った。

こんな時でもスマホに視線を落とすばかりで視線の一つも合いそうにない。


「ん、アタシ? アタシは弐識美音にしきみおんちゃん。西野木由記じゃないよー」

「彼女にはこの場に来てもらっていないんだ。会いたかったかな」

「そりゃあ今まで正体の一つも掴めなかった情報屋つーなら、拝めるに越したことはねぇだろうよ」


言い終えて水を仰いだところで、諮ったように扉が開いた。

運ばれてきた人数分の皿に盛られていたのは前菜。中華系統の料理だ。

ウェイターが扉を閉めて去るのを待ってから、真壁は切り出した。


「そうだろうね、彼女も君が指定してくれたこの店の料理を味わってみたいと言っていたんだ。ただ、こちらにも彼女でなければできない用があってね。彼女にも君にも悪いことをしたね」

「まっ、鼻から会えるとは思ってねーよ。それよりせっかくの料理だ、まずは食おうぜ? つってもここを指定したのは俺だからな、支払いは持つ。遠慮はするなよ?」

「そういうことなら、喜んでご相伴にあずかるとしよう」


促されるまま箸を持って、口に運び入れるのはタケノコの味噌漬け。

市内中心部に店を構える本格中華料理店のそれが、美味でないはずがない。


「どうだ? いけるだろ?」

「そうだね、ここまで本格的な料理は久々に口にしたよ」

「そりゃあよかったよ、俺は食に疎くてな。アンタに食わせられる店なんて数えられるくらいしかなかったところだ」

「かい被りだね。政治家といっても、本当に美味しい食事なんてたまの食事会くらいのものさ」


箸をペーパータオルに持ち替えて口にあてがってから、微笑む。


「そして、ここはそのどれにも引けを取らない。君はどうやら、謙遜が上手なようだ」

「どうやらそりゃ、お互い様みてーだけどな」


前菜を少しばかり口に運んだあと、「そういや紹介の続きだったな」っと左手の親指で隣の席を指す。


「コイツは俺の秘書をしている。然立三琴ぜんりつみことだ」

「私、三琴って言うんだぁ、よろしくねー」


席についているものの、三琴は未だ箸にさえ触れることはない。


「秘書の立場なんだが、晩飯はまだでな。気に障らないならここで食事をさせてやりたいんだが、いいか?」

「もちろん、構わないさ」

「えー、いいの?」


小首を傾げて綺麗な黒髪も傾く。


「ああ。むしろこちらの連れよりずっと、高級料理店ここが似合う」

「はい? ねぇ択真、それってどういう意味?」

「なあに、わからないのなら気にかけるほどのことではないさ」


横で「超ムカつくんですけどぉ!」っと喚く美音に構うことなく、食事を続ける真壁。

二人のやり取りを微笑みながら見つめる三琴は、どこか羨ましそうにも見える。

そんな和やかな雰囲気で食事会は続いたのだった。


「さて、そろそろ本題といこうじゃねーか」

「ああ」


前菜とスープ、主菜がテーブルから片付いたところだった。

街が夜を深め、煌めきを放てば放つほど、空の星はひっそりとその姿を潜める。

代わりにふつふつと湧き上がった、えも言えぬ雰囲気。緩んでいた空気が少しづつ引き締まっていくのを、全員が肌で感じ取っていた。


「俺は回りくどいのが苦手でな、結論からいかせてもらうが、時間の世界の覚醒者について、そっちはどれくらい絞れてるんだ?」

「腹の底を探り合う必要がないのは、僕にとっても望むところだよ。正直に言ってしまえば、あと1ピース、といったところかな。その情報と引き換えにこちら側が訊いておきたいのは、君達がなぜ、その存在を知りえているのか。それくらいさ」

「……そっちも勘付いているんだろ? 一色香織いっしきかおり。ヤツがこの件のキーマンだ」

「やはり君も、彼女を知っているわけだね」


真壁の眼に鋭さが増したのを、見逃す直人ではなかった。


「ああ、俺が初めて奴と出会った時、必然のリストに奴の名前はなかったんだ。それで一つ策を練った。必然のリストに、奴を現金化する項目を加えたんだ。だが数日前、それが急に消えちまった。奴は2度も必然を変えてみせたんだぜ? そんなことができるとするなら、そりゃー未来を知っている以外にありえねーんだよ」

「必然が変わった、か。興味深いところだね。けれどあいにく、時間の世界は僕が長い月日を費やして進めてきた一大プロジェクトなんだ。君は何が目的でその世界を望むのかな」

「んなもん今更聞くまでもねーだろ? 金だよ、金。俺が欲しいものなんて、それ以外にはねぇ。目的なんて、むしろこっちが聞きたいくらいさ。まさか、日本の未来を憂いてなんて、世迷言は言わねーんだろ?」

「そうだね……」


真壁が言い淀んだ間を埋めるように、個室の扉は開かれた。

男性のウェイターが、今日何度目かもわからない会釈をして敷居を跨ぐ。

テーブルに並べられたのは、照明を反射し光沢を放つ北京ダック。ほのかに甘い、味噌のような香りが部屋を充した。

彼は本日のメインディッシュを飾るそれに続いて、ネギやきゅうり、そして薄餅バオビンを添え、食べ方を軽く手解いてから、減っているコップに水を注いだ。最後に扉を閉める間際、「ごゆっくりお愉しみ下さい」とだけ言い残し去って行った。


「……言ってしまえば、ただの好奇心とも言えるだろうね」


切り出した真壁の表情は依然重々しい。


「それでもある種、この国のためだと言えなくはないのだけれどね、どうだろう? 私が国益のためと言えば、君は手を引いてくれるのかな?」

「そりゃーその内容によるだろうよ」


直人の返事は文字通り、髪の毛が入る隙間もないほどに早く、深海を泳ぐ水生生物のように重々しい圧力をものともしない。


「仮にこの件が上手く運んだとしても、俺が得られる利益はそう大きいものじゃあねぇ。株式だろうが不動産だろうが、投資に関しちゃあ俺にだって先が見えてるわけだからな。それでも俺が時間の世界を望むのは、それ以外でのリスク回避。つまりは外的要因から金を守ることだ、それが成せるなら、別にアンタについたって構わねぇーさ」


それどころか川辺に転がる軽石のように軽いものだった。


「それには及ばないさ。君の手を煩うまでもないんだ。僕の目的が達せられるのは、既に時間の問題だからね。だからといって、敢えて今から敵を作るほど愚かではないつもりだよ」

「違いねぇー」

「この際明確に断言しておこう、僕の目的を達成しようとも君に害がでないよう取り計らうことは容易い、けれどそれには———」

「おいおい、そこまで懇切丁寧に言われなくてもわかってるつもりだぜ? だがそれじゃあ、この店(ここ)の代金を貰った程度なもんだろ。いくら俺でも世界一つを買えとは言わねぇが、冗談でもなく、世界丸ごと一つを動かすつもりなんだろ? 新世界行きの旅費くらいは、出てもいいんじゃねーか?」

「それで君が僕の世界まで来てくれると言うのであれば、是非もない。プライベートジェットでも手配しよう」

「そいつはいいな。連れが8人程度乗れるとなおいい」

「ふん……」


真壁の知識では、5人程度が乗れる小型のプライベートジェット機でさえおよそ10億円程度。8人程度乗れるとなるとその倍以上はするはずだ。


「いいだろう」


頷くまでに数秒を要した。


「なら決まりだ。二言はねーぞ?」

「君もね」

「当然だ。この件、俺らは手を出さねーし、荒立てるような真似もしねー。とは言え、多少色をつけてもらったわけだ、困るようなことがあったら言ってくれ、多少なら手を貸すぜ?」

「念頭には置いておこう。無論、そうならないのが一番だからね。だが他の何よりも、君が下したその選択を、今日この場で聞けたことが、僕にとっては大きな意味を持つ」

「……今更だが、何をするつもりかは教えられねぇーんだろ?」


それは、今日見せた中で最も険しい表情だった。


「知った上で、前言を撤回するつもりがないなら多少であれば答えよう」

「そんなダサい真似、やりたくてもできねーよ」


一方で、直人の対角線上に座る美音の表情は今日一番に緩い。恍惚とした表情で、北京ダックを味わっていた。


「ねぇ、択真! これヤバい! めちゃくちゃ美味しい!」

「隣を見てもらえばわかるが、こちらには品がない。それでも構わないと言うのであれば、君は何が聞きたいのかな。

「上手いもん食ってそう言えるなら品なんていらねーよ。メインディッシュの後にもまだ料理は運ばれてくるんだ、食事が終わるくらいまでは、付き合ってもらうぜ?」

「ああ、品はなくとも、食事の途中で席を外すような真似はさせないさ。むしろ料理を食べ尽くしてしまわないかの方が心配なくらいさ」

「それなら招待した甲斐があるってもんだ。気にせず腹一杯食っていくといい」


お久しぶりです、かこです。

まずはこの物語を読んでいただき、本当にありがとうございます。

もう長いこと更新していなかったお話ですが、時々サイトを訪れては様子を見て、時折読んでいただけていることに驚き、同時に力をもらっていました。

諸都合でタイトルを変えたり等してましたが、この物語をまた読んでくれる誰かがいれば嬉しく思います。

時間はかかりますが、区切りが良いところまでは進めようと思いますので、時間がある時にまた、読んでいただけると嬉しいです。

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