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他力本願な世界で救済を  作者: 夜桜
第1章 灰色の世界
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第8話 『少年の微光』

 先ほどまで何も分からない状態であったが、状況が落ち着き、考える時間を得ることで状況の整理ができてきた。

 どうやら俺がここにいるのは、あの世でもなんでもなく、別の世界――異世界であるのは間違いなさそうだ。


 そして、細かくことをいうと、ここはスラムみたいなものだ。というより、そのものって感じだ。

 ……せっかく異世界にきたってのにスラムって、あまりにも酷くねぇか?

 こういうものってもっと恵まれているところに、転生してくるもんだろ?

 厳密にいうなら、転生ではなく憑依ではあるが、それでもひでぇスタートだな。

 ……ってか、ついさっきまで、自殺をしようとしていたと思えないほど、妙に落ち着いてるんだよな。


 世界が終わったような感覚。自分にも、未来にも、何も希望が持てない。

 そう、絶望だ。あの絶望を、今感じない。

 自殺して、あの人生が終わったからであろうか。

 それとも体が変わったことで、心に影響が出ているのか?分からないな。


「にしてもなぁ、どうするかこれ」


 まだまだ疑問点が湧いてくるが、今は目の前で倒れている男をどうにかしないといけない。

 この世界のスラムには、法は適応されているのか?されているか、流石に。

 その前提で考えると、まずいな。人にばれる前になんとかしないと。


「おにぃ!早く来て!早く!」


 外から声が聞こえてくる。

 まずい。もう隠すのは、不可能だ。

 この状況の言い訳を全力で考える。

 考える、考える、考える――。


「ちょっと待ってよ、ハァ……ハァ……」


「人が襲われてるんだよ!?急いで!」


 言い訳を考えられる時間もなく、人が来る。

 片方は息が切れていて疲れているように見えるが、もう片方は元気いっぱいのようだ。

 息が切れている方が少年で、元気いっぱいなのが少女だ。

 今の自分と同い年くらいに見える。


「大丈夫!?」


 少女の方が、ここまで走ってきた勢いで、言葉を飛ばしてくる。


「そんな勢いで人に話しかけるものじゃないよ。状況は妹から少し聞いているけど、大丈夫かな?」


 駆けつけてきた二人がこちらの安否を気にするような言葉を聞く。

 大丈夫かといわれたら、大丈夫ではないな。

 人に見せれるような状況にはなっていない。


「え!」


「これは……」


 二人ともこの状況に困惑しているようだ。

 どうしたものか。


「ちょっと待ってくれ、人を呼ぶのだけはやめてくれ」


 叫ばれて、人を呼ばれる前にそう抑制する。

 これ以上、目撃者を増やしてもリスクでしかない。


「そう判断する前に、聞きたいことがあるんだけど、その男は死んでいるのかい?」


「……ああ、死んでいる。俺が殺した、だが少し話を聞いて欲しい」


「話を聞くのはいいんだけど、君がそういう人間であるなら、僕は相応の対応をしなくてはならない。妹もいるのでね」


「おにぃも、状況は知ってるでしょ?これは正当防衛なんじゃないかな?」


「正当防衛でも、人殺しであることは変わらないよ」


 そう冷たい表情で、俺に言葉を向ける。

 ここは、正直にいった方がいいか?

 もうこいつらが、信じてくれることに掛けるしかないか。


「そうだ、俺が人殺しであることには変わらない」


「……そこは、認めるんだね」


「ああ、だが……」


 少しいうのをためらって、言葉が言い淀む。


「だが?」


「首を絞められて、殺されそうになったんだ」


 事実を伝える。

 あとは、こいつらが信じてくれるかどうかだな。


「首に絞められた形跡は、確かにあるね。だけど、疑問に思うことはある。妹から聞いた情報だと暴力を振るわれていたのは分かっている。そこから発展してこのような状況になったのかな?」


「そうだ」


「ふむ……どうして首を絞められるまでに、至ったのかな?間違っていたら申し訳ないが、そこにいるのは実の父親だろう?」


「……父親であることは間違いない。そうだな、ここまでの経緯を話すと少し長くなるが、いいか?」


「もちろん」


「助かる。ここまでの経緯はな……」


 これまでの経緯を、目の前にいる少年と少女に話した。


 ――父親が、母に出ていかれて正気を見失っていたこと。


 ――ずっと、その父親から暴力を受けていたこと。


 ――その父親は、出て行った母を死んだと思い込んでいたこと。


 ――先ほど、その思い込みが解け、そして暴れだした結果、あのような状況になったこと。


 今までの経緯をざっくりとだが、話し終わった。

 念のため、自分が別世界から来たことは伏せておいた。

 この世界の別世界に対する偏見が分からないからだ。

 もしかしたら、別世界から来ることは俺という例が現時点でいるから、稀ではない可能性はあるが、もう少しそこは慎重になるべきだな。


「……」


 少女の方は何を言っていいのか分からないのか、顔を伏せている。

 少年の方は怪訝な顔をして考え込んでいる。

 そして、考えがまとまったのか、こっちに顔を向け、真剣な顔で見てくる。

 これは……まずいか?と、目の前の少年の表情から感じ取った。


「そうか……君は、勇敢に、己の敵と戦ったんだね」


 勇敢に……?

 目の前の少年が口にしたのは、思いもしない言葉だった。

 同情でもなく、説教でもなく、誉めてくるとは思わなかった。


「誇っていい。君は、勇気を振り絞って戦ったんだ。簡単にできることじゃない」


 困惑して言葉も出せない状態の俺だったが、目の前の少年はそれを気にしていない様子だ。


「君自身は、そう思えないかもしれないが、僕は、そう思ったよ」


 一見、俺を励ましているように見えたが、最後に一瞬だけ辛そうな顔に見えた。

 気のせいか?だとしても、間違いは正さないといけないな。

 俺は、あのとき、勇敢に立ち向かったんじゃない。

 俺は、そんな大層な言葉を向けられる人間に値しない。

 俺は、あのとき――。


「それは、ちがう。あのとき、俺は今までの人生の鬱憤を、あいつに吐き出しただけだ。ただの八つ当たりだ。そんな大層なものじゃない」


 そうさ。結局、ごみから生まれるのは、ごみというわけだ。

 俺も、そのごみというわけで。

 救いようがない。

 心のどっかであいつらとは違うと思っていたが、結局、同じだった。

 だったら、被害者面するのは無理があるってもんだ。


「納得するのは、本当に難しいと思うよ。でもね、そう自分を追い込みすぎるといいことなんて一つもないんだ」


 納得するもなにも、俺が悪いというのに、この少年は何を言っているのだろうか。

 それともなにか?今までの人生を言い訳にして、人を殺しても仕方がなかったと?仮にもこの身体の親を殺しておいて。

 自分のなかで、怒りの感情が湧いてくるのを感じた。

 それが、誰に向けたものなのか自分でも分からない。


「だからっ……ちげぇんだって!確かに、殺されそうになった!それでも、立ち止まれる、踏みとどまれる、タイミングなんていくらでもあった!あったんだよっ……」


 そうだ。

 立ち止まれるところなんて、いくらでもあった。

 曖昧だった記憶を、頭をフル回転させて、自分が親らしき男を殴っていた、当時の状況を思い出そうとする。

 親らしき男が気絶した時点で、拳を戻すこともできた。

 そうしなかったのは、間違いなく俺自身の意思だ。


「……」


「てめぇに、てめぇなんかに、何が分かるんだよ!いきなり現れて誇っていいだと?ふざけるんじゃねぇ、ふざるんじゃねぇぞ!いいわけないだろ!人を、親を、殺したんだぞ!いいわけが……ないだろ」


 今、俺自身でも何を言っているのか定かではなかった。

 でも間違いなく、心の奥にある言葉だと断言できる。

 断片的な記憶しかないが、今倒れている男は、その断片的な記憶にある親そのものだ。

 確かに、碌な記憶ではないが、親は親だ。そこに違いなどあるわけがない。

 それに、俺が持っている断片的な記憶だけで碌な親だと断定できるものではないだろう。

 良い親だったっていうのも、断定できない事実ではあるが、そこはもうどうしようもないことだ。

 真実は分からないのだから、今は事実を理解せねばならない。

 記憶にある親を殺したという事実を。


「……そうだね。いきなり現れて、偉そうなことを言ったのは認めるよ。でも、これ以上自分を傷つけるのは、やめよう」


「自分を……傷つける?」


「そうだよ。僕には、そういう風にしか見えない」


「俺は、事実を言っているだけだ」


 そうだ。

 俺は、事実を言っているだけだ。

 何も間違ったことは言ってはいない。

 少なくとも、誇れるようなことをした覚えはない。


「君は、強いんだね。事実を、事実として認めることができる。でも、時にはね、事実から逃げてもいいんだよ」


 俺が、強いだって?

 何もできずに、暴力を振るわれていた無力の俺が?

 さらには、逃げてもいいだと?

 適当に、上からものをいいやがって。

 こいつに、何が分かるんだよ。

 感情が爆発しそうになった時――、


「逃げていい訳が――」


「君は、納得しないだろうけど、もう一回言うよ。誇っていい、君は、勇敢に、己の敵と戦ったんだ。君は、勇気のある人間だ」


 まっすぐな表情で、瞳で、心で。

 自分は間違ったことなど何一つ言っていない――そう思っている顔つきで、目の前の少年は俺に向かって言葉をぶつけてきた。

 あまりにもまっすぐに言われたものだから、吸い寄せられるように相手の顔へ視線が向いた。

 俺は生まれて初めて、人の顔をちゃんと見たような気がする。

 その言葉を聞いた瞬間、爆発しそうな感情は消え失せた。

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