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他力本願な世界で救済を  作者: 夜桜
第1章 灰色の世界
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第5話 『少年の想念』

 この世は平等である。

 それは、真実か?

 確かに表面上では、平等であると思うことが多い。

 表面上は詭弁だらけで、嘘に塗りたくられてはいるが、それでも平等には見せようとする。


 そうだ、見えているだけだ。


 見えない、見えにくい部分では不平等が積み重なっている。

 でもそれは、仕方がないことなんだ。

 どうにもならないことなんて、いくらでもある。

 生まれる場所も、環境だって選べない、戦地に産まれ、すぐ死んでしまう可能性だってある。

 すぐ死んでしまうのは、まだマシな方だ。

 この世に足枷を持って、生まれてきた人間はもっと残酷だ。

 一生、その足枷と向き合って生きていくことになる。


 他人と違うというだけで、どれほど生きづらいか想像できるだろ?


 平等なんて言葉は綺麗事だと言える。

 でも俺は、平等にはなれなくても、なろうとすることはできると思っている。

 できるはずだ。同じ人間、確かに産まれも、育ちも、思考も、感情も違うだろうが、少しでも平等ありたいとそう願う思いは同じだと信じたい。

 向き合っても寄り添っても、全てが平等になる訳ではない。


 でも、平等な関係には人間なれるはずなんだ。

 大抵の人間はそうではない、少しでも自分とは違う部分があると排他的になってしまう。

 それだと差別やいじめ、社会問題が未だにこの世から消えることはない。

 不平等の積み重ねが、さらなる不幸と理不尽を生み出していると俺は考えている。


 確かに、中にはどうにもならないこともあるだろう。

 でも、お互いに寄り添う努力することができれば、いや、努力なんてしなくても、少しでも互いが一歩引き、認め合うことができるなら、この世の不幸と理不尽を減らすことは可能のはずだ。


 皆で、手と手を取り合えば、解決できる問題は多々あるということだ。

 その手を取るのが難しくて、誰も手を取ろうとしないのが現実な訳だが。

 だけどもし、もしもの話だ。

 人が手と手を取り合える世界があるとしたら、俺はそれを見てみたい――。


 ※ ※ ※ ※ ※


 あの出来事以来、何もやる気が出ない。

 何かやらなければいけないというのは、分かっているつもりだ。

 分かっていて、何もできない。

 何かやろうとはしているが、今まで当たり前にできていたことができない。

 飯を食おうとして、どの指で、どう持てばいいのか、箸の持ち方が分からない。

 寝ようとして、仰向けに寝ていいのか、横向けに寝ていいのか、瞼はどこに置けばいいのか分からない。

 今までどうやって本を読んでいたのか、どう文字を認識していたのか、分からない。

 以前まで、どう生活していたのかが思い出すことができない。

 

 あの日のあれが、頭から離れることがない。

 あれが頭の中心にあって、あれ以外思考することができない。

 ずっと考えている。自分の気持ち、父親の気持ちを。


 嫌いだったはずだ。

 いや、嫌いなんてもんじゃない、憎かったはずだ。

 心の中ではいつでも死ねと、いつか殺してやると、思っていたはずなんだ。

 俺はなぜ、こんな暗い気持ちになっている?

 ざまぁみろと、お前の最期なんてあんなもんだろと、そう思うはずだ。

 そう思って、いいはずなんだ。

 そういう扱いをされてきたんだから。


 俺は、どうしたいんだ?


 あいつの死に際は、何を考えていたんだ。

 俺は、あいつの死を見て何を思えばいい。

 そんな考えが頭の中でぐるぐるして、思考が止まらない。

 この憤りと、どう向き合えばいい。

 この衝動はどうすれば、解消できるんだ。

 親のことを忘れて生きていくのが、一番なのだろう。

 でも、あのメッセージと最期の親の顔が脳からこびり着いて離れない。


「お゛え゛ぇ゛ぇ゛」


 何もしてないとあのことばかり考え、気持ち悪くなって嘔吐することがある。

 この数日、何も腹に入れていないので、空嘔吐になるわけだが。

 辛いものには変わりはない。

 辛い現実が変わる瞬間は、あるのかもしれない。

 でも今は、その瞬間を待つ余裕も希望も持てる気がしなかった。

 待てる訳もなかった――。


 ※ ※ ※ ※ ※


 ずっと家にいたら、気が狂いそうだったので外にできることにした。

 別に行く宛ても、行きたい場所もないのだが歩くことはできたので外で、散歩することにした。

 できるだけ頭の中を空っぽしようとするが、上手くいかない。

 何か音楽でも聴くとするか――。


「―――――」


 久しぶりに、人から名前を呼ばれた。

 俺の名前を知っているということはどこかで会っているのか。

 それか元職場で知ったとかだろうか。

 職場で俺のことを見掛けて、名前を憶えているとか。

 それは自惚れすぎか。

 しかし俺の知らない人だ。


「あっ……」


 声を出そうとするが、上手く出なかった。

 数日、声を出していないだけで、発声できなくなるものなのか。


「ごほんっ……俺の名前を呼んだ気がするが、俺のことを知っているのか?」


 ちゃんと声はだせてはいたと思う。

 だが、相手は豆鉄砲を食らったような顔をしている。

 もしかして、上手く喋れてなかったのか?


「―――――」


 上手く喋れてはいたらしい。

 けど、驚いた。

 喋りかけてきたのが、中学校にいた元委員長だったとは。

 正直、誰だが全く分からなかった。

 こんなに人は変わるのか。

 考えれば当たり前のことか、あれから三年以上経っている。

 確かに言われてみると、少し面影はあるな。


「あぁ、今思い出した」


「―――――」


 本当に思い出したのか、元委員長に聞かれる。

 そう言われると難しいな。

 自分が、相手のことを覚えている証明なんて。

 少し中学の頃の話でもするか――。


 ※ ※ ※ ※ ※


 あれから、中学の頃の話をした。

 お互い、別に仲良かったわけではない。

 中学にあった共通の話題で盛り上がっているだけだ。


「―――――」


 最近は何をしているのか、聞かれた。

 普段なら、予想できた質問だ。

 だが、正常に頭が働いていないのか言葉が詰まりそうになる。

 そう。普段なら人に伝える必要がないものの判断ができたはずだ。

 だが今は、そうじゃない。

 会話に静寂が流れないようにするために、事実を伝えた。

 伝えてしまった。


「最近は色々あって、仕事を辞めて休息中だ」


「―――――」


 元委員長の言葉を聞いて、俺の体に緊張が走った。

 事実を伝えたのであれば、その質問は来るのは当然だ。

 俺が無職になって何もしていないことを知れば、この元委員長は心配するのが性格だろう。

 伝える必要がなかったこと、嘘でよかった質問への回答。

 でも伝えてしまったのであれば、止まることはできない。

 少なくとも今の俺に、止まることができなかった。


「ついこの前、親の……自殺現場を目撃したんだ。その時のショックが仕事とか、生活に支障が出て、仕方なく仕事をやめたんだ」


 伝えようとした瞬間、鮮明に親の死に顔を思い出して、また嘔吐しそうになるが我慢する。

 できるだけ、元委員長に今の心情を察せられないように伝える。

 元委員長のことだ、知ったら何か重荷を背負うかもしれない。

 こんな偶然出会った人間から、そんなものを背負う必要はない。

 声は、震えることなく出せた。

 おそらく、俺の心情は気づかれなかったはず――、


「それは……■■くん、可哀想だったね……」


「……」


 ――カワイソウダッタネ。

 それを聞いた瞬間、元委員長という存在がとてつもなく遠ざかったように感じた。

 まるで、元委員長が地平線の彼方へ飛んで行ったように。

 物理的な距離は近いのに、今では元委員長という存在は遥か彼方。

 そして、この距離はもう縮まることはない。


 ここ数日、この会話中でも頭の中にあれがあったが、元委員長の言葉を聞いた瞬間、思考が止まった。

 そのあとも、何か言っていた気がするが、頭に何も入ってこなかった。

 瞬く間に思考が動き始めたが、ここ最近で一番頭がスキッリしている気がする。

 一瞬でも、あれが離れたからだろうか。


 そして、今までの言動を振り返る。

 なんで俺は、馬鹿正直に無職であることを話した?

 そんなものは、嘘でごまかせばいいものを。

 だが、それはいい。

 よくはないが、次が致命的だった。

 なんで、親のことを言ったんだ?


 ――人に言ったら、この気持ちが晴れるとでも思ったか?


 ――人が知ってくれたら、この憤りが少しでも収まるとでも思ったか?


 ――人に縋れば、この現状から救われるとでも思ったか?


 だとしたら、俺の大きな勘違いだ。

 なんで、人にこんなこと言ったんだ。

 いや、俺は分かっているはずだ。

 このどうしようもない現実を、人に言うことで楽になろうと思った。


 ――辛い現実を人に伝えることで、楽になると思った。


 ――救われると思った。


 ――少しでも、救われたいって思った。


 思ってしまった。

 それが、元委員長に伝えてしまった理由だ。

 それから、微妙な雰囲気になった元委員長とは解散した。

 解散した後のことは……よく覚えていない。

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