第4話 『少年の不可解』
普通に生きること。
それが、この世界のルールだ。
では、普通とは何だろうか。
常識があることか、一般教養があることか、それとも心身ともに健康的であることなのだろうか?
おそらく、全て必要なことなのだろう。
何か一つでも欠けてしまったら、普通というレールから外れてしまう。
外れてしまったら、簡単にレールには戻れない。
または、戻ることができないものもいる。
一般的な家庭に生まれて、常識を持った友人、人間関係、生活するのに問題ない体と心、全て普通に生きることにおいて必要なものだ。
何一つ欠けていても、普通にはなれない。
この時、知らなかったんだ。
普通に生きることの難しさなんて。
知ろうともしなかった。
実際、普通というレールには乗り遅れはしたが、目指していけば、レールに乗れると思っていた。
だが、現実はそうじゃなかった。
普通に生きれない人間において、普通に生きることが何よりも難しいことを知った。
意識して、普通になるんじゃないんだ。
皆、無意識に生きてそうなるんだと今更ながら知った。
そして、俺はもうレールに戻れないことを今頃になって気づいた。
気づいてしまったんだ。
だから、もう良いんだ。
もう――。
※ ※ ※ ※ ※
中学卒業後、俺は親との約束通り、働きに行っている。
中卒の働く場なんてほとんど限られてはいるが、それでも働くことはできる。
もちろん給料は高い訳ではないが、贅沢しなければ、生活には困らないレベルだ。
それでも、ほとんど親の借金を返す為に消費してしまってはいるんだが。
そこは仕方ない、借金を返すまでの我慢だ。
今は、自分の時間ができただけでも喜ぶとしよう。
空いた時間では最近、小説を読んだり、実際に書いたりもしている。
小説家を目指している訳でも、なりたいわけでもないんだが、本の世界にいる時は辛いことも、思い出したくないことも忘れることができる。
将来のことはまだ何も考えていないけど、いずれ余裕ができたころには何かやりたいことや成したいことができるかも知れない。
だが、それはまだ遠い未来の話だ。
今は、少しでも生活が楽になるように頑張っていくしかない。
今必要なのは、金だな。
どうやって集めるかは副業なども考えられるが、今はまだ、時間が欲しいため別の方法で考えるか。生活費を削すしかなさそうだな。
これから、どう生活を楽にしているか考えていると少年のもとに一通のメッセージが届いていた。
『―――――』
親から、メッセージが届いた。
この数年、メッセージなんて送ってきたことすらないのに。
通知が溜まったら嫌なので、そのメッセージを仕方がなく見ることにした。
「は?」
そのメッセージを読んだ瞬間、メッセージの文字を情報として脳が処理をしなかった。
少しラグがあり、脳の処理が終わった後、最初に湧いてきたものは疑問だ。
本当に俺に送ってきたメッセージなのか?
この内容からして俺宛に送ってきたものと思えないが、もしかして浮気相手とかと送る相手間違えたとかか?
だとしたらウケるな。
『どういうつもりだ?』
思ったことを返信してみる。
俺に送ったメッセージが送り間違いだと気づけば、間違いを指摘するはずだ。
俺宛に送ってきたことの可能性はあまり考えられないが、その可能性も考えてメッセージを送った。
その可能性なんて、一ミリも考えたくはないけどな。
返信するが、中々返信が返って来ない。
一旦時間を置いてから様子を見ることにするか――。
「返信がこねぇな」
一日置いてみたが、返信が来る気配がない。
送る相手を間違えたのが、恥ずかしくて返信もできないとか?
だとしたら、子供すぎるが。
「仕方ない、行くしかないか」
メッセージのことが気になって仕方がない。
気になって、生活に支障が出たら嫌だからな。
メッセージの返信が、返って来ないのであれば直接聞くしかないだろう。
浮気相手に送り間違いとかだったら、笑って、馬鹿にしてやろう。
それぐらい、俺にしたことを考えれば、許されるだろう。
次の休日に行くとするか。
※ ※ ※ ※ ※
親の元に向かう最中は、昔のことを思い出していた。
親には、大量の借金がある。
そこに、将来に対する不安でもあったんだろう。
それをごまかすように、俺に当たっていた。
自分を正当化するための暴言――自分は悪くないと、生まれてきた俺が全て悪いと原因を俺にすることで、自分は悪くないと正当化した。
自分の心を保つための暴力――俺に暴力を振るうことによって、自分の不安を解消し、現実から背を向けた。
自分を許すための懺悔――自分が行った俺への行為、それを俺に許しを求め、自分のこれまでの行為を許されようとした。
そんな行為を繰り返していたのは、父親の方だった。
母親は、興味がなかったのか、止めもしないし、そんなこともしなかった。
今思えば、父親はなにか精神的な病を患っていたかもしれない。
そんなもの、その時の俺には関係ないことだが。
ちなみに、今回メッセージを送ってきたのは父親だ。
だから、父親に会わなくてはならない。
当時みたいに、殴られる可能性を考えると少し怯えはする。
だが今は、殴られたとしても殴られたままで終わるつもりはない。
そんな思考が、巡る。
思考しているなか、親の元へ着く。
一瞬、緊張が走るが、関係はない。
立ち止まる理由にはならない。
扉の前に立つが、人の気配がない。今は居ないのだろうか。
インターホンを押してみる。
音は鳴るが、まるで反応がない。
待っても反応がないので、一回ドアを開けようとするが、少し古いのか、ギリギリと音がなってドアが開く。
「不用心だな」
不在なら不在で、ドアは閉めておくべきだろう。
これで家の中に不法侵入されたらどうするつもりなんだ。
今日は、俺が来たから良いものの。
「仕方ない、家の中で待つとするか」
ドアが開いたので、そのまま中に入っていく。
中に入ってすぐに、親の携帯が玄関のすぐ近くに置いてある。
ここで、疑問が生まれてくる。
外に出たのであれば、携帯は外に持っていくはずではなかろうか。
いや、玄関にあるということは単純に忘れていただけだろう。
親の携帯を手に持って、知っているパスワードを打ってみる。
パスワードは俺が知っているパスワードと同じだったのか、ロックが解除される。
パスワードは親が打ってる動作を何度も観察して、その動作から予測したパスワードを入力して解析した。
なぜパスワードを解析したかというと、借金の金額を知りたかったからだ。
そして、ロックが解除かれた携帯を見ると。
「借金また増えてんじゃねぇか」
また金額が増えていた。
少し増えてたとかそんなレベルではない。
桁が変わっている。
何をしてこんな増えたのだろうか。ギャンブルか?
というより、俺が働いている分を借金に当てているのだから減ってないとおかしいだろ。
何があったんだ。
「これは問い出さないとな」
問いただして暴れられたとしても、まぁなんとかなるだろう。
楽観的ではあるが最悪、警察をすぐ呼べるようにしておこう。
「というか本当にどこに行ったんだ?」
よく考えてみたら、こんな借金を抱えて、休日にどこか出掛けられる金はないと思うんだが。
外食する金もないのでおそらく、買い物とかでもしているのだろう。
せっかくの休日をこんな所で潰したくはない。
だが居ないものは仕方がないので、奥で本でも読みながら、待つとしよう。
部屋に向かい、ドアを開けて――。
「あ?」
今、視界に映っているものの意味が分からない。
自分の視界に映っているものが現実なのか、正常なのか、分からない。
自分の視界に映っているのは幻覚なのか、異常なのか、分からない。
何があってこうなった。なんでこうなっている。
これは、どういう状況なのか分からない。
分からない、分からない、分からない。分からないまま、時間が過ぎていく――。
どれだけの時間が過ぎたか分からない。
今の状況を整理できるくらいには、落ち着けるようにはなった。
頭の中で整理をしようとするが、同時に頭の中に目の前の情報が入ってくる。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い――。
「お”え”ぇ”ぇ”ぇ”」
目の前の情報が頭に流れ込み、気分が悪くなっていく。
情報を受け止めきれず、思わず嘔吐した。
今、分かることは目の前で起きていることは幻覚ではなく、現実で、異常ではなく、正常であることが分かった。
それだけは理解できた。
だが、それ以外のことは分からない。
俺にはもう、何も分からなかった。
この現状を見て、何を感じていたのか、どう思っていたのか、親から送られてきたメッセージの真相も、分からなくなってしまった。
すべてが、分からない。
俺には、何も――。
――この日、少年が知りたかった真相は、永遠に知ることができなくなった。




