第20話 『殺す感触』
嫌な予感が当たった。
魔物が西にも、待ち伏せていやがった。
どこまで周到な生き物なんだ、魔物というのは。
今、まさに追われている。
このままでは、追いつかれ食われる未来が見える。
何かしら手を打たなければ、全滅するのは確定している。
どうすべきか――と思考しながら、走っていると横から魔物が意識の外から襲ってくる。
どこまで察しが良いんだ、この獣は。
「避けろッ!」
この場にいる中から最初に魔物の察知ができたので、近くにいるシンとテアに警告する。
間一髪でシン達は避けるが、無理に避けようとしたため怪我をしたのかテアは足を支え蹲っている。足を捻ったか。
この状況で足がやられるのは、致命的だ。
足を止めるということは魔物の餌になるということだ。
「テア、大丈夫か!」
シンは、心配でテアの方に向かう。追われている状況で足を止めるのはまずい。
魔物は足が速く、止まれば、すぐに追いつかれてしまう。すぐに動き出さなければ。
もちろん、テアを置いていくつもりはない。まずは、動けるか確認しないと。
「動けるか?」
「……無理かな」
テアが申し訳なさそうにそう言う。
動けないなら、誰かが背負うしかない。
だが、背負ったまま逃げれるか?普通に走るだけでも厳しいというのに。
この思考している時間すら、もどかしい。
さっき襲ってきた魔物は、奇襲だけ仕掛けてきて、森の中へと消えていった。
奇襲に失敗したら、逃げるという選択を徹底しているんだろう。
それより、この状況で一人の人間を背負いながら、逃げるなんて不可能なんじゃ――と思考していると。
「私を置いて行ってよ」
そんな俺の思考をテアが読んだのか、そんなことを言ってくる。
覚悟がすげぇな。
とても少女とは思えない。
泣きじゃくっても、不思議とは思わないというのにこの少女は、何やら覚悟が決まっている顔をしている。
「なっ……そんなことできるわけないだろ!」
当然の反応だよな。
仲良さそうだったし。
置いていくのが合理的なんだろうが、兄貴の方は絶対納得しないだろうな。
他人を理由もなく、救おうとする人間が家族を捨てられる訳がない。
捨てるぐらいなら、一緒に死ぬのを選ぶ男だろうしな。
俺も流石に、ここで死ぬのは御免だし、少なくとも魔物に食われて死ぬなんて死に方は嫌だ。
仮に死ぬならもっと、安らかに死にたい。
「お兄ちゃんを連れて行ってよ、アラタ」
「連れて行けってお前……」
どんだけ、覚悟決まってるんだよ。こいつ。
てか、説得できるわけないだろ。
この男は梃でも動かないぞ。
「僕が背負って逃げる!それでいいだろう」
「無理だよ、おにぃ」
テアは、兄貴に諭すが無視する。
意地でも、背負うつもりか。
ならそれで進むしかない。
「無理でもやるさ。家族だからね」
「アラタも、おにぃになんとか言ってよ」
「無理、無理。まぁこうなるだろうなと思ってたし、多少リスク背負ってでもルートを変えよう。まともに逃げても追いつかれる」
「厳密に言うと、どうするんだい?」
「右側に魔物が居ないことをかけて、逃げる」
「でも、魔物は東に向かう習性があるって聞いたけど?」
「そうだが、魔物は人間を狩るためにそれを利用しているかもしれん。いいから、行くぞ。どうせ、そっちにかけるしかない」
もう東に行くしかない。
北、西は待ち伏せ、南は魔物が残っている。
東しか残っていないんだ。
他は考える必要ない。
「分かった」
俺達はテアを背負って、東に走った。
どこに向かっているか、この先がなにがあるかも分からないが、今はひたすらに魔物から逃げた。
「賭けには勝ったが」
賭けには勝った。
東には魔物の気配はなく、襲られることはなかった。
だが、シンの体力が限界だ。
先程から、走りが遅い。
このままでは魔物に追いつかれる。
これまで進みながら、森に罠を仕掛けた。
罠に引っかかる可能性はあるかは、分からないがやってみる価値はあると踏んでいる。
知能があるということは、思考するということ。
思考をすれば迷いが生じる、選択肢が二択、三択があれば悩みもする。
ならば、罠を仕掛ける価値はあるだろう。
罠で時間稼ぎをしようと思っていたが、このままではそれも無駄になってしまう。
「だから、私を置いて行ってよ」
「ハァ…ハァ…、それは駄目だ。駄目なんだ」
テアにも、自分にも言い聞かせているようにも見えた。
シンも分かっているんだろう。このままでは追いつかれるということに。
だから葛藤しているんだ。
テアを救いたいが、このままでは全滅するという事実に。
「っ……!」
俺達が逃げている方向から魔物が襲ってきた。
その魔物は、俺の首に爪を掻き立てるように襲ってきた。
予想外からの方角から来たため、反応が遅れたが剣を盾のように使い、防ぐことができた。
防ぎ慣れていないのか、魔物の攻撃の振動で手が震えて、剣を落としてしまう。
まずい、この方角から来たということはっ!
「クソっ!囲まれたか」
この畜生どもは、どうなってるんだよ。
後ろには魔物が来ないので、罠に引っかかっていると思い込んでいたが、大回りして囲んで来たか。
知能があるだけではなく、連携もできるとは、魔物の集団は本当に厄介だ。
どうする、どうする、どうす――、
思考する前に、状況は発展する。
この世界は、思考を待ってくれない。
「きゃっ!」
そんな可愛らしい声が聞こえてくるが、状況は全く可愛くない。
後ろから、シンとテアが魔物に襲われた。
シンは魔物に襲われた衝撃で、頭を打ったのか、頭から血を流して気絶している。
テアは魔物に狙われ、殺されそうになっている。
「ぃや、嫌だよぉ!お兄ちゃん、た、助けてぇ。ぃ、嫌、死にたくない!やだぁ!」
自身の兄貴を叫ぶが、一瞬、首を振る。何か自分の中で葛藤があったようだ。
テアに死が襲ってくる。
目の前の死に抵抗をしようとしているものの、か弱い少女の素手では退かすこともできない。
このままでは死が、確定する。あの少女が、テアが。
あの少女が居なければ、シンに出会うことはなかった。
俺が救われることはなかった。
救われ――救われた?俺があの時?
そうか、俺はあの時、救われたんだ、間違いなく、この兄妹に。
だから救いたいとそう心から思うんだ。
そんな奴らを死なせていいのか?そう自分に問う。
良いわけがない。
だとしたら、やることは一つ、剣を手に取ることだ。
覚悟を決め、剣を持つが手が震える。
初めて自分の意思で、生き物を殺す。
その事実が、俺の心に襲ってくる。
「迷っている暇ではない」
確かに、手は震える。
目の前にいる、確かに生きて動いている者を俺は今から、殺して、動かない者にする。
でも、殺さねば、今目の前にいる救いたいと思う人達を救えない。
だったら、やれるだろう?と自分を鼓舞する。
「ふぅ……」
深呼吸し、どこを狙うべきか考える。
首だ。確実に殺すために。
手はまだ震えるが、それでも剣を振るうことはできる。できるはずだ。
そして、俺は足音が鳴らない程の走る速度で魔物の死角から首を狙い、殺そうとする。
殺る!と心の中で、魔物の前で宣言する。自分を鼓舞するように。
魔物は、死角からの反応が出来ずに殺される。
殺した俺が。俺の手にした剣で。
「はぁ……」
最悪の気分だ。
剣から伝わってくる、魔物を切る生々しいあの感触をしばらく忘れることはできないだろう。
そんなことを考えている暇はない。
俺を襲ってきた魔物がもう一匹居る。
周りを見渡すが、気配を感じない。
もしかして、逃げたのか?
俺が剣を手にして、魔物を殺したからリスクを考えて、逃げた可能性があるな。
生き物としては賢い選択だが、正直来られていたら、きつかったな。
それより一旦この場から逃げよう。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
先ほど、取り乱していたように見えないほど落ち着いてはいるな。
切り替えは早いようだ。
それは、この状況ではとても助かる。
「それより、お兄ちゃんが呼んでも起きないの。どうしよう」
「息はあるようだな。どこか隠れる場所を探すぞ」
そんな場所があるか分からないが、なければ死ぬだけ。
死に物狂いで探すしかない。




