第19話 『魔物の悪知恵』
魔物に襲われるスラムの人達から発せられる絶叫の中、俺達はひたすらに走った。
走っているは良いものの、まだ走り方に違和感を覚えている。
前世と同じ走り方をしようとすると、着地タイミングが少しズレて思った通りの走りをするのが難しい。
……そんなことを気にしてられる状況ではないか。
今視界に入っている人間の五割以上が魔物に食われている。
前世では、一生見られないような光景だ。
今、俺達が食われていないのは、他の人間が食われているからだ。
俺達が標的になるのも時間の問題、素手で魔物を狩れる訳もないし、どうするか。
考える、考える、考える――。
血と獣の匂いが充満しているこの空気、吐き気を催すこの光景、体に拒否反応が出て頭痛と吐き気が止まらない。
思考を止めたくなる状況だが、止めたら死が迎えてくるような状況、本能が思考をし続けろと訴えてくる。
自分の中で拒否反応と本能がぶつかっているのが、分かる。
それでも、思考は止めない。
この状況が一人ならまだしもこいつらがいる。
……なんで、俺はあったばかりの人間をなんとかしたいと思うのだろうか。
少なくともシンみたく、他人を見たら、救いたいと思うような人間ではない。
他人なんて、どこで何をしようが、どこで死のうが知ったことではない。そう思う人間のはずだ、俺は。
横を見ると、シンの顔が見える。
辛そうな顔だ。
他人が魔物に蹂躙されているのが、とても許せないように見える。
他人を救えないのが、もどかしく感じているようにも見える。俺の妄想かもしれんが。
俺は、知りたいのかも知れない、この目の前にいるシンという男のことを。
何も理由もなく人を救おうとする男を。
そして、同時にこいつなら何か成せるのではないかとあの日、俺とシンが出会った日、こいつの目を見て、ただ直感的にそう思った。
俺は、過大評価しているかも知れない。
だが、それも含め知りたい。
知りたい好奇心には人間抗えないのだがら、今は俺とこいつらが生きれるシナリオを全力で探ろう。
「にぃちゃんとアラタ君、あれ見て」
テアからそう言葉が飛んでくる。
足を止めるわけにもいかないので、走りながらテアが指さしている方向に目線を飛ばす。
「あれは……」
「あれは剣か?」
あれは間違いなく剣だ。
だが、おかしいこのスラムにあるということは、住民が持っていたことになるが、そんな高価な物持っているはずがない。
剣の横に持ち主らしきものはいない、ここにいないということは間違いなく、魔物に食われたのだろう。体の隅々まで。
だが、周りには魔物の死体がある。
剣で戦っていたものと予想できる。
「広いに行くぞ」
一瞬、迷ったが自分の中でそう決断した。
このままひたすら走っても、魔物に襲われる可能性は高い。
なら抗える術は持っておくべきだろう。
「いいけどさ、使えるのかい?」
「使い方は分からねぇけど、何もないよりはマシだろ」
「そうだね、行こっか」
剣の周りには、魔物は気配はなさそうだったので、危険はなく目的に付けた。
剣を持って、持ち上げてみる。
「思ったより、軽いな」
もっと持つのに、苦労すると覚悟して持ってみたが軽々持てた。
今は、子供の体なので筋力はほとんどない。その状態で持てたということは、相当軽いだろう。
「剣って、特殊な鉱石を使っているから、軽いらしいよ。それより先を急ごう」
「へぇ、まぁ行くか」
ただ、ひたすらに北に走り続ける。
走る、走る、走る――。
「何か、変じゃねぇか?」
「変って?」
「魔物の気配がないのは良い、だが人の気配が全くない」
そう、あのスラムで逃げろと言っていた男が北に逃げろと言っていたはずだ。
なら、多くの人間が北に逃げているはずだ。居ないのはおかしいだろう。
「そうだね、僕もそれは不気味に感じていたよ」
「あぁ、あまりにもおかしい」
おかしい、まるでこの世から人間がすべて消滅したような静寂を感じる。
この世の人間はもう俺達だけってか?冗談じゃない。
「進む方角を変えるかい?」
こちらを信じている眼で、進行方向を変えるか俺に聞いてくる。
こいつ、良く知り合ったばっかの人間を信用できるもんだな。
「変えないで行こう、迷子になるのは御免だ」
「今変えても、自分達の位置が分からなくなるからね。その意見に賛同するよ」
※ ※ ※ ※ ※
俺達がスラムから、北に走り続けてしばらくの時――。
「なっ……」
目の前の光景に驚いて、シンが言葉を出そうとするが、俺が手で抑止する。
大量にいる魔物が、大量の人間を食っている。
待ち伏せていたのか。
今まで人間を見てこなかったのは、逃げている最中、魔物に食われたか、待ち伏せられて食われたかの二択だな。
俺達が魔物を見なかったのはたまたまか、そうなるよう魔物が動いていたのか。
後者だとしたら、俺が思っているより魔物は脅威だな。
勝手に知能は低く人間を襲う化け物くらいだと認識していたが、認識を改める。
あいつらは、知能を持っている化け物だ。
あの短時間で人間が北に逃げていることを理解して、待ち伏せするとは悪知恵が良く働くもんだな。
それより、何が目的だ?いや、見れば目的は明白か。空腹を満たすためだ。
あんだけ大量にいれば、そりゃ食料にも困るわな。
気づかれない内に方向を変えて逃げるしかないか。
問題はどっちに逃げるかか、東は魔物が向かっていく習性があると言っていたな。東は論外だとして、来た道、つまり南は?ないな。
人間を食い終わった魔物が居るはずだ。
消去法で、魔物が来た西か。ここに駆けるしかないな。
嫌な予感しかしないが、これしか選択肢はなさそうだ。
自分の中で、答えは出したのでシンから手を放し、次に進む方角に指を差す。
シンとテアは、黙って頷き、その方角に魔物にばれないように進み始めた。




