第17話 『寝れない日』
「そういえば、あの子大丈夫かな?」
家の中でぼーとしていて、意識が途切れそうになっていたら、テアからそんな疑問が投げられた。
妹を無視するわけにはいかないので、意識を取り戻そうとして言葉を出す。
「あの子?」
意識が曖昧だったので、誰のことを言っているか分からない。
誰のことだろう。
「あ、ごめん。寝るところだった?」
「いや、大丈夫だよ。それよりあの子って誰のこと?」
「えーと、アラタ君のことだよ」
アラタ君か。
結構、大変な思いしたもんね。
心配するのも当然か。
「そうだね、見た感じ他に家族も居なさそうだったし、そこが心配かな」
僕は、テアが居たから向き合うことができた。
テアが居なかったら、間違いなく僕は挫けていただろう。
それぐらい、辛いものだった。
僕は、父親を殺したこの感触を一生忘れることがないだろう。
「そうだよねー、今度、様子を見に行こうよ」
「それはいいね、明日にでも行こう」
僕も気になっていたしね。
妹も同じように気になっていたのであれば、行かない理由はないだろう。
会うってなったら、アラタ君と会うのが楽しみになってきた。
会ったら、何を話そうかな――。
※ ※ ※ ※ ※
「寝れねぇ」
この世界に来てから、まともに寝れていない。
寝れない原因は、自分でも分かっている。
前世での父親のことや自殺した直後の記憶、この世界で殺めてしまった身体の持ち主の父親のことが頭から離れずに、寝れない日々を過ごしている。
身体の持ち主の父親を殴っていた記憶は曖昧ではあるが、感触は残っている。
己の拳で柔らかいような、固いような、そんな感触をひたすらに殴り続けた感触。熱いような、冷たいような、液体が体に飛び散るあの不快感。
前世で、父親に殴られていた記憶、父親の最期、自分の最期。
目を瞑るとそんな嫌なことばかり思い出してしまう。
それらを思い出すと、頭に頭痛が走り、鼓動が上がって目が覚める。
疲れが溜まっていても、眠気を感じていても、目を瞑ると目を覚ましてしまうから、寝ることが困難になってしまう。
寝るってこんなに難しいことだったのか。
「マジで寝れねぇなぁ」
少しイラついた口調で、そんなことを言ってしまう。
異世界に来てから一度も寝れていないため、イライラするのは至極まっとうなことだ。
前世を含めると、一週間くらい寝れていない気がする。
寝れないことによる疲れも当然あるが、寝れていないという事実が精神状態に悪い影響を与えているのを感じる。
この状況が続くのは非常にまずい。
己の健康を害する。
何より、心が消耗していく。
この世界に来て、誰も知っている者は存在せず、知らない土地で生計を立てている。
それだけで負担がかなり掛かっているというのに、寝れないともんだから、疲れを取ることができない。
いつか潰れてしまう未来など、容易に想像できる。
前世の経験則でな。
「これは、どうにかしないといけないなぁ。どうしたものか、この世界って睡眠剤とかってあるのか?」
前の世界でも、寝れないときに愛用していたのが睡眠剤。
この世界でも、手に入ることができれば、この睡眠問題もなんとかなると思うんだが、問題は入手方法だ。
この世界は情報を手にする方法がなさすぎる。
インターネット、携帯、本――この世界に来て、情報を知る手段がほとんどなく、それらがどれだけ偉大だったか思い知らされた。
前世では簡単に情報という貴重な財産、それが簡単に手に入る世界だった。
携帯一つで、生きていくのに困らない情報を手に入れることができていた。
それになんの疑問も持たずに、情報が手に入ること自体が当たり前だと思い込んで、日常を俺は過ごしていた。
人間が、何より俺が、インターネットという無数に近い情報にどれだけ依存していたのかが分かる。
この世界で今、情報を手にするには、人に聞くしかない。
本という手段もあるにはあるが、この世界では価値が高いものらしく、こんなスラムには当然ない。
簡単に情報を手にするのが困難なのだ。
まだ、この世界に来てまともな情報を知ることができていない。
生活を豊かにするには、まずこの世界で生きていくに必要な情報を知らないといけない。
「だから、こんな思考しているから寝れないんだって」
そんな考えごとをしていると、自分で自分にツッコミを入れる。
人間、将来のことを考えると、どうしても寝にくくなると思う。
その理由は、将来に不安を持ちながらあれはどうすればいい、どうすれば解決するんだとそういう思考になっていると、不安という気持ちが湧いてきて睡眠を妨害してくる。
俺は、それを知っている。
だから思考を止めようとするが、これは自分の意思で止めようとして、止めれるものではない。
もうこれは、一種の脳の事務処理みたいなものだ。
不安という感情を取り出そうとして、どうすればその不安が解決されるか、脳が勝手に思考を始める。
だから、これは一回始めたら止まらないものだ。
悪循環の中から、簡単に抜け出すことはできない。
そのための睡眠剤を使用して、思考を抑えていた訳だが、現状そんなものはない。
今ないものを言っても仕方がない。
「少し、外の風を浴びるか」
前世でも睡眠剤がないときは、一回外に出て思考をクリアにしてから睡眠に入ることにしていた。
寝ることが困難な方がいるなら試してほしい。
家の中ばかりいると嫌なことばかり考えてしまう。
外に出ると、不思議なことに自分の悩みなんてくだらないように感じる。
風を感じると悩みを吹き飛ばしてくれる気になる。不思議だ。
この時間には外にあまり人がいないのであまり支度の用意をすることなく、外に出かけた。
「ていうか、異世界にも月あるんだな」
最初に外に出て、咄嗟に出た感想がそれだった。
前世にあったからと言って、それがあるとは限らないのが異世界だと思っていたが、月もあるし、星もある、もちろん太陽だってある。
それは、元居た世界と変わらないんだな。
そこに変化を求めていたわけではないけど、なんか異世界なのに割と普通なんだなって、前世とあまり世界の構造は変わらないんだなって、思った。
こう、もっと月が赤いとか、月が二個あるとか、そもそもないとか、そういうものが起こりうるのが異世界と思っていたけど、どうやらそうではないらしい。
月がないと、確か地球の自転軸が保てないとかあった気がするな。
今あるこの世界の構造とかが生命が生きていける条件ってことなのかぁ?
この条件でないと、そもそも生命が生まれてこないとか?生命が生まれる条件の世界の構造はある程度決まっているから、前世と今世の世界構造に大きな違いはないと俺は考えた。
世界のことになると、規模がデカすぎて俺にはどうにも小難しく感じるな。
「もっと、学校での授業を真面目に受ければ良かったか?」
そうすれば、もっとその知識をこの世界に活かせたかもしれない。
知っていれば、もっとこの状況が良くなっていたかもしれない。
この世界で生活に行き詰って、そんな考えが浮かんでくる。
俺はこの世界のことも、前の世界のことも、知らなすぎる。
冷静になり、自分を俯瞰的に見たら、自分がどれだけ無知だったのか知った。
自分はこれまで無知だと自覚せずに、生きていたんだと少し落胆に似た感情を持った。
この世界に来て、知識が必要な状況になり、初めて自分が無知だということに気が付けた。
それは良いことなのか、悪いことなのか、それはまだ俺には分からないけれど、これから少しずつ知らなかったことを知っていこう――。




