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他力本願な世界で救済を  作者: 夜桜
第1章 灰色の世界
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第15話 『少年の過ち』

 目を瞑ると妻のことを思い出して、寝れなくなる。

 ああすれば、良かったんじゃないか。

 ああすれば、救えてたんじゃないか。

 妻は安らかに逝けたのか、そんな思考ばっか考えて、瞼を閉じても寝れる気配が訪れない。

 寝れるどころか、動悸が激しくなり、逆に目が覚めてしまう。


 そんな毎日が続いてた。

 もう何日まともに寝れてないか、分からない。

 頭の中が後悔に満ちていて、ずっとそのことを引きずっている。

 後悔から逃げるように、なかったことにするように、酒を毎日手にするようになった。

 酒に依存するまでに、時間は掛からなかった。

 その男にとっては、酒に酔っている時間が救いであったことには違いがないのだから。


 ※ ※ ※ ※ ※


 母さんが死んだ。

 最期まで看取ったが、眠るように死んでいった。

 この病は、目が失明するだけで他は害になる要素はないそうだ。

 巷では、安らかに死んでいくため、人はこの病は神からの救済であると言われている。

 本当にくだらない。

 何が救済であるものか。


「おにぃ……」


 妹は先程まで泣き崩れ、目が腫れている。

 なのに僕はなぜ、涙一つも出ないのであろう。

 あの父さんも、涙を見せたというのに。

 僕は、こんなにも人でなしだったのか。

 実の母が死んだというのに、悲しみが湧いてこない。

 ただ、曖昧に認識しているだけだ。

 母が死んだという事実を。


「僕と父さんがいる。だからそんな悲しい顔をしなくていい」


 今はそんなことを考えている場合ではない。

 妹のテアの事を第一に考えなければ。

 その為に今、僕はここに居る。

 だから他のことは考えなくていい。


「でも、母ちゃんがッ、母ちゃんがあぁ」


 またしても泣き崩れる妹に対して僕は、抱きしめた。

 この姿の妹を見ても僕は、一緒に泣くことができなかった。

 ただ、黙って抱きしめ続けることしか僕にはできなかった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 ――母さんが亡くなって、一日目

 妹のテアは隙あらば泣いている。

 まだ、母さんの死を悲しんでいるようだ。

 一方、僕はまだ涙一つでない。

 あんなに好きだった母さんが亡くなったのに涙一つ出ない僕は、薄情者だ。

 父さんは一言も話さない。


 ――母さんが亡くなって、二日目

 妹のテアは、泣いている様子を見せないがまだ夜泣いているのか、目が腫れている。

 相変わらず、僕は涙が出るどころか悲しみが湧いてこない。

 本当にどうしてしまったのだろうか。

 僕に人の心はないのだろうか?

 そんな疑問が湧いてくる。

 いや、大丈夫だ。

 家族を想う、この気持ちは本当だ。

 なのになぜ、母さんが死んだのに悲しみが湧いてこないのだろう。

 不思議だ。

 父さんは黙って働きに出かけた。

 一言も喋らずに。


 ――母さんが亡くなって、三日目

 妹のテアは表面上は元気にやっている。

 良かったことだ。

 どうやら、妹には僕が無理しているように見えていたらしい。

 だけど、そうじゃない。

 その場で訂正するような真似はしなかったけど、僕は母さんの死に本当に悲しんでいないんだ。

 こうやって文面で表すと、何というか虚しくなるね。

 父さんは相変わらず、喋ってくれない。

 元から、あんま喋る方ではなかったけどね。

 少し、心配だね。


 ――母さんが亡くなって、四日目

 妹のテアはよくやってくれる。

 母さんが、やっていた家事全般は妹がほとんどやってくれている。

 つい数日前まで、悲しんでいたというのに妹は本当に強いね。

 父さんの方は、少し体調が悪そうだ。

 聞いてみると、この数日まともに寝れなかったそうだ。

 酒の飲む量も増えているし、健康が心配だ。

 仕事を休んだら?と聞いてみたら、仕事をしている方が気が紛れるそうだ。

 まだ、父さんは母さんの死を乗り越えられていないらしい。

 それは当然だよね。

 家族だから、そんな簡単には乗り越えられないよね。

 こんな他人事のように言える、僕に嫌気が差すけど、それを言ってもしょうがない。

 テアは、元気でやっているんだ、お兄ちゃんも頑張らないとね。


 ――母さんが亡くなって、五日目

 父さんがテアを殴った。

 何故殴ったのか問いただしても、ちゃんと答えてくれない。

 意識が曖昧なのか、受け答えがうまく行っていない。

 精神状態が正常ではないように見える。

 妹に状況を聞いてみたが、私は大丈夫だから気にしなくていいと笑顔で答えてくる。

 状況を知りたかったのだが、あまり怪我はなさそうだったので追及するのはやめた。

 父さんには何度かテアを殴るのは辞めるように言い聞かせたが、心ここに在らずと言った感じだった。

 本当に大丈夫だろうか?

 心配だらけだ。


 ――母さんが亡くなって、六日目

 妹のテアは落ち込んでいる様子はなく、いつも通り元気だ。

 父さんの酒の飲む量が日が経つにつれ、増えているから飲むのを辞めるように言ったが、暴れられた。

 少し殴られたが、大きな怪我ない。

 テアも、父さんの酒の飲む量を案じて、注意したのだろう。

 その結果が、これだった。

 そう予想できる。

 これは、何とかしないといけないな。


 ――母さんが亡くなって、七日目

 何故、こんなことになってしまったのか、僕には分からない。

 誰が悪い?暴れ出して、テアを殺そうとした父さん?止めようとして、父さんを殺してしまった僕?

 分からない、分からない、分からない――分からないよ。

 妹を守ろうと必死になっていたら、気がついたら父さんを殺してしまった。

 僕が殴ってもビクともしなかった父さん、僕の力だけではどうにもできないと思い、転がっていた酒瓶を思いっきり、頭に振りかざした。

 必死だったんだ。

 ひたすらに必死だったんだよ。

 大事な家族を守るために、抗った結果なんだよ。

 ごめん父さん、本当にごめん。

 その大事な家族の中にも、父さんが居たというのに。

 僕の手で殺めてしまった。

 それでも、僕の瞳から涙が出ることはなかった。


 ――母さんが亡くなって、八日目

 妹のテアは僕を慰めてくれる。

 あの日から、まともに食事も睡眠も取れていない。

 何をしても楽しく思えない。

 あんなに好きだった英雄譚を読んでも、何も感じない。

 前までは、いつ読んでもワクワクしたというのに。

 今では、何も感じない。

 そんな現実がただただ辛い。

 それでも、妹は気丈に振舞ってくれた。


 ――母さんが亡くなって、九日目

 いつものように、母さんがいつも読んでくれていた英雄譚を読んでいたら、急に目から涙が出始めた。

 急に泣いたものだから、テアもびっくりしたが、黙って抱きしめてくれた。

 母さんが読み聞かせてくれた、あの頃を思い出したら、もう母さんが英雄譚を読んでくれる機会もう訪れることはないと、今更ながら思った。

 そうしたら、自然と涙が出た。

 涙が出ると、母の死に際と、父さんの死に際を思い出していた。

 母さんと父さんがいない日常を過ごしていき、母さんと父さんはもうここにはいないのだと、この日常にはもう母さんと父さんは存在しないことを知った。

 母さんは病で死に、父さんは僕の手で殺めてしまった。

 その事実を今更ながら、自覚した。

 涙を出すことは弱いことだと勝手に思っていたけど、そうじゃない。

 強いから、受け入れられたから、涙を出せるのだとこの時、思ったんだ。

 僕は、逃げていただけだ。

 母の死という現実に。

 僕が父を殺したという現実に。

 受け入れるのは、辛かった。

 この抱きしめてくれる温もりがなければ、挫けていただろう。

 でも、この温もりがある限り、僕は立ち上がって前を見ないといけない。

 だって、お兄ちゃんだからね。

 これから、大変になるだろう。


 ――母さんが亡くなって、十日目

 昨日はちゃんと寝ることができた。

 テアのおかげだね。

 今日、食事を摂ったけど、味がしなかった。

 まだ、万全ではないけど、生活できない程ではない。

 働かないと生きていけないし、今日は行かないとね。

 張り切っていこう。


 ――母さんが亡くなって、十一日目

 テアが大きな声で僕のことを呼ぶものだから、びっくりした。

 どうやら子供が大人に襲われているらしい。

 それは、大変だね。

 今すぐに助けに行かないと。

 行ってみたら、大人が倒れていた。

 ピクリとも動かない。

 目の前に少年に尋ねてみると、これはまたびっくり、その手で殺してしまったらしい。

 この時、僕は偉そうな物言いを言ったものだと、我ながら思うが少し最低なことをいいかい?

 この時、僕はね。救われたんだ。

 自分の犯した過ちがこの世界で僕だけではないと、目の前にいる少年も同じ過ちを犯しているのだと、勝手に共感してしまったんだ。

 本当に、最低だよね。

 でもこの時ね、この世界は僕だけはないと思ったんだ。

 ちょっと言っている意味が分からないかな?

 何か過ちを犯すと、人間は自分を否定的に見てしまうんだ。

 そして、自分を否定的に見てしまうと世界から断絶されたように錯覚するんだ。

 まだ、ちょっと分かりずらいかな?

 簡単に言うとさ、僕は父さんを殺してから、孤独を感じていたんだ。

 この過ちを犯してしまったのは、世界で僕だけではないのか。

 大罪を犯してしまったのだから、もう誰にも許されずに、なにより自分が許せずに、生きていくものだと思っていた。

 テアはいつも一緒に居てくれていたけど、共感はできないよね。

 それは、当然。

 過ちを犯したのは僕一人だからね。

 だけど、この少年の背景を知ったら、勝手に共感して、勝手に自分を許せる気になって、僕は救られた気持ちになっただけ。

 過ちを犯したのは、この世界で僕だけはないと知ったんだ。

 最低な話だけどね。

 でも、僕は救われたという事実はあるということだけは知ってほしい。

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