第14話 『父親の無力』
俺は結局、妻を助けることはできなかった。
いつも口だけだ。
口先ばかりで、手には何も残らない。
それが俺の人生なのか。
やれることはやった、そうやって言い訳はできる。
でも、そんなものはなんの価値もない。
自分を慰めるだけの行為だ。
いや、慰めにもならない。
惨めさが増すだけ。
「全部あいつらのせいだ」
あいつらのせい……貴族どものせいだ。
そうだ。
酒を飲んで、酔った勢いで全部、貴族の奴らのせいにすれば良い。
あいつらが妻を奪った、そう思えば自分の無力感は緩和される。
自分の惨めさを誤魔化すように、諸悪の根源を貴族のせいだということにした。
事実は別として。
※ ※ ※ ※ ※
「頼む、何でもやる!奴隷にでもなるから治療費の担保を出してくれ!」
大の大人が公衆の面前で土下座をしている。
この光景を見れるのは、中々にして珍しいだろう。
人の目を気にせず、自分の頭を地に伏せることが出来る人間は少ない。
だが、誰もがどうでも良いような表情で立ち去っていく。
「良い加減やめてくれないか!迷惑なんだ」
少し小太りな男性が怪訝な表情し、土下座している男性に叫ぶ。
「迷惑だと思うなら、頼むよ、金を出してくれ。必ず倍にして返す」
そんな言葉を誰が信じられようか?
スラムに住んでいる人間がそんな多額な金額を返せるはずがない。それが倍?鼻で笑われる。
「僕にだって生活があるんだ。そんな確証がないものを信じられるか!第一にどうやって返すんだ」
そこが問題になってくる。
まともな職がない人間が、どうやって多額の金を返すつもりなのだろうか。
その回答はすぐ返ってくる。
「身売りでも、体の一部でも何だって売る。金を出してくれるなら、今にだってそうする」
「馬鹿なのか?そんなことをしても全然足りないし、話にもならない」
「一生を賭けて、払い続ける」
「その言葉に、どんな信用がある?それと、いつまでに払い終わるつもりなんだ」
一生を賭けて、払い続けられたとして、払い終わるのはいつになるのか。
途方もない先だろう。
そんなに待てるわけがない。
金なんてものは時間が経つごとに価格が変わっていく。
需要と供給が時代によって変わるのだから、それは当然のことだ。
何を言いたいかと言うと、今仮に支払ったとして、その価格が支払いを待つまでに同じ価値を持っているとは限らないと言う話だ。
「それは……分からない」
「そうだろう?だったらそんな多額の金貸せる訳がない」
「待ってくれ、確かに時間はかかる。でも不可能ではない。時間さえあれば」
「言っておくけど、時間は金より価値が高いよ?」
時間は金より価値が高い。
確かに、金はあらゆる物を買うことが出来る。
でも、時間はその金を生み出すこと、経験を積むこと、思い出を作ること、それぞれ人生に掛け替えのないものを生み出すことができる。
そのことを考えれば、当然のこと。
この男は時間さえあればと言うが、それは皆思うことだ。
その時間の価値を、この訴えてくる男は理解していないのか、冷静ではないから考えられていないのか、定かではない。
「うっ……」
時間さえあればと言う論法で相手を説き伏せるつもりだったが、簡単に弾かれる。
どれだけ時間を掛けてでも、倍にしてでも、返す気であったがそもそも信用されいないように感じる。
それは当然か、スラムの人間相手に金のことで信用するなんて無理があるってもんか。
それでも、引くわけには……。
「交渉する価値もないな」
「待て……いや、待ってください」
「これ以上は、時間の無駄だ。これ以上、付きまとうのは辞めてくれ」
「頼む、待っ……」
「これ以上は辞めよう。お互いのためにね」
遮るように、最後の警告だと宣言するように尖った声色で目の前の男に対してそう口にした。
「……分かった、見苦しい姿ですまなかった。だが、また来る」
そう言うと目の前の男は去っていく。
「また来ても同じだよ。もう来なくていい」
その発言に踵を返すことはなく、スラムの方角に帰って行った。
※ ※ ※ ※ ※
交渉に失敗した。
あいつが最後の砦だったと言うのに、他の貴族は話しかける猶予もなく、追い払われて終わりだったが、奴は話だけは聞いてくれた。
いや、あれは交渉ではなかったな。
ただ俺の願望、わがままをぶつけただけ。
でもそれ以外にやれることなんて、俺にはない。
交渉出来るような物はないだから、気持ちで通すしかない。
「旦那ぁ、だから言ったんだぜ?不可能だと。正直話を聞いてくれる奴が居ただけでも驚きだぜ」
「うるさい、黙れ。なぜまだここにいる?」
「いやぁ、不可能と断言したからには、最後まで付き合おうと思ってな」
「最後までだと?それはいつだ?」
「旦那だって分かっているでしょう?」
「……」
こいつが言っているのは、妻が死ぬまでと言いたいのだろう。
死なせない、絶対に。
何をしても、泥に塗れようとも妻さえ生きていれば、他は何もいらない。
「次はどうするんだ?」
「次は同情を買って、交渉をしてもらう予定だ」
「あいつらは、同情なんてしないぜ?利益がある物にしか興味ない。逆に言えば利益さえあれば、交渉をする」
「……利益はある」
「旦那のは利益とは言わない。誰が信用できない、いつ返せるか分からない者に金なんて貸すと思う?」
「それは……」
「旦那が交渉相手でも貸さないだろ?そう言うことだ」
否定しようとしたが、その言葉を否定することは出来なかった。
確かにそうだと、心のどこかで思ってしまったからだ。
そうだと思って、どうなる?妻は……。
「こんなことに時間を使っていないで、大事な人に時間を使ったほうがいいと思うぜ?俺は」
「こんなことだと?」
確かに交渉は言えないものだった。
だが、妻を救おうとする行為をこんなこと呼ばわりとはこいつもう一回殴られたいのか?
「あー殴るのは辞めろよ?次はやり返すからな。」
「もう殴らん」
「それは良かった。でも本当に俺は、アンタを案じて助言してるんだぜ?そこは信用してくれ」
「それは……なんとなく分かる」
言っていることはムカつくが、案じているのは本当だと感じる。
「なぜ、案じてくれるんだ?」
「まぁ、あれだ。同族のよしみ?みたいな?」
「同族?」
「俺も似たような体験があったからよ。それで先駆者の目線から偉そうに言ってるだけだ」
「似たような体験か」
「そう、似たような体験だ。だから後悔しないでほしい。限られた時間を何に使うか、よく考えてくれ」
真剣な表情でそんな事を言われた。限られた時間か。
俺も、状況が分からない訳ではない。
貴族との交渉は難しい、治療も受けるのも難しい。
結果として、俺は妻を救えない訳だ。
こんなことに時間をか……。
「……あぁ、分かった。よく考える」
分かったと、分かったと思いたくない表情で、言葉を吐き出した。
「そうするといい」
少し柔らかい表情でそう言った。




