第13話 『少年の無力』
人間の死因だったら、皆は何を思いつくだろう?
自殺、戦争、病――その中にも、もちろん色んな種類の死因がある。
寿命で死ねる人間もいるだろうが、生きとし生きる人間は必然の終わりが来るまえに偶然な終わりが来ることが遥かに多い。
それはなぜかって?
運という不確定要素が存在するからだ。
この世は偶然ばかり、生き物の死でさえも。
死んでいった者は、ただ単純に、残酷に、無慈悲に、運という生きていく中で必要な部品がなかった。
ただそれだけのこと、必要なものがない者はただ自然淘汰されるのみ。
運という偶然で自然淘汰が起きるのが人間という生き物。
そして、この世界の人間の死因の大半が病だ。
病が流行している原因は医療技術が発展していないのが、原因になっている。
そのため、医療を受けるには多額の金が必要なる。
死因になっている病は決して、治らないものではない。
もちろん治すことができない病は存在する。
存在はするが、死因の中には治すことができる病もある。
なのに、なぜ死因の原因が病が多いか――金である。
そう、金なんだ。
金さえあれば、受けられる医療。
でも、金がなければ受けることができない。治すこともできない。
国から金を借りて医療を受けるという制度もあるが、それはある程度、担保ができる人間だけだ。
スラムで生きる人間にとっては、なんの関係もない制度、そんなものあったって僕たちには関係がない。虚しいだけだ。
だって、そうでしょ?目の前に救いがあるというのに手を伸ばすことはできない。
そんなものあったって無駄さ……そんなことを言ってはいけないか。
少なくとも、この制度で助かっている人間は存在する。
それは分かってはいるけれども、どうにも腑に落ちないのが本音だよ。
だってさ、人を救える手段はあるというのに、金がないというだけで人を救える選択ができないというのは、あまりにも不便だと思わない?
もっと世界が良くなれば、この不便もなくなったりするのかな。
どうすれば、良くなるなんて分からないけれど、それでも考えることはできる。
考え、続けることはできるはずさ。どんな者でもね。
※ ※ ※ ※ ※
突然、母が病で倒れた。
最初、倒れたと聞いたときは、過労で倒れたのかと思っていたのだが、肌を触ってみると体温が上がっていたため、病であることは間違いなさそうだ。
……まずいな、スラムで病になるということはまず、治療を受けるのは難しい。
検査も、同様にしてくれるかどうか怪しい。
治療費を払えるかどうか分からない輩に検査をするだけ無駄だと判断されるだろう。
資金があれば別なのだが。
「母さん、大丈夫かな?」
病と分かったら、頑なに部屋に入れてくれなくなった。
僕達に病が移らないための配慮だろう。
家族なのだから、そんなもの気にしなくていいというのに。
「きっと大丈夫だよ!」
母が病に倒れたと知ってもなお、妹は気丈に振舞ってる。
僕もそうではないと、いけないな。
そうだよね。
後ろを向いても、現状は良くなるとは限らないし、前をしっかり向いて、母さんを支えないとね。
「うん、きっとそうだね。父さんも頑張って医療費を稼いでいるし、僕たちも頑張れば大丈夫さ!」
資金さえあれば、治療は受けられる。
ならば、家族である僕たちが稼ぐほかない。
あてもない話ではない。
ある程度の金を用意できれば、それを担保に国や貴族から治療費を借りることも可能だ。
不可能ではない。
「僕も働きに行くからさ、テアは母さんの看病をしてて」
「分かった!っていっても、部屋に入れてもらえないからあまり看病という看病はないけどね」
「それでもだよ、母さんのことは頼む」
「うん!できることはするよ」
そう一刻でも早く、一銭でも多く、僕たちは金を稼がなくてはならない。
母さんのためにね。
※ ※ ※ ※ ※
父さんがスラムに住んでいる元冒険者を家に呼んできた。
スラムに元冒険者がいるのは、珍しいことではない。
冒険者として大成できなかった人間は、他に行くところもなく、ここにいることが多い。
冒険者の経験を活かして職に就ける人もいるが、活かせない人はスラムで暮らしている。
「家内の症状を見てくれ、頼む」
「それはいい、金も貰ったしな。でも治すことはできないぜ?」
「分かっている、症状を見てくれるだけでいい。症状が分かれば、貴族の奴らとの交渉がしやすい」
どうやら、母さんの症状を見てくれるようだ。
冒険者というのは、仕事柄色んな場所に行くことが多い。
その分、病に掛かるリスクだってあるし、掛かった時の対処法もよく知っている。
それらが知識となって、病の症状くらいは見える人が多いそうだ。
「どうも奥さん、カルクといいます。元冒険者で今はスラムで暮らしている者です。あなたの夫に呼ばれて、症状を見に来ました」
「ご丁寧にありがとう、もっと砕けてもらって大丈夫よ。検査の方お願いします」
お互いに軽く挨拶したところで、検査が始まる。
「あぁ、まず簡単に質問させてもらうが、症状出たのはいつからだ?」
「二日前よ」
「今、分かっている症状を教えてくれ」
「えーと、熱が出ているのと、咳が出ているわね」
「他には?」
「……あとは、目がぼやけることかしら」
「目がぼやけるか」
質問をして、病の症状を検査しているようだ。
そうやって質問が繰り返され、時間が過ぎていく――。
「なるほど」
カルクは、考える表情をしてそうつぶやく。
「なにか分かったか?」
カルクは、父さんの質問を受けるとちょっと言い淀んでいるように見えた。
何か言うのをためらっているようだ。
決心がついたのか、こちらに顔を向いてくる。
「……落ち着いて、聞いてほしいんだが、治療を受けるのは難しいかもしれない」
「なぜだ?」
父さんは怒りを抑えて、疑問を投げているように見えた。
その怒りは、カルクに投げるべきものではないと分かっているからであろう。
「この病はティフローノと呼ばれている。その症状は、熱と咳が出る、そこまでは他の病と一緒なんだが、他のと違うのは症状が悪化するたびに視力が悪くなる」
「視力が?それが、治療を受けれない理由になんの意味がある?」
少し、高圧的な声色でそう疑問を口にした。
本人は抑えているんだろうが、どうにもならない不満が声に出ているようだ。
「そして、最期には失明する。視力の低下率からすると、猶予は一か月あるかどうか――」
「そんなのが知りたいわけではない!なんで、治療を受けるのが難しいんだ!」
知りたい答えがすぐ知れないばかりか、知りたくもない情報が来たため、我慢していた不満が爆発して、そう父さんは叫んだ。
「……最近なんだ、この病の治し方が判明したのが」
その一言で、医療を受けるのが難しい意味が分かった。
最近ということは、治し方も普及していないだろう。
その分、当然に医療費がかかる。
「ちなみにどれくらいいる?」
「相場は分からないが、少なくともその辺の土地に一軒家が建つくらいいる」
その言葉を聞いて、眩暈がする。
一軒家?そんなの僕たちが一生働いても、稼ぎようがないよ……。
「そうか……」
父さんは考える動作をしたあと、何か覚悟が決まったのか、真剣な面持ちで母さんの方に向いた。
「絶対に助けるから、安心してくれ」
「……分かったわ」
話を聞いていた母さんはずっと不安そうな表情で聞いていたが、父さんの一言で安心しているように見える。
「どうするつもりだ?」
「貴族の奴らと交渉してくる」
「無駄だ。貴族といっても、そんな多額の金貸せるはずがない」
「全額じゃない、半分あればそれを担保にして、国から医療を受けれるはずだ」
「……半分でも無理だな、はっきり言うぜ。そんなのは不可能だ」
カルクからそんな言葉を聞くと、父さんは少しイラっとした表情になる。
「不可能?じゃあ、諦めろとでもいうのか?」
「あぁ、諦めたほうがいい」
カルクがそう助言したあと、次の瞬間、倒れていた。
何が起きたと思ったが、父さんが殴ったようだ。
「諦めたほうがいいだと?じゃあ、黙ってみてろと言うのか!」
カルクは殴られたが、その不満を表に出さず、こう言う
「不可能な点は三つある。一つ目は、医療費が莫大な金であること、この時点でもう不可能に近い。次に、交渉にすらならない、だってどう交渉するつもりだ?あんたに交渉の材料があるように見えないが?相手にメリットがなければ、交渉にならない。最後に、貴族がスラムの人間相手に交渉の席に着くか?絶対にない。断言できる」
「……やってみなくては分からん」
殴ったことに対して、負い目を感じているのか、表情が浮かんでいないようだ。
「やんなくても分かるぜ」
その後、カルクの言った通りになり、貴族は交渉のテーブルにすら座らなかった。
僕は、ただ母が弱っているのを見ているしかできなかった。




