第12話 『少年の望み』
僕は、英雄譚が好きだ。
実際の本を読んだことがないが、母からよく聞かされていた。
中でも好きだったのが女神から選ばれた勇者が授けられた剣を持って、魔王を倒しにいく物語だ。
一説では、この物語は事実でその剣はこの世のどっかにあるとされている。ロマンがあるね。
英雄譚には、冒険が付き物だよね。
だから単純なことに、僕は憧れてしまったんだ。
いつか冒険したいと。
この数多くある英雄譚の英雄達みたいに面白く、時には辛い……辛いのは嫌かな、できれば面白い部分だけ経験したいものだ。
難しいかもしれないけど、この生活から抜けだして冒険する自分を夢みる。
そして、世界を旅をしたいんだ。
世界を見て、この世界のことを知りたい。
本当に英雄譚のような世界が広がっているのか、この目で確かめたい。
いつか冒険できるといいな――。
※ ※ ※ ※ ※
母が死んでから、父がやさぐれているのを感じる。
父は、そんなに人と話すような人じゃなかった。
だが、母とだけは話していた。
厳密には話してたというよりは、ただ一緒にいる時間を楽しんでいるように見えてはいた。
父は、あまり人が好きではないように感じる。
僕たちのこともあまり好きではないのか、積極的に絡んでくることはない。
特段、嫌われていると感じることはないが、好意も感じることも少ない。無関心という感じかな。
「父さん、飲みすぎるのは良くないよ、経済的にもね」
気が付けば、父はずっと酒を飲んでいる気がする。
家の経済は余裕がある訳でもないし、それに健康的に良くない。心にもね。
「分かってるよ、今日はこれを最後にする」
「明日も飲みすぎないでね」
「あぁ」
あまり信用できない。
昨日もそう言って、今飲んでいるのだから良くないよ。
明日の朝また注意するとしよう。
「おにぃ!ご飯できたよ」
愛しの妹から、ご飯の支度の完了報告がきた。
母が病で死んでから、ご飯の支度は基本的に妹が率先して行っている。
ご飯の支度は、女の役目だー!と言って、僕やお父さんにやらせようとしない。
別にそんなことも思っていないけれどもね。
「ありがとう。お父さん、ご飯の用意ができたってさ」
「先行っててくれ」
「分かったよ、待ってるからね」
そう言われたので、先にいってるとしよう。
※ ※ ※ ※ ※
「テアはさ、もう落ち込んでない?」
「落ち込む?」
「母さんが亡くなった当時は落ち込んでいた様子だったし、テアはよく母さんに懐いていたからさ」
齢八歳の少女が、母の亡くしたのだ。
でも、今は妹から落ち込んでいる様子を見られない。
母の亡くした当初はあんなに落ち込んでしたのに、今ではすっかり立ち直っているように見える。
生前、母がやっていた役目を自分が代わりに果たそうとしているように見える。
「それはおにぃも同じでしょ?同じ痛みを受けて、おにぃが平然としているんだから、私が立ち止まっているわけにもいかないよ」
「……」
そうじゃない。そうじゃないんだ、テア。
僕は、平然としているわけではない。
僕は、未だに母さんの死を悲しめていない、薄情な兄なんだ。
そんな大層なものじゃないだ。
「おにぃは、辛そうとしている部分も表に出そうとしないでしょ?」
「それは……そうかもね」
「だったら、おにぃも強がるように私もそうするよ」
テアは、本当に強いな。
母さんの死を認めて、前に進もうとしている。
僕は未だに感情が迷子だ。
自分自身ですら、今どんな感情を湧いているのか分からない。
テアは、こんなに僕とこんなに向き合ってくれているのに、僕は未だに向き合えない。
それが何よりも悔しいし、情けないと感じる。
「父さん、遅いな」
バツが悪くなってしまったので、別の話題に変えることにした。
父さんが来ないことには食事を始められないため、その話題を振ってみる。
「待ってると冷めちゃうよー、先に食べてようよー」
駄々をこねるように妹が訴えてくる。
「それはだめだよ、家一緒に食べるのはルールだろう?母さんもよく言ってたし」
「それもそうだけどさー、冷めちゃったら私の苦労が報われないよ!」
せっかく、妹が用意してくれたんだ。
おいしく食べないと、失礼っていうものだよね。
「それもそうだね、少し呼んでくるよ」
父さん朝から飲んでて、相当に酔ってたからね。
酔いつぶれている可能性はある。
父さんの部屋は、二階だから上がって呼んでくるとしよう。
「父さん、起きてる?」
ノックしながら、そう呼びかけてみる。
だが、反応がない。
仕方ない、父さんはあまり部屋に入られるのは好きではないが、反応がない以上確認するしかない。
「父さん?」
ドアを開けて入ってみると、寝ているようだ。
起こすか、このままにするか。悩ましいな。
「うーん」
床のまま寝ているのは健康的にも良くないし、一旦起こしてから判断を仰いでみよう。
「父さん、起きて」
体を揺らせながら、起きるように促してみる。
「んぁ?あぁ、シンか」
「ご飯あるけどどうする?寝るにしても、布団で寝た方がいいよ、用意しとくからさ」
「俺は、寝とくから先に食べててくれ」
「分かったよ、布団用意するから待ってて」
少し苦笑しながら父さんの希望を了承する。
できれば一緒に食べたかったんだけど、仕方ないよね。
「あぁ」
布団を用意し、父さんが寝る準備をしたから部屋を出る。
そして、待っている妹の方に向かう。
「父さん寝るらしいから、先に食べてようか」
「えぇー、分かった」
不満がありそうな声色だったが、何も文句を言うことなくご飯の保存をしてくれている。
物分かりのいい妹で本当に助かるね。
我慢させているのは申し訳ないと思いつつ、そう思う。
これで不満が爆発しようものなら、家庭崩壊する可能性がある。
それはかなり低い可能性だけれども、父さんの今の状況を見るにその可能性はあると見える、妹にはそれが分かっている。
「いつも我慢させてごめんね」
「おにぃのせいじゃないよ、誰のせいってわけでもないし」
この小さい少女が、駄々をこねるを許せる状況ではなく、嫌なことを受け入れるしかない。
誰のせいにもできず、理不尽を受け入れるしかない状況。
この状況はあまりに酷だと思わないだろうか?
本来、駄々をこねても許される歳だというのに、それすら許されない状況をこの少女に強いている。
「誰のせいでもなくても、テアが我慢しているのは事実だよ。いつでも我慢できなくなったら教えてね」
「分かった!」
そう元気良く返事してくれるテアに僕はいつも助けられている。




