第10話 『少女の未練』
外を徘徊していたら、何やらすごい音が聞こえてきた。
ドォンと鈍い音が、聞こえてくる。
気になって覗いてみたら、人が殴られていた。
これはまずいと、咄嗟に駆けつけたくなる気持ちが出てくるが、自分一人で行ってなんとかできるのか?と自問自答をしてみる。
か弱い私の体、大の大人に立ち向かって戦えるのか?
おそらく無理だ、私一人では手に負えない。
こういう時は、お兄ちゃんに頼ろう!
少し遠いが、まだ間に合うはず。
善は急げだ。
※ ※ ※ ※ ※
「おにぃ!来て、人が襲われているの!」
我が妹がすごい勢いで、押しかけてくる。
「……仮にも女の子なんだから、もう少し慎みを持たないと将来が大変だよ?」
一瞬、驚いた表情を見せた後、そんなことを言ってきた。
こっちは急いでいる身なので、そんな悠長な言葉に付き合っている暇はない。
「そんな未確定の将来のことなんでどうでもいいから!早く来て、人が襲われているの!」
「それは、大変だね!急いで助けないと!」
急用性が伝わったようだ。
急いで助けに行かないと。
※ ※ ※ ※ ※
「おにぃ!早く来て!早く!」
お兄ちゃんが疲れた様子でこっちに向かってくる。
全力で駆けつけたつもりでいたが、想定より遅くなってしまった。
というか、お兄ちゃんが遅い!
「ちょっと待ってよ、ハァ……ハァ……」
「人が襲われてるんだよ!?急いで!」
人が襲われていたのだ、早く助けないと。
どうにか大事になっていないといいだけど。
「大丈夫!?」
「そんな勢いで人に話しかけるものじゃないよ。状況は妹から少し聞いてはいるけど、大丈夫かな?」
目の前にいる黒髪の少年と、倒れている男に話しかける。
……倒れている男?
「え!」
「これは」
喋りかけてから、状況を把握することができた。
先ほど、殴っていた男は倒れた。
その男はピクリとも動かない。まるで死んでいるかのように。
「ちょっと待ってくれ、人を呼ぶのだけはやめてくれ」
頭を抑えながら、そう訴えてきた。
私たちに見られたこの状況が、困っているように見える。
それを見てると、少し余計なことをしてしまった気持ちが湧いてくる。
「そう判断する前に、聞きたいことがあるんだけど、その男は死んでいるのかい?」
「……ああ、死んでいる。俺が殺した、だが少し話を聞いて欲しい」
それを聞くと、お兄ちゃんがピりついた雰囲気になったことを感じる。
それは当然だよね。
殺人現場だもん。
「話を聞くのはいいんだけど、君がそういう人間であるなら、僕は相応の対応をしなくてはならない。妹もいるのでね」
「おにぃも、状況は知ってるでしょ?これは正当防衛なんじゃないかな?」
これは、間違いなく正当防衛だ。
殴られていた男が、倒れているなら正当防衛で反撃したと想像できる。
逆なら、まだしもね。
殺しは行き過ぎた結果だろう。
「正当防衛でも、人殺しであることは変わらないよ」
少し、怖い表情で言った。
たまに、お兄ちゃんはこういう表情になる。
頼もしいけれど、ちょっと怖い。
「そうだ、俺が人殺しであることは変わらない」
「……そこは、認めるんだね」
「ああ、だが……」
「だが?」
「首を絞められて、殺されそうになったんだ」
殺されそうになった、だから殺した。
うん。これは、納得がいく理由なんじゃないかな?
殺しは良くないことだけど、状況が状況だからね。
「首に絞められた形跡は、確かにあるね。だけど、疑問に思うことはある。妹から聞いた情報だと暴力を振るわれていたのは分かっている。そこから発展してこのような状況になったのかな?」
「そうだ」
「ふむ……どうして首を絞められるまでに、至ったのかな?間違っていたら申し訳ないが、そこにいるのは実の父親だろう?」
実の父親……?
言われてみると、確かに、倒れている男と目の前の少年は似ている気がする。
事実だとすると、実の父親に殺されかけて、抗った末に殺したことになっちゃうのかな?
それはちょっと心に来るね。
「……父親であることは間違いない。そうだな、ここまでの経緯を話すと少し長くなるが、いいか?」
黒髪の少年は、あっさり事実を認めた。
「もちろん」
「助かる。ここまでの経緯はな……」
※ ※ ※ ※ ※
黒髪の少年が語っていた時、私はある可能性のことを考えていた。
私があの時、迷わずに駆けつけていたら、目の前の少年は父親を殺めずに済んでいたのではないか。
私が、もしも大人と戦う強さがあったら――違う。
あの時の私は、勇気が出なかっただけだ、立ち向かう勇気がなかった。
私に必要なのは、立ち向かう勇気、ただそれだけだった。
立ち向かっていれば、結果は違っていたかもしれない。
私があの少年と共に立ち向かう選択を取っていれば――でも、それはもう過ぎたこと、過ぎちゃったこと、取れなかった選択を悔いても仕方がない。
今は、目の前の少年とどう向き合うかが大事だ。
「そうか……君は、勇敢に、己の敵と戦ったんだね」
「誇っていい。君は、勇気を振り絞って戦ったんだ。簡単にできることじゃない。」
お兄ちゃんはそんな言葉を口にした。
この黒髪の少年は私と違って、戦ったんだ。勇気を持って。
「君自身は、そう思えないかもしれないが、僕は、そう思ったよ。」
一瞬だけど、お兄ちゃんが辛そうな表情をしているように見えた。
気のせいかな?
気のせいじゃないとしたら、まだお兄ちゃんはあのことを気にしているのかな?
お兄ちゃんは、全く悪くないというのに。
「それは、違うよ。あの時、俺は今までの人生の鬱憤を、あいつに吐き出しただけだ。ただの八つ当たりだ。そんな大層なものじゃない」
辛そうな表情で、お兄ちゃんの言葉を否定した。
自分が行った行為を許せないといった雰囲気だった。
私には、自分が許せないから、お兄ちゃんが咎めてくれないから、自分自身の言葉で、自分を咎めているように見えた。
「納得するのは、本当に難しいと思うよ。でもね、そう自分を追い込みすぎるといいことなんて一つもないんだ」
そうだね。
自分を追い込んでも、傷つけてもいいことなんて何もない。
そんなことをしても、状況は良くなるどころか、悪くなる一方だ。
そんな行為、見ている側も、している側も辛いに決まっている。
「だからっ……ちげぇんだって!確かに、殺されそうになった!それでも、立ち止まれる、踏みとどまれる、タイミングなんていくらでもあった!あったんだよっ……」
黒髪の少年は、罰を求めているような表情で己の葛藤を口にした。
「……」
「てめぇに、てめぇなんかに、何が分かるんだよ!いきなり現れて誇っていいだと?ふざけるんじゃねぇ、ふざるんじゃねぇぞ!いいわけないだろ!人を、親を、殺したんだぞ!いいわけが……ないだろ」
いいわけがない、それはそうだ。
実の親を殺しているだ。
簡単に自分を許せるわけがない。
「……そうだね。いきなり現れて、偉そうなことを言ったのは認めるよ。でも、これ以上自分を傷つけるのは、やめよう」
「自分を……傷つける?」
「そうだよ。僕には、そういう風にしか見えない」
私も、お兄ちゃんと同じ意見で自分を傷つけている、咎めているようにしか見えない。
「俺は、事実を言っているだけだ」
事実を言っている、それは確かなことだ。
でも、時には事実が自分を傷つけることがある。
その傷が短期で治ればいいが、一生になりかねない。
最悪の場合、一生その傷を見ることになる。それは、とても残酷なことだ。
「君は、強いんだね。事実を、事実として認めることができる。でも、時にはね、事実から逃げてもいいんだよ」
「逃げていいわけが――」
「君は、納得しないだろうけど、もう一回言うよ。誇っていい、君は、勇敢に、己の敵と戦ったんだ。君は、勇気のある人間だ」
ちょうど日差しが張り込んできて、お兄ちゃんが輝いて見えた。
やっぱ、私のお兄ちゃんはかっこいいね。




