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その異世界転生は、美しき夢の続き  作者: 水色蛍
episode4 - 2 years later -
64/66

LOG_0064:最高傑作

「起動せよ、我が愛すべき『虚無ヴォイド』の子供たち!」


 レオンが指揮棒のようにナイフを振り上げると、部屋の中央に転がっていた「残骸」たちが、不協和音を奏でて起き上がった。


 それは、以前星奈が遭遇した騎士とは似て非なるものだった。

 白銀の装甲はひしゃげ、関節部分からは黒いタールのような泥


 ――実体化した「ノイズ」がドロドロと溢れ出している。


「……ッ、『眼』が!」


 星奈は反射的に解析スキャンを試みたが、視界に走ったのは激しい砂嵐だった。


【警告:データ破損を確認】

【対象:試作型・虚無人形(Null_Object_Proto)】

【Level:測定不能(NaN)】

【状態:致命的エラー(Fatal_Error)】


(レベルが……測定不能(NaN)!? 数値として定義すらされていないの!?)


「おいおい、こいつら見てくれはボロボロだが……ヤバいぞ!」


 ヴィンセントが叫ぶと同時に、一体の試作機が腕を振り回した。

 その泥にまみれた拳が、近くにあった鋼鉄の作業台にかすった瞬間――。


 ガギョンッ! という衝撃音はしなかった。


 作業台の角が、音もなく「抉り取られ」ていたのだ。

 まるで、そこにあった空間そのものを消しゴムで消したかのように。


「……触れた空間を、ランダムにデリートしている!?」


 星奈が戦慄する。

 あの黒い泥は、触れた物質の座標データを強制的に「無」へと書き換える猛毒だ。


(上層で出会った、あの騎士と同じ……)


「チッ、触れれば即死かよ! 面倒な!」


 ヴィンセントは舌打ちし、短銃を連射する。

 乾いた銃声が響き、魔力を込めた弾丸が試作機の頭部を貫く。

 だが、泥が即座に穴を塞ぎ、何事もなかったかのように動き続けた。


「物理攻撃が効かねえ! すり抜けやがる!」


「くっ……!」


 迫り来る三体の試作機。再生する泥の体と、触れれば終わりの即死攻撃。

 ヴィンセントが回避に専念せざるを得ず、ジリジリと壁際に追い詰められていく。

 レオンの高笑いが響く中、星奈は冷静に『神の眼』のピントを絞った。


(落ち着いて……。どんなバグにも、必ず原因がある。彼らの構造を物理ハード論理ソフトに分けて観測して……!)


 視界のノイズをフィルタリングする。

 泥の奥底に輝く、歪な「コア」の所在。

 そして、それを守る物理的な骨格の構造。


「……見えた!」


 星奈は叫んだ。


「ヴィンセントさん! 奴らの外殻シェルは物理、でも中身カーネルは異界のコードです! 物理攻撃でその泥の装甲を剥がしてください! 私が直接、中の『記述』を破壊します!」


 その指示に、ヴィンセントの口元が獰猛に歪んだ。


「なるほどな……! 面倒な分別作業だが、やるしかねえか!」


 彼は短銃をホルスターに戻すと、左手の魔導ナックルを最大出力で唸らせた。

 青白い魔力の光が、蒸気のように噴き出す。


「了解だ、救世主様! 俺がこいつらの身体をブッ壊す! アンタはその魂を焼き切れッ!」


「ええ、行きます!」


 ヴィンセントが弾丸のように飛び出した。 試作機が泥の腕を振り下ろす。

 その「消失」の一撃を、彼は紙一重で――鼻先数センチで見切り、懐へと潜り込んだ。


「オラァッ!!」


 重機が地盤を叩くような音が響き、魔導ナックルの一撃が、試作機のボディを粉砕する。

 物理的な衝撃波が泥を弾き飛ばし、その奥にある赤黒く発光する「核」が露出した。


「今だッ!」


「――『強制終了』!!」


 星奈は白磁の剣を閃かせ、露出した核へと突き立てた。

 剣先から、彼女自身が構築した「修正パッチ」としてのデータが流し込まれる。


『ギャガガガガガッ……!!』


 試作機は断末魔のようなノイズを上げ、次の瞬間、ポリゴンの欠片となって空気に溶け、消滅した。

 残り二体。

 ヴィンセントが動きを止めずに次々と装甲を砕き、星奈がその背後から正確無比に核を突く。

 論理と暴力。二人が魅せる、完璧な連携だった。


「……馬鹿な。僕の可愛い子供たちが……」


 最後の試作機が消滅した時、レオンの顔から余裕が消え失せていた。

 彼は血走った目で星奈を睨みつけ、ギリギリと歯ぎしりをする。


「許さない……よくも、よくも僕の研究成果を! だが、これならどうだ!?」


 レオンが狂ったように操作盤を叩く。

 部屋の最奥、厳重にロックされていたカプセルが開放された。溢れ出る冷気。

 そして、試作機とは比較にならないほどの「完成された殺意」が、その場を支配する。


 ズゥゥン……。


 重厚な足音と共に現れたのは、殺人事件の実行犯となった個体

 ――「顔のない騎士ヴォイド・ナイト」の完成体だった。


 泥のような不安定さは微塵もない。

 漆黒の流体金属で構成されたボディは洗練され、手には身の丈ほどある大剣を携えている。


 星奈はゴクリと喉を鳴らし、震える視界でそのステータスを読み取った。


【対象:虚無の騎士・完成体(Void_Knight_Release_Ver)】

【Level:65(Over_Flow)】

【状態:安定稼働(Stable)】


(……レベル、65……! レオンの技術力は一体)


「さあ、見せてくれ! この美しい『虚無』が、救世主という名のバグを飲み込む瞬間を!」


 レオンの絶叫と共に、黒い騎士が直剣を構え、音速の踏み込みで二人に肉薄した。

 空気を切り裂く金属音が、密閉された研究室に反響する。

 ヴィンセントの左腕、魔導ナックルと、漆黒の騎士が振るう直剣が激突し、青白い火花を散らしていた。


「……くっ、重てぇッ!」


 ヴィンセントが歯を食いしばる。

 彼のナックルは、裏ルートで入手した希少金属と、過剰なまでの魔力ブースターを搭載した、違法改造ギリギリの特注品だ。


 並の鋼鉄ならバターのように粉砕する破壊力を持つが、目の前の騎士の剣は、その衝撃を完全に吸収し、微動だにしない。


「機械仕掛けのくせに、随分と上等な剣技じゃねえか……!」


 騎士の動きには、一切の無駄がなかった。

 呼吸も、予備動作も、殺気すらない。

 ただ入力されたプログラム通りに、最短かつ最速で標的の首を刈り取りに来る。


 騎士団の様に未知な獣を想定した訓練を経ていない、ヴィンセントのような対人戦闘のスペシャリストにとって、これほど戦いにくい相手はいない。


「読み」が通用しないのだ。

 ヴィンセントは咆哮と共にナックルを押し込むが、騎士は音もなく剣を滑らせ、受け流す。 バランスを崩したヴィンセントの脇腹へ漆黒の蹴りが突き刺さる。


「がはっ……!」


 彼はボールのように吹き飛ばされ、壁の計器類に叩きつけられた。


「ヴィンセントさん!」


 星奈が叫び、白磁の剣を構えて駆け寄ろうとする。

 だが、その視界がグラリと歪んだ。


「……うぐっ!」


 こめかみを、万力で締め上げられるような激痛が襲う。

『神の眼』で完成体の深層コードを解析しようとした瞬間、脳の処理限界を超えた負荷が発生したのだ。


(まただ……。あの路地裏で、ヴィンセントさんが使った幻影を見た時と同じ……いや、それ以上!)


 視界の端に、真っ赤なエラーログが砂嵐のように明滅する。


【警告:システム領域への侵入を検知】

【アクセス拒否:権限不足】

【精神汚染率:上昇中……】


(やはり、この世界の理ではないものを見ようとすると、拒絶してくる……)


 星奈はその場に膝をつき、脂汗を流しながら、霞む視界で黒い騎士を見上げた。

 この激痛の向こう側。

 システムが必死に隠そうとしている「深淵」には、一体何が映るというのか。


「ハハハ! どうした救世主様! その自慢の『眼』も、僕の最高傑作の前では節穴同然か!」

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