LOG_0064:最高傑作
「起動せよ、我が愛すべき『虚無』の子供たち!」
レオンが指揮棒のようにナイフを振り上げると、部屋の中央に転がっていた「残骸」たちが、不協和音を奏でて起き上がった。
それは、以前星奈が遭遇した騎士とは似て非なるものだった。
白銀の装甲はひしゃげ、関節部分からは黒いタールのような泥
――実体化した「ノイズ」がドロドロと溢れ出している。
「……ッ、『眼』が!」
星奈は反射的に解析を試みたが、視界に走ったのは激しい砂嵐だった。
【警告:データ破損を確認】
【対象:試作型・虚無人形(Null_Object_Proto)】
【Level:測定不能(NaN)】
【状態:致命的エラー(Fatal_Error)】
(レベルが……測定不能(NaN)!? 数値として定義すらされていないの!?)
「おいおい、こいつら見てくれはボロボロだが……ヤバいぞ!」
ヴィンセントが叫ぶと同時に、一体の試作機が腕を振り回した。
その泥にまみれた拳が、近くにあった鋼鉄の作業台にかすった瞬間――。
ガギョンッ! という衝撃音はしなかった。
作業台の角が、音もなく「抉り取られ」ていたのだ。
まるで、そこにあった空間そのものを消しゴムで消したかのように。
「……触れた空間を、ランダムにデリートしている!?」
星奈が戦慄する。
あの黒い泥は、触れた物質の座標データを強制的に「無」へと書き換える猛毒だ。
(上層で出会った、あの騎士と同じ……)
「チッ、触れれば即死かよ! 面倒な!」
ヴィンセントは舌打ちし、短銃を連射する。
乾いた銃声が響き、魔力を込めた弾丸が試作機の頭部を貫く。
だが、泥が即座に穴を塞ぎ、何事もなかったかのように動き続けた。
「物理攻撃が効かねえ! すり抜けやがる!」
「くっ……!」
迫り来る三体の試作機。再生する泥の体と、触れれば終わりの即死攻撃。
ヴィンセントが回避に専念せざるを得ず、ジリジリと壁際に追い詰められていく。
レオンの高笑いが響く中、星奈は冷静に『神の眼』のピントを絞った。
(落ち着いて……。どんなバグにも、必ず原因がある。彼らの構造を物理と論理に分けて観測して……!)
視界のノイズをフィルタリングする。
泥の奥底に輝く、歪な「核」の所在。
そして、それを守る物理的な骨格の構造。
「……見えた!」
星奈は叫んだ。
「ヴィンセントさん! 奴らの外殻は物理、でも中身は異界のコードです! 物理攻撃でその泥の装甲を剥がしてください! 私が直接、中の『記述』を破壊します!」
その指示に、ヴィンセントの口元が獰猛に歪んだ。
「なるほどな……! 面倒な分別作業だが、やるしかねえか!」
彼は短銃をホルスターに戻すと、左手の魔導ナックルを最大出力で唸らせた。
青白い魔力の光が、蒸気のように噴き出す。
「了解だ、救世主様! 俺がこいつらの身体をブッ壊す! アンタはその魂を焼き切れッ!」
「ええ、行きます!」
ヴィンセントが弾丸のように飛び出した。 試作機が泥の腕を振り下ろす。
その「消失」の一撃を、彼は紙一重で――鼻先数センチで見切り、懐へと潜り込んだ。
「オラァッ!!」
重機が地盤を叩くような音が響き、魔導ナックルの一撃が、試作機のボディを粉砕する。
物理的な衝撃波が泥を弾き飛ばし、その奥にある赤黒く発光する「核」が露出した。
「今だッ!」
「――『強制終了』!!」
星奈は白磁の剣を閃かせ、露出した核へと突き立てた。
剣先から、彼女自身が構築した「修正パッチ」としてのデータが流し込まれる。
『ギャガガガガガッ……!!』
試作機は断末魔のようなノイズを上げ、次の瞬間、ポリゴンの欠片となって空気に溶け、消滅した。
残り二体。
ヴィンセントが動きを止めずに次々と装甲を砕き、星奈がその背後から正確無比に核を突く。
論理と暴力。二人が魅せる、完璧な連携だった。
「……馬鹿な。僕の可愛い子供たちが……」
最後の試作機が消滅した時、レオンの顔から余裕が消え失せていた。
彼は血走った目で星奈を睨みつけ、ギリギリと歯ぎしりをする。
「許さない……よくも、よくも僕の研究成果を! だが、これならどうだ!?」
レオンが狂ったように操作盤を叩く。
部屋の最奥、厳重にロックされていたカプセルが開放された。溢れ出る冷気。
そして、試作機とは比較にならないほどの「完成された殺意」が、その場を支配する。
ズゥゥン……。
重厚な足音と共に現れたのは、殺人事件の実行犯となった個体
――「顔のない騎士」の完成体だった。
泥のような不安定さは微塵もない。
漆黒の流体金属で構成されたボディは洗練され、手には身の丈ほどある大剣を携えている。
星奈はゴクリと喉を鳴らし、震える視界でそのステータスを読み取った。
【対象:虚無の騎士・完成体(Void_Knight_Release_Ver)】
【Level:65(Over_Flow)】
【状態:安定稼働(Stable)】
(……レベル、65……! レオンの技術力は一体)
「さあ、見せてくれ! この美しい『虚無』が、救世主という名のバグを飲み込む瞬間を!」
レオンの絶叫と共に、黒い騎士が直剣を構え、音速の踏み込みで二人に肉薄した。
空気を切り裂く金属音が、密閉された研究室に反響する。
ヴィンセントの左腕、魔導ナックルと、漆黒の騎士が振るう直剣が激突し、青白い火花を散らしていた。
「……くっ、重てぇッ!」
ヴィンセントが歯を食いしばる。
彼のナックルは、裏ルートで入手した希少金属と、過剰なまでの魔力ブースターを搭載した、違法改造ギリギリの特注品だ。
並の鋼鉄ならバターのように粉砕する破壊力を持つが、目の前の騎士の剣は、その衝撃を完全に吸収し、微動だにしない。
「機械仕掛けのくせに、随分と上等な剣技じゃねえか……!」
騎士の動きには、一切の無駄がなかった。
呼吸も、予備動作も、殺気すらない。
ただ入力されたプログラム通りに、最短かつ最速で標的の首を刈り取りに来る。
騎士団の様に未知な獣を想定した訓練を経ていない、ヴィンセントのような対人戦闘のスペシャリストにとって、これほど戦いにくい相手はいない。
「読み」が通用しないのだ。
ヴィンセントは咆哮と共にナックルを押し込むが、騎士は音もなく剣を滑らせ、受け流す。 バランスを崩したヴィンセントの脇腹へ漆黒の蹴りが突き刺さる。
「がはっ……!」
彼はボールのように吹き飛ばされ、壁の計器類に叩きつけられた。
「ヴィンセントさん!」
星奈が叫び、白磁の剣を構えて駆け寄ろうとする。
だが、その視界がグラリと歪んだ。
「……うぐっ!」
こめかみを、万力で締め上げられるような激痛が襲う。
『神の眼』で完成体の深層コードを解析しようとした瞬間、脳の処理限界を超えた負荷が発生したのだ。
(まただ……。あの路地裏で、ヴィンセントさんが使った幻影を見た時と同じ……いや、それ以上!)
視界の端に、真っ赤なエラーログが砂嵐のように明滅する。
【警告:システム領域への侵入を検知】
【アクセス拒否:権限不足】
【精神汚染率:上昇中……】
(やはり、この世界の理ではないものを見ようとすると、拒絶してくる……)
星奈はその場に膝をつき、脂汗を流しながら、霞む視界で黒い騎士を見上げた。
この激痛の向こう側。
システムが必死に隠そうとしている「深淵」には、一体何が映るというのか。
「ハハハ! どうした救世主様! その自慢の『眼』も、僕の最高傑作の前では節穴同然か!」




