LOG_0062:KEEP OUT
「……悪いな、お嬢ちゃん。運が悪かったと思ってくれ」
ヴィンセントの声は、氷のように冷徹だった。
星奈を背に庇うと同時に、彼の右手に握られた短銃の銃口は、正確にメイの眉間を捉えていた。
さらに左手には、隠し持っていた魔導ナックルがどす黒い駆動音を立てて展開され、一撃必殺のスタンバイを完了している。
「ひっ……!?」
メイが息を呑み、抱えていたスパナを取り落としそうになる。
彼女の瞳に映るのは、友人であるステラではなく、明確な殺意を持った「侵入者」としてのヴィンセントの姿だ。
「ヴィンセントさん! やめてッ!!」
星奈はとっさにヴィンセントの腕にしがみついた。
「彼女は敵じゃない! 撃たないで!」
「……離せ、救世主様。こいつはギルドの人間だ。俺たちの顔を見た以上、通報されれば終わりだ。ここで口を封じるのが、一番確実な『処理』だ」
ヴィンセントの瞳に迷いはない。
彼にとって最優先事項は星奈を守り、真実に辿り着くこと。
そのためなら、通りすがりの整備士一人を「始末」することに躊躇はない。
彼は、メイと星奈の間にどれだけの絆があるかを知らないのだ。
「違うの! 彼女はメイ! 私の……私の、大切な友人なの!」
星奈の悲痛な叫びが、蒸気のこもる倉庫に響いた。 そ
の言葉に、ヴィンセントの指がわずかに引き金から浮く。
張り詰めた沈黙。
その静寂を破ったのは、銃口を向けられたメイ自身だった。
「……やっぱり。ステラちゃんなんだね」
震える声。
けれど、そこに恐怖の色はなかった。
メイはヴィンセントの威圧的な視線を真っ向から受け止め、その背後にいる星奈へと真っ直ぐな瞳を向けた。
「メイ、逃げて。私は今……」
「知ってるよ。さっき、全館放送があった。『救世主ステラ、及び協力者一名。重大なエラー個体として手配中』だって」
メイは作業着のポケットから油にまみれた布を取り出し、顔についた煤を拭った。
「みんな大騒ぎしてる。ステラ様が反逆したとか、バグに乗っ取られたとか……。でもさ、あたしは信じてないよ」
「……え?」
「だって、あたしは知ってるもん。一緒にお買い物した時から、上層の任務だって覚えてる。ステラちゃんがどれだけこの街を、みんなを守ろうとしてきたか……その魂の輝きは、あたしが一番よく知ってる」
メイは、まるで壊れた機械を前にした時のように、優しく、けれど確信に満ちた笑みを浮かべた。
「部署が違うから、上で何があったかは知らない。でも、ステラちゃんがそんな問題を起こすわけない。きっとまた、あたしたちには見えない『難しいバグ』を直すために、わざと悪役をやってるんでしょ? ……今までも、そうだったみたいに」
その言葉は、どんな高度な解析結果よりも正確に、星奈の胸の奥を貫いた。
論理でも証拠でもない。
「信頼」という名の不確定なパラメータが、これほどまでに心を震わせるものだとは。
「……っ」
星奈の目頭が熱くなる。
自分は今、システムから否定され、世界から拒絶された存在だと思っていた。
けれど、ここには自分の「記述」を信じてくれる人がいる。
「……チッ。どうやら、ただの目撃者じゃなかったみたいだな」
ヴィンセントはわざとらしく大きな溜息をつくと、短銃を懐に収め、ナックルの魔力供給をカットした。
「……悪かったな、お嬢ちゃん。こいつの連れなら、もっと早く言え」
「もう、いきなり銃向けるなんて野蛮すぎ! ……で、ステラちゃん。ここに来たってことは、何か『修理』が必要なものがあるんでしょ?」
メイは足元のスパナを拾い上げ、頼もしくウィンクしてみせた。
「……ごめんね、メイ。今回はメンテナンスや開発の依頼で来たわけじゃないの」
星奈が申し訳なさそうに告げると、メイはきょとんと目を丸くした。
「えっ? 違うの? じゃあなんでこんな、油と鉄屑しかない工廠区の最深部に? ……ていうか、そもそも正規ルートのゲートは封鎖されてるはずだよ? どうやって入ったの?」
メイの疑問はもっともだった。ここはギルドの心臓部であり、関係者以外立ち入り禁止の聖域だ。 星奈は少し困ったように眉を下げ、ふっと微笑んだ。
「……その種明かしは、今度ゆっくりお酒を飲んだ時に話すね。約束する」
「……むー。ステラちゃんがそう言うなら、しょうがないなぁ」
メイは頬を膨らませたが、それ以上深くは追求しなかった。
彼女にとって、星奈の言葉はどんな認証コードよりも信頼できる「真実」なのだ。 彼女は視線をヴィンセントに移し、首を傾げた。
「で、そっちの怖い顔のおじさんは? ガードマン?」
「……ただの協力者だ。名前を名乗るほどの上等な身分じゃねえよ」
ヴィンセントがぶっきらぼうに遮る。星奈もあえて補足はしなかった。
彼の名前(ID)は今、このギルド内で最も危険なタグが付いているからだ。
「単刀直入に聞くわ、メイ。……《《レオン・ウェインの研究室》》は、ここからどのエリアにあるか知ってる?」
その名前を出した瞬間、メイの表情が少し曇った。
「レオン? ……ああ、あの人なら最近、ずっと奥の『第四実験区画』に篭りっきりだよ。なんか、上層からの極秘プロジェクトを任されたとかで、あたしたちも近づくなーって言われてるんだけど」
「……第四実験区画ね。場所はわかる?」
「うん、わかるけど……。あそこ、今はセキュリティレベルが最高になってて、IDカードがないと入れないよ?」
「構わない。場所さえわかれば、あとは何とかするわ」
「……そっか。わかった、案内するよ!」
メイがスパナを担ぎ直して歩き出そうとした瞬間、ヴィンセントが鋭く声をかけた。
「待て」
「へ? なに、おじさん」
「そのままで行く気か? 救世主様のその真っ白な鎧は、ここではターゲットマーカー同然だ。……『基盤の修復局』の制服か、汚れた作業服はあるか? できるだけ顔も隠せるやつだ」
ヴィンセントの指摘に、メイはポンと手を叩いた。
「あ、そっか! さすがにその格好じゃバレバレだもんね。……わかった、あたしの予備と、大柄な先輩のツナギを持ってくる! そこで待ってて!」
メイは脱兎のごとく、資材の山の向こうへと駆けていった。
周囲に再び、重苦しい機械の駆動音と蒸気の音が戻ってくる。
二人は巨大なコンテナの影に身を隠し、息を潜めた。
「……へえ。救世主様にも、あんな『友達』がいるんだな」
不意に、ヴィンセントがポツリと呟いた。 星奈は少しムッとして、彼を見上げた。
「……どういう意味ですか? 確かに私には、あの子みたいな愛嬌とか、可愛げとかはありませんけど」
前世からのコンプレックス――「冷めている」「可愛げがない」という評価が、ふと頭をよぎる。 だが、ヴィンセントは首を横に振った。
「そうじゃない。……あんたがこの街に降臨して確か三年とかだろ? たったそれだけの期間で、あっという間にギルド内でも信頼や仲間を増やしていることに、感心したんだよ」
ヴィンセントは、メイが消えた方向を顎でしゃくった。
「それに、あんたは今や『総監』だ。雲の上の存在になっちまったはずなのに、ああやって変わらず接してくれる友達もいる。……あいつはあんたの『役職』じゃなく、あんた自身を見てる。大事にしなよ」
その言葉は、星奈の胸に温かく響いた。 システム上の数値ではなく、人間関係の機微を読み解くヴィンセントだからこそ言える、不器用な称賛だった。
「……ありがとうございます。ヴィンセントさん」
星奈は素直に礼を言い、ふと気になって問いかけた。
「ヴィンセントさんには……いないんですか? そういう、心許せる『友』とか」
彼ほどの腕利きなら、かつては多くの仲間がいたはずだ。 だが、ヴィンセントの表情から、ふっと温度が消えた。彼は暗い天井を見上げ、独り言のように呟いた。
「……みんな、死んだよ」
「……えっ」
星奈は言葉を失った。 その短すぎる一言には、彼が背負ってきた「過去」の重さと、彼がなぜ今「システムの外側」で孤独に戦っているのか、その理由の全てが詰まっているような気がした。
数分後、資材の陰から現れた星奈は、慣れない手つきで作業服の襟元を正していた。
「……どう? 変じゃない?」
幸いか軽量化を重ねた鎧の上から着たそれは決して「不恰好」な姿を見せない。
星奈が少し恥ずかしそうに問うと、ヴィンセントは一瞬だけ目を丸くし、すぐに視線を逸らした。
「……十分だ。少なくとも、遠目にはただの美人な整備士にしか見えねえよ」
「へへっ、ステラちゃんは何着ても似合うね! あたしより整備士に向いてるかも!」
メイは自分のダボダボのツナギを揺らしながら、親指を立ててみせた。
「さあ、ここからは『基盤の修復局』の特別点検チームってことで堂々と行くよ! 背中丸めてコソコソしてたら、逆に見つかっちゃうからね!」
メイの言葉通り、三人は胸を張ってメインストリートへと躍り出た。 巨大な歯車が噛み合う轟音、パイプから噴き出す白煙。
行き交う整備士たちは皆、それぞれのタスク(記述の維持)に追われており、誰も一行に目を留めようとはしない。
星奈はキャップを目深に被り、手元の偽装用タブレットを操作するフリをしながら、メイの背中を追った。
「次の交差点を右。そこから先が『第四実験区画』へのセキュリティ・ゲートがあるわ」
メイの案内は完璧だった。
複雑な迷路のような通路を抜け、監視カメラの死角を縫うように進む。
時折すれ違う自律警邏球も、メイがさりげなく発する識別信号(IDタグ)によって、「味方」としてスルーされていく。
やがて、周囲の騒音がふっと遠ざかり、空気が冷たく張り詰めたエリアへと辿り着いた。
そこには、「立入禁止(KEEP OUT)」の警告ホログラムが浮かぶ、重厚な隔壁がそびえ立っていた。
「……ここが、第四実験区画」
星奈が見上げると、メイが緊張した面持ちで頷いた。
「うん。この奥が、レオンが今使っている研究室。……ここから先は、あたしの権限じゃ開けられない。でも、ステラちゃんの『眼』なら……」
「ええ。任せて」
星奈はツナギのポケットから、先ほどルディの店で解析した「管理者権限のバイパスコード」を取り出し、自身の『神の眼』とリンクさせた。 網膜に浮かぶ複雑なロック機構。
だが、今の彼女にはその解除キー(論理パズル)の答えが見えている。
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