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その異世界転生は、美しき夢の続き  作者: 水色蛍
episode4 - 2 years later -
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LOG_0062:KEEP OUT

「……悪いな、お嬢ちゃん。運が悪かったと思ってくれ」


 ヴィンセントの声は、氷のように冷徹だった。

 星奈を背に庇うと同時に、彼の右手に握られた短銃の銃口は、正確にメイの眉間を捉えていた。

 さらに左手には、隠し持っていた魔導ナックルがどす黒い駆動音を立てて展開され、一撃必殺のスタンバイを完了している。


「ひっ……!?」


 メイが息を呑み、抱えていたスパナを取り落としそうになる。

 彼女の瞳に映るのは、友人であるステラではなく、明確な殺意を持った「侵入者」としてのヴィンセントの姿だ。


「ヴィンセントさん! やめてッ!!」


 星奈はとっさにヴィンセントの腕にしがみついた。


「彼女は敵じゃない! 撃たないで!」


「……離せ、救世主様。こいつはギルドの人間だ。俺たちの顔を見た以上、通報されれば終わりだ。ここで口を封じるのが、一番確実な『処理』だ」


 ヴィンセントの瞳に迷いはない。

 彼にとって最優先事項は星奈を守り、真実に辿り着くこと。

 そのためなら、通りすがりの整備士一人を「始末」することに躊躇はない。

 彼は、メイと星奈の間にどれだけの絆があるかを知らないのだ。


「違うの! 彼女はメイ! 私の……私の、大切な友人なの!」


 星奈の悲痛な叫びが、蒸気のこもる倉庫に響いた。 そ

 の言葉に、ヴィンセントの指がわずかに引き金から浮く。


 張り詰めた沈黙。


 その静寂を破ったのは、銃口を向けられたメイ自身だった。


「……やっぱり。ステラちゃんなんだね」


 震える声。

 けれど、そこに恐怖の色はなかった。

 メイはヴィンセントの威圧的な視線を真っ向から受け止め、その背後にいる星奈へと真っ直ぐな瞳を向けた。


「メイ、逃げて。私は今……」


「知ってるよ。さっき、全館放送があった。『救世主ステラ、及び協力者一名。重大なエラー個体として手配中』だって」


 メイは作業着のポケットから油にまみれた布を取り出し、顔についた煤を拭った。


「みんな大騒ぎしてる。ステラ様が反逆したとか、バグに乗っ取られたとか……。でもさ、あたしは信じてないよ」


「……え?」


「だって、あたしは知ってるもん。一緒にお買い物した時から、上層の任務だって覚えてる。ステラちゃんがどれだけこの街を、みんなを守ろうとしてきたか……その魂の輝きは、あたしが一番よく知ってる」


 メイは、まるで壊れた機械を前にした時のように、優しく、けれど確信に満ちた笑みを浮かべた。


「部署が違うから、上で何があったかは知らない。でも、ステラちゃんがそんな問題を起こすわけない。きっとまた、あたしたちには見えない『難しいバグ』を直すために、わざと悪役をやってるんでしょ?  ……今までも、そうだったみたいに」


 その言葉は、どんな高度な解析結果よりも正確に、星奈の胸の奥を貫いた。

 論理でも証拠でもない。

「信頼」という名の不確定なパラメータが、これほどまでに心を震わせるものだとは。


「……っ」


 星奈の目頭が熱くなる。


 自分は今、システムから否定され、世界から拒絶された存在だと思っていた。

 けれど、ここには自分の「記述」を信じてくれる人がいる。


「……チッ。どうやら、ただの目撃者じゃなかったみたいだな」


 ヴィンセントはわざとらしく大きな溜息をつくと、短銃を懐に収め、ナックルの魔力供給をカットした。


「……悪かったな、お嬢ちゃん。こいつの連れなら、もっと早く言え」


「もう、いきなり銃向けるなんて野蛮すぎ! ……で、ステラちゃん。ここに来たってことは、何か『修理』が必要なものがあるんでしょ?」


 メイは足元のスパナを拾い上げ、頼もしくウィンクしてみせた。


「……ごめんね、メイ。今回はメンテナンスや開発の依頼で来たわけじゃないの」


 星奈が申し訳なさそうに告げると、メイはきょとんと目を丸くした。


「えっ? 違うの? じゃあなんでこんな、油と鉄屑しかない工廠区の最深部に?  ……ていうか、そもそも正規ルートのゲートは封鎖されてるはずだよ? どうやって入ったの?」


 メイの疑問はもっともだった。ここはギルドの心臓部であり、関係者以外立ち入り禁止の聖域だ。 星奈は少し困ったように眉を下げ、ふっと微笑んだ。


「……その種明かしは、今度ゆっくりお酒を飲んだ時に話すね。約束する」


「……むー。ステラちゃんがそう言うなら、しょうがないなぁ」


 メイは頬を膨らませたが、それ以上深くは追求しなかった。

 彼女にとって、星奈の言葉はどんな認証コードよりも信頼できる「真実」なのだ。 彼女は視線をヴィンセントに移し、首を傾げた。


「で、そっちの怖い顔のおじさんは? ガードマン?」


「……ただの協力者だ。名前を名乗るほどの上等な身分じゃねえよ」


 ヴィンセントがぶっきらぼうに遮る。星奈もあえて補足はしなかった。

 彼の名前(ID)は今、このギルド内で最も危険なタグが付いているからだ。


「単刀直入に聞くわ、メイ。……《《レオン・ウェインの研究室》》は、ここからどのエリアにあるか知ってる?」


 その名前を出した瞬間、メイの表情が少し曇った。


「レオン? ……ああ、あの人なら最近、ずっと奥の『第四実験区画』に篭りっきりだよ。なんか、上層からの極秘プロジェクトを任されたとかで、あたしたちも近づくなーって言われてるんだけど」


「……第四実験区画ね。場所はわかる?」


「うん、わかるけど……。あそこ、今はセキュリティレベルが最高になってて、IDカードがないと入れないよ?」


「構わない。場所さえわかれば、あとは何とかするわ」


「……そっか。わかった、案内するよ!」


 メイがスパナを担ぎ直して歩き出そうとした瞬間、ヴィンセントが鋭く声をかけた。


「待て」


「へ? なに、おじさん」


「そのままで行く気か? 救世主様のその真っ白な鎧は、ここではターゲットマーカー同然だ。……『基盤の修復局システム・メンテナー』の制服か、汚れた作業服はあるか? できるだけ顔も隠せるやつだ」


 ヴィンセントの指摘に、メイはポンと手を叩いた。


「あ、そっか! さすがにその格好じゃバレバレだもんね。……わかった、あたしの予備と、大柄な先輩のツナギを持ってくる! そこで待ってて!」


 メイは脱兎のごとく、資材の山の向こうへと駆けていった。


 周囲に再び、重苦しい機械の駆動音と蒸気の音が戻ってくる。

 二人は巨大なコンテナの影に身を隠し、息を潜めた。


「……へえ。救世主様にも、あんな『友達』がいるんだな」


 不意に、ヴィンセントがポツリと呟いた。 星奈は少しムッとして、彼を見上げた。


「……どういう意味ですか? 確かに私には、あの子みたいな愛嬌とか、可愛げとかはありませんけど」


 前世からのコンプレックス――「冷めている」「可愛げがない」という評価が、ふと頭をよぎる。 だが、ヴィンセントは首を横に振った。


「そうじゃない。……あんたがこの街に降臨して確か三年とかだろ? たったそれだけの期間で、あっという間にギルド内でも信頼や仲間を増やしていることに、感心したんだよ」


 ヴィンセントは、メイが消えた方向を顎でしゃくった。


「それに、あんたは今や『総監』だ。雲の上の存在になっちまったはずなのに、ああやって変わらず接してくれる友達もいる。……あいつはあんたの『役職』じゃなく、あんた自身を見てる。大事にしなよ」


 その言葉は、星奈の胸に温かく響いた。 システム上の数値ではなく、人間関係の機微を読み解くヴィンセントだからこそ言える、不器用な称賛だった。


「……ありがとうございます。ヴィンセントさん」


 星奈は素直に礼を言い、ふと気になって問いかけた。


「ヴィンセントさんには……いないんですか? そういう、心許せる『友』とか」


 彼ほどの腕利きなら、かつては多くの仲間がいたはずだ。 だが、ヴィンセントの表情から、ふっと温度が消えた。彼は暗い天井を見上げ、独り言のように呟いた。


「……みんな、死んだよ」


「……えっ」


 星奈は言葉を失った。 その短すぎる一言には、彼が背負ってきた「過去」の重さと、彼がなぜ今「システムの外側」で孤独に戦っているのか、その理由の全てが詰まっているような気がした。


 数分後、資材の陰から現れた星奈は、慣れない手つきで作業服ツナギの襟元を正していた。


「……どう? 変じゃない?」


 幸いか軽量化を重ねた鎧の上から着たそれは決して「不恰好」な姿を見せない。

 星奈が少し恥ずかしそうに問うと、ヴィンセントは一瞬だけ目を丸くし、すぐに視線を逸らした。


「……十分だ。少なくとも、遠目にはただの美人な整備士にしか見えねえよ」


「へへっ、ステラちゃんは何着ても似合うね! あたしより整備士に向いてるかも!」


 メイは自分のダボダボのツナギを揺らしながら、親指を立ててみせた。


「さあ、ここからは『基盤の修復局』の特別点検チームってことで堂々と行くよ! 背中丸めてコソコソしてたら、逆に見つかっちゃうからね!」


 メイの言葉通り、三人は胸を張ってメインストリートへと躍り出た。 巨大な歯車が噛み合う轟音、パイプから噴き出す白煙。

 行き交う整備士たちは皆、それぞれのタスク(記述の維持)に追われており、誰も一行に目を留めようとはしない。

 星奈はキャップを目深に被り、手元の偽装用タブレットを操作するフリをしながら、メイの背中を追った。


「次の交差点を右。そこから先が『第四実験区画』へのセキュリティ・ゲートがあるわ」


 メイの案内は完璧だった。

 複雑な迷路のような通路を抜け、監視カメラの死角を縫うように進む。

 時折すれ違う自律警邏球センチネル・オーブも、メイがさりげなく発する識別信号(IDタグ)によって、「味方」としてスルーされていく。


 やがて、周囲の騒音がふっと遠ざかり、空気が冷たく張り詰めたエリアへと辿り着いた。


 そこには、「立入禁止(KEEP OUT)」の警告ホログラムが浮かぶ、重厚な隔壁がそびえ立っていた。


「……ここが、第四実験区画」


 星奈が見上げると、メイが緊張した面持ちで頷いた。


「うん。この奥が、レオンが今使っている研究室ラボ。……ここから先は、あたしの権限じゃ開けられない。でも、ステラちゃんの『眼』なら……」


「ええ。任せて」


 星奈はツナギのポケットから、先ほどルディの店で解析した「管理者権限のバイパスコード」を取り出し、自身の『神の眼』とリンクさせた。 網膜に浮かぶ複雑なロック機構。

 だが、今の彼女にはその解除キー(論理パズル)の答えが見えている。


【セキュリティ・ロック解除……認証、承認】

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