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その異世界転生は、美しき夢の続き  作者: 水色蛍
episode4 - 2 years later -
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LOG_0061:潜入

「……本気なんですか? ヴィンセントさん」


 星奈は、目の前に積まれた薄汚れたコンテナを見上げ、呆然と呟いた。


 そこはルディの店の裏手に広がる、非正規の搬入口だった。


 どこから回収してきたのかも不明な、錆びついた魔導パイプや、規格外の燃料タンクが無造作に積み上げられている。


「ああ、本気だ。工廠区への直通便はこいつしかねえ」


 ヴィンセントは、作業着に着替えたルディが荷車に防水シートを被せるのを手伝いながら、平然と答えた。


「ギルドの『工廠区』は、常に慢性的な資材不足だ。下層からの正規ルートじゃ、申請から納品まで平気で二週間はかかる。だが、現場の機械は二週間も待っちゃくれねえ。壊れたらその場で直す、燃料が切れたらその場で足す。……そうしなきゃ、この街のインフラは一日たりとも持たねえんだよ」


「だからって、こんな非正規の……しかも出処の怪しいジャンクパーツを使っているなんて。私は総監として、そんな報告一度も受けていません」


 星奈の言葉に、ヴィンセントは手を止め、油にまみれた手袋を脱ぎながら振り返った。


「そりゃそうだろうな。正規の報告書に『スラムからゴミを買いました』なんて書けるわけがねえ。基盤の修復局システム・メンテナーでは皆んなあからさまではなければ黙認している。現場の連中はな、みんな自腹切って、リスク背負って、必死に帳尻合わせてるんだよ。……あんたが座ってる綺麗な机の下には、こういう泥臭い土台があるってことだ」


 星奈は言葉を詰まらせた。

 頭では理解していたつもりだった。「記述ログ」には表れないノイズや例外処理があることを。

 だが、それをシステムの一部として黙認し、利用している現場の現実を突きつけられると、自身の管理能力の至らなさを痛感せざるを得ない。


「……私の目は、まだまだ節穴だったみたいですね」


「そう卑下するな。あんたは上を見てりゃいい。下を見るのは、俺みたいな汚れ役の仕事だ」


 ヴィンセントはニカっと笑うと、コンテナの一つを指差した。


「さあ、乗った乗った。ここから先は『検問』の連続だ。救世主様のその目立つ鎧も、しばらくはシートの下に隠してもらうぜ」


「……分かりました。案内してください、その『土台』のさらに奥へ」


「その綺麗な脚も汚れちまうが割り切ってくれ」


「気にしたことありませんので」


 星奈は覚悟を決め、白磁の身体を折り曲げるようにして、薄暗いコンテナの隙間へと身を潜めた。鼻を突く鉄錆と油の匂い。

 それは、彼女がこれまで知ることのなかった、この世界を動かす「摩擦熱」の匂いだった。


 ルディが御者台に座り、魔導エンジンのスイッチを入れる。ガタガタという不快な振動と共に、荷車はゆっくりと動き出した。

 目指すは、ギルド本部の地下深層。

 華やかなエリュマントスを支える、熱と騒音の迷宮「工廠区」だ。


 ガタゴトと、車輪が不揃いな石畳を叩く音が、暗闇の中で反響している。

 防水シートの下は蒸し風呂のような熱気と、鉄錆の匂いが充満していた。

 星奈は膝を抱え、隣で同じように身を潜めるヴィンセントと肩を触れ合わせながら、息を殺していた。


 やがて、荷車の速度が落ち、周囲の空気がピリついたものに変わった。


「……止まれ。検問だ」


 シートの外から聞こえてきたのは、冷たく事務的な騎士団の声だった。

 ここがスラムと工廠区を隔てる、物理的かつシステム的な境界線ゲートだ。


「へへっ、ご苦労様です、旦那。今日はいつになく厳重ですねえ」


 ルディの軽薄な声が響く。だが、相手の反応は硬い。


「当然だ。昨夜、中層で『大規模なシステム障害』が発生した。ギルド本部からの通達で、出入りする全ての物資の検閲が義務付けられている」


 ザッ、ザッ、と複数の足音が荷車を取り囲む気配がする。

 星奈の心臓が早鐘を打つ。騎士団の鎧が擦れる金属音。

 それは、かつては自分と共に危険に立ち向かった頼もしい音だったが、今は死刑執行人の足音のように聞こえた。


「おい、今日は随分と荷が多いな。中身を改めさせろ」


「えっ? い、いやいや旦那! こいつはただのスクラップでさぁ。開けたら最後、有毒な魔力ガスが出ちまうかもしれねえし、何より――」


「問答無用だ。開けろ」


 シャキン、と剣の抜かれる音が響く。

 ルディの声が裏返る。

 これ以上の抵抗は怪しまれるだけだ。


 ヴィンセントが、隣で音もなく短銃の撃鉄を起こした。


「……やるしかねえか」


 彼の声は、隣にいる星奈にしか聞こえないほどの囁きだった。


(ダメ。ここで戦闘になったら、ルディさんも巻き添えになる。……やるしかない、今の私なら!)


 星奈はヴィンセントの腕を制止するように強く握ると、目を閉じて意識を極限まで集中させた。

 三年という月日とレベルが上がったことで、『神の眼』の出力クロックは以前よりも遥かに向上している。

 だが、システムそのものに物理的な干渉を行うこの力は、脳への負荷が桁違いだ。以前、下層での戦闘で使用した際は、数秒で意識を失いかけた。


(……お願い、私の脳。あと数秒だけ耐えて!)


 星奈はカッと目を見開き、シートの繊維ごしに、検問ゲートの魔導制御装置を直視した。

 視界が真っ赤な警告色に染まる。


【対象:検問ゲート・セキュリティシステム】

【解析開始……干渉ハッキングコード生成……実行】


 星奈の脳髄を、焼きごてを押し当てられたような激痛が貫いた。


「……うぐっ……!」


 彼女は声にならない悲鳴を上げ、両手で頭を抑え込んだ。


 その直後。 検問所の警報装置が、けたたましい誤作動のアラームを鳴り響かせた。


『――警告! 警告! 第四ゲート、魔力反応の異常数値を検知! 爆発の危険あり! 直ちに退避せよ!』


 ゲートの魔導灯が激しく明滅し、制御盤から火花が散る。 騎士たちは突然の事態にパニックに陥った。


「な、なんだ!? 襲撃か!?」

「違う、魔力炉の暴走だ! 全員下がれ! 巻き込まれるぞ!」


「……へっ、ツイてやがる!」


 ルディはその隙を見逃さなかった。

 彼は御者台でニヤリと笑うと、手綱を思い切り引いた。


「どけえぇッ! 暴走する前に突っ切るぞ!!」


 混乱する騎士たちの脇をすり抜け、荷車はゲートの向こう側へと強引に躍り出た。 シートの中で、星奈は激しい頭痛と吐き気に耐えながら、ヴィンセントの肩にもたれかかるようにして荒い息を吐いた。


「……ここでお別れだ。ルディ、助かったぜ」


 工廠区の薄暗い搬入ドック。

 人気のない資材置き場の影で、荷車から降り立ったヴィンセントは、懐から取り出した革袋をルディに放り投げた。ずしりとした重みが、その中身の価値を物語っている。


「へっ、毎度あり。……あんたらも気をつけてな。この先は、俺みたいなネズミでも迷う迷宮だ」


 ルディはニヤリと笑い、金袋を懐にしまうと、空になった荷車と共に闇の中へと消えていった。


「……編纂局の人間が、裏金とはね」


 星奈は乱れた呼吸を整えながら、呆れたように呟く。

 ヴィンセントは肩をすくめ、悪びれもせずに答えた。


「ケチをつけるな。それに、こうする以外に手はなかったろ? 正規の手続き踏んでたら、今頃。救世主様とはいえ俺たちは地下牢の中だ」


「……それは、否定できませんけど」


 星奈はふらつく足元を隠すように、近くの資材コンテナに手を着いた。 先ほどの強制ハッキングの反動が、まだ脳の芯に鈍い痛みを残している。

 視界の端には、ノイズのような砂嵐が時折ちらついていた。


「おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」


 ヴィンセントが心配そうに覗き込むが、星奈は気丈に首を振った。


「平気です。……少し、ラグがあるだけ。すぐに最適化されます」


「……無理はするなよ。で、そのホシがいる場所は分かるんだよな?」


「はい。……ただ、いつもは中央リフトを降りて正面から入っていたので。裏口からのルートだと、座標の照合に少し時間がかかります」


「それに、誰かに見つかると面倒だもんなあ。特に、顔なじみには」


「ええ。……慎重に行きましょう」


 星奈は再び『神の眼』を起動した。

 出力を最低限に抑え、周囲の熱源と構造データだけをスキャンする。

 資材が乱雑に積み重なった倉庫エリア。

 天井付近を這う巨大なパイプからは蒸気が漏れ出し、視界を白く濁らせている。


(……反応なし。クリア。……右前方、微弱な魔力反応。これは……自動運搬機ね)


 痛みをこらえながら、星奈は迷路のような通路を先導する。

 ヴィンセントも銃を構え、背後を警戒しながら続く。


 だが、星奈の計算には、一つだけ誤算があった。 脳への過負荷が、彼女の誇る探知精度の「死角」を生んでいたのだ。


 積み上げられた魔導エンジンの影から、不意に声がかけられた。


「……あれ? もしかして……ステラちゃん?」


 心臓が跳ね上がる。 星奈がバッと振り返ると、そこには油にまみれた作業着を着て、巨大なスパナを抱えた少女が立っていた。


「……メイ?」


 基盤の修復局、上級整備士マイスター・メイ・ベルシュタイン。

 若くして現場を束ねる熟練の職人となっていた彼女が、そこにいた。

 今の星奈にとって、最も会ってはいけない「友人」の一人だ。


「嘘……なんでこんな所に? ていうか、その格好……泥だらけじゃない!」


 メイが驚きの声を上げ、駆け寄ろうとする。

 星奈は後ずさり、ヴィンセントが音もなく前に出て、星奈を背に隠した。

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