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その異世界転生は、美しき夢の続き  作者: 水色蛍
episode4 - 2 years later -
55/64

LOG_0055:ヴィンセント・グレイ

「ヴィンセント・グレイさん。どうぞ、そちらの椅子にお掛けください」


 星奈が促すと、ヴィンセントは無造作な足取りで革張りの椅子に腰を下ろした。長い足を投げ出し、背もたれに深く体重を預けるその姿は、およそ上司の前で見せる態度ではない。


「……ヴィンセント・グレイだ。審問官シフォンから、新しい『飼い主』がアンタだって聞いてきた。挨拶はこれで十分だろ?」


 星奈は静かに、意識の奥で『神の眼』をスライドさせた。


【鑑定・解析結果】

 個体名: ヴィンセント・グレイ

 役職: 秩序の編纂局・検証官

 Level: 45


(レベル45……。さすがは10年選手というところね。これなら、いざ不測の事態が起きても戦闘面で心配する必要はなさそうね)


 星奈はさらに解析スキャンの精度を上げ、彼の装備を読み取る。  

 彼の両手には、魔導回路を複雑に組み込ませた重厚な魔導ナックル。物理的な打撃に魔力衝撃を上乗せする、乱暴だが合理的な武器だ。そして腰のホルダーには、魔力を帯びた特殊弾を放つ短銃が収められている。


「……何ですか? ジロジロ見て。ひょっとして、『神の眼』ってやつで俺を解析してます?」


「単刀直入に申し上げます。今、中層で起きている連続盗難事件については、耳に入っているかと思います」


「ああ、ケチな泥棒騒ぎだろ。記述ログの書き換えが上手い奴がいるってんで、噂になってるぜ」


「……実は、それだけではないのです。この盗難事件の延長線上と思われる――『殺人事件』が発生しました」


 その言葉に、ヴィンセントが組んでいた足を解き、ゆっくりと上体を起こした。


「……殺人だと? 冗談はやめろ。エリュマントスを網羅する『全知の鏡』の記述ログから、個人の信号が消えてただで済むはずがねえ。住民のバイタルが異常に停止すりゃ、嫌でも編纂局のどこかの端末が悲鳴を上げる仕組みだぜ」


「それが、出なかったのです。全知の鏡さえも出し抜き、一人の命が完全に『消去』されました」


 星奈がホログラムで、凄惨な現場の解析データを表示する。  

 ヴィンセントの眠そうだった瞳から濁りが消えていく。

 気怠げな態度はそのままに、その奥に潜む「猟犬」が、獲物の匂いを嗅ぎつけたかのように鋭い光を宿した。


「……なるほど。システムの穴を突くどころか、最初から無かったことに(・・・・・・・・・・)書き換えてやがるな。こいつは厄介だ。相当な上級者の仕業だぜ」


「はい。ですから、今回の事件は、私も直接現場に赴いて調査をすることに決めました」


「……まあ、そうだろうな。その『眼』がなきゃ、幽霊の尻尾さえ掴めねえだろうし」


 ヴィンセントは納得したように鼻を鳴らした。星奈は彼をまっすぐに見据える。


「そこで、ヴィンセントさん。あなたの現場での知見と、その『猟犬』としての力を貸していただきたいのです。私のチームに入っていただけませんか?」


 ヴィンセントはしばらくの間、腕を組んだまま天井を仰いだ。吐き出されたため息が、静かな部屋に溶けていく。やがて、彼は椅子から立ち上がると、不敵な笑みを星奈に向けた。


「……いいぜ。だが救世主様、一つだけ条件だ。あんたが俺のやり方に『けち』をつけないって約束してくれるかい?」


「……やり方に『けち』をつけない、ですか。具体的にはどういった意味でしょうか?」


 星奈の問いに、ヴィンセントは無造作に懐から使い古された銀色のスキットルを取り出し、中身を一口煽った。総監室に、僅かな酒精の香りが漂う。


「『全知の鏡』の記述ログが正義のこの街じゃ、俺のやり方はドブ板掃除に見えるのさ。情報屋を脅す、賭場の裏口を蹴り破る、泥に塗れた遺留品を素手で弄る……編纂局の『清潔な』エリート様たちが眉をひそめるようなことの全部だよ。あんた、それを総監の立場から黙認できるかい?」


「それは……規律違反に当たるのでは」


「規律、ね。そんなもんで《《ホシ》》が挙がるなら、今ごろ俺は失業してるぜ。いいか、記述を書き換えられるってことは、デジタルな証拠は全部『嘘』になる可能性がある。信じられるのは、現場に残った靴の泥や、空気の澱み……システムに反映される前のなまの情報だけだ」


「理屈は分かりますが、効率的とは……」


 星奈が反論しようと口を開きかけた瞬間、ヴィンセントは鋭い視線でそれを遮った。


「なら降りる。アンタは、モニターの前で『綺麗に消されたログ』を眺めて、首を傾げてりゃいい」


 彼は迷いなく背を向け、扉へと歩き出す。その足取りには、目的を共有できない相手に割く時間など一秒もないという、冷徹なまでの合理主義が宿っていた。星奈は一瞬、思考を加速させる。彼はシフォンの直属でありながら、昇格を断り続けて現場に居座る男。ここで彼を逃せば、彼は独断で――そしておそらく星奈の関知できない裏のルートで――勝手に動き出すだろう。


(彼を制御するには、この条件を飲むしかない……。いえ、むしろ彼を「監視」するためにも、私が同行してその手法を見届けるべきね)


 理系特有の損得勘定が、星奈の中で結論を導き出した。


「……分かりました。約束しましょう。法を逸脱しない範囲であれば、現場での判断はあなたに一任します」


 ヴィンセントは足を止め、振り返るとニヤリと口角を上げた。


「……話が早くて助かる。よし、じゃあ早速現場へ行こう。救世主様」


「ええ。すぐに護衛の騎士と、解析チームの編成を……」


「いや、誰も要らねえ。俺とアンタ、二人だけで回る」


 星奈の手が止まる。それは護衛対象である「救世主」を伴う捜査としては、あまりに無謀な提案だった。


「理由を伺っても?」


「大所帯で動けば、それだけ『波風』が立つ。記述を弄れるような手練れだ、編纂局の通信ログや転移ゲートの記録を張ってる可能性が高い。軍隊を引き連れて歩きゃ、犯人に『今から捕まえに行きます』って触れ回るようなもんだぜ。……それとも、一人じゃ怖くて外も歩けねえか?」


 挑発的な三白眼。だが、その言葉には十年以上、聖都の「裏側」を歩き続けてきたベテラン特有の説得力があった。システム上の数値ではなく、経験という名の膨大な非定型データが、隠密行動の必要性を説いている。


「……いいでしょう。その代わり、私の身の安全はこの剣ではなく、あなたのナックルに預けますよ。検証官さん?」


「ケッ、高くつく護衛だ。……行くぜ、救世主様。エリュマントスの『記述の死角』へ案内してやる」


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