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LOG_0041:白磁の聖女

 翌朝。星奈はバルカに預けた鎧の代わりに、支給されたばかりの騎士団制服に身を包んでギルド本部へと足を踏み入れた。


 深い紺碧の生地に銀の縁取りがなされた制服は、鎧よりも体のラインを強調し、彼女の持つ「凛とした美しさ」をより際立たせている。


 すれ違う騎士たちが思わず足を止める中、彼女は迷いのない足取りで受付へと向かった。


「おはよう、リチアさん。募集の状況はどうかしら」

「おはようございます、ステラ様! はい、昨日の今日ですが、条件に合致する方々からかなりの応募がありました。こちらが選定リストです」


 リチアから手渡されたリストを携え、星奈は用意された騎士団の作戦会議室へと入った。


 窓から差し込む朝の光を背に、彼女は淡々と候補者たちの経歴を解析していく。

 救世主としての直感と、物理学的な最適解。


 数分後、彼女はリストの数名にチェックを入れ、リチアに手渡した。


「――この五人で決まり。呼んできてくれる?」


 しばらくして、部屋の扉がノックされ、選ばれた五人が緊張した面持ちで入室してきた。


 彼らは一様に、自分たちがなぜ「救世主」に直接指名されたのか測りかねている様子で、室内の空気は硬い。

 星奈はデスクから立ち上がり、一人ひとりの顔を見据えた。


 1:カイ・ハルフォード(騎士団:正騎士 / Lv.21)

 長い長槍を背負った、快活そうな青年。下層の入り組んだ路地でも間合いを殺さない槍術の使い手だ。


 2:リアナ・エルス(騎士団:正騎士 / Lv.20)  

 柔らかな雰囲気を持つ魔導士の女性。攻撃魔法だけでなく、戦線維持に欠かせない治癒術も心得ている。


 3:ジン・カグラ(騎士団:小隊長 / Lv.23)  

 無口で鋭い眼光を持つ青年。腰のホルスターには、魔力を帯びた弾丸を放つ特注の拳銃が収まっている。


 4:エレン・マクシム(秩序の編纂局:班長 / Lv.31)  

 眼鏡の奥に真面目そうな瞳を宿した女性。現場での事象記録と、規律の維持を徹底する実務家だ。


 5:テオ・バニスター(基盤修復局:上級整備士 / Lv.34)  

 油の匂いを纏った職人気質の青年。下層の古い動力パイプや、複雑な回路の構造を熟知している。


「……あの、ステラ様」 代表するようにカイが口を開いた。

 その声には緊張の色が滲んでいる。


「お呼び立ていただき光栄なのですが……正直、僕たちは各部署の中堅、あるいは一専門職に過ぎません。もっと上位の『守護聖将』や経験豊富な『上級騎士』ではなく、なぜ僕たちのような者が選ばれたのでしょうか?」


 他の四人も、不安そうに星奈の答えを待っている。星奈は無機質な、けれど確信に満ちたトーンで答えた。


「理由は三つ。一つ目は、あなたたち全員が下層の居住経験、あるいは長期の駐在経験があり、公的な地図には載っていない『生きた道』を熟知していること。二つ目は、特定の専門分野において、《《組織のしがらみに囚われず動ける》》柔軟性があること」


 二つ目は、特定の専門分野において、組織のしがらみに囚われず動ける柔軟性があること」


 星奈は一歩前に出ると、テオとエレンを交互に見た。


「そして三つ目。今回の任務の目的は、華々しい『バグ』の掃討戦ではない。暗く、不衛生で、混沌とした下層の最奥で、世界の微細な綻びを追いかける泥臭い調査よ。高名な騎士の武力よりも、あなたたちの持つ実務経験と、現場での適応力の方が成功率が高いと判断したわ」


 彼女の冷徹なまでの合理的評価を聞き、五人の表情から不安が消え、代わりに奇妙な高揚感が宿り始めた。


 自分たちの積み重ねてきた、地味ながらも確かな経験が、救世主によって必要不可欠なピースとして定義されたのだ。


「これより、調査チームを編成する。目標は下層最下部の異常感知エリア。……異論はないかしら」


 五人の意思を確認し終えた星奈は、ふと、ジン・カグラの腰元に提げられた武器に目を留めた。

 この世界では剣や斧、杖といった中世的な武装が主流だが、彼が持つのは魔力を帯びた弾丸を放つという拳銃だ。


(……前世の記憶にある『拳銃ピストル』に近い構造。魔法や物理法則だけで片付かない「バグ」に対処するには、ああいう道具的な合理性も必要だということね)


 一行は会議室を後にし、活気に満ちたギルドのホールへと戻った。

 改めて見れば、五人の見た目の年齢は自分と大きくは変わらない。

 星奈という特異な存在を除けば、彼らもまた、この広大な都市で必死に生きる若者の一人なのだ。

 救世主という看板を背負った自分への期待と、未知なる下層の深淵への恐怖。

 その入り混じった緊張感が、彼らの背中から微かに伝わってくる。


「リアナさん。そんなに肩を強張らせなくても大丈夫。私たちがついているわ」 「……あ、はい。すみません、エレンさん」


 最年少に近い魔導士のリアナに対し、編纂局の班長であるエレンと整備士のテオが、落ち着いた様子で声をかけている。

 役職が一つ上である彼らの落ち着きは、即席のチームに確かな安定感をもたらしていた。


「ステラ様! ちょうど良かった、何とか間に合ったよ!」


 その時、ホールの隅からバルカの弟子、ネネが駆け寄ってきた。

 その後ろからは、満足げな顔をしたバルカも現れる。

 二人が差し出したのは、再調整されたばかりの「白磁の鎧」と「聖剣」だった。


「剣はさらに軽量化して重心を微調整した。鎧も、ステラ様の体動ログに合わせて、より無駄を削ぎ落としてあるぜ」


 星奈は更衣室でそれらを試着した。

 鏡に映ったのは、以前よりも女性らしい曲線と丸みを帯びた、洗練された白銀の装い。


 しかし——。


(……これ、脚の露出面積が増えていないかしら。前よりも明らかに動きやすくなっているけれど、防御的に危ないし、何より少し、恥ずかしいような……)


 理系女子としてファッションには無頓着だった星奈だが、騎士団の制服以上に大胆なその意匠には、さすがに理性的な戸惑いを隠せない。

 だが、外でキラキラとした期待の眼差しを向けているメイやバルカの顔を見れば、文句を言えるはずもなかった。 意を決して、星奈は五人が待つ場所へと戻った。


「「「…………っ!」」」


 姿を現した星奈に、カイやジンたちの呼吸が止まった。軽量化された白磁の鎧は、彼女の持つ神々しさを極限まで引き立てている。

 まさに「聖女」が戦場に舞い降りたかのようなその姿に、五人は改めて「救世主」に同行するのだという誇りをその目に宿した。


(落ち着いて、如月星奈。これは単なる装備の換装よ。数値データを解析しなさい)


 自分を包む羨望の視線に、星奈は無理やり冷徹な分析を割り込ませた。『神の眼』で鑑定すると、防御指数は以前より原理は分からないが確実に三割は向上している。剣の出力係数も申し分ない。恥ずかしさを抑え込み、彼女は凛とした声で命じた。


「……さて、行きましょう」


 星奈を先頭に、六人は特務用の巨大な魔導リフトへと乗り込んだ。重厚な鉄格子が閉まり、駆動音が響く。黄金の夕暮れが消え、一行を乗せた箱は、蒸気と油が支配する「世界の胃袋」へと一気に落下を始めた。

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