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LOG_0019:計算外の変数

 掲示板に指令書を張り出した後、ステラは一旦、ギルド本部の自室へと戻った。  


 窓から差し込む黄金の夕暮れが、簡素な机の上を照らしている。

 彼女は椅子に深く腰掛け、脳内に浮かび上がる情報の海に意識を沈めた。


「募集人数は最低二名。けれど、基準を満たさなければ打ち切る必要もあるわね」


 ステラは無意識に指先で机を叩く。

 彼女の『神の眼』は残酷なまでに正確だ。

 対象の「階梯レベル」や「スキル」を可視化してしまうその力は、人事選考においてこれ以上ないチート能力と言える。


(現在確定しているメンバーは、私を含めて三名……)


 ステラ・エーデルワイス:Lv.17(解析・指揮)


 アネラス・ヘイワーズ:Lv.34(前衛・機動護衛)


 メイ・ベルシュタイン:Lv.20(技術支援)


 合計Lv.71。カシム一人分にも満たない。  

 上層の、物理法則すら書き換わる未知の領域に踏み込むのであれば、追加の二人は最低でもLv.40以上……できれば専門特化した「尖った」ステータスを持つ者でなければ、足手まといになる可能性が高い。


「……レベルという単一の指標で、人をふるいにかける」


 ステラはふと、ペンを握る手を止めた。


 前世の大学でも、試験の点数や偏差値で学生の価値が決まるシステムを「効率的なソート機能」として肯定していたはずだった。


 しかし今、この世界で実際に剣を交え、アネラスのひたむきさやメイの狂気じみた好奇心を目の当たりにした後では、その合理性が少しだけ胸の奥をチクリと刺す。


(数値化できない「変数」があることは理解している。けれど、命がかかっている現場で、情緒を優先するわけにはいかない……。合理的であることは、冷酷であることと同義ではないはずよ)


 彼女は自分に言い聞かせるように、手帳に「最低Lv.40」という数字を書き込み、強く丸で囲った。


 その後、上層での長期滞在を予測し、不足しそうな魔導触媒や、メイが要求していた特殊合金の予備パーツなどの発注書を作成する。


 事務作業に没頭している間だけは、割り切れない感情を忘れることができた。


 翌朝。ステラがギルドの受付フロアに降りると、そこには既に独特の熱気が漂っていた。


 掲示板の前では昨日よりも多くの騎士たちが議論を交わしており、視線のいくつかが彼女へと突き刺さる。


「あ、ステラ様! おはようございます」


 受付嬢が彼女を見つけ、一束の分厚い紙の束を差し出した。


「募集の件ですが、予想以上の応募がありました。……やはり団長特命と、ステラ様のお名前が効いているみたいですね」


「……ありがとうございます。確認します」


 ステラはリストを受け取った。

 本来なら隣にいるはずのノアは、今朝から市場へ向かわせている。上層の環境は未知数だ。


 何があっても対応できるよう、保存の利く高カロリー食や清潔な水の確保を、信頼できる彼に任せていた。


 自室に戻ったステラは、扉に鍵をかけ、静かにリストを机に広げた。  


 そこには志願者の名前、所属部署、そして自己申告の経歴が並んでいる。


「……さて、鑑定デバッグを始めましょう」


 ステラは『神の眼』を起動した。

 リストの紙面をなぞる指先に従い、文字情報だけでは見えない「真実」が、虚空に青白いログとして浮かび上がっていく。


「Lv.28、Lv.31、Lv.25……。志気は高いけれど、これでは生存率が40%を切るわね」


 次々と名前を弾いていく。

 しかし、その束の後半に差し掛かった時、ステラの指がぴたりと止まった。


 他の志願者とは明らかに異質な、歪で、それでいて強固なステータスを持つ「二つの名前」が、彼女の視界に飛び込んできたからだ。


「……これ、は」


 ステラの瞳に、解析の光が反射する。

 それは、彼女の厳格な計算をあざ笑うかのような、極端なパラメータを持つ「ピース」だった。


 そのステータスは、彼女の想定した「バランス」をあざ笑うかのように極端だった。


 ■ 候補者1:ハバルト・アイアンメイス


 役職: 騎士団所属。守護聖将ガーディアン

 レベル: 45

 特記事項: 素早さ・回避能力がほぼ「0」。

 一方で、防御力と物理攻撃力は階梯を逸脱し、高数値。


(……通常の戦闘なら、敵の攻撃をすべて受けることになるから即死ね。でも、アネラスの機動力でカバーし、私が『敵の攻撃軌道』を先読みして指示を出せば、動かない最強の固定砲台になる。守護聖将という格上の彼が、なぜ私の下へ?)


 ■ 候補者2:シフォン・ルナ・パルフェタムール


 役職: 秩序の編纂局所属。上級検証官シニア・ベリファイア

 レベル: 40

 特記事項: 精神汚染・概念損傷の治療に特化。

 ※注意 : 物理的な外傷の治療は「面倒」という理由で状況により放置する傾向あり。


(上層のバグによる『存在の書き換え』を治せる唯一のスペシャリスト。本来ならシステムメンター(修復局)にいるべき人材だけど……。症例としての興味を優先しそうな、非常に制御が難しそうな性格パラメータね)


「……計算外の『変数』が現れたわね」


 ステラは手帳にペンを走らせる。

 守護聖将ハバルトと、風変わりな名を持つ上級検証官シフォン。

 この二人をチームに組み込んだ際のリスクとリターンを、彼女は脳内でシミュレーションし始めた。


 ギルド本部の面接室。 中央に座るステラの左右には、アネラスとメイが並んでいる。アネラスは先ほどから何度も装備のズレを直し、心なしか背筋が伸びていた。


「……アネラス、心拍数が上がっているわよ。リラックスして」


「無茶言わないでよステラ。……これから来るのは『守護聖将』と『上級検証官』よ? どっちも私より上の階級なんだから」


 アネラスが言い終えるのと同時に、重厚な石の扉がゆっくりと開いた。  

 ずしり、と床を震わせる足音。


 現れたのは、全身を岩塊のような重装甲で固めた巨躯の騎士、ハバルト・アイアンメイスだった。その背後からは、気怠げに髪をかき上げながら、制服を崩して着こなした大人の女性、シフォン・ルナ・パルフェタムールが続く。


「……失礼。救世主殿、お招きに預かり感謝する」


  兜の奥から響くのは、地平を震わせるような深く、男らしい声だ。


「あー……。あつい。ここの空調、もう少し最適化できないかしら。初めまして、救世主様」


 シフォンは三十代半ばほどの落ち着いた外見だが、その言動からはどこか「組織の理」を軽んじているような危うさが漂っていた。


「お二人とも、お忙しい中ありがとうございます。私はステラ。今回の調査任務の責任者を務めます」


 ステラは椅子から立ち上がり、一礼して着席を促した。


「左から、前衛機動を担当するアネラス・ヘイワーズ。そして技術支援のメイ・ベルシュタインです」


「……お久しぶりです、ハバルト先輩」


  アネラスが緊張した面持ちで頭を下げる。ハバルトは兜をわずかに動かし、頷いた。


「アネラスか。……以前の遠征以来だな。上級騎士マスターへの昇進、聞いているぞ」


「あ、ありがとうございます……!」


「さて。まずは確認させてください」


 ステラは手元の資料に目を落としながら、静かに切り出した。


  「ハバルト様は守護聖将、シフォン様は上級検証官。ギルド内でも重要な役職にあるお二人が、なぜ生存率が極めて低い私の直属チームを志願されたのですか?」


 問いかけに対し、ハバルトがゆっくりと、その重厚な兜に手をかけた。


「……面接、というからには、顔を見せるのが礼儀だろう」


 ガシャリ、と小気味よい金属音が響き、兜が外される。

 その下から現れたのは、低い声のイメージとは真逆の、驚くほど爽やかで整った青年の素顔だった。


「……えっ。嘘、先輩ってそんな顔してたんですか!?」  


 アネラスが思わず素っ頓狂な声を上げる。

 ハバルトは爽やかな笑みを浮かべ、真摯な瞳でステラを見据えた。


「理由は至極単純です、ステラ殿。私は『守護』の専門家だ。都市を守るのも職務だが、この世界の崩壊を止めようとする者を守ることこそ、わが盾の至高の使い道だと判断した」


 一切の淀みのない、騎士らしい答え。

 ステラは小さく頷き、隣のシフォンへ視線を移した。


  「シフォン様。あなたは……本来なら修復局システムメンターの要職にいるべき方だと伺っていますが」


 シフォンは椅子に深く腰掛け、足を組んだ。


「ああ、あそこは窮屈で嫌いなの。ごめんねお嬢ちゃん。悪くいったつもりはないの」と、システム・メンテナーに所属するメイに気を遣いながらも


「けど街の治安秩序なんて、もう答えが決まりきった計算問題みたいなものじゃない。私はね、もっと……『未知のバグ』が見たいのよ。存在が書き換えられ、法則が捻じ切れる瞬間……。それを特等席で見られるのは、あなたの隣だけでしょ?」


「……。チームの生存率より、症例としての興味を優先する、ということでしょうか」


「あら、素直に言っていいのかしら? その通りよ。ついでに言えば、私にしか治せない損傷エラーが、あの上には山ほどあるでしょうしね」


「ますますメンテナーが向いていると思いますが」というステラには、レオンの顔が想像ついた。


「暑いし油っぽいし変なのばかりなのとは、また別」


(私が言えた口じゃないけど……十分あなたも変な方の域に入っていると思うけど)


 星奈は思わずこぼれそうになった言葉を飲み込む。


 ステラは表情を変えず、さらに踏み込んだ質問をぶつける。


「ハバルト様。データ上、あなたの『素早さ』と『回避』はほぼゼロに等しい。私の指揮下では、敵の攻撃をすべて受けることを前提とした『固定砲台』として動いていただきますが、異存はありませんか?」


「構わない。私が一歩も引かなければ、君たちは背後で解析に専念できる。そうだろう?」


「……合理的ですね。助かります」


「シフォン様。あなたは通常の怪我――例えば切り傷や打撲などの治療には興味がないと伺いました。戦闘中の衛生管理を放棄されるのは、計算上の不確定要素になります」


「そういうのはアネラスちゃんの根性に期待しましょう。私が治すのは『魂の形』が歪んだ時だけ。……でも安心して、ステラちゃん。あなたのことは、私が飽きるまでは死なせないわ」


 一人は揺るぎない「盾」として。

 一人は不敵な「観測者」として。  

 ステラは二人の数値を再確認し、最後に短く息を吐いた。


「わかりました。お二人を、上層調査チームの構成員として正式に採用します。……ハバルト様、シフォン様。これからは階級を忘れ、一つのシステムとして機能していただきます」


「承知した」

「よろしくね、救世主様」


 アネラスが胸をなでおろし、メイが興奮気味に「さあ、装備の調整に入りましょう!」と立ち上がる。エリュマントス《《最強》》の、そしてもっとも歪な五人が、ついに揃った。

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