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LOG_0012:定期的なアップデート

 黄金の夕暮れがエリュマントスの白亜の街並みを染め上げる頃、星奈たちは無事にギルド本部へと帰還した。返り血を拭い、装備を整えた小隊の面々は、一仕事終えた安堵感に包まれている。


「ステラ様、こちらへ。任務完了の手続きを行いましょう」


 星奈はロビーの奥にある「任務査定窓口」へと向かった。ここは一般的な受付とは異なり、持ち帰った「獣」の核や、現場の被害状況、騎士たちの負傷の有無を厳密に照合する場所だ。星奈が提出した報告書――彼女の解析データを基にした、非の打ち所がないほど精密な戦域記録――を、専用の魔導端末が読み取っていく。


(……なるほど。成果がシステム的に承認されて、初めて『報酬』として還元される。極めて合理的な労働契約コントラクトね)


 星奈は窓口のやり取りを見守りながら、この数日で学んだギルドの構造を頭の中で整理していた。


 ギルド「聖典の守護者」は、決して戦闘狂の集団ではない。獣討伐を担う「騎士団」は言わば花形だが、それ以外にも都市のインフラ維持、住民の紛争解決、さらには行方不明者の捜索といった「探偵・消防的業務」を担う部署も存在する。


 互いに仕事や依頼を共有し、時に連携しながらギルドメンバーに仕事を案内するために、掲示板に張り出されたりする。


(獣討伐の報酬係数を『1.0』とすれば、民生支援は『0.7』程度。それでもいがみ合いが起きないのは、全員が『エリュマントスという一つの巨大な船』の乗組員であるという帰属意識が徹底されているから……。現代日本の企業文化に近いけれど、より純粋な共生関係ね)


 最初は「騎士団」だの「聖典」だの、ファンタジー特有の呼称に戸惑いもあった。

 だが、二十年生きて蓄積した知識を「変数」として代入してみれば、この世界の輪郭は驚くほど容易に掴むことができた。


「査定完了しました。ステラ様、および第一小隊の皆様に所定の報酬が分配されます」


 窓口の職員が告げると、同行したカミィ、ロナ、ジーク、ミラの四人がパッと顔を輝かせた。


「ありがとうございます、ステラ様! あんなに短時間で、怪我もなく任務が終わるなんて初めてです」 「次もまた、ステラ様の小隊に入れてくださいね!」


 口々に礼を言い、彼らはそれぞれの休息へと散っていく。後に残されたのは、星奈とアネラス、そしてギルドで帰りを待っていたノアの三人だった。


「さて。リーダーの初仕事の成果も認められたことだし、ちょっと休んでいかない?」


 アネラスが、ロビーの二階に併設されたテラスカフェを指差した。


「あそこの『月光草のティーレ』は絶品なのよ。ノアも行くでしょ?」


「はい。ステラ様の指揮官としての初陣のお祝いをさせてください」


 ノアの穏やかな微笑みに押され、星奈は「……ええ、それくらいなら」と頷いた。

 案内されたテラス席は、都市の階層を見下ろす絶景のロケーションだった。運ばれてきた茶菓子と、透き通った青色のハーブティー。


 星奈は、揺れるティーカップの水面を見つめた。


 現代日本にいた頃、放課後に友人とお喋りをするために喫茶店へ寄るなんて経験は、一度もなかった。


 一人で参考書を広げ、イヤホンでノイズを遮断して、ただ「時間という資源を効率的に消費する」ために席に座るだけだった彼女にとって、この時間はひどく不慣れで、むず痒い。


「……ねえ、アネラス」 星奈は、ずっと胸に溜まっていた問いを口にした。


「なぜ、あなたは私にそこまで付き合ってくれるの? 訓練の時も、今日の実戦の時もそう。……私は、あなたにとってただの『外から来た異分子』でしかないはずなのに」


 茶菓子を口に運ぼうとしていたアネラスの手が止まった。彼女は意外そうに目を丸くし、それから面白そうに鼻を鳴らした。


「あんた、まだそんなこと気にしてたの? 効率とか理由とか、そんなのばっかりね」


「物理現象には必ず因果関係があるわ。あなたの行動にも、何らかの動機インセンティブがあるはずよ」


 アネラスは空を仰ぎ、夕闇が深まり始めた空を見つめた。


「動機ねぇ……。強いて言うなら、あんたのその『冷めた眼』が気に入らなかったからよ。あの日、空から降ってきた時のあんた、まるでもう自分の人生が終わったみたいな、退屈そうな眼をしてた」


 アネラスは身を乗り出し、星奈の瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。


「私は、泥を啜ってでも生きていたい。そういう奴からすれば、せっかくの命を計算機みたいに使うあんたが放っておけなかった。……それだけよ。それじゃ、理由にならない?」


 星奈は言葉を失った。数値化できない「感情」というエネルギー。それがアネラスという個体の行動原理であり、自分に欠落していた回路なのだと、改めて突きつけられた気がした。しかしその感情を整理する前に、ふと疑問が湧いて出てきた。


「……見ていたの??」


「何を?」


「ほら、さっき空から降ってきたって。私降ってきたの??」


 星奈の問いに、アネラスは「何を今更」と言いたげに肩をすくめた。


「それはそうよ。あんたが降ってきた時、エリュマントスの空には巨大な光が走ったんだから。事前に『新しい星が降る』って神託まで出てたし、ギルドの連中も、下層の住人も、みんなあんたのことを見てたわよ」


「……観測されていた、ということね。それも都市全体に」


 自分では誰にも知られずひっそりと「迷い込んだ」つもりでいたが、実際には衆人環視の中での華々しい登場だったらしい。その事実に、星奈は少しだけ頬が熱くなるのを感じた。


「でもね、あんなに綺麗に降ってきたくせに、顔だけは死んでた。それが一番の理由。」


「待って。……あなたたちは、私がどこから来たか、気にならないの?」


「どこからって、空からでしょ?」


「そうじゃないわ。私はこの世界……エリュマントスの人間じゃない。まったく別の物理法則が支配する、遠い別の場所から来たのよ。……それを、誰も怪しまないの? 私が何者で、あっちの世界には何があって、なぜここに呼ばれたのか……根掘り葉掘り聞こうとは思わないの?」


 星奈の少し切迫した問いに、アネラスは不思議そうに小首を傾げた。  

 隣に座るノアも、穏やかな笑みを浮かべたまま動じない。


「変なこと聞くのね。エリュマントスは完璧な世界だけど、『外』から新しい力や知識が補充されるのは、別に珍しいことじゃないと思うわ。神様が必要だと思ったからあんたを呼んだ。それだけで理由は十分じゃない。あんたが前にどこで何をしていようが、今ここにいて、私たちの仲間であること以上に大事な情報なんてある?」


 アネラスの言葉は、一見すれば深い包容力に満ちている。  


 けれど、星奈の背筋には冷たいものが走った。


(……誰も気にしない。誰も疑わない。異世界からの転生という、本来なら天変地異レベルの異常事態を、彼女たちは『定期的なアップデート』か何かのように受け入れている……)


 ノアは私が別世界から来たことを明らかに知っている。けれど、カシムも、アネラスも、街の人々も、「異世界人」という属性を「そういう仕様ルール」として処理して、それ以上の興味を失っているのだ。


 この世界は、星奈がどれだけ理論的に解析しようとしても。彼女の真髄まで理解している常識や概念や理から大きくかけ離れていることに改めて気付いた。


 しかし思い返せば、そうだ。

 考えるだけ当てはまることなんてありゃしない。


 今はそんな理屈や解読に悩むときではない。きっといずれその時が来るだろう。


「また難しい顔して。せっかくのお茶が冷めるわよ」


 アネラスが屈託なく笑う。その笑顔の奥に、見えないプログラムの壁を感じて、星奈は眩暈を覚えた。

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