13 秋の王宮
ロギーユ邸を包囲し、彼らは突撃体勢を整えた。松明が揺らめく。ロギーユ邸では中で声がする。おそらく、外の兵たちに気づいて慌てているのだろう。
「証拠を消されても面倒だ、行くぞ!」
オーラブの一声で軍が動く。
ガラスが割れ、扉が破られる。人が流れ込む。
「な、なんの真似ですか、これは!」
憔悴しきったロギーユ男爵が言う。後ろにはヘッセンがいた。彼は先にロギーユ邸に入り、反乱の相談をし、注意を向けさせないようにしていたのだ。ロギーユ男爵の前にロキスタが進み出た。一枚の長い紙を見せる。そこには罪状、捕縛命令、王太子と宰相のサインや軍部、司法部のサインがしてあった。
「異論は認めねえよ」
鋭い眼差しでロキスタが言う。彼は片手に剣を持っていた。王家の紋章が入っている。拝受したものだった。ロギーユ男爵はどうやらそれだけで戦意を喪失したらしい。ぺたんと座りこんでしまった。周りでは彼の部下がまだ粘っている。その時、一際甲高い声がした。
「何なのよ、あんたたち!この私にこのような無礼を働いてただで済むとお思い!?」
マリアンヌ嬢だった。寝室で寝ていたところをたたき起こされたらしい。髪を振り乱して耳の痛くなるような声で喚き散らしている。彼女を捕まえている兵が嫌そうな顔をしている。
そこにヘッセンが歩み寄った。
「マリアンヌ嬢……」
その呼びかけはどこか悲しそうだった。あら、とマリアンヌがヘッセンを見る。
「あなたでしたのね、私たちを裏切ったのは」
「私は、殿下を裏切ることはできません。お許しください」
頭を下げる彼を見下したようにマリアンヌが嘲笑う。その隣を一人の兵が駆けていく。
「閣下、見つかりましてございます」
ロキスタがそちらへ歩み寄る。ご苦労と声をかけ、彼は兵の手の中の物を受け取った。灯りにかざしてそれを見る。七つ星のペンダントだった。
「それは……」
ヘッセンが思わず声を漏らす。ああ、とロキスタはペンダントを見せる。ヘッセンがますます悲しそうな顔をする。
「まあ、何にせよ安易に人を信じるのは間違いでしてよ。女なんか、一年もしないうちに変わってしまうというのに。宰相閣下、それは私のものですわ。勝手に触らないでいただけるかしら」
マリアンヌがそう言い放つ。ロキスタがそちらを振り向き、笑った。その笑みは恐ろしいものだった。興奮を隠しきれない猟犬のようだった。
「はあ?何抜かしてんだてめえ。これがてめえのもんなら証明してみせな」
ぐっとマリアンヌが詰まる。ロキスタはなおも手中のペンダントを見せつけた。
「このペンダントの意味を言ってみろよ。正統な持ち主なら、当然知ってるよな?」
マリアンヌの目に涙が溢れた。冷酷なロキスタの言葉に怯えている。今まで誰かにこんなふうに言われたことがないのだ。話にならん、とロキスタが見下す。マリアンヌは座り込んで静かに泣いている。兵が連れて行こうとするのを制止し、ヘッセンを呼んだ。ペンダントを見て、彼は暗い顔をした。
「知らねえのになんで持ってんだ?これ、てめえのじゃねえのか?あ?なんとか言ってみろよ、ぐずってる暇があるんならよ。こっちだって好きでこんなことやってるわけじゃねえぞ。さっさと言えよ」
ロキスタが舌打ちする。それにすっかり怯えたマリアンヌは、震える声を絞り出した。
「それ……私が、クロヴィル子爵令嬢から盗ったもの、ですっ……」
それを聞き、満足そうにロキスタが笑う。ヘッセンは唖然としていた。
「ネリッサの……?」
ヘッセンがぽつりと呟く。
「少し前に調べさせた。この首飾りは神話に基づいて昔のクロヴィル家当主が作らせたもの。クロヴィル家はサンメリエに伝わる神話の七つ星の女神を古くから紋章として掲げている。それにこの首飾りにはもう一つ、対をなすものがある。それはクロヴィル子爵家にあるそうだ」
マリアンヌは話の間中、うつむいていた。ヘッセンは震えている。
「閣下ー!まさか、ご存知だったので!?」
「うるさい!いいからさっさと仕事をしろ!説教ならあとで耳が腐り落ちるまでやってやる!」
はい、と元気のよい返事をして、ヘッセンがまだ諦めないロギーユ家の者に斬りかかった。
「薄情なのかなんなのか……ネリッサの方は大丈夫なのか?」
オーラブが苦笑いしながら彼を見る。知りませんよ、とロキスタが言う。彼は無理やりマリアンヌを立たせ、外に控えている馬車に放り込んだ。そして、まだ泣いているマリアンヌの耳元に口を寄せた。
「それにしても、あなたの肌は本当に白くて美しいですね」
びくっとしてマリアンヌがロキスタを見る。彼は誰もが思わず見とれるほどの笑みを浮かべていた。
「月の女神もかくやといったところでしょうか」
「宰相様……」
乗馬用の手袋をしたまま、ロキスタが彼女の首筋をなぞる。
「さて、この首に合うのは銀の飾りでしょうか、それとも縄でしょうか?」
一気にマリアンヌが青ざめる。失礼、と微笑んで宰相は静かに扉を閉めた。
一件が落ち着きをみせたのは、月が随分空を移動してしまってからだった。もう真夜中を過ぎた。王宮へ向かう一行を、街の者がわざわざ灯りをともし、もの珍しそうに見ていた。
結局、反乱は未遂に終わり、ロギーユ男爵他数名は国家反逆罪が適用され死罪となり、マリアンヌや他の者は終身禁固に処された。その間に、サンメリエ王国の夏は過ぎていった。
もうすぐ満月だ。ロキスタから事の顛末を聞いたネリッサは、ひそかに高鳴る胸を抑えられずにいた。もう諦めたはずだったのに。あんな薄情男など知らないと自分に言い聞かせてきたのに。小さなため息が漏れる。あの約束の日に、彼は来てくれるのだろうか。
そんなことを考えながらネリッサが廊下を歩いていた。すると、背後から足音がした。だんだん近づいてくる。
「ネリッサ嬢!」
腕を掴まれた。ヘッセンだった。胸が締め付けられる痛みを感じ、ネリッサが思わず目を逸らす。彼女の前にヘッセンがペンダントを差し出す。
「これ!すみませんでした!愚かな私を許していただきたい!」
呆気にとられてネリッサが彼を見る。突然のことに、思考が停止している。その様子を見て、ロキスタが頭を抱えた。
「あの馬鹿……!色恋に疎い私だって、勝負は満月の日にしますよ……!」
オーラブは諦めたような目でそれを見ている。
「ま、あれがヘッセンなんだから仕方ねえだろ。あいつの場合、百万回生まれ変わったって無理だよ」
周りに人が集まっている。それにも構うことなく、ヘッセンはネリッサに歩み寄った。
「な、何ですか!今まで別の方のところにいたくせに!私のことなんか欠片も思い出してくれなかったではないですか!」
涙目を隠しながらネリッサが言う。
「ですが、ネリッサ嬢。謝罪から始まる恋もあっていいのではないでしょうか」
その言葉に、野次馬の何人かが吹き出した。くすくすと笑う声がする。すると、ネリッサは手を伸ばしてペンダントを受け取った。
「ま、まあ、私は許しから始まる恋があってもいいと思いましてよ」
そして、ペンダントをありがとうございましたと礼を述べた。ヘッセンが涙を浮かべた目でこちらを見てくる。犬のようだ。ネリッサは自覚していた。昔から、こういうものに弱い。何度も捨て犬や猫を拾っては父に叱られたものだ。
「ネリッサ嬢!」
目の前の男は完全に感動に打ち震えている。
「ですが!私はまだ許したわけではございませんよ!」
誰かが口笛を吹いてはやしたてる。拍手が起こる中、恥ずかしさと嬉しさに顔を赤くしたネリッサがすたすたと歩いていく。その後ろをヘッセンが謝りながら追っている。
「長い仕事だったな、ロキ。今日くらいはゆっくりしろ。俺が後で茶でも淹れてやるよ」
オーラブが笑う。まったくです、とロキスタは微笑んだ。
「あの二人にはまだ、仕事が残っています。私に謝罪と感謝をしてもらわなくては」
ほどほどにしてやれよ、とオーラブが笑った。二人が去った方へ歩き出すロキスタの手には、灰色の地の経済状況が記された書類と、新予算案や地図、街の創設計画図があった。
もうすぐあの革命が起きて一年が経つ。忘れもしない、雪の日だ。
世界の色が褪せていく。風に吹かれて木の葉が舞った。
その様子を窓から見て、王太子は再び政務に戻っていった。
読んでくださってありがとうございます!
少しでも暇つぶしになれたら光栄です。




