星の申し子
天野稚彦が二手から迫る追手に気付いたのは十分ほど走った頃の事だった。
突如姿を見せた――というより、最初から尾行されていたのであろう。脇目で確認してみれば、相手はあの黒ノ宮大蛇とオリヴィア・ミラ・ウィンドセアリス。大日本帝国とブリタニア連合帝国の白兵戦においては右に出る者はいない、とまで言わしめたそれぞれ物理と魔法に特化した軍人……。分が悪いという以前の話で、さてどこまで時間を稼ぎ逃げられるかが天野にとっての勝負所だった。
歴史ある建築様式が建ち並びはあれど、日本のような高層ビル街がそびえ立つことはない。地形や空模様がよく見える。
途中でタクシーを降りた大蛇は、そのままオリヴィアと二方向から天野を追うことに全力を注いだ。帝国元帥、あるいは軍元帥としてではなく、<色家>総帥として……。
彼が移動手段を自身の両足に切り替えたことはオリヴィアにも位置情報システムで知り得る情報だった。だが、彼の走る速度は時が経つ程に少しずつ早くなっていく。
天野が走る道は既に車の走行不可能な場所にまで来ている。途中で降車して正解だったと大股で走る黒服の元帥は思った。
軍服ではなく、ただのワイシャツとベスト、そしてスラックスのみを身に纏っている。それが一見彼をただの旅行客だと思わせる。普段から眼鏡をかけるタイプではないが、今回はそうしている。そこまですれば、既視感を覚えるくらいで瞬間的に気づく人は少ない。走っている人間の顔をわざわざ凝視でもしない限り……。
左腕の義手と肌色を覗いてほぼ黒く染め上げた男の服装は、自分自身で夜に行動すべきだっただろうかと思う程、昼間の中ではやや目立っていたことは確かだった。
手首の端末で場所を確認すると、確実に天野との距離が狭まっていることと、オリヴィアとの挟撃がうまくいきそうであることに満足感を得ながら走る。
オリヴィア、天野、大蛇――と一直線になったところで、遂に天野の前に〝黒い壁〟は立ち塞がった。
「おやおやどうしました、天野さん。随分と慌てていらっしゃる様子ですが、何かお急ぎの用でも?」
「黒ノ宮ンとこの小僧か……偉く憎たらしく育ったようだな」
「ええ、国民の血税ですくすくと。今では立派な健康優良児として、国内外の賊を討伐するのがマイブームなんですよ。――それで、お急ぎのご様子ですが、よろしければ我々の車でもおかししましょうか? なんだったらプライベートジェットでヴァチカンまで飛んであげてもよろしいですよ?」
「そうだろうな、お前たちがここまで俺のことを追えると予測しておくべきだったな」
「私と一緒に来るんですか、来ないんですか、そこからお答えいただかないと……。あなたの母校に確認しても国語ができなかったとか、コミュニケーション能力が欠如していたなんて話聞きませんでしたよ?」
随分と煽るものね、とオリヴィアは思った。初めてみるその一面は、ただひたすらに相手を煽って挑発している。
「減らず口は血税では治してはもらえなかったか。誰がお前と行く? お前のような倫理観の欠如した異常者と同じ飛行機に乗っただけでスカイダイビングでもしたくなるくらいは嫌悪感を覚える」
「それはそれはおいたわしい。命綱もパラシュートも持たせませんので、どうぞ上空数千メートルからの飛び降り自殺を楽しむとよろしい」
どちらが先に堪忍袋の緒が切れるのかを待たずして、周囲の空気が変わっていく様子を彼女は肌に感じた。張り詰めていく雰囲気が、オリヴィアの本能に危険信号を流す。
「大蛇! 気を付けて!」
彼女の叫びの直後、天野は地面に何かを叩きつける。どうやら煙幕のようで、二人の視界は完全に遮られてしまった。
その中で聞こえてくる大蛇の声は、彼の顔を見るまでもなく、闘争心に火をつけられたような無邪気さを感じさせた。「そうだ、これくらいしてもらわないとわざわざこの時期に、ここへと足を運んだ意味がない」
「あなたがどうしてそこまで固執してるのかはわからないけれど、ここ一応私たちの国ってことは覚えておいて。あと市街地ですし」
「ああ。……だが、そうだな。オリヴィア、俺はさっきと同じように先んじて奴を待ち伏せする。お前は天野の追跡を」
「了解」
外国と通じたスパイを捉えるなら、もう少ししっかりとした作戦を立ててもよいはずなのだが、行き当たりばったり……。
――こんなの、まるで狩りね。
ふとそう思って、彼女は気づいた。大蛇は公的機関として天野を捕らえるのではなく、個人的な事情で彼を追い詰めるつもりなのだろうか。
――一体あなたと天野の間に何が……。
端末で天野の位置座標を確認しながら彼を追う。天野はしぶとく逃げ続け、遂にある民家へと入り込んでいった。
オリヴィアは懐か魔法発動に用いる杖を取り出し、慎重にその民家へと突入する。
――あんなに躊躇もなく、勢いよく入っていく……中に住人がいたら人質にされていそうだけれど、なるべくならここが空き家であることを祈るわ。
一歩一歩木が軋む音がしながら進むと、その願望は偶然にも実現していた――というより、元から天野はまるでそこを目指していたかのように、階段に腰掛けているのが見えた。
「アンタ、ウィンドセアリス家の小娘か」
「天野稚彦、あなたには聞きたいことが山ほどあります」
「そうだろうな、あの小僧のことだろう?」
「はい。ですが後日彼の口から直接聞けば十分ですから、ここで倒れていただきます」
「今ここでそんなことをされては困るな……お前ら、やれ!」
天野が一喝すると、空き家の各部屋から彼の手下であろう男たちが飛び出し、オリヴィアに向かって全方位から襲い掛かった。
「たかが十数人で、私を倒せるとお思いになられたのなら、それは少し私を侮りすぎです。いいでしょう、その目に焼き付けなさい、何故私が『星の申し子』という異名を女王陛下より賜ったのか――!」
拳銃を向け、あるいは拳で殴りかかってくる男たちの顔を一人一人一瞥していくと、最後に真正面の天野を見た後に、杖を天井へと突き上げた。彼女の身体から金色の稲妻が走り出し、やがて粒子となって杖に収束、眩い一閃が煌めいて男たちの視界を白く染め上げる。
「星よ、この熱を万象に――」
優しく唱えると、閃光は収まり、男たちの倒れた巨体がオリヴィアの周囲を埋め尽くしていた。足場もなく、仕方なく彼らの背中や腹の上を踏みつけながら、堂々と玄関から空き家を後にした。
美しい英国軍准将の瞳は、風に撫でられ、優雅に靡く頭髪と同じ黄金色に輝いていた。
あ、次回で第二章終わりです




