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黒金のコントラスト  作者: むみょう・あーす
【第一部:旅立ちの序曲】第二章:叛乱篇
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アメノワカヒコ

日本語って難しいのが「あめの」と読むのか「あまの」と読むのかがわからないことです。ちなみに私は後者の方が好きです。

「――端的に言うならば、『天海』――天野稚彦は二重スパイなのさ」

 行きの機内で、黒ノ宮大蛇はそう言ったのをオリヴィアは思い出した。相変わらずアマノワカヒコという日本の名付け方には違和感を覚えるが、それよりも〝その五文字〟に彼女は反応を示した。

「に、二重スパイ……!?」

「そうだ、これを見てみるといい」

 隣の座席に腰掛けた彼は、旧式のタブレット端末を差し出して、いくつかの文字と数字の羅列を見せた。「天野の渡航履歴だ」

「大東亜航空とプラールヴァル航空の利用が圧倒的に多いわね……」大蛇の顔を見上げてオリヴィアは言った。

 両者ともに、国営の航空会社で一応戦闘状態でもないため国交が断絶されることもなく、通常通り二大勢力圏間を運行している。

「共和国――ロシアから出国する際はロシア側のスパイとして、日本から出国する際は日本側のスパイとして……。帝国も、正教会もあ、完全に騙されていたんだよ」

 オリヴィアは昨日見た北京での映像に映った天野の顔を思い浮かべる。

 あのたった一人の男が、二つの国を翻弄した……なんてあまりにも命知らずな行動だ。思わず疑いたくなる話だった。

 その思いをそのまま彼に伝える。「でも大蛇、いくら話術や交渉術にたけていたり、エージェントとしての能力が高いと言っても、大国を二つも相手取って生き残れるとは思えないけれど」

 タブレット端末の画面に視線を戻した彼女に、黒い長髪を緩く結いながら言った。「俺も〝これ〟を――彼の生い立ちを知るまではそう思っていた」

 

 天野稚彦は本土の生まれではなく大陸東部、中国大陸中央部であった。

 開発が進められていた大陸海岸部には高層ビルの建設が進められ、天野少年は両親と妹の四人で慎ましやかな生活を送りながらも、空高く聳え、夜にはネオンの輝きに照らされる海岸部に思い馳せるようになった。

 やがて二十世紀末期――西暦一九九九年、星刻暦四九年、数か月間による天変地異<大凶変>は、そんな彼の平穏で過不足ない生活を一変させた。

 地震を一次災害とし、断層や地割れ、土砂崩れが頻発した。更には天候の急変が大雨を呼び、絶え間なく川は氾濫し、畑や田が壊滅状態に陥る。家も流され、彷徨い行き着く先も同じように洪水や地震によって荒野と化していた。

 なにもない。

 いたるところで死体が転がっているならまだいい。後から彼が学んだところによるならば、人類のおよそ半数が亡くなっている、といいう話である。しかし、時が経ち、思い出してみてゾッとする。背筋が凍るとは、身体から血の気が引いていく感覚とは、まさにそのことだったのだと自覚した。

 本当に〝なにもない〟、ただそれだけだったのだ。残骸すら残りはしない。気付けば隣にも後ろにも、肉親の姿はなく、彼は独りぼっちだった。

 その時、彼にとっては〝無〟が恐ろしくて仕方がなかったのだ。どれほど文明が栄えようと――あの憧れた都市の輝きも、荒ぶる大自然の前ではただのムシケラに過ぎない。それがこの上なく恐怖と憎悪の対象だった。

 災害孤児として生き残った九歳の彼は、上海の孤児院に引き取られた。

 だが、環境を変えようと、天野の心にはいつもぽっかりと開いた穴が付きまとった。

 自分には何もない。そんな思いが、彼が周囲と打ち解ける道を一切拒絶してしまう。

 ある時、散歩がてら外出していた彼に一つの光が差した。

「全ての人間に自由と平等を!」

「格差をなくせ! 全ての人が権利を守られる社会に!」

 彼が学んだ世界とは、三竦みで睨み合いを聞かせる張り詰めた社会だった。

 大日本帝国を中心とする<東亜連合>がアジア圏を牽引し、<プラールヴァル共和国連邦>では旧ソ連勢力が未だに根強く権力の椅子に鎮座し、大英帝国を宗主国として掲げた<ブリタニア連合帝国>は今や三大国の中で最大の領地を持つ……。

 大国間の冷ややかな対立に、市民が巻き込まれている――。

 そんな声を、彼らが敵視する国家権力に弾圧されることなく、高らかに謳っている。

 それが天野少年にとって憧れの対象として、酷く輝いて見えた。有り体に言ってしまうならば、かっこよかった。自分のこのような毅然とした振る舞いで、権力者たちに立ち向かう第一の市民でありたかった。

 市民団体の横断幕を一目見た時、その時点で既に彼の将来は決定していた。

「僕のように身寄りがいなくても安心できる社会を!」

 そんな熱意で彼は義務教育を終え、高校や大学で熱心に勉学に励み、上海に本社を構える企業に就職した。

 孤児院で友人も作らず周囲と大きな溝を作っていた頃の彼からは、まるで見違えるように、まさに逆転人生とも言えるようなコースを歩んでいる。

 自身で生計を立てていけるようになると、彼は早速市民団体に所属し、反体制派による抗議デモに参加した。

 横断幕を支え、プラカードを掲げ、声を張り上げる。

 人々の意識がこちらに向くだけでも、この行動が社会の問題を解決する一歩に違いないんだという確信があった。この行動が――世の中の全ての人が平等で、幸福であるべきだという主義主張は正しいもので、これで気付かない市民がいたのなら、我々が発信して気付いてもらおう……そう思っていた。

 確かに支持してくれる人もいた。共になって抗議活動をしてくれる人々がいた。

 けれど講義を続けていたところで平和は訪れない。

 技術革新によって重力制御や慣性制御が人の手によって行われる――そんなSF小説の中の話が現実のものとなった。そんな夢のような時代なんてとうの昔に終わっていた。

 ブリタニアによる軍事転用計画の情報が流出し、天野青年の瞳からはとっくに希望の光は失われていた。

 起きて、朝食を取り、支度をして、出勤し、働き、昼食を取り、働き、退勤し、夕食を取り、風呂に入り、家で仕事を片付け、寝る。

 起きて、朝食を取り、支度をして、外出し、プラカードを持ち、横断幕を掲げ、自由を叫び、平等を謳い、幸福を願い、解散し、帰宅し、風呂に入り、歯を磨いて寝る。

 何も変わらない。

 誰も彼も、ただその双眸に侮蔑の色を乗せて見てくるだけだ。口元には冷笑的で、あるいは嘲笑的な含みを持たせ笑っている。

――理想は潰えた。

 そう思った時期だった。丁度、そう打ちひしがれた時期に、〝彼ら〟と出会った。

 掲げた旗には、まるで中世の騎士団か何かとでも主張するかのように竜が描かれていた。

 〝彼ら〟に団体の名と、何故竜の紋章が旗に描かれていたのか。

 そうして、こう〝彼ら〟は名乗った。「領土なき大国」と……。

 天野はそこである重大な特秘事項を提供され、以降は〝彼ら〟と共に活動を開始した……。


「その後はさっきまでのデータで分かる通り、日本にその特秘事項を使って揺すりをかけ、ロシアともつながっていたってわけだ」

「……随分詳しく彼のことがわかるのね」艶やかな唇を尖らせながら彼女は鋭い両目を向ける。

「まあな。ただ〝お座り〟して〝待って〟いるわけにもいかないのでね」

 足を組み、旧式端末を座席の下に置いておいた鞄の中に仕舞い込んだ。

「――オリヴィア・ミラ・ウィンドセアリス、結論を言おう、国際犯罪者や大富豪たちが匿われるとされるスイス、我々はそこに直接乗り込む。短時間で拘束し、二人での初陣の功としよう」

「<七竜星>とやらに任せるのではなかったの?」

「追跡はさせている。……というより、こちらの狙い通りに西欧方面に逃走しているようだからな。偶然接触、という体で捕まえるだけだ」

「殆どペテンじゃない……。それで、その<七竜星>というのは、例の大蛇直属の?」

「そう。たった十四人の戦闘部隊、我ら大日本帝国が八十年の時がもたらした一つの成果だよ」

 大蛇はオリヴィアを横目で見たままグラスを傾け水を飲んでいた。着陸後すぐに行動を開始する以上、アルコールを摂取する余裕などない。

 不思議とオリヴィアも体の火照りを覚える。あるいはそれは背筋から凍てついていく感覚と形容してもよかった。いずれにしても酷く不気味な心持ちになったのは、決して気のせいなんかではない。

「一つの、成果……?」

「直にわかる。向こうで一人会うか合わないかだ。まぁ最も、その一人が出てくるころには身柄の引き渡しになるだろうがね」

 顔は明らかに高揚感に浸ったような表情を浮かべていたにもかかわらず、オリヴィアは何か違和感を抱いていた。その表情の奥に何かがある。そして更に突き詰めて行った果てに、黒ノ宮大蛇という男の

つまるところ最近ようやく物語と物語の間が明確になって喜んでいました。

最近はもう何をやるんでも2リットルの水が離せません。というよりそろそろ気力がなくなってくるのです。これで地震とかこようものなら私は生存本能が機能不全を起こしてしまうでしょう。

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