拍子抜けの幕引き
すんません長くなります。
天野稚彦を倒したオリヴィアは、大蛇の指示でスイスに到着した<七竜星>の一人に身柄を拘束され、そのまま本土へ連行されたらしい。二人がその一報を受けたのは、既に機内だった。
「流石は<七竜星>……仕事が早いな」
オリヴィアはその<七竜星>の一人――否、一組に出会った。伊集院総一郎大佐と神宮寺姫神中尉、どちらも大蛇ほどではないが神道系の由緒ある血族で、育ちの良さが礼儀作法から窺い知れるところだった。捕縛した天野を引き連れていた配下に命じて連行し、大蛇と軽く会話を交わしてから再び敬礼をしてさって言った。敬礼という所作一つでも、込められた繊細さが際立つ二人だった――とオリヴィアは回想した。もっともそれを彼女が口にしたところで、軽い嫌味にもとらえかねられない感想だった。
「……思い出してもみれば、あの場には海外の人間なんて私しかいなかったわね。他は全員黒髪黒眼だったもの」
「幾人かは海外の血が混じってたりするぞ? そのうち全員と合わせたいところだが、彼らの任期満了が全員今年中だから、十二月中までには顔を合わせられるだろう。……もっとも、戦争にでもなれば<七竜星>は一度俺のもとに合流するがな」
「では十二月に会いたいわね、戦争なんてしないに限るわ。――ところで、天野の身柄はどうするの?」
「一度<色家>の方で身柄を預かろうと思ってる。色々と引き出さなきゃいけない情報を吐かせてから、その情報ごと政府に引き渡すだろうな」
今後、天野の件に関しては当面の間帝国宰相としてではなく、<色家>――大日本帝国の政財界では遠く及ばない権力の座に君臨する者たちの長として行動する。彼の発言に含まれる意図に気付かないオリヴィアではない。
「大蛇、私は今回の件で確信したわ。あなた、この数年間で――しかも私が気づかないうちに随分と好戦的な性格になっていたのね」
「元からあまり会話を重ねる関係性でもなかっただろう?」
「違いないわ。」
行きの飛行機と同様、オリヴィアの隣に座る男は口元を歪めながら頷いた。「その通りだ。――泳がせたんだよ、我々<色家>が、全力でな」
ソロモンに向かう飛行機内で、足を組み、笑みを浮かべる大蛇。何一つ後悔もなく、何一つ躊躇なく、彼はそう言った。先代の<色家>総帥も、同様に指示したのだろうか。
「それはどういう理由で? その〝領土なき大国〟とやらの追跡のため、かしら?」
大蛇はそれを隠す意思もなく、当然のように首肯してみせた。「ああ、そうだとも。だが、特段〝領土なき大国〟に固執する必要はない。ただ俺はタイミングを窺っていたんだ」
「タイミング?」
「俺の敵を一掃するための好機。復讐戦、リベンジマッチをな。言ってしまうならば、これはただの序章……まだ先方に宣戦布告を暗に伝えたに過ぎない。これからはもっとすごいことになるぞ?」
彼の発言の真意をまったくオリヴィアは汲み取れなかった。
――いいや違う。本当は、私は一つだけ思い当たる節はある。
見当もつかず、彼女は一度その話を保留し、違う角度から訊いた。「……それで、〝領土なき大国〟が実際に存在し、かつ天野と繋がっていた、とどうやって証明するの?」
――きっと私はそれを無視することが、今最善だと思ってる。
将来的には反体制活動で死者まで出した事件を、裏から仕組んでいたとなれば――そしてそれが大国間に渡る非政府組織が関与するならば、とオリヴィアは危惧した。国連主導で裁判を執り行うことだって当然あり得る。
――まだ、まだなのよね? 私が訊いていいのはまだちょっと先なのね、わざわざ話題に出すということは、きっと……。
画面をスクロールすると別の表が出てきた。「まずはこれ。さっき――いや、もう十何時間も前の話だが、行きに見せたのは渡航履歴だった。だが、こっちは金の流れだ。一部は掴めたが、おそらくは資産に還元しているだろうな」
「金の延べ棒、とか?」
「これがビックリ仰天――ドラコナイトさ」
「新時代の海底資源、だったかしら。三大国で積極的に買い占めようとしてるけれど……でもまだその価値は正確にはわからないのなら、資産運用を考えてるって……」
「我が<色家>が大量に買っているからな。大富豪中の大富豪たる我々が動いているだ」
「自分でボンボンって言っちゃうのね……」オリヴィアはそうは言いながらも、「なるほどね」と言わんばかりにうんうんと頷く。「あなたたちが<ソロモン>から買っているとなれば、ロシアもイギリスも目をつけるんでしょうね。」
「しかも今ブリタニアは肥大化したナチス残党の討伐の準備で手が離せない」
「だから〝ドラコナイト〟の輸入数は年々下降気味……この時期に、とはこっちとしても分が悪いわね」
「そしてもう一つ」人差し指を立てて彼は言った。「いくつかの民間企業が竜鉱石を自分たちで輸入している、直でな」
話の流れとして、オリヴィアは「もしかしたら」と思った。
「〝領土なき大国〟のフロント企業?」
「――と、俺は仮定している。そこら辺に関しての調査は今の段階ではまだ途中でな。彼らを壊滅してからの調査でも十分だと判断した」
「確証もないのに動いてるって……いくらタイミングがいい時期らしくても――」
「別にそれはあくまで実際の物的な証拠として必要なだけだ。共和国と天野、そして〝領土なき大国〟の三者が介入していることは間違いない。今まで野に放っておいた効果が出ただけ」
あまりにも準備がよすぎる、都合がよすぎる、と彼女は思ったが、その疑問を見透かしたように大蛇は呟いた。「全ては準備だよ、オリヴィア。これはまだ氷山の一角。これからも超国家間組織の幾つかを叩くこともあるだろう、そしてナチスの残党も……。俺はあらかじめいくつか情報を先に先にと集めておくタイプであろうとしているが、非常にめんどくさがりだし、せっかちだ。それに――」
「それに……?」
大蛇の顔は段々と鋭さが増していく。「実はここまでの報告は国の方にはまだしていない」
「それ、普通に大問題じゃない?」
「ああ大問題だとも。だが、安易な考えではあるが、今ここで開示するのは少し待つべきだと思ったからそうしただけだ」
「……まるで日本政府に裏切り者でもいるかみたいな言いぐさ――ッ……冗談、でしょう?」
一体何が根拠で、と。
「さあ、俺は帝国宰相である前に<色家>総帥だ。総帥として、喧嘩を売られれば、第一の臣民という立場を捨ててでも、相手の顔面に一発拳を打ち込んでやりたいんだよ。森羅万象悉く死んで仏になれると思うなよってな」
「私あくまで帝国宰相の副官として着任したんだけど……」
「あとはあれだ……忘れていたが、天野が提供を受けた〝重要な特秘事項〟とやらが外部に漏れるリスクも考えるとな。それでとりあえずこちらが独断で調査を進め、敵対勢力を叩く表向きの口実になるってことだ」
「今更観半端ないわね、それで騙しとおせるとは思えないけど?」
「ダメだった時のことはもう考えてある」
「聞かせてもらえるのかしら、それ」
「勿論。――単純な話だ、金だよ」
「は?……え、嘘でしょう? 賄賂でも払って黙らせるってあなたそれ……」
「事実も正義も筋も関係ない。国や組織の上層部なんてものは金を払って利権を譲ってやれば黙るものだ」
テーブルの上にあるティーカップを手に取り、紅茶を一口飲む。一つ一つの所作が彼女の上品さを醸し出すが、それはこの際彼女の癖のようなものであって、あるいはただの気分転換、話題の転換時の予備動作といってもよかった。
「もう一つ。私をわざわざ市街を走らせて、挙句戦闘状態にまで及ばせたのはどうして? あなたの狩りに私を利用したつもり?」
「確かにそこを突くだろな。相当鈍感でなきゃ赤子でも気づく……」
「一家で人工衛星まで所有できるほどの資金があるなら、そのお金で部隊を組織して天野を捉えることだってできたはず」
なぜそうしなかったのか、と彼女は冷静な口調ではありながら、碧く輝く双眸でそう訴えかけていた。
「――そりゃ当然、お前の実力を確かめたかったからだ」
怒りもせず、オリヴィアは静かに訊いた。
「そう……それで、私はあなたの期待に応えられたかしら?」
「勿論だ、大満足だとも。これで安心して俺の背中を預けられる」
「そうですか……私は少なくともあと数年はこの国にいる必要がありそうね」
「唐突にそんなことを言い出してどうした」
「過去について何も言わないと約束したのは私だけれど、流石にこうも歪んでるとなると国政や国際関係にも影響するから、それが改善されるように滞在し続けるって意味よ」
「いや、誰目線……お前は俺の母親化」
すると彼女はふふと笑みをこぼして、
「冗談よ。――でも、私を試したこと、貸しにしておくけれど、構わないわね?」
「……副官殿のお好きなように。キレられて魔法でプライベートジェットごと吹き飛ばされるのは覚悟してた」
「不問とするのはあなたの過去に何らかの関係があると私が判断したから。そうじゃなきゃあなたは感情的に狩りをしようとは思わない、そうは私は踏んだから。でも、私はこうやって遊ばれるのが一番嫌いなの、今後は控えてもらってもいいかしら?」
「全く完全にオリヴィアの仰る通りだ。俺も二度とこんな邪道はとらない」
「……わかったわ、ならもうこの件はおしまいね」
そう言い合っているうちに、大海原に浮かぶ都市国家が見えた。外壁に四方を囲んだ海上国家。環境活動家たちはこぞってこの<ソロモン>という外部勢力に対する反感を、ありとあらゆる罵詈雑言と共に感情論で反対運動をたきつけている。
海上都市、とはいえ、基本的な町並みは一様ではない。
そこは大西洋に浮かぶ都市国家群が形成する<ソロモン>の一つの地域、そのブロックを――、
「……<ノイエ・アトランティス>。さぁ、オリヴィア、ここからが本命だ。ゆっくり初陣後の打ち上げとして観光していこうじゃないか!」
「いやまず報告書……というか始末書をね」
「馬鹿を言うなよ、そんなもの金で揉み消せばいい。もしそれで食いついてくる記者がいるなら会社ごと金を渡して黙らせる。それが一番穏便に済む方法だ」
「あなた、国民に演説する時は清廉潔白を装って裏ではこの醜態って……」
「本音と建前だよオリヴィア。お前は少々いいやつ過ぎる。損をしないようにな」
「なんやかんやで話をもっていかないで!」
ははは、と愉快そうに豪快に笑う大蛇を改心させようと試みるオリヴィアだったが、その道のりははるか遠いものであろうことは十分すぎる程理解できた。
そんな二人を出迎えるのは科学技術の発展という点において、現在世界を席巻していると言っても過言ではない都市国家エリア群。
……二人が帰還するのはスイスにおける天野稚彦とその直属の部下たちの身柄拘束と引き渡しが行われた二日後。
大蛇とオリヴィアが<ノイエ・アトランティス>へと向かう道すがらで既に天野の身柄が拘束されたことが報道されていた。それに合わせ特亜三都市における叛乱は鎮圧され、当面の間は治安維持のために駐在軍の戦力が増強されることとなり、反対派によるデモが大陸に点在する三つの総督府前だけでなく、本土の国会議事堂前や首相官邸、また大本営前で行われるに至っている。問題への対処にはなるのだがろうが、根本的な解決に至るための処置ではない――と。
対応に追われ、最も忙しくしているであろうはずの男は、帰国早々きっぱりと言った。「そんなもの放っておけ、諜報部に収集させた大陸内のスキャンダルでも売りさばけば、うまく食いついてくれるさ。民意を動かすのは大して苦労はいらないだろう――情報さえ持っていれば……」
結果として彼が指示した大陸における現地官僚や東亜連合大陸議会議員の犯した汚職のリークなどが報道され、適度に大陸駐在戦力の増強に対する反対意見を織り交ぜることによって露骨さをなくし、賛否両論になりながらも世論は賛成派が過半数を超えるところまでもっていった。
国民の民意と一連の事件――本土の人間からは<大陸事変>とも呼ばれる――の対処などから大蛇の独断専行は正当化されつつあった。
「相変わらず相当好き勝手しても許されるのね、あなたたちなら」
「過ちがあれば詫びればいい。その失敗を次に活かす――それをずっと前から我が黒ノ宮家はやってきた。そう簡単にはこの信頼は揺るがないとも」
「あなただけは敵に回したくないものだわ」
「……そうか、なら俺もお前を怒らせることはなるべくしないようにする。後が怖い」
世界の歴史が動き出すのは、一度の〝狩り〟が原因とも言えたであろう。だが、それを現段階で自覚できていたのは黒ノ宮大蛇ただ一人であって、オリヴィア・ミラ・ウィンドセアリスにはまだ〝嫌な予感〟どまりの陰々とした空気が薄っすらと、けれど確実に、着々と――そう、一歩ずつこの星を覆ってゆく感覚を覚えるにとどまっていた……。
数日間連続で書き溜めたものを消化していきましたが、今日で最後です。またコツコツと書いてちまちまと出そうかと。<七竜星>についてちょいと掘り下げようと思ったら、気付けばすごくあっさりと……
次回からは第三章:封印篇です。




