ティアーズ・フォー・フィアーズ その2
今にも頭がぶつかりそうな程低い円いトンネルを抜け、駅のような場所に辿り着く。無駄に広い駅の前方線路上には、二つの輸送機が見える。
イトスはもう既に到着しているのだが、やはり姿は見えない。
「どこよ……ここ…廃駅?」
ホームに当たる所に登り、ユノは周りを見回す。
一見廃れた駅。人の気配は無く、殺風景さが妙にホラーだ。奥に一つだけ階段が見え、三人はそこへと向かう。
走っても10分はかかってしまった。焦りと不安が一歩進むごとに重くハッキリとのしかかる。
「あいつの言ってた「覚醒」って……なんだろうね」
階段を駆け上がり、ふとイトスの言葉を思い出す。
「私たちの知ったこっちゃないわよ。でもあいつが自信に満ち溢れるくらい、能力が強化されるんでしょうけど」
やけに長い階段。先は暗闇で、電灯も消えかけており、根深い恐ろしさを感じさせる。
研究所での部屋の位置地図上で見ても今進んでいる方向は南西だろう。
それにしても、イトスが迎撃もせずにどこかへ消えたのが意外だった。輸送機は残っているから、どこかにいることは確か、しかし輸送機を一つでも送り返せばリアス達を殺せるというのに、それすら実行しなかったのが意外だった。
「ドアが見えた。各々後ろ意外の三方向を確認して。じゃ、開けるよ」
さすがに場末ということはないはず。どこかから不意討ちをしかけてくるか分からないため、最初にドアを開けるユノは前方を、リアスは右方を、コリオは左方を即座に確認する話になっている。
重く古びたドアを開け、三人を軋む音が迎える。
全開にすると、まだどこか不明なまま三人は体を出す。
「…………」
出た場所は廊下の最奥の扉だった。前には長い廊下、右には窓、左には壁。そして何よりも際立ったのが、白い壁に菱形模様の床、夕日と合わさったリッチな内装。
研究所内にいたため時刻が曖昧だ。それよりもこの謎の邸宅が気になる。人影は一切無く、まるで地球上に三人しか人類がいないような恐怖感がある。
「南西に来たって……まさかそんな……ね」
リアスの見ている窓から見える緑の光景は淡く悲壮的。
イトスの策という可能性もある、皮相な見方は止すべきだろう。しかしやはり、テレビなどで見たものと似ていると言わざるをえない。
これまた違う緊張が湧いてきた。このままでは迂闊に動くことすらできない。
「国立の研究所とはいっても……普通こんなところに繋がってるかしら?」
「幻覚を見せる新しい敵か、イトスが覚醒したか。のどちらかじゃない?」
コツン──不意に、コリオの足に何かがぶつかる。
目線をゆっくりと下げると、子供が大人に立ち向かうかのごとく、靴に白いピンポン玉のような物体が繰り返しぶつかっていた。
家自体が傾いているのだろうか、しかし蹴り返してもコリオの靴へとどの位置からも向かってくる。
「何…これ。気持ち悪い」
そのちょっとした一言を聴いてユノはコリオの方向を向く最中、下に白い物体を捉えた。
「なっ…!それ目玉じゃない!早く仕舞って!」
「え?」
「いいから!早くポケットにでも突っ込んどいて!」
渋々、その気持ち悪い目玉をコリオはポケットに仕舞う。
どれほど大事な物かは分かっていない。
はてさて、どうしようか。三人は頭を抱えた。
本当に、本当に知っている通りの場所であれば、部外者が我が物顔で歩いていたら速攻で人生が終わりを告げてしまう。目玉があったことからイトスがいることはほぼ確定、だが気づかれずにイトスを見つけるなんて不可能。
「さっきから人はいないけど……防犯カメラとかあるよね」
「じゃあイトスにでも電話する?目玉があったから、覚醒ってやつはしていないはず。究極の二択だけど、進むしかないでしょ」
三人は周囲を警戒しつつ長い廊下を小走りで進む。
左には扉が等間隔で配置されている。とりあえずは、ここがその場所だということを確認しなければならない。本当にその場所なら、撤退するしかない。
廊下を抜けると、センターホールに出る。これまた広い玄関にはパルテノン神殿にでもありそうな柱があり、床には真紅の絨毯が敷かれている。
しかし、なぜ一人も人がいないのかが不思議で仕方ない。そしてさっきの長い廊下があるなんてことも知らなかった。最近出来たのだろうか。
「おい、君達。ここで何をやっている」
先ほどの廊下と平行していたもう一つの廊下らしき場所から、スーツ姿の男が三人を一喝する。
「!」
三人はその姿に、仰天したと同時に人生の終焉だと思った。
まさに紳士という言葉の似合うブランド品の眼鏡に、オールバックの茶髪。高い鼻に深い彫り、ビシッときまったスーツ。
やはりここは、白く塗られた例の場所で間違いないようだ。
「迷子かね、見学客ならもう帰ったぞ」
厳格な雰囲気に混じる誠実さや真面目さ。
頭脳ルックス共に完璧とも言える男で、比較的若くしてその地位に上り詰めたという。誰もが認める、その器に相応しい人間。
「マジで……!?ファース大統領……!」
驚きが限界を超え、時が止まったような感覚だった。
第50代アメリカ合衆国大統領ショーン・ファース。圧倒的支持を得て、現在二期目となる大統領の職務を、文句なしに全うする男。的確な判断と行動力で、全世界からも完璧と言わしめる大統領だ。
リアスも尊敬していたりする大統領が、すぐそこにいる。
「一日中突っ立ってるつもりか?サインが欲しいならいくらでもプレゼントしよう。着払いでな」
ファースは背を向け、去ろうとしている。
驚きから正気を取り戻してリアスはファースを引き留めようと近づく。不用意に近付けば護衛に殺されそうな気もするが、そんなことを今更気にする必要は無い。
「ま、待ってください大統領!イトス・アルケテロスという男がここに来たはずです。何か知りませんでしょうか」
「……ああ、イトス君か。彼ならつい先程来たよ。怪我をしているようだったから、今は医務室にいるよ。案内しようか?」
ファースは振り向き、表情一つ変えずにリアスと目を合わせる。心なしか、リアスはロボットのようで恐いと思った。
「え!?いいんですか?」
「君たちがよければね」
「ぜ、是非!」
「では、付いてきてくれ」
ファースは再び振り向き、革靴を鳴らす。
こんなに光栄な時があるだろうか。おそらく大統領について行くなんてことは一生味わえない。その浅はかな周りを見ない感覚が、全てをひっくり返すとも知らずに。
一人で大統領が彷徨く筈も無いというのにリアスは大統領と共に歩み始める。子供が親に付き添うように、何も気にせずリアスはついて行く。
背後に構える者達など、全く気づかずに。
「数に勝る戦法無し……ってね。エリナが死んでしまったから、こうするしかなかったんだ。武力行使は、証拠が残らないように……じっくりと…」
その声は、遥か後方から確かに聞こえた。
警察隊も含むあらゆるホワイトハウスの人員は拳銃を構え、その引き金に同時に指を掛ける。
銃も同じ、的も同じ、構えも同じ、全てが機械的に動かされる。綺麗に整った、ギュウギュウに集まった大量の複製達。
「リアス!!危ないッ!!!」
リアスが振り向くその瞬間は既に遅く、再三再四と聴いた銃声が響き渡る。その銃声は数百規模とは思えないほど音が整った発砲で、銃弾はハチが刺すように身体だけを完璧に狙って放たれた。
コリオが鏃を放つも銃速には間に合わず、ほぼ全て、数百発の弾丸がリアスを押し飛ばしたユノに触れた。




