ティアーズ・フォー・フィアーズ その1
輸送機の終点である、駅のような薄暗く広い場所。柱と電灯があるだけで質素な造りとなっている。そこには本来一つしか無い横倒れの円柱状の輸送機が二つあり、後に来た輸送機の扉が開く。
「はぁ……はぁ……はぁ…」
コンクリートの地面を赤く染め、輸送機から降りたイトスはすぐに先に来ていた輸送機の扉を開ける。
銀一色の機内。しかしあの白い目玉はどこにも見えない。目玉が落ちるような隙間は無いはずだというのに、いくら体を屈めて捜しても目玉はない。
「どこだ….なぜ無いんだ…!私のオルドリクセンはどこにあるんだ!」
傷口の流血も忘れ、そこら中を探し回る。
固体化したオルドリクセンである目玉。生まれてから14年間の全てを捧げた英知の結晶。
「この私が線路上に落としたワケがない……!どこかにあるはずなんだ!」
コツン…コツン…──輸送機終点駅から地上へと続く階段で、何かがぶつかる音が何度も何度も静寂の中に鳴り響く。
「…………」
視線をその階段へと向ける。そこには、独りでに段差に沿って上がっていく目玉が見えた。重力を無視して、目玉だけが勝手に階段を登っていた。
イトスは不明瞭な恐怖を覚え、思わず唾を呑む。
「………オルドリクセンそのものである、あれが示してくれた……人間と掛け合わさって特異能力を発現させるのではない……オルドリクセンだけで特異能力となれるのだ…!」
階段を登る目玉をじっと見つめる。
手も足も無いはずの目玉はかなりの速さで階段を上がっていく。何かに引き寄せられているのか、真っ直ぐと進んでいる。
「ルールその六に従っている…あの目玉は特異能力を持っている!」
その意思があるかのような目玉が末恐ろしかった。自分が睨まれているような気がして足が竦み、イトスはその目玉に近づこうとしなかった。
ある程度階段を登った目玉は突然、また独りでに跳び上がり階段下へと落下していく。
「ハッ!……マズい!地面に衝突したら潰れてしまうッ!」
本来の目的を思い出し、イトスは落ちていく目玉をキャッチしようと走り出す。
大事な固体オルドリクセンだ。万が一に配慮する必要がある。もしこんな高さから落ちただけで潰れてしまったら笑い話にもならない。
手も足も無い目玉が何故ピョンと跳び上がったのかは全く予想もつかないが、そんなことはどうでもいい。
余裕で捕れる、と思ったその瞬間。直線で落下していた目玉が何かに弾かれたように斜め横にズレた。
「何ッ!?なぜ空中で軌道を変えられるんだッ!」
イトスは体を屈めていたため、遠ざかっていく目玉に手を伸ばしても捕れない。
しかしイトスはそんなヤワな男ではない。悠然とディアンの複製がダイビングキャッチを決めてくれた。
複製が捕った目玉をイトスは手にし、眺める。
「なんなんだこれは……」
どう見ても普通の人間の目玉と変わらない。
目玉にした理由は最も自然で格好いいから。ただそれだけの、意味の無い理由。何であろうとオルドリクセンということに変わりはないのだから、何でもいい。
「そうだ、摂取しなければ……」
オルドリクセンを外部から摂取すれば能力は「覚醒」する。セオドアでも一度実験と称して小瓶のまま摂取させたら、少ない変化ではあるが奴の能力は覚醒した。
奴とは犬猿の仲ではあるが、奴の耐久力は利用できるものがある。しかし、次の段階へと特異能力を覚醒させるためにはオルドリクセンそのものを摂取したほうが強くなれる。
饅頭を頬張るように、イトスは目玉を口へと入れようとする。
ポロッ──急に、イトスは手を滑らせ、目玉が口を外れて落ちた。
「おっと…」
こぼれ落ちた目玉を右手で掴もうとすると、再びいきなり軌道を変えて目玉は落下していく。
そして今度は、力の調整を間違えてしまい、イトスの右手での指が目に入った。その間も目玉は落ちていく。
「あぐッ!!」
目に刺さった指は鋭く痛い。
しかしなぜこのタイミングで滑らせた?いくら大事な物とはいえ、敵の居ないこの状況で焦る理由は何も無いはず。何かがおかしい。
だかこちらには複製がいる、複製の手はクッションとなってキャッチするも、やはり目玉は包んでいるはずの複製の手から勝手に転げ落ちる。
また目玉は地面を独りでに転がり、階段に向かう。
それを追うことはせず、イトスは汗を流す。
「まさかこれは……何かを求めている?……いや、手から滑ったのも階段を上がっていったのも、あの目玉の能力だ……分からぬ…一体こいつはなんなんだ…」




