GO!GO!MAX! その3
「まずは一人目だぜェェェェエ!!!!」
毒薬がコリオの口の真上に来たとき、これで奴は死ぬと思った。
そこに一人、コリオに近づく影。
「グヒッ……うぉっとっとっと」
ドサッ――
「……ちょっ、邪魔だし酔っぱらいすぎ!って酒臭!」
泥酔しているジョーンズがコリオの背にぶつかり、直上にある毒薬はジョーンズの頭に弾かれて空中に舞った。
毒薬はかなり小さいためか、誰も気づかず、マックスでさえ見失う。
「何ィィイーーッッ!!!??あのクソジジイィイーッ!!」
マックスは歯を噛み締めて心底恨む。
毒薬は拾えばいいが、奴らの衣服の中に入り込んだらもう終わりだ。一つの毒薬ではただの賭けにしかならない。すぐに見つけないと。
「ど、どこだッ!?クッソ!………ん!あんなとこに毒薬がッ!」
アリスの足元辺りに毒薬は落ちている。
どうする?取りに行くか?しかしさっき登ってきたばかりだしもう一度登るのも面倒くさいな……飛び降りたらただの自殺だしなぁ………どうしたものか……
その時であった。ピタッと、時計の裏にいるマックスの真横に「奴」が止まった。
ブゥーーーーン
ふさふさと羊毛のような毛。可愛らしく思えてくる複眼がマックスを見つめている。多分。
「お前……」
ふさふさの毛に乗り、ベッドの上のような感覚を味わう。ハエに乗っているとは思えない高揚感。マックスの体重がプラスされているので飛ぶというよりは緩やかに落下している状態。やがて完璧に、誰にも気づかれないまま床に着地した。
するとすぐ目の前に毒薬が見える。
「おっ、丁度良いところに着地してくれたな。よしよし」
しかしここは戦場。渦中に放り込まれたマックスは毒薬を取り上げ、ひそひそと壁の時計に向かう。
いちいち手間のかかる殺し方に特に疑問は覚えない。
「あんたのせいであの虫どこにいるかわからないじゃない!なんだか今日は厄日ッ!この疫病神!」
「はっ!?…ちょっ……ホントに……んっ…ぁあっ………!んんっ…!やめっ………!」
口喧嘩中のコリオが急に膝から崩れ落ち、顔を赤らめる。床を転がり、端から見たら完全に公然と自粛してるヤバい奴だ。
なんだか変なメンツばかりで、ストリートによくいる麻薬中毒者なんじゃないかと考える。
「ウオッ!」
偶然なのか、マックスのそばに転がってきたコリオ。しかもおまけに顔をこちらに向け、目を閉じている。これは大チャンス。
「……フンッ…!!」
敵の面前なのでなるべく息を殺し、毒薬を投げ込んだ。緊張の一瞬、無意識にケツの筋肉を引き締め、脚が震えるほどの緊迫感。
スポッ――綺麗な曲線を描き、毒薬がいとも簡単に口に入った。深遠へと姿を消した毒薬は吐き出されることはなく、我が子を見つめる親のように最後を見届けた。
「………うおっしゃぁぁあ……………」
喉が潰れているわけではないが喜びの感情を最低限示す。
しかしそんな場合でもない、やがて奴らはコリオの異変に気づくだろう。
「なんだかいけるぞこれは……!今日はラッキーデーだ!運命は俺に味方してくれてるんだァアーーッ!!」
登る登る。無我夢中で時計の裏を這い上る。
キリマンジャロぐらいは登頂できる信念で、クライミングのプロでも名乗れるくらいのスピードでマックスは瞬く間に時計裏頂上に到達した。
「ハハハヒヒッ!さあさあ来い来いそこの水兵女ッ!!地獄行きの直行便はこの俺が見送ってやるぜェ!」
「見ろよフェリックス…ヒェッ!二階にこんなのがあったぞ…ヒェッ!ウッ……ゴホッゲホッ!!!こりゃ懐かしのビデオデッキじゃねーか!?」
しゃっくりと咳混じりの酔っぱらいのルクセルは、屋根裏部屋と二階を結ぶ階段から屋根裏部屋に顔をひょっこり出す。
持っているのは、黒く、配線や内部が丸見えのお世辞にも良い状態とは言えない機械。確かにビデオデッキのような見た目をしている。
「なんだァ!?そりゃ。俺が作ったビザ焼き機みてぇな形だな」
酒瓶を床に置き、ジョーンズが千鳥足でビデオデッキ風の何かを見つめる。
しかしおっさん二人のほうは目にも留めないマックスは、チャンスをじっと待つ。
その時、刹那であった。
パンッ!という音が響くと共に、マックスの目の前に衝撃的な物体が打ち上がってきた。
愛らしい複眼と毛並み、羽は無残にもボロボロにされ。凄惨さを極めたおぞましい眼と目を合わせ、その現実を直視しなければならなくなる。やがてそれは落下し、マックスに悲しみを与える。
「ふぅ、やっと殺せた。不思議と人間を怖がらないハエだ」
行動は速かった。ハエの死、そしてアリスが真下に来たことにより、命を惜しまずマックスは飛び降りた!
涙は流さない。これは本来ヴァリエート様に捧げる仕事。ならば最初から命は捨てるべきだった。しかしそれをできない臆病さを、あのハエは克服させてくれたのだ。
「いッけェェェェェェェェエエ!!!!」
一瞬だった。アリスの眼前に来たのも、指に挟まれるのも。
「あれ……あれれぇ…?」
「そしてもう一人、ハエがいた……バレてないとでも思った?この屋敷の前で笑ってるところから監視してたっつーの。」
アリスは3センチメートルのマックスを容易くつまみ、微笑む。
毒薬は下に滑り落ちてしまった。
「うじ虫からやり直してきてね」
アリスは軽い足取りで部屋の壁に近づき、部屋唯一の窓を全開にした。あまりにもの迅速さと驚きにマックスは汗をドバドバ流す。
そうだ、きっとこの女こそヴァリエート様から逃げのびた女だ。
「ま、待ってくれ!慈悲を!お慈悲を-!好奇心旺盛なだけなんだ!幽霊屋敷って噂を聞いたから友達に写真送ろうと入ってみただけなんだ!本当だって!」
「じゃあこの白い薬を口に入れたのも好奇心?」
アリスはもう一方の手であの毒薬をマックスに見せつけた。しかもなんと、ありえないことに、毒薬は二つアリスの手につままれていた。つまりは……?
「はぁっ……んんっ…!あっ……!」
コリオはまだ奥で喘いでいた。
「ハエへの情なんて皆無よ」
「この悪魔ァァァァアーーーッッ!!!」
窓からマックスは投げ捨てられた。先には雑草が生い茂っていたため、怪我は少なかった。
「おいちょっと待ってくれェアリス!このビデオデッキもボロっちくて使い物にならないから投げ捨てていいかぁ?」
ルクセルが例のビデオデッキ風の何かを持ち上げて駆け寄ってくる。アリスの家の物品という可能性なんて微塵も気にしない点が気に入らないが、そこらへんはどうでもいい。
「はぁ……どうでもいいから許可する」
「おりゃっ!」
「散々だったな……だが今度こそは!リベンジしてみせる!…………うお、あぶね」
まだもとの大きさに戻っていないマックスの目の前に、ドスッと黒い物体が落ちてくる。見上げているため全体像が掴めないが、何かを入れていた箱か何かだろう。
「元に戻るかぁ」
後ろを振り向き、元の大きさに一瞬で戻ったところで、マックスはまだ気づかない。一筋の光が降り注ぐ。
それはとても小規模で、音もクレーターも気づきずらい、隕石だ。酔っぱらったルクセルが出来心でビデオデッキ風のその黒い物体をターゲットに隕石を落下させたのだ。
元に戻ったマックスは、背後からの焦げ臭い煙に気づき、再び体を後方に向けた。
「あ」
ピッピッ………ピピピピピーーーッ!!!!
時限爆弾を仕掛けたのをすっかり忘れていた。ビデオデッキ風のそれは時限爆弾。そしてそれは隕石落下の衝撃による不具合で、奇跡なのか天罰なのか、タイマーはマックスの人生に終わりを告げた。
「ハァッッ!!?ピギャァァァアーーーッッ!!!!」
情けない断末魔も、爆発音も、火炎も、全ては監視していたアリスにかき消され、マックス・ニックスという男は近くの広葉樹林の中で焼け焦げた状態で発見されたらしい。
一命は取り留めたというが、周辺住民からの通報と今までのセオドア信教も相まって、お咎めはあったという。
ちなみにこの後アリスの母親は屋敷の前の雑草が一掃されていることを不思議がったが、数日のうちに気にしなくなっていた。
その4になるのは避けたかった




