第63話 学院一年目 ~水係
裏庭に出てみると、テッドとジェマが木剣で打ち合っていた。
俺との模擬戦以外では、頭部への攻撃を禁止している。木剣でも即死するし、目に当たれば失明の危険もある。
リリーは壁際に座り、そんな二人を応援していた。
邪魔にならないようその場で立ち止まり、二人の動きを観察する。
テッドは才能があった。片手武器が得意で、反応速度も速い。盾もそれなりに使えそうなので、重量武器以外ならどんなスタイルでも対応できる。後は資質次第。どれほど成長が早くても、いきなり頭打ちになることがある。資質の壁は絶対だ。
それに比べ、ジェマは微妙である。俺を含めて最も背が高く、筋肉がつきやすいのか体格も良い。ただその所為なのか、動きはぎこちなく、力任せに木剣を振り回すことが多かった。それに剣の資質もかなり低そうだ。一応、物怖じしない性格なので、盾役に向いていると思う。
どうあれ、二人はまだこれからだ。
色々な武器を試し、試行錯誤するしかない。本人たちの希望もあるしな。
それと、どちらも魔法の素質は皆無だったが、何となくリリーにもやらせてみたら土属性に適性があった。彼女は冒険者にならないと明言しているが、時間を見つけては練習しているようだ。
視線を外し、空を見上げる。
ランベルトはもう、仕方がないと思う。
俺はどうしても貴族特有の考えに同調できない。彼らが貴族として育てられたのだとしたら、俺は前世から平民として育てられた。根っこが別物だ。
父たちはちょっと変わった息子くらいに思ってくれたが、他の貴族と深く付き合うと、その違いが浮き彫りになってしまう。
平民に転生していれば、もっと気楽だったろうな。
今の家族は好きだが、貴族の立場は邪魔に感じる。
「客は帰ったのか?」
いつの間にか模擬戦は終わり、二人は布で汗を拭っていた。
「帰ったよ。少し休んだら勝負するか」
「おう!」
木剣を振り回し、テッドが応えた。
水差しを《清水》で満たすと、二人はすぐさま木のコップに注ぎ、飲み干していく。
注ぐ順番はいつもどおりテッド、ジェマだ。
彼らと何度か会って分かったのは、リリーは当然、ジェマもテッドを立てている。本人は意識していないようだが、どうやら「自分たちのリーダーはテッド」と無意識に判断しているようだ。そうでなければ勝ち気な彼女が二番手に回ったりしない。
ちなみにそのジェマだが、純粋な意味で難民ではなかった。難民街で生まれた子供で、三年前、テッドたちがセレンに来てから知り合ったそうだ。
休息が終わり、早速、勝負が始まった。
彼らがそう呼んでいるので付き合っているが、中身は俺が教官の鍛錬だ。
テッドは木剣に木製の盾を構える。
最初、盾は邪魔だと喚いていたが、不慣れながらも俺が実演すると、その有効性をすぐに理解した。ただ、盾は壊れやすいので貧乏な冒険者は維持できない。懐に余裕ができた頃に備えてである。
何度か打ち合い、問題点、そして良かったところを伝える。
テッドは素直に頷き、素振りしながら下がっていく。
「次はあたしな!」
待ってましたとばかりに、ジェマが飛び掛かってくる。
相変わらずの大振りで、打ち合ってすぐ、ジェマの木剣が折れた。
「あ……」
悲しげな声を上げ、飛んでいく切っ先を見やる。
刃先を立てず棍棒のように振り回すから、ジェマはよく木剣を壊す。
「ごめん、また壊しちまった……」
「気にするな、木剣は簡単に壊れるものだ。テッド、一階の収納に予備がある。変わった形のもあるから、それも持ってきてくれ」
実はこの木剣や盾は、俺のお手製である。
武具店に行けば訓練用として安価で売っているが、器用さの訓練と鍛冶スキル習得の予行練習として自作することにした。これまで十本以上作成したので、今ではなかなかの出来映えである。
テッドは「変なのってこれか?」と言いながら、一振りの木剣と、木製武器を携えて戻ってきた。
「ああ、それで合ってる」
木製武器の方を受け取り、ジェマに渡す。
意気消沈のジェマは、渡された武器にきょとんとした。
「これって、棍棒?」
「一応、メイスのつもりだ。正直に言うが、ジェマは剣が向いてない」
「そうかもしれないけどさ……棍棒はな……」
「だからメイスだって。それに打撃武器は優秀だぞ。刃の向きを気にしなくて良いから、どんな体勢からでも反撃に転じられる。硬い鎧や外皮を持つ魔物にも有効だ。この前出会ったCランク冒険者は、メイスを愛用していたぞ」
「Cランクが?」
「冒険者は実用性を重視する。それほど打撃武器は使いやすく、強力なんだよ」
口にはしないが、当然、弱点もある。頭部以外は致命傷になりにくく、傷の治りも早い。革鎧や柔らかい外皮の魔物が相手なら、刃物の方が効果は高いだろう。
「それと、ジェマは盾役が良いと思う」
「盾?」
「盾役だ。最前線に立ち、敵を引きつけ仲間を守る。パーティーの要だな」
ジェマが、おお、と歓声を上げる。
「分かったら盾も使ってくれ。勝負の続きをしようか」
「おう!」
そしてジェマとの勝負が再開されたが、すぐに動きが良くなっていると気付いた。
どうやら、剣の使い方に腐心していたようだ。ただ打撃武器の資質はあるものの、一番威力の高い先端部分を意識していない。しばらくは金棒のような武器が良さそうだ。
木のメイスと盾を振り回し、ジェマは攻撃を仕掛けてくる。
スパイクシールドで『盾強打』も面白そうだな。
ま、今は盾本来の使い方を学んでもらうか。
少し速度を上げ、攻撃回数を増やしていく。
ジェマはお構いなしに攻撃を仕掛けてくるので、次々と俺の木剣が当たってしまう。
「何してる。盾役の役目を忘れたか。防御をおろそかにするな、仲間に被害が出るぞ」
はっとして、ジェマは盾を構えると、どうにか俺の攻撃を受け止めていく。
ジェマはテッド以上に攻撃偏重だったからな。丁度良いかもしれん。
できるだけ受けやすいよう、攻撃を続ける。
その時、ふと妙な視線を感じた。
視線の主はテッド。
その目は、何かを言いたげに揺れていた。
気付いたのか。
俺はちらりと見て、目で首肯する。
危ない相手ではなさそうだし、任せてみよう。
テッドは小さく頷くと、そっと立ち上がり裏庭から建物の路地へ。
向こうはまだ気付いていない。
「何者だ!」
一息にテッドが飛び掛かる。
短い悲鳴を上げ、不審者はあっさりと取り押さえられた。
泥棒が入るのは時間の問題と思っていたが――ただの少年だな。
それにこの気配、微かに覚えがある。見覚えはないが。
「なんだ、泥棒か!?」
ジェマも慌てて助っ人に向かうが、すでに少年は腕を捻られ、身動き一つ取れない。
棍棒を振り上げて駆け寄ってくるジェマに、泣きそうな顔になった。
本当に泣かれても困るので、ジェマを抑え、少年のそばに座り込む。
「お前は誰だ?」
少年はがたがた震えながら、ネイルズ、とだけ応えた。
名乗られてもな。聞き方が悪かったか。
テッドに離すように言い、ネイルズを立たせる。
「乱暴にして悪かった。不審者かと思ってな。それで、僕に用か?」
怯えながらも、ぼそぼそと話し出す。
このネイルズ、お隣さんだった。
どうりで微かに覚えがあったわけだ。自宅を出るとき、三十前後の女性と鉢合わせたことがある。その時、家の奥にも気配を感じたが、それが彼だったらしい。
そして何をしていたかというと、ざっくりまとめれば、混ざりたかったそうだ。
それを知ったガキ大将気質のテッド。
「じゃあ勝負しようぜ!」
と引っ張っていく。
途端、ネイルズは青ざめる。
こいつの勝負は鍛錬の意味だが――分かるはずないか。
「テッド、ジェマ。少し変則的にやってみよう」
「変――なに?」
「二人は一切、攻撃禁止。防御のみだ」
「はあ!? 何言ってんだよ、それじゃ勝負になんねえだろ!」
「甚振って楽しいか? お前たちの方がずっと強いじゃないか」
二人はまんざらでもなさそうな顔をする。
「ネイルズの体力が尽きたら勝ち、一度でも攻撃を受けたら負けだ。余裕だよな?」
「当たり前だ! よし、かかってこい!」
「かかってこい!」
単純な子供って好き。
最初は遠慮気味のネイルズだったが、攻撃してこないと分かると、徐々に積極的に動き出す。それに対し、テッドとジェマは走り回り、時に剣や盾で防ぐ。
なんとなく提案したんだが、これは良いかもしれん。どっちも攻撃的すぎるんだよな。
ふとリリーを見れば、刺激を受けたのか土魔法の鍛錬を始めていた。
手元の砂に魔力を込め、反応をさせようと集中している。彼女は真面目だから、いずれ資質の限界まで鍛えるだろう。後は限界がどの程度か。
断言できないが、あまり高くない気がする。通常、資質は習得の速度にも影響する。これだけ練習しても生活魔法が覚えられないなら、初級が精一杯だと思う。
一度、正式に調べるべきだろうか。
カルティラール高等学術院と冒険者ギルドに、魔法の資質を調べる魔道具があった。この魔道具、正式名称は天稟水晶だそうだが、意味が伝わりにくいので魔法資質検査具とか、調査具などと呼ばれている。それと、ギルドでは銀貨二枚の使用料が掛かり、学院は生徒のみが使用を許されていた。
調べるなら冒険者ギルドになるが――俺が金を出すのは筋が違う。リリーは冒険者を目指しているわけではないし、知りたがっている様子もない。一年以上掛かったようだが、彼らはカルティラールの受験料、銀貨三枚を掻き集めている。必要に感じれば、テッドたちと相談してどうにかするはずだ。
大きな音にそちらを見やる。
「なんだよ、もう終わりか?」
倒れたネイルズを、テッドが見下ろしていた。
立ち上がるどころか、反論する体力もないようだ。ネイルズはうつ伏せのまま、ぴくりとも動かない。
その脇腹を、ジェマがメイスで突っつく。
「もう駄目だぞ、これ」
「しょうがねえなぁ、お前は休んでろ。勝負しようぜ、ジェマ」
「おう!」
ネイルズを俺たちの方へ引っ張ってくると、テッドとジェマは模擬戦を開始する。
本当に子供ってのは元気……でもないか。
隣を見れば、息も絶え絶えのネイルズが転がっている。
部屋からコップを持ってくると、水を注いでその前に置いた。
しばらくしてネイルズは起き上がり、それを貪るように飲んでいく。
「気にするなよ」
話しかけると、ネイルズはきょとんとした顔を向けてきた。
元気に暴れ回る二人を顎で指し示す。
「あいつらは一年以上、鍛えてる。体力だけならその辺の子供には負けない」
「そうなんだ、一年……。彼女も?」
ネイルズはリリーへ視線を動かす。
彼女はさきほどからの土魔法の練習に没頭していた。傍目からは、砂で遊んでいるようにしか見えない。
その手の平で、砂が動く。
「え!? 今、砂が――」
「リリーは魔法の修行中だ。まだ駆け出しですらないけどな」
ネイルズはリリーの手の平を凝視した。
相当な食いつきだな。剣よりも魔法に興味があるのかね。
「調べてみようか? 魔法が使えるかどうか」
「お願いします!」
結果、ネイルズは水魔法に適性があった。
それを知って本人以上に喜んだのは、テッドとジェマである。壁の外では水の確保が難しい。彼らは水の重要性をよく理解していた。
「俺たちのパーティーに水係ができたぞ!」
と、ネイルズを囲んで盛り上がる。
酷い言い草だし冒険者になるとも言っていないが、本人が嬉しそうなので良しとしよう。
そんな上機嫌の兄たちを、リリーは笑顔で見守っていた。
しかし、彼女は何のために魔法の練習をしているのだろうか。
「折角だから」と言ってたが、それにしては熱心である。
何とはなしに訊ねると、リリーは少し寂しそうに口を開く。
「私と兄は農家でした。前の生活に戻れないのは分かっています。それでも、いつかは自分の畑で好きな作物をたくさん育てたいんです。土の魔法がその時、少しでも役に立ったらと思っています」
そんな夢を持っていたのか。
となると、資質が土属性でなければ熱心に練習しなかったわけだ。
ふと思いつき、リリーに問いかける。
「ところで、育てるのは畑限定なのか?」
「え、そんなことないですけど……。お花を育てるのも好きですし。あ、土の匂いも好きですよ」
「そうか」
俺は立ち上がった。
「少し出かける。帰りが遅ければそのまま帰って構わない。お茶も好きに飲んでくれ」
「あ、はい」
テッドたちにも出かけると告げ、俺は家を出た。
さて、居てくれれば良いが。