第62話 学院一年目 ~棄民
ゴブリンの群れとの戦闘から翌日の夕刻前、俺たちは学院へ帰還する。
怪我人は多数、死者は無し。
あれほどの群れを相手にして、これなら最良の戦果だろう。
しかし講師たちが解散を告げた途端、燻っていた不満が爆発した。
貴族の生徒を中心に、学院への抗議が上がる。
「死んだような顔だったのに、ずいぶん元気だな」
ランベルトが呆れた。
同意だが、俺としてはどちらの立場も理解できた。学院側は情報収集不足だし、魔物の領域に踏み込めば想定外の覚悟が必要である。知らなかったは通用しない。
ただ、どちらかと言えば学院に非があると思う。現実の厳しさを教えるにしても、十歳の子供なのだから入念な準備をすべきだった。
「んで、どうする。これで解散だが――」
「食事にでも行くか? 無事の帰還を祝いに」
「おお、それ良いな」
このまま別れるのは物寂しかったのか、皆は了承した。
学院の食堂では味気ないので、大通りの店に決める。
そして早速、向かおうとしたとき、「少し、よろしいですか?」と少年が声を掛けてきた。
見れば革鎧に大きな傷。その周りには血の跡もある。
「エリオットと申します。お礼が遅れて申し訳ありません。安静にと言われていたので」
あの時の重傷者か。
帰路、他の四人がやってきた。重傷ですぐに動けないと、彼の分も礼を言っていたので、それで終わりだと思っていた。
ランベルトは胸元の傷を見やる。
「動いて大丈夫なのか?」
「はい。あの後も治癒魔法を受けたので、傷はほとんど塞がってます。本当にありがとうございました。皆さんが駆けつけてくれなければどうなっていたか。それにヒーリングポーションまで使っていただいて――」
深々と頭を下げるエリオット。
それを手で制した。
「気にしなくて良いぞ。ポーションは自作だからな」
「ですが……」
エリオットは困ったような表情を浮かべる。
物腰が柔らかく、名字無し。彼も商人の息子だろうか。
男ばかりなのは変わらずだが、平民がいればロラも少しは気楽かもしれない。
ちらりとランベルトを見ると、同じことを考えていたのか、小さく頷いた。
そしてエリオットに話しかける。
「俺たちは食事に行くんだが、お前もどうだ?」
「え、よろしいんですか」
「ああ、人数が多い方が楽しいだろ。そうだ、エルフィミアも誘うか」
「それは良い」
賛成し見回すと、また捕まっていた。
はっきり拒否すれば済むのに、何だかんだで人が良いんだよな、あいつ。
俺が呼びかけると生気を取り戻し、小走りで駆け寄ってきた。
「助かったわ」
「どういたしまして」
帰還祝いに誘うと、一も二もなく了承した。
そのまま繰り出そうとしたが、ロラは一度家に戻って両親に無事を伝えたい、と言ったので、一旦解散。学院前で待ち合わせと決める。
帰還祝いは学院そばの食堂で行われた。
最初は緊張していたエリオットだが、少しずつそれも解れる。
彼はフィルサッチの大店、タナール商会に勤める商人の息子だった。雇われ人がカルティラールに子供を送るのだから、かなりのやり手なのだろう。
そんな帰還祝いは、寮の門限が迫るまで続いた。
野外演習後は、前期試験まで講義がない。
しばらくは皆ともお別れだ。
◇◇◇◇
三日後の早朝。
革鎧の引取や消耗品の補充を済ませ、一部の時間を除けば、のんびりと過ごしていた。前期試験はそろそろだが、準備が必要なのは教養くらいで、まだ慌てるほどでもない。
朝食を取りながら、冒険者ギルドに顔でも出そうかと考える。
学院からゴブリンとの戦いが伝わっているだろう。
討伐隊が出るなら参加してみたかった。他にもリーダー並みのゴブリンがいるなら興味がある。
ただ、本当に討伐隊が編成されるか疑問も残った。
野外演習で倒したゴブリンは七十を下らない。いくら大きな集落でも、この数の損耗は大きな痛手だ。脅威度は大幅に減少している。討伐隊の噂を聞かないのは、ギルド側もそう考えているのかもしれない。
ともかく、行ってみれば分かるだろう。
食事を終え、俺は準備を整える。討伐隊の進捗を確認し、ついでに良さそうな依頼があれば受けるとしよう。
そして、出発しようとした矢先。
来客に扉を開けてみれば、ランベルトとフェリクスだった。
二人は有無も言わさず我が家へ侵入。居間のテーブルを占拠し、羊皮紙の束と格闘し始めた。内容は学問の講義らしい。
「いきなり来て、何やってる」
俺は二人を見下ろした。
羊皮紙から視線を外さず、ランベルトが俺の問いに応える。
「お前が寮にいないからだ」
「ここが家だからな。いるわけがない」
「だからだよ」
「そうか、答える気はないと。よし、出てけ」
引っ張り出そうとしたが、テーブルにしがみ付き必死に抵抗する。
「お前、頭良いんだろ!? 教えてくれよ!」
「僕は三歳から座学をやってきた、できて当たり前だ。それに学問は履修してないぞ」
そもそも二人は教養、学問ともに上位者のユークス。頭が悪いわけではない。
泣きそうな顔で「ついて行けなくなった」とのたまっているが、剣の鍛錬に明け暮れ、さぼり続けたツケだろう。
「それにな、どんな分野も基本は暗記するだけだぞ。見たところ、さして応用力も必要ないし、教えられることなんて――」
俺の言葉を遮るように、再び扉が開く。
「アルター、勝負しようぜ!」
飛び込んできたのは六十八番こと、テッドだった。
どこぞの冒険者の如く、「しようぜ!」と棒きれ少女ジェマが続き、最後にリリーがお辞儀しながら遠慮がちに入ってくる。
突然の乱入者にランベルトは固まり、フェリクスは中腰で柄に手を掛けていた。
そんな空気も読まず、テッドは部屋を一瞥、「なんか増えてるな」とこぼす。
「ノックくらいしろ」
「おう、勝負しようぜ」
「今は来客中だ。裏庭に行ってろ」
「おう!」
と、テッドとジェマは駆けていく。
まったく、困った奴らだ。
テッドたちと遭遇してから、十日以上が経過していた。よほど悔しかったのか、翌日から俺を待ち構えていたらしい。講義の期間が終わり、演習前の肩慣らしに外へ出ると、いきなり嘘つき呼ばわりされた。
仕方ないので依頼をさっさと済ませ、相手をする。
その翌日も、また翌日も。
いい加減、外で相手するのも面倒なので自宅へご招待。
裏庭で相手をしてやったら、頻繁に来襲するようになってしまった。
「しかし、今日はやけに早いな。採取は良いのか?」
「あ、それなんですが――」
と、リリーが袋を差し出す。
「アルター様、頼まれていたものです」
「ああ、だからか。助かる、そろそろ切れそうだったんだ」
中身は将軍草だった。
彼らに採取を頼めば、その時間を鍛錬に使える。何より、そこら中に生えているので森に入る回数を減らせるし、冒険者は見向きもしないので競合しない。皆が得する妙案と自負している。
懐から銀貨一枚を取り出し、リリーに渡す。
それを大事そうに受け取ると、一礼して兄たちを追っていった。
もう少し弾んでも良いが、それではただの同情になってしまう。労働に対する適正な対価こそ、彼らに対する礼儀である。
袋を開け、中身を確認した。
葉の大きさはほぼ同じで、収納する向きまで揃えられている。採取の仕方も丁寧だ。破けた葉も見当たらない。
提案したとき、テッドやジェマは葉を引き千切っていた。買い取れんと拒否したら喚き散らして大変だったが、リリーだけは熱心に理由と注意事項を聞いてきた。元々、几帳面な性格だったのもあり、その後は日に日に腕を上げている。採取に限れば、もはや彼女がリーダーだ。
よし、早速処理するか。
将軍草の乾燥は二階で行っている。通気性が良いので実家の部屋より乾燥が早い。少し悲しいのは気の所為だ。
俺が立ち上がると、ランベルトが訝しげな目を向けてきた。
「それはなんだ?」
「将軍茶の原料だ」
「また訳の分からんことを……」
「もう普及は諦めた。一部の好事家に愛されていれば良いんだ」
ちょっと拗ねながら二階に行こうとすると、「待て」と再び呼び止める。
今度は何だと振り返れば、ランベルトの雰囲気が変わっていた。
「今の連中、難民ではないのか」
ランベルトは真顔、フェリクスは普段どおりだが、どことなく表情は冷たい。
またそれか――もう終わったと思っていたが。
ロラへの態度は演習前と大きく変わった。帰還祝いでは平民の彼女に気を遣い、同じ平民のエリオットや女性のエルフィミアも誘っている。
それにテッドたちは個人的な関係である。理解や賛同は求めていない。
「そうだ。問題があるのか?」
「ある。お前は男爵の息子だ。生徒ならまだしも、ただの平民が呼び捨てにして良いはずがない。ましてや難民ではないか」
「僕が許可してるんだがな」
「お前の許可は重要ではない。それを許してしまえば貴族が侮られるのだ」
一理ある、と思った。
リードヴァルトにいたとき、父がそうならないよう注意を払っていた。ランベルトはそれを貴族全員に置き換えている。親しみやすい貴族と言えば聞こえは良いが、裏を返せば軽視とも取れる。
無言の俺に、ランベルトは言葉を継ぐ。
「前に言ったな、俺たちは民の願いだと。では難民とはなんだ? ロラと同じだなんて言うなよ。彼らは商売をし、兵士となって共に領地を支えている。しかし、あいつらは違う。領地を捨て、逃げ出した連中だ」
侮蔑と同じくらい、怒気が込められていた。
垣根がずれただけか。
俺の言葉にランベルトは共感してくれた。だからこそ、難民の在り方が許せなくなっているのだ。それにランベルトを否定すれば、俺は自身の言葉を否定しなければならない。
「お前は正しい。反論は何もない。ただ一つ、訂正させてくれ。彼らは逃げたのではない。捨てられたんだ。棄民なんだよ」
険しい顔のまま、ランベルトは眉をひそめる。
「村が貴族の兵に襲撃された。相手はタクラズ子爵らしい」
タクラズはセレンの北東の子爵家、テッドの村はその南、ウォルバー伯爵家の領地にあった。
襲撃者は盗賊を装っていたが明らかにタクラズ兵であり、それを仄めかす発言もしていたそうだ。これが突発的な出来事なら陰謀も考えられる。しかし襲撃は初めてではなく、過去にも数回、タクラズ兵がウォルバー領内を荒らし回ったらしい。
特に今回の襲撃は酷く、多くの村民が殺されてしまった。領主に窮状を訴えても、過去の襲撃や不作、これまでの様々な経験から無駄だと悟っている。村の維持が困難と結論を下すと、彼らは村を捨て、ウォルバー領を捨てた。
「事情は分かった、発言も取り消そう。だが、貴族を軽んじて良い理由にはならん」
ランベルトは頑なに持論を曲げなかった。
その硬い表情に、俺は目を細める。
少し、勘違いしていたか。
棄民であるならロラと立場は同じ。彼らは領を支える機会を奪われたのだ。しかし、ランベルトは明らかに難民であるのを問題視している。理由は理解できても、「難民だから」で思考が留まっていた。
垣根は確かにずれた。
ロラに対する態度が大きく変化したのは事実。
だが、学院という環境に合わせ、そうせざるを得なかっただけかもしれない。
簡単に変われるなら苦労しないか。俺もな。
「少し、見方を変えようか」
テーブルを挟み、ランベルトの前に座る。
「僕らは貴族の代表じゃない。ただの貴族の息子で嫡男ですらない。身分が保障されるのは成人まで、あとは領主である父次第だ。必要とされなければ追い出されてしまう」
「言われんでも分かってる。だからセレンまで来たんだ。父を支えるため、父の騎士となるために。お前も似たようなものではないのか」
「そうだな、大して変わらない。僕もお前も。ただ、あいつは少し違う。父親をタクラズ兵に殺され、母親は逃げる途中で魔物に殺された。誰かを支えるためでなく、妹を、自分を守るために力を欲している。身の程知らずにも、カルティラールに入ろうとしてまでな」
ランベルトは押し黙った。
構わず、俺は続ける。
「将来、あいつらが力を付けたとしようか。そして騎士に抜擢されたらどうなる? 僕らと何が違うんだ? リードヴァルト最強はロラン。元冒険者、平民だぞ。僕が騎士になれば、彼の部下になるかもしれん」
「それは詭弁だろ! 話をすり替えるな!」
激高に、テーブルが激しく揺れた。
「見方を変えると言ったろ。お前は貴族全体を、僕は僕ら自身について述べているだけだ。視点の位置で、世界なんていくらでも変わるぞ」
腕を組み、ランベルトは拒否の意思を示した。
その頑なな姿に、俺は椅子の背にもたれ、息を吐く。
「これまで、死にそうな目に何度も遭ってきたよ。運命の過酷さを嫌というほど見せつけられた。だから彼らのように抗い、なりふり構わず足掻くのはとても立派だと思う。応援したくもなるさ」
不意にランベルトは顔を歪めた。
そしてほどなく、押し殺すように声を絞り出す。
「平気なのか……お前は、それで……」
「軽んじられることを、か? 気にもならんな。勝手に言わせておけば良い。ただ――僕を通して、家族を愚弄するのは許さん」
俺の言葉に再び押し黙ると、ランベルトはおもむろに立ち上がった。
そして「帰る」とだけ呟き、家を出て行く。
フェリクスは手早く羊皮紙を片付け、俺に一礼して後を追った。
誰もいない部屋に座り、無言で扉を見つめる。
そんな室内に、裏庭から聞こえる威勢の良い声だけが、いつまでも響いていた。




