第47話 入学試験
滞りなく受験手続を終え、入学試験の朝を迎える。
いつもの連中が宿の外まで見送ってくれたが、皆、緊張感は皆無だ。貴族の俺は入学が確定しているので、試験と言っても学力や戦闘技術の実力を調べるだけだった。
「では、行ってくる」
俺の合図で馬車は動き出す。
マーカントたちは、「適当に頑張れー」とか「他の子供、泣かすなよぉー」と気の抜けた声援で送り出してくれた。もう少し、言いようがあると思う。泣かさんし。
御者はこの日だけ雇った壮年の紳士である。別にピドシオスで良いと思ったのだが、ハーフリングがどうこうではなく、貴族の御者が冒険者であるのがまずいらしい。体面やら何やかやだな。それにピドシオスは道中の御者であって、受験の送り迎えは約束に入っていない。ロランは始めからそのつもりで、宿に手配を頼んでいたそうだ。
順調に馬車は進み、カルティラール高等学術院が見えてくる。
セレンには三大学院と呼ばれる学院があった。
カルティラール高等学術院、ラプナス学術院、ルルクト学院の三校だ。どれも貴族、平民を分け隔てなく受け入れているが、そのままの順で貴族の比率は下がっていく。俺は父の意向もあり、カルティラールだ。
他にも多くの学院や私塾は存在するが、三大学院は別格と言われている。それは知名度や歴史だけでなく、三大学院の学院長が評議員であるためだ。セレンを運営する評議員九名のうち三名が三大学院の学院長、その影響力は絶大と言えよう。
馬車を学舎横に止め、俺とロランは玄関に向かう。
そこかしこに受験生と付き人、果ては家族同伴でやってきている者たちがいて、入り口周辺はごった返していた。
「では、私はここで」
「丸一日掛かるそうだ。暇なら控え室で昼寝でもしておけ」
「そうさせて頂きます。それと――」
ロランは周囲をそっと見渡す。
「暴れないで下さいよ?」
「するか!」
「リードヴァルト家は最下級の男爵。気に入らないのがいても我慢してください」
「念を押されなくとも分かってる。そういう心配は入学してからにしろ」
「そっちでも困るんですが」
まったく、こいつは俺をなんだと思ってるのか。
どうしようもなくなったら、見えないところできっちり仕留める。証拠なんて残さん。
不安げなロランを残し、俺は試験会場へ向かった。
◇◇◇◇
午前は筆記試験だった。
俺の受験番号は七十二番で、指定された教室に向かえば、すでにほとんどの生徒たちが集まっている。
ただし、その半数近くが着席していなかった。
席に着きながら『鑑定』で眺めてみれば、そうした受験生はことごとく貴族の子供である。では一体、何をしているのか。
不思議に思っていると、すぐに理解する。
こいつら、貴族同士で挨拶をぶちかましあっているのだ。
もし格上に無礼でもあれば、大事になる。入学が決まっている彼らには、試験よりも重要なのだろう。
そしてどんな嗅覚なのか、面白いことに騎士や平民の子には挨拶を仕掛けなかった。どれほど上等な服を着ていてもだ。俺のように座っている貴族もいるのにそれを的確に嗅ぎ分け、挨拶を仕掛けている。仕草で見分けてるのか?
一応、貴族の血族は称号化するので、『鑑定』ができれば判断できる。
ちなみに称号というのは、強い影響力を持つ立場、能力に補正が掛かる性質を有する者、善悪問わず異質な経歴の者が獲得するようだ。俺なら『男爵家の次男』が影響力、『帰宅のエース』が補正、『転生者』が異質、となる。コンプリートしている奴も珍しいと思う。特典とかないのかね。
そんな『鑑定』を持たない貴族連中なのに、ほぼ完璧に同種を嗅ぎ当てている。
もしかして貴族称号の固有スキルだろうか。俺、さっぱり見抜けないけど?
残念なことに俺も連中の嗅覚に引っかかり、何度か挨拶を挑まれてしまった。
この勝負に勝利はない。俺のカードは最弱、良くて引き分けだ。そして引き分けになる相手は、始めから勝負を仕掛けてこなかった。
連敗続きである。
幸い、貧弱な俺を叩きのめしても、不遜な態度を見せる馬鹿はほとんどいなかった。
俺と話しながらも、彼らは常に周囲に意識を向けている。下手な行動や態度を見せ、万が一、寄親に近しい者や格上の不興を買えば、生家にどんな影響がでるか分からない。十歳でも貴族である。
そしてたった今も、子爵の息子を名乗るお子様が「男爵ごときを鄭重に扱う僕って素敵」という顔をしながら立ち去っていった。うん、仲良くなれそうな気がまるでしない。馬鹿は尚更だ。
そんな気持ち悪い教室の隅で固まっているのは、平民の子供たちだった。
縮こまっている者、我関せずと試験に備えている者と様々である。こっちの方が性に合ってるんだが、やっぱり友好を深めるのは難しい気がした。ここにいるのは裕福な家庭の生まれ、大抵は商人の息子や娘。彼らは貴族との付き合い方をわきまえているから、どうしても遠慮が生まれる。マーカントみたいのは始めからここにいない。
あれ、おかしいな。ぼっちの未来しか見えないぞ。
そんな不安をよそに、試験が始まる。
内容はアルシス帝国の歴史、算数などの基礎学力。基礎学力と言っても小学校低学年レベルで、それとヴェリアテス語、いわゆる国語の試験が無いので、回答全般がその対象になっているのだろう。
さらに魔法や錬金術、魔物の知識まで出題される。
セレンらしいと言うべきか、この世界らしいと言うべきか。
どちらかと言えば得意分野なので、その他も含め、筆記は無難にクリアする。満点は無理でもなかなかの高得点だと思う。
その後は休息を挟み、午後から戦闘術と魔法の試験となる。
魔法は素養の無い者は受けなくても良いが、免除ではない。しっかり減点されてしまうので、魔法を逃すと平民はかなりきついだろう。
戦闘術の試験は校庭のような広場で行われ、講師らしき試験官がルールについて説明した。
要約すれば、呼ばれた者同士で模擬戦を行うとのこと。
制限時間は砂時計で測り、その大きさから十分くらいと思われる。
さらに過剰な攻撃は減点で、最悪は失格。組み合わせは学院側で決定、男女の区別無し、だそうだ。
模擬戦の試験会場は三カ所用意され、その片側に待機用の椅子が並べられている。
説明が終わると、受験生たちは好き勝手に着席した。
ここでも貴族連中は、誰の隣に座るかで面倒な駆け引きを始める。
関わりたくないので平民に混ざり、さっさと席に着く。
粗方落ち着いたところで、改めて受験生を眺めた。
筆記の時は複数の教室に分散していたので不明だったが、受験生は百名ほどのようだ。
模擬戦がすべて終わるのは二、三時間くらいか。
俺は七十二番なので、番号どおりならだいぶ先になる。
それまで見てるのも地味につらいが――百人ね。
やはり少ない。
学舎の規模の割に、受験生が少なすぎた。これの十倍でも余裕だろう。国の事情があるとはいえ、勿体ない話である。どうせなら平民をもっと受け入れればとも思うが、セレンを代表するカルティラールだからこそ、選べない選択なのかもしれない。
そうこうしていると最初の模擬戦が始まった。
初戦は三組とも貴族対平民。
その後も微笑ましい模擬戦が続いていく。
彼らを見ていて思ったが、幼い頃の兄はそれなりの実力者だったようだ。
身分に拘らず、ほとんどの受験生が戦闘技術のスキルを習得していない。習得していてもランク1程度だ。
これくらいなら当時の兄でも好勝負できるし、今の兄に勝てるほど彼らが成長できるとも思えない。生まれたての頃、父がブラスラッド候にちくちくやられてたけど、何だかんだ言ってもリードヴァルトは武闘派である。
勝敗に一喜一憂する受験生たち。
それを観戦する受験生、特に貴族連中は娯楽感覚だ。
模擬戦はさしたる問題もなく粛々と進行していったが、その様子に疑問が浮かぶ。
妙だな。さきほどから貴族対平民、そうでなければ貴族対騎士の組み合わせが続いている。カルティラールであっても、貴族は受験生の半数に満たない。そう考えるとおかしくないのだが、なさ過ぎるのも変だろう。
これって……そういうことか?
貴族はプライドの生き物。たかが模擬戦でも、軋轢や紛争の切っ掛けになりかねない。もしそうなれば、どういう形で学院に飛び火するか分からない。
受験生の出生や家格を見ながら、必死に頭を捻ったんだろうな。組み合わせ。
なんだろうな、急に興味が無くなってきた。こんなところで何か学べるんだろうか。貴族の生態以外で。
すっかり興醒めし、模擬戦から視線を外す。
だからだろうか。
不意に視線を感じ取った。
気の所為、ではないな。誰かが俺を見ている。
いつからだ?
模擬戦に集中していたので、今まで気付かなかった。これだけ人が密集していては、『気配察知』も役に立たない。受験生の誰かなのは間違いないが。
自慢じゃないが、我がリードヴァルト家はろくな貴族付き合いをしてない。俺を知っている貴族、ましてや受験するような平民ともなれば、まったく心当たりがなかった。
少し……誘ってみるか。
俺は何気ない素振りで立ち上がった。
長丁場の試験なので、トイレや小休止は許されている。
これで動きがあれば正体は判明するし、なくとも目的が絞れるはずだ。
受験生の集団から外れ、学院を囲う柵のそばへ移動。そのまま植樹の影に入ると、さも身体が固まった体を装い、身体を解し始める。
さして時を要さず、気配が一つ、こちらへ向かってきた。
乗ってくるのか。ということは、悪意がない?
そのまま気付かぬふりをしていると、視線の主は声を掛けてきた。
「あなた――」
女の声だった。
驚く顔を作り、振り向く。
しかし、作る必要はなかった。本当に驚いたからだ。
エルフ――。
ハーフリングほどではないが、充分、稀少な種族だ。リードヴァルトでも数えるほどしか見かけたことがない。まさか、入学試験の場で遭遇するとは。
俺の反応に慣れているのか、エルフの少女は顔色一つ変えずに言葉を継ぐ。
「もしかして、ものすごく強いの?」
つくづく驚かせる。どう導き出したんだ、それ。
「ぶしつけな質問だ。なぜそう思う?」
「それは……」
直球を返すと、少女は口ごもってしまった。
何者だ、こいつ。
どこかで会った? それとも戦ってるところを見られた?
記憶を辿るが、何も引っかかってこない。
街中で力を披露したことはない。森だとしたらハンターフィッチ以外、必ずオゼかネリオがそばにいた。道中は尚のこと、『深閑の剣』が同行している。こっそり監視するのは不可能――いや、そうじゃない。
こいつは、「強いの」と聞いたんだ。
俺の力を知らないのに、疑った?
まさか……。
俺は『鑑定』を発動。スキルを一瞥し、発見する。
こいつ、『基礎鑑定』持ちか。
しかも受験生の枠を飛び越えた強さである。冒険者ならCランク相当。氷結属性の広範囲魔法《氷雪界域》に、神聖属性の《聖域》。どっちも中級魔法なうえ、他にも水属性や火属性、初級ながら回復魔法も習得し、無属性魔法は多彩。俺のステータスも大概だが、こいつもかなりきてる。情報の洪水だ。
エルフは想像していた以上にチートらしい。なんでこんなのが受験してんだよ。
ともかく、警戒しておいて良かった。今の俺は『偽装』されている。年齢にしては強いが大騒ぎするほどでは――ってそれも変だろ。それがどうして「ものすごく強い」になる?
そういえば、『基礎鑑定』は失敗率が高いと聞いたことがあるな。鑑定に失敗して表記がおかしくなったのか。しかしそれだけとは……ん?
『魔眼:魔力視』
魔力を見る……スキル?
表情に出そうになるのを、必死に堪える。
そういうことか、こいつには『偽装』が通じないんだ。いくら『基礎鑑定』を誤魔化しても、現在の保有魔力が減るわけじゃない。しかも俺の魔力は成長するごとに跳ね上がり、今では下手な魔法使いを遥かに凌駕している。
疑問が解けたな。
俺の異常な魔力量に感知し、早速鑑定。だが、『基礎鑑定』は失敗した。そうでなければ偽装したステータスを見て、『魔力視』と『基礎鑑定』のずれに気付く。違った問いかけになるはず。そして魔力の総量はレベルに依存するため、戦闘経験が豊富なのは間違いない。それも異常な魔力量から実際のレベル以上に見えただろう。そこで最初の質問に戻るわけだ。
こんな奴もいるんだな。本当、世界は広いよ。
俺が考察している間も、少女は口を閉ざしたままだった。
どう言いくるめてこちらの情報を得るか、考えているのだろう。
エルフと言えども、所詮はお子様だな。そんなもん、適当に鎌を掛けて揺さぶれば良いんだ。相手は動揺するし、勝手に混乱する。生真面目に悩んでいるからネタが割れるんだ。
「六十八番、七十二番! 前へ!」
そんな無言の駆け引きをやっていると、試験官の声が聞こえてくる。
「申し訳ないが、僕の出番だ。強いか気になるなら、これで分かるんじゃないか」
「なら良いけどね」
エルフの少女は対戦相手を見ながら、意味ありげに笑った。
ま、同感だけどさ。
六十八番も、やはり平民だった。しかも、すり切れた服に薄汚れた肌。明らかに貧困層の少年である。それでもやる気だけは十分らしく、木剣を振りながら相手が出てくるのを待っている。
素振りを見るかぎり、素人か。
試験官に受験票を見せ、七十二番であるのを確認してもらう。
そして向かい合うなり、六十八番は睨み付けてきた。
気迫だけは一人前だな。それとも、何か隠し持ってるのか?
素振りなどの動きは戦闘技術スキルの領分だが、『高速移動』のように技術の優劣を無に帰すスキルも存在する。こいつが先ほどのエルフのように、特異なスキル保有者である可能性は否定できない。
『鑑定』は――やめておこう。
命を掛けた戦いならいざ知らず、これは模擬戦。実戦では『鑑定』の余裕すら無い状況も起こり得る。合格を掛けた彼には悪いが、練習に丁度良い。
審判が進み出て改めて注意事項を説明、そして双方の意思を確認し距離を取る。
「はじめ!」
号令と同時、少年が突っ込んできた。
木剣を振り上げ、力任せの振り下ろし。やはり技術は皆無か。
俺は上体を反らし、それを躱す。
追撃で何か仕掛けてくるのを警戒したが、少年はそのままつんのめり、派手に転がっていく。
本当に、ただの子供なのか。
無様な姿に受験生から笑い声が起きる。
少年は顔を真っ赤にして立ち上がり、再び飛び掛かってきた。
それを受け流す。
何もやってこないのだから、これが実力のようだ。
しかし参ったな、それはそれでやりづらいぞ。
非戦闘員と戦うのは、初めての経験だった。警戒していた分、ここまで差があると申し訳ない気持ちになってくる。もう少し実力があれば、形くらいにはなるんだが。
砂時計を見やる。
制限時間はおよそ十分。この模擬戦は俺だけでなく少年も審査されている。
仕方ない。数分くらいは付き合ってやろう。
しばらくの間、猛攻を躱し、時に受け流す。
そして五分が経過したところで、少年の体力が底をついた。
もう限界だな。
俺は隙だらけの胴を打ち据える。
激痛に声も上げられず、少年はその場でうずくまった。
「これで終わりだ」
首元に剣を突きつける。
だが、少年はそれを振り払い、唇を噛みしめながら立ち上がった。
見事な根性だ。相手が俺じゃなければ、それなりの勝負ができたかもな。
「それまで!」
試験官の宣言。
少年は呆然とするも、すぐさま矛先を変え、「まだやれる!」と試験官に詰め寄った。
巻き込まれたら面倒なので、俺はさっさと一礼し、その場を離れる。
抗議の声を背に木剣を片付けていると、エルフ少女が近付いてきた。
「やる意味あったの? 今の」
「さあな、判断するのは僕じゃない。それよりも、聞きたいことがある」
俺が切り出すと、エルフの少女は怪訝そうな目を向けてきた。
強気な姿勢は崩していないが、少し後退ったのは警戒の表れだろう。
だが甘いな、エルフ少女。ネタの割れてる質問なんぞ、今更するはずがない。ステータスにすら表示されない重要な情報。その確認こそが、俺にとって最優先事項なんだ。
鋭い視線を避け、さらにエルフ少女は後退。
そこへ追い打つように、俺は問いかけた。
「お前、女だよな」
「……は?」
エルフ少女は間の抜けた顔になる。
「性別。実は男です、とか無いよな?」
「どう見ても女でしょ! 見て分からないの!?」
「見て分かるから困るんだ。どうあれ、安心した」
最近、まんまとしてやられたからな、もう騙されんぞ。
怒りを込めた目で睨むエルフ少女を捨て置き、すっきりとした気分で受験生の群れへ戻る。
大丈夫、俺の眼は腐ってない。




