第48話 別れ
魔法の試験は驚くほど簡単だった。
的に向けて順番に魔法を放つだけで、集まった受験生は二十名ほど。
考えてみれば『多重詠唱』の使える俺みたいな異端や、エルフ少女のような別格はまずいない。初級が精一杯である。
俺は申告した魔法、《土塊の短矢》で的をあっさり射貫く。
これで試験終了。
意外だったのは、魔法の資質検査が行われなかったことだ。ステータスがプライバシーの塊だとしても、適性が不明では教えようもない。学院はバージルの言っていた検査の魔道具を持っていないのだろうか。正直、どうやってやり過ごそうか悩んでいたので助かるが、俺の中でまた学院の評価が下がってしまった。
そして合格発表が張り出される二日後の昼過ぎ。
俺はロランと学院に向かっていた。
どうやら貴族であっても素行が悪すぎたりすると、稀に落とされることもあるらしい。俺はいつだって良いお子様。なんの心配もいらないのだが、一応、念のためである。
学舎入り口で他の受験生と並び、合格発表を眺める。
「あるな」
「ありますね」
とぼけたやり取りを交わす主従の回りでは、様々な人生が展開していた。
貴族もいるようだが、ほとんどは合否不明の平民であり、歓喜する者もいれば嘆く者もいる。どこの世界でも受験は一緒だ。
ずるした気分で申し訳ないが、晴れてカルティラール高等学術院の学院生となった。当然なので感慨もないが、内心、ちょっとだけ安心している。もし不合格だったら、どんな顔で帰れば良いのか。母は喜びそうだけど。
学院を出ると、そのまま商業ギルドへ向かった。
入学手続きは学院でも行っているが、商業ギルドを介せば面倒な書類手続きを代行してくれるという。それに学費や今後の生活費もまとめて預けられているので、どっちにしろ引き出しに行かなければならない。
商業ギルドは街の中心地に巨大な支店を構えており、否が応でも目に留まった。
それほどの好立地にあるのは、セレンにおける彼らの影響力が強いことの証だろう。
おそらく、経済活動などの結構な分野が商業ギルドに丸投げだと思う。アルファスの行動や思想はどうであろうと、魔法使いの本質は個人主義で秘密主義。領地経営は不向きだろう。
商業ギルドは引っ切りなしに人が出入りしていた。
それに混ざって中に入れば、吹き抜けの広いホールが広がっていた。
そしていくつもの敷居で区切られ、至る所で様々な会話が漏れ聞こえてくる。
声の主はほとんど商人やその関係者のようだが、貴族の子供や従者の姿もあった。俺と同じく、どこかの学院への入学手続きを頼みに来たのだろう。
さて、俺たちも手続きしなければならないんだが――。
ロランもセレンの商業ギルドは初めてらしく、担当の窓口を探している。
そうこうしていると若い男が一人、静かな足取りで歩み寄ってきた。
「ようこそ商業ギルドへ。どのようなご用件でしょうか」
声を掛けてきたのは、二十歳そこそこの若い男だった。
小綺麗な格好にほっそりとした体つき。顔つきはやり手そうだが、どこか柔和な印象を与える。
「金銭預り証の確認、入学の手続代行、学費や入寮費の支払を頼みたい」
ロランが応えると、男は「こちらへどうぞ」と区切りの一つに案内、そのまま対面に着席した。どうやら入学生の係らしい。
「サミーニと申します」
「アルター・レス・リードヴァルトだ」
互いに挨拶を交わす。
こういう時、貴族は従者に応えさせたりするが、うちは最下級の男爵。偉そうにしても空しくなるだけである。ぶっちゃけ、回りくどいし。
ロランも名乗り、羊皮紙を手渡す。
これは金銭預り証という代物で、振り込めば別の商業ギルドで引き出すことができる。便利だが入出金の伝達は早馬で行われるため、俺みたいなのが全速で移動すると情報の更新を先回りできてしまう。学院生から犯罪者に昇格だ。
サミーニは預り証を開き、目を通しながらいくつか質問してきた。
それに応えつつ、俺も覗き込む。
発行した街と日付、振込人と受取人の氏名、金額、そして規約などが事細かく記載されていた。書類も前世と似たり寄ったりだ。試験もそうだが、結局は同じような形に落ち着くんだろうな。
断りを入れてからサミーニは離席、戻ってきたときは別の羊皮紙を携えていた。
「確認が終了しました。現在、金貨百枚を預かっております。一年間の学費は金貨五十枚、寮費など諸経費に金貨十四枚が掛かります。残金は金貨三十六枚となりますが、手続きを進めてもよろしいですか?」
俺は手続を頼み、残金はそのまま預かってもらった。
現在の手持ちも金貨三十枚ほど。当面の生活費には充分過ぎる。
それと金銭預りの手数料は銀貨一枚、入学手続きの代行手数料は無料だった。前者は隊商や行商人を支援するため一律なのだが、後者は貴族に対するサービスのようだ。良い印象を持ってもらえれば、別の機会に利用することもある。損して得取れ、だな。ざっくり言えば「今後もよろしくね」である。
それと話の流れで教えてくれたが、冒険者ギルドの金銭預り業務は、冒険者限定で無料らしい。こちらは当然だ。手数料なんて取ったら冒険者は利用しないし、そうなると金品を抱えながら出歩くことになる。歩く金庫だ。俺が盗賊なら無理してでも襲う。
渡された書類に氏名や受験番号などの必要事項を記入していく。
それを確認し、サミーニは別の書類に何やら書き込む。
「では、こちらの納付証明を学院の受付にお渡しください。それで入学手続きは完了となります。期日がございますので、早めの提出をお薦めいたします」
慇懃に「又のご利用、お待ちしております」と頭を下げるサミーニに礼を述べ、俺たちは商業ギルドを後にした。
◇◇◇◇
夕刻も近いことから納付証明の提出は後日とし、とある酒場に向かう。
なんでも、合格祝いの祝宴を開いてくれるそうだ。
宿泊している宿は高級だから騒げないと、マーカントたちが小さな酒場をわざわざ探し出し、借り切ったという。
到着すると、すでに酒宴は始まっていた。
俺を見るなり主役だなんだと囃し立てたが、こいつら、飲みたいだけだと思う。
軽く挨拶し、俺とロランも酒宴に加わる。
料理の見た目はそれなりだったが、味は良い。誰からも文句が出ないので酒も美味いのだろう。
そんな料理や果実水を堪能していると、皆はパーティーの枠を越え、話に盛り上がっていた。
ヴァレリーはセルマやミラーナ、ダニルはエフルト、オゼはダイラスと何やら話し込んでいる。ヴァレリーたちは女性冒険者特有の苦労話や鬱憤があるらしく、ちょっと近寄りがたい。ダニルとエフルトは小難しい話に興じつつ経験豊富なロランに質問し、オゼとダイラスは酒場の隅で弓矢の扱いや斥候の技術について情報交換を行っている。
そしてリーダー二人は、「かんぱーい!」と杯を打ち鳴らし、食っては飲んでいた。こいつらは大体がこんな調子だ。
ともかく、皆は道中でも交流があったようだ。護衛が十人もいれば、見張りの順番など回ってこない。俺がのんびり寝ている間に仲良くなったんだと思う。
ちょっと寂しいので、俺も果実水片手に話に加わる。もちろん、女性陣と酔っ払いどもは避けた。
そんな酒宴は遅くまで続き、宿に戻ったのは深夜を過ぎた頃となる。
何だかんだで盛り上がったのは確かだが、もし途中でピドシオスの放った一言がなければ、もう少し早くにお開きとなっていたかもしれない。
翌朝、俺たちが宿の玄関口で待っていると、旅装を整えた『深閑の剣』が階下へ降りてきた。
「慌ただしい出発だな。準備は終わっていたのか」
「まあな」
いつもの調子でピドシオスが応えた。
マーカントは名残惜しそうに見下ろす。
「もっとゆっくりしてけよ。一緒に依頼、受けようぜ」
「アルターの合格も見届けたし、頃合いだからな。でもまあ、一つくらいなら依頼を受けても――」
「駄目ですよ。そう言って引き延ばすんですから。それに依頼なら受けてるでしょう。馬車が待ってますよ」
間髪入れず、エフルトが退けた。
酒宴の最中、ピドシオスは「明日、出発する」と切り出した。
突然の宣言に驚きつつも、酒宴は合格祝い兼送別会へと変わる。
元々はセムガット公国へ行くための便乗だった。別れは時間の問題だったのかもしれない。
ただそうなると、何をしに行くのか気になってしまった。
冒険者に詮索は禁物だが、俺は「もし良ければ」と訊ねたところ、なぜか途端にピドシオスは不貞腐れ、代わりに半笑いのエフルトが目的を明かしてくれた。
正確な目的地はセムガット公国の西方、メズ・リエス地方だった。
エルフやドワーフなどが小国家を形成し、争うことなく共存している地域で、ピドシオスはその一つの出身らしい。
そんな彼が遥か東方をうろついている理由は、喧嘩が原因だという。
ある日の朝、家畜小屋の柵が開いていたことで、兄たちと「閉めた」「閉めてない」で揉める。そのまま大喧嘩となって、ピドシオスは家を飛び出してしまった。そして紆余曲折を経て、現在に至るそうだ。
あまりのくだらなさに、思わず脱力してしまった。
それを知ったエフルトたちも同じ思いに囚われ、冒険者を続けるにせよ、一度戻って決着を付けるべき、と説得。散々渋られたが、どうにか帰郷にこぎつけたそうだ。
ただ、当の本人は今でも不本意なようで、ことあるごとに引き延ばしを図るらしい。
セレンに到着したときも、すぐに出発する予定だったそうだが、「高級宿に招待されたから」と俺に責任転嫁した。あの様子だと下手すれば道中も――いや、下手しなくとも引き延ばしだろう。
そんな困り者のハーフリング、サルマやエフルト、ダイラスと別れを交わす。
様々な事情や経緯はともかくとしても、出立するなら事前に一言欲しかった。昨日の今日では心構えができない。
ピドシオスが荷を背負い直し、改めて俺たちを眺めた。
「んじゃ、行くとするわ」
そして仲間を引き連れ、宿を出る。
彼らは西のフィルサッチ侯爵領まで隊商の護衛を引き受けているらしく、そこからセムガット公国までの足を探すそうだ。
「門まで送ろう」
「いらねえよ、ガキじゃねえんだから。お前らも元気でな。縁があれば、また会えるさ」
いつもの気楽さで、『深閑の剣』はあっさり旅立っていった。
俺たちはそれを大通りから見送る。
ハンターフィッチとの戦いで出会い、勝手に同行者となって付いて来た。
付き合いそのものは一ヶ月にも満たない。
なれど、共に過ごした時間は濃密だった。
卓越した技量を持つ彼らには、もっと教われることがあったろう。
縁があれば、か。
出会った以上、また出会うこともある。
それでも、目的地がメズ・リエスなら戻ってきても数年後だ。
その個性的な背に見つめながら、縁が再び引き合わせるのを、俺は祈る。
「次は私の番ですな」
不意の言葉に振り返った。
意味を理解するより早く、ロランは言葉を継ぐ。
「渡す物がございます。部屋でお待ち頂けますか」
◇◇◇◇
「まずはこれを」
ロランが差し出してきたのは、父からの手紙だった。
読んでみると、今後の生活に向けての激励や注意、学費などの振り込みについても書かれていた。なぜか最後に「危ない真似はしないように」と念が押されている。父は心配性だ、危ない真似なんてしたことない。ちょっと何度か死にかけたけど。
「こちらもお渡ししておきます」
さらにロランが何かを差し出す。
手の平の重みに、俺は目を見張った。
「……どうしてこれを?」
「誰でも分かりますよ。無一文の坊ちゃんがいきなりの散財でしたから。すぐにまた売り払いそうなので、今まで預かっておりました」
「あの時は緊急だったんだ。僕に浪費癖はないぞ」
エラス・ライノの魔石を見やる。
二年ぶりか。懐かしいな、この感触。
「では、これで私の役目は終わりです」
「もう行くのか?」
「無事に坊ちゃんをセレンまで送り届け、残すは納付証明の提出のみ。私は不要でしょう」
「ちょっと待て」
俺はバックパックから布に包んだ三本の小瓶を取り出し、ロランに手渡す。
「こいつを持っていけ。最も出来が良いやつだ」
「また高額な品を、ぽんと差し出しますね」
言いながらも、ロランは笑顔で受け取った。
「どれもヒーリングポーションで品質は良質だ。二本は疲労回復の付随効果、こいつは眠気覚ましを強めにしてある。ちょっとした覚醒作用だな」
「坊ちゃんがお戻りになる日まで、大事に預からせて頂きます」
「いや使えよ。ポーションなんて消耗品だからな?」
話が終わると、本当にロランは出立の準備を始めた。
どうやら一人で帰るつもりらしい。
馬上の一人旅なら往路より早く戻れるが、危険も多い。大丈夫だろうか。
ロランも見送りを断ったが、俺は無理矢理、東門の外まで同行する。
久しぶりにセレンを出れば、穏やかな春光の中、重い穂を垂れ下げ冬小麦が揺れていた。
琥珀色に照り映える街道で、俺とロラン、そして『破邪の戦斧』は立ち止まる。
「本当に一人で帰るのか。隊商にでも紛れ込んだらどうだ?」
「それでは戻るのが遅くなります。ご安心ください、冒険者時代は単独で各地を回っておりましたので。それよりも、坊ちゃんです。無理をなされないで下さいよ。時折、自らの命をないがしろになさりますから」
「そんなつもりはないんだが――ま、ほどほどにやっていくさ」
ロランは「頼みますよ」と、心配そうに首を振る。
そして『破邪の戦斧』へ視線を向けた。
「皆様方もご壮健で」
「あんたもな。また森に潜ろうぜ」
ロランはマーカントたちと握手を交わすと、俺に向き直り、すっと姿勢を正した。
「ロラン・ディラット、これよりリードヴァルトへ帰還いたします」
「お前、そんな姓だったのか」
「未だに忘れそうになりますね。長い間、ただのロランでしたから」
ロランの笑みに釣られ、俺も笑った。
そして姿勢を正し、見上げる。
「護衛の任、大儀であった。父上たちを頼むぞ、ディラット卿」
「はッ、お任せを!」
一礼し、ロランは馬に飛び乗った。
見慣れた後ろ姿が遠ざかっていく。
剣の鍛錬を始めたのは五歳。ロランとはその頃からの付き合いだ。
夏至祭では護衛となり、その後は俺が何かするたび、背後を守り、支えてくれた。
元冒険者の知識と柔軟性に助けられたことも多い。
その姿が消えても尚、俺は街道を見つめ続けた。
「それで――お前たちはどうする?」
俺の問いに応えたのは、無骨な手の平だった。
マーカントは、がしがしと頭を撫で回す。
「俺たちは残る。しばらくはセレンで依頼を受けるさ」
「分かった、分かったから止めろ」
振り払って睨み付けると、四人から生暖かい視線が降り注いでいた。
中身はお前らと同い年だからな。子供扱いしないでもらいたい。
「帰るぞ」
俺は話を打ち切るように、踵を返した。
そして『破邪の戦斧』を連れ、セレンに向けて歩き出す。
そういやロランの奴、かなりのおっさんなのにまだ成長してたな。
戻った頃には、さらに強くなってそうだ。
それはそれで楽しみだが――負けないように鍛えないと。




