第45話 セレンへの旅路 ~また、いつの日か
道中の食糧、水を満載した樽、そして大急ぎで用意してくれたゴウサスの皮を荷台に積み込む。皮はまだなめしの途中で、続きはセレンの職人に頼むことになっていた。
春の日差しを浴びながら、俺は村長やニール、他の村民らと挨拶を交わしていく。
「村長、世話になった」
「何を仰います。アルター様がいらっしゃらなければ、この村はどうなっていたことか。我らこそお世話になりっぱなしで、ろくにお礼もできておりません。もうしばらく逗留して頂くわけには参りませんか」
「そうしたいが、時間に余裕が無くてな。手続が締め切られるまでにセレンへ行かねばならん。ああ、それと盗賊には注意してくれ。逃げられないが、人質を取られると面倒だ。不用意に近付かないようにな」
「承知しました」
言いながらも、村長は不安そうに森を見やる。
やはりオヴェックが気になるようだ。調査隊が到着するまで俺たちに残ってもらいたいのだろう。せめて盗賊だけでも引き受けたいが、この先は村が一つあるだけなので引き渡しはセレンになってしまう。そこまで盗賊の面倒は見切れない。賞金は村に譲っているので、ギルドに引き渡すまで頑張ってもらおう。
「できるだけ早くギルドへ連絡する。貴族の息子とCランク冒険者二組の報告、ギルドも無碍にはすまい」
「宜しくお願いします」
深々と村長は頭を下げた。
宿の方からロニーとミランダが駆けてくるのが目に留まる。
「お待たせしました。こちらです」
ロニーが小ぶりの樽と皮袋を差し出してきた。
ロランとマーカントがそれを受け取る。
出来上がってすぐに持ってきたようで、ミランダはエプロン姿に腕まくりをしたままだ。
「無理を言って悪かったな」
「いえ、この程度ではお礼にもなりません。それにこんな食材、滅多に扱えませんので」
中身はオヴェック料理だった。
何かと騒動を巻き起こしてくれたオヴェックだったが、朝食後、解体していないことを思い出し、大慌てで回収に向かった。そしてダニルやエフルト、村人の助けを借りながら捌く。
このオヴェック、外見だけでなく中身も特異だった。
全身に網のような筋繊維が広がり、骨同士の間隔は広く、さらによく見れば一つ一つが複数の骨で構成されていた。触手部分はほぼ筋肉で、中央に高い柔軟性の筋が一本通っていた。
なんとも珍しい構造に期待したが、どの部分も死ぬと同時に急速に劣化、二日と持たずぼろぼろになるという。おまけに魔石も発見できず、なんとも倒し甲斐のない魔物だった。
唯一の救いは肉が美味らしいが、見た目が強烈なため大抵は放置されてしまうそうだ。
折角の獲物を無駄にしたくないので、宿に持ち込んでミランダに頼み込んでいた。
「樽の方はオヴェックのスープです。日持ちするよう塩分を強めにしてありますので、水を加えながら味を調節してください。袋は香草焼きや素揚げで、一口ほどの大きさに切り分けてあります。こちらは傷みが早いかもしれません。夕食までにお召し上がりください」
説明を聞いていると、やけに食欲を誘う匂いが漂ってきた。
見れば、マーカントが袋を開けて覗き込んでいる。生唾を飲み、今にも手を出しそうだが、さすがのマーカントも我慢していた。間違いなく、出発した途端に手を出すな。
そしてロニー、ミランダ、テスの三人は並び、改めて礼を言ってきた。
「テスを助けて頂き、本当にありがとうございました」
「急ごしらえの料理でなく、きちんとお持てなししたかったのですが」
「礼なら充分してもらったさ。うちの連中が散々飲み食いしたのにタダにしてもらっているからな。むしろ申し訳ないくらいだ」
それでもロニーとミランダは納得できないようだ。
押し問答になりそうなので、隣でもじもじしているテスに話を振る。
「元気でな。テス」
「あの、アルター様。僕の名前はテサリアと言います!」
「だからテスか。しかし、女性の呼び名だよな」
「その方が可愛いからって、お母さんが……」
ちらりと見れば、ミランダはにっこり微笑んでいた。
うわ、この人確信犯だよ。テスがまんざらでないのも質が悪い。考えてみれば、男に告白されて「やだ」って返事はおかしいよな。それ以前に本名も女性っぽいし。まあ、家族の話。よそ者が口出しすることじゃないか。
改めてテスを見る。
魔物に追いかけられ、盗賊の盾にされ、挙げ句、狼に食われそうになった。それから一日も経っていない。元気そうに見えるが、心のどこかでは恐怖が燻っているはずだ。
「テサリア、我慢するなよ。怖くなったら親にすがれ。泣きたければ泣くんだ。やせ我慢なんて大人に任せておけ。子供の特権だぞ」
「はい、泣きまくります! それとテスって呼んでください。本名だと落ち着かなくって」
なら名乗る必要もないだろうが、よく分からん。
ともかく俺が了承すると、まだ何か言いたげに上目遣いでちらちらと見上げてきた。
うん、あざとい。
「あのアルター様……また村に来て下さいますか?」
「ん、そうだな――早ければ三年後、遅くとも五年後。僕はリードヴァルトへ戻る。その時、また立ち寄るとしよう」
数年という長さにテスは一瞬顔を曇らせたが、すぐ笑顔を浮かべる。
「じゃあ、頑張って歓待します! 必ず来て下さい!」
「分かった。楽しみにしているぞ、テス」
◇◇◇◇
馬車が草原を抜け、森へ入る。
ロニーたちは草原の端まで付いて来て、俺たちを見送ってくれた。
元気よく手を振るテス、おしとやかにお辞儀するミランダ。そして思い出したように茶番劇が再演され、「達者でな、弟よ!」「兄さんこそ、お元気で!」と潤んだ目で兄弟の別れを惜しんでいた。お前ら忘れてたよな? その設定。
森を抜けると、俺たちは三日ぶりに街道へ戻った。
早速、マーカントはミランダの料理を広げた。食欲を誘う香りに、俺とヴァレリーも素揚げに手を伸ばしてしまう。
口に放り、納得する。美味と言うだけはあった。グロテスクな外見からは想像できない味。肉質は鳥肉に近いが、どの食肉とも異なる旨味を感じる。一度、塩だけで食べてみたい。生の状態でも確保しておけば良かったな。
「皆の分も残しておけよ」
「分かってるって」
ロランは馬上、ピドシオスは御者台、他の者は徒歩で馬車の周囲を固めている。交代で休息するので、今はマーカントとヴァレリーが同乗していた。
マーカントは再び皮袋に手を伸ばす。
大食漢が多いと知っているためか、ミランダは大量に用意してくれた。それでも限度はある。放っておくと一人で食べきりそうだ。
それとなく注意を向けていると、ふと思い出したようマーカントが口を開く。
「ところで、知ってるか」
首を傾げるヴァレリーに、マーカントはキリッと顔を作る。
「泣きたければ泣け。子供の特権だぞ?」
ぷっと、ヴァレリーがオヴェックを吹き出した。
こいつ、何を言い出すかと思えば……。
睨み付けると、マーカントは言い訳する。
「いやさ、どう考えても泣いたり親にすがったりしないだろ、お前。子供の特権どこやった?」
そんなもん、産まれたときから失効しとるわ。
反論できずにいると、ロランがするりと馬車の後方へやってきた。
「それは誤解ですな。坊ちゃんは泣きこそしませんが、大変すがり上手です。時にアーバン様を説得、時にヘンリエッテ様をなだめすかす。それはもう、見事にすがります」
「なんか……違くね?」
呆れる同乗者の視線を躱し、ロランを追い払う。
ついでにこれ以上食べられないよう、皮袋を取り上げた。
まったく、こいつらはどうも俺を軽く見過ぎてる。雇い主と主君の息子だぞ。
ま――変に気を遣われるよりは楽だが。
ふと、ヴェレーネ村の方角を見やった。
あいつらも面白い連中だったな。
道中、土地の者たちと接触しなかった。留まっても一晩。三日も滞在したのは初めてだ。通り過ぎた町や村にも営みはある。交流を図る余裕があれば、別の出会いがあったかもしれない。
だが――あんなのは居なかったろうな。
この三日間の出来事を思い返す。
次は何年後になるだろうか。
その時、俺はどう変わり、彼らはどうしているか。
楽しみが増えた。
ロニー、ミランダ、そしてテス。彼らにも土産を買っていこう。
何が良いか、思いを巡らす。
その時、脳裏に浮かぶテスの土産が女物ばかりだと気付き、俺は苦笑した。
これにて二章の道中、ヴェレーネ村編は終了です。
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投稿、再開します(2020/05/01)。