第44話 セレンへの旅路 ~異変の結末
リーダーの敗死は狼たちを激しく混乱させた。
オヴェックは『擬態』の他、『群生掌握』というスキルを保有しており、これで他種族を支配下に置いていたようだ。ただの狼とは比較にならないほど強く、支配力も圧倒的。その死とスキルの消滅により、狼たちはねぐらを捨て逃走を開始する。
どうしたものか。今の森は生き物の気配がかなり少ない。このくらいなら大丈夫だと思うが、もう少し減らすべきかもしれん。
追撃しようと構えたとき、ピドシオスらが近付いてくるのを察知。
その途端、森が瑠璃色に輝いた。
瞬く間に網の目状の魔力が構築、それに絡み取られ、狼たちは動きを止める。
立て続けに矢が放たれる。そして魔力の鎖が消滅すると同時、『深閑の剣』が闇から躍り出、失速した狼たちを斬り捨てていった。
ピドシオスの魔法か。無属性の中級魔法、《縛縄縛鎖》だな。範囲も広いし応用も利きそうだ。捕縛中に近付かなかったのは敵味方を判別できないのか? だとしても便利そうだな。いつか覚えよう。
「遅くなった!」
「構わない。狼はそれくらい減らせば充分だろう。残りはこいつらだ」
俺は《火炎の短矢》を多重詠唱。
逃げ惑う子供の狼らに放つ。
数頭が悲鳴を上げ絶命、あるいは瀕死でのたうち回った。
相手が小さいと命中率も落ちるか。もっと訓練が必要だな。
「今攻撃したのがオヴェックの子供だ。とどめを頼む」
『深閑の剣』は口をぽかんと開けていた。
あ、やべ。
「……ものすごく、聞きたいことがあんだけどさ?」
「詮索するな、冒険者だろ。ほら、逃げられるぞ」
ピドシオスたちを促し、俺はテスを迎えに木の上へ戻った。
狼がいなくなり安心したのか、テスは呆然と俺を見上げてくる。
「待たせた。村へ帰ろうか」
こくこくと、テスは壊れたように何度も頷いた。
大丈夫か、これ。
特に震えてないようだけど――とにかく連れ帰るか。
抱え上げ飛び降りると、『深閑の剣』はオヴェックの子供を片付け終えていた。
「お、発見してたのか」
「なんとかな」
テスを下ろし、肩の傷を調べながらヒーリングポーションで治療していく。
噛み傷だった。食いちぎられていないので、食糧としてここまで運ばれてきたようだ。元々、この辺りの森は深くない。獲物の量に比べ、群れが大きくなりすぎている。オヴェックは食糧を無駄にしないよう、保存、分配しながら群れを維持してきたのだろう。悪いリーダーでは無かったのかもしれない。
ピドシオス以外の者は、まだ何か隠れていないか、めぼしいものはないかと探し始める。ざっと見たかぎり、特に何もない。盗賊の遺品はあるかもしれないが、逃走してきた連中ではあまり期待できないだろう。
「そんでさ、さっきの何だよ。オリジナルの魔法か? ちっこいのもどうやって見分けた?」
「僕は『基礎鑑定』が使える。他は機密で」
「それだけでも羨ましいが――ま、良いか。さすがにあれってことは無いしな」
そう言いながらも、ピドシオスの目はどこか探るような光を帯びていた。
悪意はないんだよな、単に好奇心が強いだけで。
「機密だ、探ってくれるな。それより、お前の魔法も強力だったぞ。なんでこの前の戦いで使わなかった?」
「あのな、自分が引っかかるか考えてみろ」
《縛縄縛鎖》は範囲こそ広いが、鎖が広がるまでに若干のタイムラグがあった。
それだけあれば範囲外に離脱できるか。確かに無意味だ。
「アルター様、盗賊はどうしますか」
エフルトが訊ねてきた。
ピドシオスが盗賊を見下ろし、顔をしかめる。
「うわ、えげつねー。生き残りかと思ったら、生かされてんのかよ」
巨漢のダイラスらに囲まれ、盗賊はその威圧感と助かった安堵で地面にへばりついていた。
「そいつに賞金は掛けられてるのか?」
「ウェルドで討伐され掛かったから、貰えるんじゃね。とりあえず回収しとくか」
エフルトとダイラスが縛り上げ、そのままダイラスが担ぎ上げた。
◇◇◇◇
森の終わりに近付くと、テスを『深閑の剣』に任せ、先に帰らせる。
その足で周辺を散策、村の外周を回ってから皆のところへ戻った。
喜びの再会はとうに終わったらしく、テスは手足をばたつかせながら両親に何か捲し立てていた。どうも俺の戦いを解説しているらしい。それをロニーとミランダは嬉しそうに聞いている。抽象的な表現が多いので、余計な情報が漏れる心配はなさそうだ。
俺の姿にロランたちが近付いてきた。
「ようやくお戻りですか」
「変わりはなかったか」
「問題ありません。それにしても、ずいぶんやられましたな」
「かすり傷だ。こうでもしないと炙り出せなかったんでな」
俺が魔物の名を告げると、ロランは一瞬、目を細めた。
横で聞いていた『破邪の戦斧』、すでに承知している『深閑の剣』は、雑談しながら散っていく。
俺はロニーたちを呼び、しばらく村長の家にいるように伝える。
理由を知りたがったが、「すぐに分かる」とだけ言い、彼らを送り出す。
これで後始末だけなんだけど、やはり気付かれてるか。
包囲が完成するより早く、羊たちが騒ぎ出す。
それは瞬く間に恐慌となり、百頭にも及ぶ羊が柵の中を走り回った。
「囲め! 一匹たりとも逃がすな!」
こうなっては仕方ない。被害が出ないのを祈るだけだ。
勢い余って一頭の羊が柵に衝突。板をへし折りながら外へ転がり出る。
「ダイラス違う、その左!」
転倒する羊から狙いを外し、続くもう一頭の眉間を射貫いた。
地面に転がり落ちた子羊は、赤黒く染まっていく。
死を眼前にし、羊はさらに荒れる。恐慌どころではない。暴走だった。
次々と柵を破壊し、羊たちが一斉に飛び出す。
「ダニル右端! サルマ正面二頭目!」
ロランの肩に飛び乗り、指示を飛ばす。
剣が翻り、矢が飛び、魔法が放たれた。
そのたびに横たわるのは、すべて子羊。その柔らかい羊毛は、死に抗おうと蠢いていた。
ようやく羊の洪水が収まると、八体の小さなオヴェックが屍をさらしていた。
子羊ばかりとは思わなかったな。しかし面倒な奴らだ。出産の時、ニールが気付かなかったと言うことは、腹の中でも擬態するのか。こんな魔物も存在するんだな。畜産業も命がけだ。
さて――そろそろ本丸を叩くとしよう。
俺はロランから飛び降りた。
柵の中央では、大柄な羊がどっしり構えている。
戦闘が始まった直後から、こいつだけが俺を睨んでいた。言葉は分からなくとも、誰が指揮官なのか理解していたんだろう。しかし、便乗して逃走を図るかと思ったが、すっかりやる気だな。
子供を殺した恨みか、大事な群れを壊された怒りか。
単に諦めただけかもな。賢すぎるのも、得とは限らない。
俺が甲犀の剣を抜くと、羊も前傾姿勢で身構える。
狼を支配していた個体より大きい。間違いなく、こいつがすべての始まり。
俺は『高速移動』を発動。
ふっと呼気を吐き、壊れた柵を跳び越え、肉薄する。
長毛種に見せかけた触手が、全方位にぶわりと浮き上がった。
お前もそれか。
魔力を注ぎ込み、《礫土の盾》を多重詠唱。
下半身は無骨な石鎧と化す。
そのまま鉤爪を、触手を弾き飛ばし、最高速度で蹴り飛ばした。
柵に激突したオヴェックはなんとか立ち上がろうとするが、頭部を踏みつけ動きを封じる。
そして甲犀の剣を振るい、首を切り落とした。
四つ目を覗き込み、命が消えていくのを無言で見守る。
最後は呆気なかったな。
振り返れば、長毛をなびかせ、月光に輝く草原を羊たちが疾走していた。
ちょっと楽しそうなのは気の所為か?
どこか間の抜けた光景を一望し、俺は頷く。
「すべて片付いた」
やれやれとばかり、皆は剣を下ろす。
その時、騒ぎを聞きつけニールが駆け戻る。
そして元気よく走り回る羊たちに、ただ口をあんぐり開けた。
◇◇◇◇
その後、村人総出で羊の回収が行われた。
俺たちも手伝おうとしたが、どうやら怖い人と認定されたらしく、姿を見せるだけで怯え、逃げ出してしまった。仕方ないので後を任せ、宿に戻って就寝する。
翌朝、食堂に出ると、村長とニールが待ち構えていた。
二人は俺を見るなり、土下座しそうな勢いで礼を言ってくる。ロニーが苦笑しているので、他の連中に対してもこの調子だったようだ。
盗賊探しが狼退治、テスが行方不明となり、終わってみれば村に潜む魔物の殲滅となっていた。成り行きとは言え、よくもまあ、目まぐるしく状況が変わったものだ。
村長たちに気にするなと告げ、ひとまず落ち着かせる。
「それにしても畜産業は大変だな。あんな魔物がいるとは思いもしなかった」
ロニーが運んできた朝食を口に運びながら、誰に言うでもなく呟いた。
それを聞いたダニルが、難しそうな顔で腕を組む。
「オヴェックを見たのは初めてですか?」
「そうだが」
「今回の一件、かなり稀少な事例だと思います」
目で先を促す。
「オヴェックという魔物は、群れを乗っ取ることで知られています。普通は野生の鹿や牛などの四足獣に成りすますのですが、家畜に入り込むというのは聞いたことがありません」
「そうなのか? てっきり気付いているから、村人を避難させたのかと思っていた」
ロランは首を振った。
「あらゆる事態を想定しろ、と仰ったのは坊ちゃんでしょう。オゼ殿から羊が関与している可能性があると聞いたので、念のため距離を離したまでです」
「そうだったのか。しかし……オヴェックに変わったところはなかったな」
変異種でもなければ、スキルはどの個体も同じ。ここにいたのが稀少なオヴェックかもしれないが、話を聞くかぎり、そうでもなさそうだ。
悩む俺にダニルが続ける。
「おそらく、家畜に扮すると知られていなかったのだと思います。オヴェックは知恵が働く魔物です。見破られそうな場所は選ばないでしょう。人が少なく家畜が多い。そして冒険者などのよそ者が出入りしない土地」
それを聞いた村長たちが青ざめる。
「なるほど、まさにヴェレーネ村だな」
「はい。過去に壊滅した地方の村落、そのいくつかはオヴェックが原因かもしれません」
「お、お待ちください」
慌てて村長が口を挟んできた。
「その魔物は、すべて退治してくださったのですよね?」
「そいつはどうだろうな」
応えたのは、朝から蜂蜜酒のピドシオスだった。
「森でアルターと別れた後、俺たちはオヴェックの死骸を発見した。狼やここの親玉に比べたら小物だったがな。どうあれ、まだ潜んでてもおかしくない」
「そいつはなんで死んでたんだ?」
「狼にやられていた。たぶん群れの乗っ取り合いだろ」
それを聞き、ダニルは首肯した。
「有り得ますね。群れを乗っ取ったオヴェックは、群れの雌に子供を産ませるそうです。そして成長した子供は周囲に拡散、別の群れを乗っ取り、勢力を広げていきます。ですが、ここの中心点は家畜。野生の群れと違い、移動しません。周囲の群れは固定化され、奪い合いが起きたのでしょう。ところでその死骸、小柄だったんですか? オヴェックは臆病とも聞きます。巣立つには幼すぎる気がしますね」
「それは簡単だ。目撃者が知っている」
廊下の奥からテスが姿を見せた。
今起きたばかりのようだ。どこか気恥ずかしそうなのは、客より遅い起床だからか。責任感の強い子だからな。
そんなテスを招き、テーブルに座らせる。
そしてなぜ森に入ったのか訊ねると、予想通りの答えが返ってきた。
数が減っているというニールの言葉を受け、テスは羊を数えていた。その時、もう一つの目でこちらを窺う子羊に気付いてしまう。嗅ぎ回る俺たちやテスの突然の行動に、オヴェック側も神経を尖らせていたのだろう。
村までは距離があり、逃げられるのは森しかない。テスは森へ駆けた。
子供のオヴェックは、それを放置できなかったのだと思う。村人に報告されれば、自分たちの存在が露見する。追いかけて始末するしかない。だが、そこは先に巣立っていたオヴェックの縄張りだった。群れを乗っ取りに来たと誤解され、殺される。そしてテスも捕まり、食糧としてねぐらに運ばれることになった。
経緯は分かったが、村長の懸念が晴れるわけではない。
まだ潜んでいるか、それが問題だった。
ダニルは「推測ですが」と前置きし、オヴェックの繁殖は乗っ取った群れの性質に影響されるのではないかと語った。
ニールに聞くと、ズヌー種の妊娠期間は半年弱。出産は年の初めからこのくらいの時期まで続くという。これまで直接の被害がなかったこと、狼を支配する個体が成獣だったことから、おそらくは一年半から二年前に入り込んできたと思われる。
そして家畜に潜んでいた数、村周辺の動物の密度から、いても二、三体ではないかと結論に至った。
当然、村長らの表情は暗かった。
それを見て、ダニルが元気づける。
「ご安心ください。これはギルドへの報告案件です。すぐ調査隊が送られるでしょう。もし潜んでいれば、その時に討伐されます。それにオヴェックは強い魔物ではありませんし、かなり慎重です。見回りを欠かさず、しっかり羊を管理すれば近付きもしないでしょう」
「すぐ対処します。それとギルドへの報告、よろしくお願いします」
村長とニール、そしてロニーも頭を下げてきた。
ふとテスを見れば、膝の上で手を握りしめている。
昨日の恐怖を思い出したのかもしれない。小さく震えていた。
「大丈夫か? 怖いのも当然だ。女の子があんな目にあったんだからな。しばらくはゆっくり養生すると良い」
そう言うと、不意にテスの気配が変わる。
そして顔を赤らめながら、上目遣いに俺を見た。
「……僕、男だよ」
言葉の意味が浸透するまで、しばらく要す。
ええと……なんて言った? おとこ? どういう意味だっけ?
軋むような動きで見渡すと、皆は静止していた。ピドシオスに至っては口から蜂蜜酒を垂れ流し、ニールはおろか、村長まで固まっている。
なんとか思考を取り戻し、俺は発言を噛み砕いた。
これはあれだ、知ってるぞ。マンガとかで読んだことがある。そのパターンだ。
「良いか、テス。男には変なものがくっついているだろ。あれはな、年を重ねても生えてこないんだぞ」
「知ってるよ! 生まれたときから生えてるよ!?」
「……マジで?」
真っ赤な顔でテスは頷いた。
「俺は気にしない、嫁になれ!」
「やだッ!!」
固まる空気を跳ね飛ばし、村長の息子が乱入。即座に振られる。
相変わらずのやり取りに、ようやく皆は動き出した。
マーカントたちは大騒ぎしながらロニーに確認を取り、真実と知ってさらに騒ぐ。
サルマは硬直が解けないピドシオスを突っつきながら、なぜか安堵の様子だ。
「なんだ、てっきりそっちの趣味かと思ったわ。男か女かなんて、見れば分かるじゃない」
見て分からないから大騒ぎになってるんだけどな。どんな目利きだよ。
「なんでだ!? 子供なら俺が生んでやるから!」
「やだッ!!」
こっちはこっちでまだ繰り返してるが、なんか、変な方向に話が進んでるな。
「名を知らないし興味もない村長の息子。お前は本物だ、それは認めよう。だがな、どんなに頑張っても男は子供を産めないんだぞ。あれ……お前、男だよな?」
「当たり前だろ! それに嘘つくな、スレッツァーは一人で子供を産んだぞ!」
「誰だ、そいつは」
「ペットのカタツムリだ! 白くてちっちゃいのたくさん産んだんだ、まだ殻はないけどな」
「うん、それ違う。産めるけど産まれたのは違うのだから。すぐ容器を洗いなさい。あと餌を入れっぱなしにしないように」
想像してしまったのか、女性陣が嫌そうな顔でテーブルから離れていく。
息子は腑に落ちない顔できょろきょろしていた。
なんなんだ、この村は。こんな連中ばっかりか。だから変なのに入り込まれるんだよ。
呆れる中、こうしてオヴェック騒動はひとまず収束する。
その後、荷造りを開始。ほどなくして出発の時刻となった。




