110話 結婚式5 犠牲
神殿前広場で繰り広げられるネビュラの構成員と独裁都市の近衛兵による激闘の最中、その中心に当たる俺とホミの周囲は静まりかえっていた。
「一人を犠牲に……もう一人が助かる……」
ホミが俺の言葉を反芻する。
きちんと理解した上で、ホミは俺の目を正面から見て口を開いた。
「サトルさん、私言いましたよね。助かるときは絶対に二人一緒にって」
「ああ、覚えてるよ。だが俺はそれに了承はしていない」
「それは……」
「そもそも今のままじゃ二人とも殺されるだけだろ。だったら一人だけでも生き残った方がお得だ」
人の命を数だけで見た場合の勘定。そのぞっとする冷たさを分かっていながら俺はあえて口にする。
「……。だとしても、どうしてわざわざそんな話を私にするんですか?」
「どういう意味だ?」
「だって私はサトルさんの魅了スキルになって虜になっているじゃないですか。私を犠牲にしてサトルさんが生き残るつもりなら、命令で無理矢理従えさせればいいのに」
「いや、この方法を実行するにはホミが納得する必要があるんだ。魅了スキルを使っても意味がない」
「……?」
ホミが首をひねっている。その疑問は分かるところだ。だが今説明するわけには行かない。
「さて、この注意点を聞いてどっちがいいと思ったか選んでくれ。二人一緒に死ぬべきか、それとも一人だけでも生き残るべきか」
残酷な二択を告げているのは分かっている。
「……先にどのような方法を取るつもりなのか聞くわけには行かないんですか?」
「ああ。説明しても実行するつもりが無いなら時間の無駄だからな」
俺は理由の一つを説明する。実際、戦火がいつこの場所に届いてもおかしくない状況だ。
時間に余裕がないと分かっていながらも、流石にホミも即断出来ない。自身で許されると判断した可能な限りの時間で悩んだ上に出した答えは。
「……分かりました。その方法を実行しましょう」
賛成だった。
「そうか……」
「サトルさんの言うとおりです。二人一緒に死ぬよりは、一人でも生き残った方がいい……そうですよね」
「すまんな」
「謝るなんて……サトルさんはこんなときでも優しいですね。魅了スキルで命令しないのも、私が納得した上で未練無くということなんでしょう」
「…………」
俺はその言葉に頷かない。
「私の命をサトルさんにあげます。……ただ一つだけ、条件を呑んでもらえますか」
「……何だ?」
「私のことを時折でいいから思い出してください。あなたを愛した少女がいたと思ってもらえるなら……私はそれだけで本望です」
ホミの異常なまでの好意。ヤンデレの片鱗。
「分かった。俺の命が続く限り、おまえのことは忘れないと誓う」
俺はその言葉には応える。
「ありがとうございます」
「じゃあこれでホミの命は俺のものってことでいいな?」
「……はい」
儚げな笑みを浮かべるホミに俺は。
「ああ……全くもって予想通りだ。ホミならそう言うだろうと思っていた」
「サトル……さん?」
雰囲気に合わせず、嘆息すらついて見せた。
自身を蔑ろにする程に他者への思いやりが強いホミ。
だから自分の命を犠牲に他者を生かすなんて事も了承してしまう。
そんな彼女が――これから先も生きていくことを考えると。
必要な手順だった。この呪いをかけておくことは。
「ホミ、命令だ。これから俺の命令を妨害する行為を禁止する」
「命令を妨害って……私がサトルさんに反抗すると思っているんですか? 自分を犠牲にするという意志を途中で翻す可能性があると考えてるんですか?」
「これからおまえは俺の命令を聞きたくないと思う。これは可能性じゃない、確信だ」
「……? やっぱり何かおかしいです。サトルさん、あなたは何を考えて……」
ホミが違和感を覚えるが、もう命令は通った。
「さて……現状敵に囲まれて絶体絶命。さっきから助かる方法とは言っているが、どうやってと疑問に思っているだろう。今からその説明をする。
といっても手段としては何とも古典的な死んだフリだ。俺が魅了スキルの命令でホミを仮死状態、一時的に心臓を止めるように命令する」
「仮死状態……そんな方法を。ですが魅了スキルの命令は対象への強制力こそあるものの、魔法やスキルのように特別な力を引き起こす訳じゃありません。そこから生き返ることが出来るんですか?」
「大丈夫だ。人間ってのは存外丈夫でな。俺の世界では脈が止まり死亡判断が下され死体安置所に運ばれたのに、約一日後遺体が起き上がって普通に動き出したって事例が実際にある」
「そうなんですか……」
「それ以外にも死亡したと思われるところから復活したって話は探せば見つかるってくらいにはあるんだ。その上魅了スキルで『仮死状態に陥るが、その後復活』と命令すればおそらく大丈夫だろう。
具体的な時間は……そうだな、襲撃が終わってから十分に時間を開けておきたいから一日ほどにするか。ホミの死体がどこに安置されるかは分からないが、丁重に扱われるはずだろう。一日経って生き返ったらすぐに近衛兵を見つけて事情を説明するんだ」
「事情というと……」
「もちろんナキナとオルトにこれまで支配されていたことだ。やつらもホミが死んだ後までは警戒していないだろう。その隙に味方を揃えてやつらを正面から叩き出してやればいい」
「……!」
「そして民にも姫が一度死んで蘇ったことは伝わるだろう。その奇跡のついでにワガママな性格が治ったことにすればいい。
それからは普段通りの姿でホミのやりたいように統治を、民のための統治をして、独裁都市をあるべき姿に戻してくれ」
「……すごい、すごいですよ、サトルさん! この場から助かるだけじゃなくて、他の問題もまとめて解決していて!」
ホミの顔が歓喜に染まる。
「だろ?」
「もうこれなら早く説明してほしかったです。それにさっき言ってた問題点っていうのも結局関係無くて…………………………あれ?」
一転、ホミの顔が驚愕に染まった。
「そういうことだ。さっき言った『俺はおまえの命を奪うことになる』ってのは、つまり仮死状態にするということ」
「まさか……」
「そもそもだが手段である死んだフリ。魅了スキルの命令は虜に対してしか行えない。術者である俺自身を対象には出来ないんだ」
元より俺がこの窮地から助かる方法なんて存在しない。
だから――。
「どちらか一方を犠牲にして一方が生き残る。その犠牲になるのは……俺の方だ」




