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111話 結婚式6 浮遊


 俺を犠牲にホミを助ける。

 元より考えていたその方法。


 というのも俺とホミではホミの方が世のために役立つ人間であるからだ。そんな人間を救えるなら俺の命も惜しくない……と言い切る度胸は無かったけど。




『私は……死にたくありません! 母のようにこの地を自分で導きたいんです!』

『だって私が一番この地を、民を愛しているって……信じていますから!』


 昨夜寝る前に命令で聞き出したホミの本心。

 あんな想いをぶつけられて見殺しに出来るわけがない。




「そ、そんな! 駄目です! サトルさんが私のために死ぬなんて! そうですよ、サトルさんだって死んだフリしましょうよ!」

「魅了スキルの命令が出来ない俺がやっても寝たフリにしかならないだろ」

「だとしても!」

「それにホミの死んだフリは俺が死ぬことで完成するんだ。考えても見ろ。この戦いの中じゃ、死んでいるのか確認する前にとりあえず攻撃して殺されるかもしれない。他にも傷一つ無いのに心臓が止まっているホミの姿はどう見ても不自然だ。どちらも対策しないと作戦はパー。

 つまり死んでいるホミの身体を守る人が必要であり、その人の血で汚れることでホミも殺されたのだと欺く……俺の役割はそういうことだな」


 そう考えるとホミが求めた守ってくれますかという言葉に応えている気もするが……いや仮死状態に追い込む時点で守れているかは微妙だ。




「……嫌です。そんな方法なら私は反対します。誰かを犠牲に生きるなんて間違っています!」

「それをホミは俺に対して行おうとしたんだろ?」

「っ……!」


 ホミは自分の命は悩んだ末に手放すことも出来るのに、他者に対して同じように考えることが出来ない。

 別に悪いとは言わない。その優しさはホミの人徳だ


 だからこそホミは俺を犠牲に助かったらこの先ずっと引きずって生きていくだろう。

 それは無駄なことだ。

 その重荷をどうにか払うためにこうして手順を踏んでいる。


 魅了スキルで『俺のことを気にせず生きろ』と命令できれば楽だったが、俺はこれから死ぬ身だ。死ねば魅了スキルは解除される。

 眠れという命令を途中で解除してもとりこは眠り続けるという昨夜の実験からして、ホミの仮死状態自体は俺が死んでも続くはずだ。しかしその先の生き方までを縛ることは出来ない。




「駄々をこねるのはやめろ、ホミ。二人一緒に死ぬよりは、一人でも生き残った方がいい。おまえも納得した事じゃないか」

「駄々って……そんな軽々しく片づけられるものでは……!」

「何と言われようが気を変えるつもりはない。大体、ホミは自分の命を俺にあげたんだろう。もらった命の使い方は俺の自由のはずだ」

「それは……」

「ホミは、おまえの命はこの先何者にも縛られず自由に生きていくために使え。これは魅了スキルの命令じゃない。俺個人の願いだ」

「サトルさん……」


 だから言葉で、想いで呪いをかけるしかない。





 二人して静寂になったことで、戦いの音が先ほどよりも近くなってきていることを感じる。どうやら時間の余裕も無さそうだ。


「いよいよとなったら仮死状態になるように命令する。言い残したことがあったら早めにな」

「……そんな命令を聞くつもりはありません! 私は…………えっ?」


 ホミが両耳を手で塞いで物理的に命令を聞かない体勢に入ろうとして……その行動が途中で止まる。


「おいおい、忘れたのか? さっき命令しただろ『これから俺の命令を妨害する行為を禁止する』って」

「っ……!?」

「ほら、危惧した通りになったな」


 ホミは絶対にそんなことにはならないと言っていたがご覧の通りだ。




「こっちは覚悟を決めてるんだ。ホミも覚悟を決めて、死に行く俺を安心させてくれないか?」

 俺は最後通牒としてホミに告げるが。


「……嘘です」

「え?」


 ホミの瞳は全てを見通すかのように透き通っていて。




「私が気づかないと思ったんですか!? 本当はサトルさんだって死ぬのは怖いくせに! 私を安心させようと強がって……だから私は安心できないんですよ!!」




「……」


 ホミの指摘は……実のところ的中していた。


 そうだ、ちょっと前に異世界に召喚されて魅了スキルを授かっただけで、俺の本質は普通の男子高校生だ。誰かのために自分の命を犠牲にするなんて、そんな覚悟とは無縁の平和な世界で生きてきた。


 死ぬのは当然怖い。

 だから二人とも殺されるより、一人でも生き残った方が得だと、命を数だけで見た冷たい勘定は、何よりも恐怖に屈しないために俺自身に言い聞かせる言葉だった。


 俺を犠牲に、ホミを助ける方法しかなくて助かった。 

 もし逆にホミを犠牲に、俺が助かる方法があったとしたら……その方法を選ばない自信はなかった。




 ホミに本心を見抜かれた俺。

 だが認める訳には行かない。

 死にたくないと思っている俺を犠牲に生き残ったという十字架は重すぎる。ホミがその重みで潰れるのは容易に想像が付く。


 だから……俺は笑い飛ばしてみせた。




「あはははっ。面白いことを言うね。俺はホミみたいな美少女の為に死ねるなら本望さ」

「嘘です!」

「嘘じゃないさ。ホミの容姿は美しいぞ、俺が保証する」

「そんなことを言ってるんじゃありません!!」

「いや……あー、えっと……」


 早々に煙に巻くのも限界になった。コミュニケーション能力が無さすぎる。




「ねえ、サトルさん。本当のことを言ってください。その方が私は安心できます」

「……嘘吐くな。そうやって本心を聞き出したいだけだろ。絶対に後悔して引きずるくせに」

「バレましたか」

「当たり前だ。おまえが俺のことを分かっているように、逆もまた然りだ」

「私たち似たもの同士ですものね」

「そういうことだ」




 そして遂に恐れていた瞬間が訪れた。




「姫様、少年。その命貰い受ける」


 防衛線を突破して俺たちに迫ってくるのは近衛兵長のナキナ。

 その剣は何人の近衛兵を屠ったのか、血で汚れている。


「ちっ、来たか!」

 高速で接近してくるナキナに俺はなすがままにやられるつもりはなかった。ナキナを十分に引きつけてから宣言する。


「魅了スキル、発動!」


 ピンク色の光の柱が視界を埋め尽くす。異性相手に必殺のスキル。近くにいるホミは既にとりこになっているため効果はない。ナキナを効果対象である『魅力的な異性』だと思えるかは微妙だったが……。




「言っただろう、光を見てからでも避けられると」


 そもそもナキナは効果範囲の5m周囲内に存在していなかった。魅了スキルが発動した瞬間に退いたのだろう。

 光の柱が晴れようとする。


「魅了スキル、発動! ……くそっ、無理か!」


 俺はナキナを近づけさせないように連続で発動しようとするがうんともすんとも反応はなかった。初めて試したので知らなかったが、どうやら魅了スキルは連発できないらしい。




「悪足掻きはそこまでか」

 光の柱が完全に無くなるのを待っているナキナ。やつなら5メートルの距離など一息だろう。


 ……ここまでだな。




「さて、ホミ。今から仮死状態になるように命令する」

「サトルさん……」

「止めるなよ。決心が鈍る」

「……ごめんなさい」

「謝るなって」

「私……絶対にサトルさんのこと生涯忘れませんから!」

「そうやって重荷に成りたくなかったっていうのに……ったく。俺もさっき誓ったとおりだ。俺の命が続く限り、おまえのことは忘れない」


 二人してお互いの顔を見つめる。


「じゃあな」

「……はい、さよならです」


 どちらからでもなく微笑を浮かべあって――。


「命令だ、ホミ。おまえを」








 その瞬間、身体が浮遊感に包まれた。








「……え?」


 突然の事態に命令を告げようとしていた行動がキャンセルされる。


 慌てて周囲を見回すと俺とホミも空を飛んでいた。

 ナキナの攻撃を食らって吹き飛んだのか? ……いや、視界の片隅でやつがまだ晴れきらない魅了スキルの効果を焦れたように待っている姿は捉えていたはずだ。

 それに攻撃を食らったにしては身体に痛みを感じない。

 ならこれは……。




「ごめんね、遅れちゃって」




 俺たち二人を軽々と抱えて飛ぶ、その人の発言。


「まさか……」


 奇跡が起きない限り……そう思うことで過剰に期待しないように自制していた。

 ここに来るまでいくつも条件や困難があったはずだ。

 それなのに背中からエネルギー体の竜の翼を生やした少女は当然といった表情で……。


「っ……」

 思わず目頭が熱くなる。

 俺は……ああ、そうだ。ずっと待ち望んでいたその少女の名前を叫ぶ。






「ユウカっ!! 本当に助けにきてくれたのか!!」


「もう、何驚いてるの。言ったでしょ。『もしサトル君の身に何かあっても、私が絶対に駆けつけるからね』って」






 ユウカは何のこともないようにそう言うのだった。





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